タイムスリップできなくなった私と一緒に居たがる王子の話

みやっこ

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私が笑顔に負ける訳

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 いつもより少しばかり清々しい気分で先輩との待ち合わせ場所に向かう。
 悩みは一つたりとも解決していないのに足取りが軽い。

「すみません。お待たせしました」

 立っているだけで女子を振り返らせる男が、私の一声で振り返り微笑む。なんとも贅沢なことで悩んでいるなと思ったりするほど。

 ポジティブな気分。

「今日は、映画に行こうか」

 佐原先輩はいつも待ち合わせの時間と場所だけ指定してくる、そして、デートの定番ぽい所へ行こうとする。

「先輩。そんなに毎日いろいろなところ行けません。お金が尽きます」

 私はそれを大抵断る。良い気分でも断る。

「俺が払うから」

「割り勘でなきゃ行きません」

 学生なのだから割り勘が当たり前だと説明したはずなのだが、この押し問答は毎回行われる。いつか私が折れるとでも思っているのだろうか。

「どこかのベンチで暖かい飲み物でも飲んで帰りましょう」
 
 どっかいった父がときどき思い出したように振り込んでくる仕送り、祖父母の年金、母が残した貯金。どう節約するか妹と祖母とで頭を悩ませる日々に、デート資金なんて盛り込めるわけがない。

「……わかった。今日は何時まで?」

 納得してくれたはずの佐原先輩の目力がすごい。この強い眼差しに、いつまでも……と答えたくなる女子がどれほどいるだろう。
 なんて、これも毎回聞かれることなので慣れてしまった。
 
「晩御飯の当番なんで、十七時には家に着きたいです」

「スーパーで買い物する?」

「今日はしません」

 先輩は毎回家まで送ってくれる。
 この間、スーパーに行くから送らなくてもいいと言ったら、買い物についてきて、すべての荷物を持って家まで送ってくれた。
 それはそれは助かった。けれど、もう二度と一緒に行きたくない。
 なぜって、試食のおばちゃんがやたら寄ってくるわ、馴染みのレジ打ちさんにニヤニヤされるわ、とにかく恥ずかしかったからだ。せめて、レジに一緒に並ぶのはやめてと言えれば良かったのだが。

 先輩が嬉しそうだから……。

 あれには弱いなぁ私。

 怒られたり泣かれたりすることは過去何度も何度も何度も経験しているが、喜んでもらうというのは……覚えていられる程度にしかない。
 人助けのために戻っても助けられなかったり、おせっかいだったりが多いもんで。こんなにも、それもたいして何もせずとも嬉しそうにされると、どうにも……動けない。
 
「そっか」

 佐原先輩。がっかりしている。それはもうあからさまに。

 買い物についてきたかったんだろうな。ということはわかるが、今日も今日とて先輩が何を考えているのかわからない。一緒に過ごす……付き合う? ことに了承したものの、先輩の要望は私の金銭的理由であまり聞けておらず、こうしてベンチでぼーっとするばかりになっているし、これって先輩にとって意味あるのだろうか。
 私が話題を出さない限り佐原先輩から話し出すことも少なく、沈黙が多いのも気になる。

「あの……あっ。そういえばですね。私今日、お昼ご飯、あまりしゃべったことのない子たちと食べたんです」

「ん。そうか」

「先輩のおかげで」

「……俺?」

「はい」

 さて、これなら会話になるだろうか。
 なんて期待したが。

「そっか」
 
 駄目だった。
 会話は出来なかった……けれど。

「よかったな」

 嬉しそうに笑ってくれた。

「はいっ」
 
 私も、つられて笑う。

 毎日毎日。
 一緒に居るだけで、何もしていない。
 
 これはこれで楽しいと思わなくもない。うん。悪くない。良い。結構いい。かもしれない。

 と。

 浮かれている場合でもないのである。
 先日、電車を待っていた際、向かいのホームに先輩を見つけ手を振ったら、先輩と同じ学校の女子に睨まれ……ふと考えた。

 これは果たして青春なのだろうか。私のやってることって、ただ優越感に浸っているだけなのではないだろうか。軽率に転がり込んだ、自らの手で手に入れたわけではない優越感に……。

 このままだとまた周りに空気読んで貰うことになりかねない気がする。

 従兄だなんだと誤魔化さずにきちんと佐原先輩との関係を答えられるようにしておかなければ、楽しいなぁなんてふわふわ思っている間に落とし穴に落ちるってのは定石だ。
 
 一歩ずつ地道に進むなら、まず地盤を固めなければ。

 となるとまず自分がどうしたいのかということになってくるのだが、それがいかんせん一番難しい。正直、今のこの楽しい感じを失くしたくはないな……と思う……。

 そろそろ。もう一回くらい、どういう意味合いで付き合いたいと言ってきたのか聞いてみてもいいだろうか。

「あの先輩ちょっと話変わるんですけど」

「ん?」

 笑顔に負けるな私。頑張れ私。
 
「毎日毎日こうしててその……あれだ。えっと。私のこと……は……どういう……ふうに思ってるんですか? 先輩って距離感がこう、悪く言えばストー……いやあの、一緒に居すぎかなって思うんですけど」
 
 この間、友達とか彼女居ないんですかと聞いてみたが 「そのうち」 なんて曖昧な答えが返って来た。
 私と一緒に居て楽しですか? と聞いてみたら 「まあ」 と返ってきた。ニュアンス的には、まぁまぁって意味より、さも当然と言わんばかりだった。

「君と同じ気持ちにしてるつもりだけど。俺、距離図り損ねてるか?」

 同じ気持ち。にする。て。そこがわからんのだよ。それって私が先輩を嫌ったら先輩も私を嫌いで、私が先輩を好きだったら先輩もそう……ということになるという。
 
 謎。

「先輩。ときどき何言ってるかわかりません」

 ちょっとイラっときて言うと、くすくす笑われた。

「うん。わかってる。話の逸らし方が下手なんだなたぶん」

 わかってやってるのか。っていうか逸らしてるのか。

「それだと。何か裏があるって言ってるようなもんですけど。あとたぶん図り損ねてますよ」

「ははっ」

 佐原先輩は、いつもその場の流れに合わない反応をする。私はそれに照れたり焦ったり、面白いときも多いけれど、振り回されてばかりだ。

「何かしてほしいことがあるなら言ってくれたら検討しますよ。お金使わない範囲でですけども。もう私と先輩知らない人ってわけじゃないですし。友達っていうか」

 言いながら妙に照れた。
 友達であるとわざわざ言うことなんてないので恥ずかしすぎたけれど、これを否定されなかったら、私の気持ちや佐原先輩の企み? はさておき、一応関係性を説明することはできる……かな。

「あるよ。やってほしいこと」

 ベンチで横並びに座っていた佐原先輩が私の前に来て、しゃがんだ。
 またも読めない動きをされ、身構える。
 
「明日も明後日も。ずっと一緒に居てほしい」

「……はっ?」

 これは。

 さすがにドキドキが止まらない。
 何が何だかわからないのにただドキドキだけさせられている。
 騙されないぞ。私は絶対騙されないぞと抵抗しているのに、目の前の先輩の顔……破壊力抜群の、少し影を帯びた微笑みに身動きとれなくなる。
 
 絶対おかしいって。絶対変だって。こんなに変なことはないって。

「う……」

「ん?」

 先輩の声に首を振る。

「私も先輩も受験勉強とかいろいろあると思うんで、毎日は無理です」

「教えるけど」

「先輩の周りすぐ人が寄ってくるから集中出来ないと思います」

 なんとか論破してやる。
 
「じゃあ君の家で」

「散らかってるし狭いし無理です」

「俺の家来る?」

「無理無理無理無理」

「……じゃあ一日置きならいいの?」

「…………週一とか」

「週七」

「いやそれ毎日」

 思わずツッコんだら、先輩はボケたわけじゃないのか、あっと口を開けた。

「週三で。それ以上は譲歩しません。今後も週七って言うなら、それなりの理由を、話をそらさずにきちんと答えてください」

 はっきりきっぱりこの関係を断ることが出来ない私が、先輩にはっきりしろというのもおかしな話なのかもしれないが。

 とにかく先輩の数々の謎言動をスッキリさせたいのは確かだ。
 
 それがわかるまで会うってことにすればいい。

 よし。これで地盤はしっか固まっ……てはいない。

「じゃあ」

 佐原先輩はどことなく嬉しそうに、いや、ちょっと怪し気な笑みで私を見た。

「名前で呼んでもいいか?」

「はっ!?」

「君も俺のこと名前呼びで。敬語もなし。それなら週四でいいよ」

「いや三」

「四」

 暫し三と四だけのやりとりが続いた。
 犬の散歩をしているおじさんが、眉間に皺を寄せてチラ見して行ったし、小学生があからさまに速足で通り過ぎていった。

 いつもうんうんと話を聞いてくれる佐原先輩なのに、こういうときだけ頑固とは。

「五」

 何気に増えてるし。

「コウっ」

 いい加減にしてほしくて呼び捨ててみた。
 すると、佐原先輩は……大きく目を見開いて唇を噛みしめ……

 俯いてしまった。

「えっ……と」
 
 少し、肩が震えている。
 
「……先輩?」

 怒った? それとも笑ってる? でも先輩が名前を呼べっていったのに。
 あ。あれか。寒いんだ。怒ってない怒ってない。怒ってないでください。

 変な間に恐怖を感じた私は、自分の首に巻いているマフラーを外して、先輩の首に巻きつけた。
 驚いたのか先輩の肩が大げさに反応したが、まだ顔はあげてくれない。

「これ……」

「女物ですけど、よろしければどうぞ。今度返してくれれば大丈……」

 言い切るまえに勢いよく首に巻き返された。
 勢いが良すぎて殆ど顔に巻きつけられ、前が見えない。

「っ……」

 ほんの一瞬。暖かいものに包まれた……ような気がした。

 私は、マフラーを取ろうと引っ張り、後ろでくくられていたので、ぐいっと下にずらした。

「寒くないから大丈夫。でもそろそろ帰ろうか。俺もう限界」

 佐原先輩はいつのまにかまた隣に座っていた。

「限界?」

 先輩は、こっちを見ず、わざとらしく両手で自分を抱きしめる動作をした。

「寒さが」

 いやさっき寒くないって言ったのに。

「寒さ」

 二度も言うか。

「だったらマフラー」

「それはいらない」

 拗ねた子供のような言い方に、私は思わず笑ってしまった。
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