元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第七部:商会と今後のこと

錬金術師イネス

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 俺が挨拶したらイネスが固まった。ああ、顔を変え忘れたか。
「ああ、悪い。この顔はどうだ?」
 俺は顔を外出時の変装の一つに変える。
「あー、あの時の!」
「あの時は世話になった」
「い、いえ、こちらこそ本当に助かりました。公爵様でしたか……」
 どっちの顔で現れても驚いただろうな。
「これはお忍びで出かける時の変装の一つだ。素顔で出かけると、どこで何をしたかまで日報紙に乗るからな」
「たしかに王都で暮らす者なら誰でもお顔が分かりますからね」
「だから変装してこっそり出てこっそり帰るようにしている」
 本格的なパパラッチならどれだけ変装してもバレそうだけど、今のところ変装している場面は撮影されてないようだ。
「王都に来たのが初めてと仰っていたので、てっきり遠方の裕福な方かと」
「それは間違ってないぞ。別の世界からこの王都に初めてやって来て、それで初めて一人で町中を歩いた時があれだ」
「それで……どうして私の店に?」
「あの店を見つけたのには理由はなくてな、初めて一人で町中を歩いたから、少し奥まで見てみようと思ったら見つけたわけだ。そうしたら面白そうな店があったからな」
「そうでしたか」
 あんな裏路地に、小綺麗なのに怪しげな店があれば気になるよな。
「それで、私から聞きたいこととは何でしょうか?」
「ああ、要件がまだだったな」
 つい世間話をしてしまった。
「この国に来てからしばらく経って、ようやく落ち着いたところだ。それでそろそろ公爵家として先のことを考えなければならない。要するに金儲けだ」
「商会を作るということですね?」
「そうだ。俺の家名を使ってコワレ商会と名付けることにした。そして美しさをテーマの一つにして商品を扱おうと思う」
「美しさというと、美容液のようなものですか?」
「あれもそうだし、服やアクセサリーなどもそうだ。俺からすると、貴族服が派手なのはいいとして、庶民の服が地味すぎる。服が高いから自分で布から作ればああなるのは仕方ないけど、全体的に地味だろう。男がチュニックに腰紐ってのもなあ。だからイネスにはその美容部門の部門長を頼もうと思って呼んだわけだ」
 女性使用人たちに美容液を与えた時、ブリスとトビに与えたのはベルトのような飾り紐だった。荷運びと馬番だからアクセサリーよりもいいだろうと思って、酒と一緒に渡したらかなり喜ばれた。
「美容部門の部門長…………はえ?」
 イネスの右の眉毛が上がって左が下がった。器用だな。
「ど、どういうことですか⁉」
「分かりにくかったか? うちの商会に所属して、美容関係の商品を販売する責任者になってほしいということだ。店はこれまでと同じように開いてもらっても問題ない。素材も卸そう」
「わ、私がですか?」
「ああ、お前がだ。お前の腕が欲しい。俺のところに来てくれないか?」
 埋もれた人材を探し出すのは貴族の役目だろう。あの美容液はうちの屋敷ではかなり評価が高かった。そんなことを考えていると、イネスが一度顔を伏せ、それから天井を見て、またうつむいてしまった。
「……う……う……う……」
「う?」
 下を向いたイネスが「う」としか言わなくなった。壊れたか?
「う……う、う……嬉しいです! ありがとうございます!」
 イネスは少し下がると両膝を床について、俺に頭をペコペコと下げた。壊れてはいなかったみたいだけど壊れたように見えるのは、動きが極端だからだろうか。
 しばらくするとイネスは状況を把握したのか、真っ赤な顔をして椅子に座り直した。豹変ぶりが可愛いな。でも眺めているだけじゃ話が進まないな。
「それで商会を作る場所はもう決まっている。それがここだ」
 俺は王都の地図を取り出し、その場所を指した。
「貴族街ではないのですか?」
「貴族街の一番南で庶民街の一番北だ。そして面白いことに、三方が道に面している」
 この商会の建物は、元々がいくつかの建物を繋いだものらしい。今はになっている。北側は貴族街の一番南の通り、南側は庶民が使う商業区の一番北の通り、さらに東側にも道がある。要するに貴族街と商業区の境目にある中途半端な敷地だ。このブロックは緩衝材のような働きらしい。
 貴族が庶民街に行っても庶民が貴族街に行っても何かがあるわけじゃないけど、どうしても場違い感が出る。そのギリギリ境目がこのブロックだ。だからあえてこの場所を選んだ。コレットさんの実家のセドラン商会を始め、庶民向けの高級店はそのあたりが多い。
 俺は爵位なんてあまり気にしたくないけど、ダヴィドのように貴族は貴族らしくと考える者がほとんどだ。俺のような考えの方が珍しいだろう。だから商会を作ると聞いても、貴族相手だけじゃなくて庶民も相手に商売ができればいいと考えた。
 このあたりで貴族街にも商業区にも面している建物がないかとダヴィドに探すように指示をしていた。たまたま散歩中にこの物件が空きになったのを見つけたから、ダヴィドに押さえさせた。
「建物はもう使えるけど、中にはまだ何もない。商会だから美容部門だけじゃなくて他にも食料品や酒などの部門も作る。でも美容部門をいずれはメインにしたい」

 ◆◆◆

「ではイネス殿、こちらを」
「これは何ですカァア?」
 思いっきり声がひっくり返ったぞ。大丈夫か?
「これはコワレ商会の部門長であることを表す証明書です。公爵家の庇護下にあるという証明にもなりますので、もし困ったことがあればそれを示してください。おそらく大抵の者はそれで引き下がるでしょう」
「あ、ありがとうございます」
 俺が用意したのは社員証のような証明書だ。片側にラヴァル公爵家の名前と紋章、裏にはコワレ商会の部門長という地位、そしてイネスの名前を刻み込んだ。ついでに盗難防止に付与魔法をかけている。
「誰かがそれを奪ったら、頭の中で『帰ってきて』と念じたらいい。そしたら戻る。完全に壊れたら戻らないから注意してくれ」
「もの凄く貴重なものなのではないですか?」
「それか? 少なくとも高価じゃないな」
 素材は黄銅だ。イエローブラスや真鍮とも呼ばれる。五円玉とほぼ同じだ。
「銅と亜鉛の合金で、値段としてはそこまで高くない。でも豪華な感じはするだろう」
「はい。見た目だけなら金の薄板のように見えますね」
 イエローブラスなのでたしかに金っぽく見える。もう少し薄い色だけどな。
「見た目も重要だ。差別化という点でな」
 これを裏表が見えるように真ん中を抜いた革のケースに入れて首からぶら下げる。
「いつも見えるようにするのですか?」
「そうだ。これを付けていたらうちの幹部だという証拠になる。見えなければ意味がない」
 これを身に付けている者にケンカを売ってくるようなら、その時はきちんと対処する。もちろん警備はきちんと雇うし、イネスたちに怪我がないように最大限の配慮はするけどな。
「今日は会長もいるから、これから昼食も兼ねて顔合わせをしよう」
「え? は、はい」
 どうもイネスは押しに弱い傾向があるようだ。基本が大人しいんだろう。だから場合によってはこっちからどんどん話を進めないと状況が動かないこともありそうだ。全体的に自信がなさそうだから、アンナさんに鍛えてもらうことも必要かもしれないな。
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