元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十一部:家族がいるということ

腹の探り合い、あるいはじゃれ合い

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「気になるものですか?」
 俺の気になるもの発言でエミリアが周りを見るけど、もちろん室内に何かがあるわけじゃない。あくまでステータス上の話だ。エミリアは【鑑定】は使えない。光属性の一部の魔法が使えるだけだ。
「あら? 何か言いたそうね。言いたいこと口に出せば意外にスッキリするかもね。男性は出すとスッキリするでしょ? よかったら私に出す? 口でも手でもいいわよ。エミリアも一緒にどう?」
「ええっ⁉」
 エミリアが驚いて面白い顔になった。一〇年以上修道院で面倒を見てくれた相手だ。それがいきなり下ネタをぶち込んできた。親しい仲には遠慮なしか?
「院長、エミリアが壊れるから冗談はほどほどにしてくれ。とりあえずそれはノーサンキューだ」
「そう? 残念ね」
 あまり残念っぽい言い方じゃないな。
「それに俺に言わせたいんだろうけど、そう書いたくらいなら自分で口にしたらどうなんだ?」
「私にも自分で口にする踏ん切りがつかなくてね。口にするのは勇者様のくらいでいいわね」
「それはもういいって」
 このままだと話が進まないか逸れるかとどっちかだな。
「勇者様が言ってくれるとありがたいかな」
 言ってるのと同じだけどな。
「でもシュウジ様が言いにくいって珍しいですね」
 立ち直ったエミリアは俺と院長のやり取りに違和感を感じ始めた。これは要するにあれだ。少しずつ大きくなる風船を順番に渡していく……風船爆弾だったか? あれを二人でやってる感じだ。問題はいつまで続けるかだ。
「まあ少々心の整理ができてないからな」
 うーん、『起こる可能性のあることはどんなことだって起こるものだ』って言葉はシャーロック・ホームズだったか? それともマーフィーの法則か?
「勇者様は【鑑定】が使えるだろうって思って、ちょっと工夫をね」
「他人が見ても理解できないだろうな、それは」
 何度見てもステータス画面は変わらず。事実だとすれば、どれだけ俺にとって都合がいいのかって話だ。都合がいいとも限らないか。
「日報紙で謁見の写真を見た時はキトリーがビックリするくらいお茶を吹き出したのよね」
「その前に俺の名前くらい誰かから聞いてなかったのか?」
 召喚された時にエミリアが俺の名前の確認をしていた。エミリアは修道院から派遣されてたわけだから、名前くらいは教会や修道院に伝わってそうだけどな。
「直後はエミリアが召喚を成功させたってことだけかな。日報紙の試し刷りを貰って初めて顔と名前を知ったのよね」
 院長の口調がくだけてきた。ああ、こんな感じだったなあ。
 俺と院長の話は続くけど、お互いになかなか決定的なことは口にしづらい。そのことにだけには触れないかのように、どちらも当たり障りのないことだけを口にする。
「シュウジ様、お知り合いだったということですか?」
 さすがにこんな話を続ければエミリアだって気づくよな。
「知り合いというか……ああ、もういいか。まあ言ってしまうと、向こうの母親だ」
「はい?」
 名前が【マリー=テレーズ(テルミ)】だった。同僚からはテルちゃんって呼ばれてた。
「俺を産んだ母さんだ。俺が一〇歳頃に蒸発した」
 顔は俺の記憶にある母さんと全然違った。面影は全然ない。話し方くらいだろうか。だから最初にテルミって見た時は思い出すのに時間がかかって、そんな名前のミカンがあったかなって思った。あれは「きよみ」や「はるみ」だったか?
「あー、私ってひょっとして行方不明になってた?」
「オーナーからは絶対に探すなって厳命されて引っ越したから、どういう扱いになったかすら分からなかった。法的なことは全てオーナー任せだったから」
「……ごめんね、ホントに」
 母さんは頭を下げた。

 ◆◆◆

 ホントにつまらない男に惚れたものね。いわゆるなのは間違いないけど、正直それ以外はクズだったね。って知らない? 一時期ちょっとだけ流行ったのよ、高学歴・高収入・高身長の三つ。これがある男を見つけるのが安定した人生への近道だったのよね。
 私は普通の家庭に生まれて、それで普通の人生を送るつもりでいたんだけど、ちょっとやらかして水商売に。簡単にいうと借金ね。連帯保証人って絶対になっちゃダメよ。いい? 分かった? 親しい友達から頼まれても絶対にダメ。幼なじみでもダメ。
 そんな状況でもね、まあプライドを持って真面目に仕事はやってきたのよ。そこそこいいお店だったから客層は悪くなくて、その点では最悪にはならなかったかな。でもうっかりとこの子を孕んじゃってね。それで無理やり押し切って結婚までしたの。
 案の定、結婚生活は上手くいかなくて。それでも最初の頃はどうにか頑張ろうとはしたのよね。家事に子育て。仕事は続けていたけど時間をずらしたりして。でも向こうにその気がないからね。ロクに家にも帰らないし。まあおサイフ代わりだと思ってたけど、そのうちガタッと不況のどん底。それであいつは仕事をクビ。しかも結婚した時にはすでに外で女を作って遊んでたって有様。
 愛はとっくになくてもあいつは大切なおサイフ。このまま指を咥えてお金が漏れていくのを見てるわけにもいかないと思ったから、興信所を使って浮気の現場を押さえさせて、それで慰謝料をふんだくってバイバイ。ここから先は可愛い息子と二人で頑張って生きていきまーす。メデタシメデタシ……には残念ながらならなかった。
 離婚からしばらく経って息子ももう少しで一〇歳。私に似てお目々ぱっちりね。チョー美形。頬ずりすると少し迷惑そうな顔をするようになったから、できるうちにしてとかないとね。
 一人にするのは可哀想だけど、小学校に上がった頃から料理も洗濯もお留守番も一人でできるようになったから、私はまた仕事を元の時間に戻して働いてたのよ。そしたら忘れた頃にあのバカがまた店に現れた。「あの女とは別れるからヨリを戻そう」って。腹が立ったからボコボコにして追い返してやったら、今度はあの女が「あんたのせいよ」って逆恨みで乗り込んできたから、これもボコボコにして放り出してやった。それで「あースッキリした」なんて思ってたらかなりマズいことになったってわけ。
 最後にあの女をボコボコにしたのがマズかったみたい。あれの娘だった。仁義を通すとかそういう昔気質な方じゃなくてもっとヤバい方。クスリ漬けで売り飛ばされるならまだマシってくらいヤバい。それで昔から仲良くしてるレストランのオーナーに有り金のほとんどを渡して、私に何かあったら息子を世話してくれるように頼んで、とりあえず私は遠くまで逃げることにした……んだけど、ヤバいねえ。
 もう少しだけならお金はあるんだけど、どこまで逃げ切れるかなあ、なんて思ってたら、もう逃げ場はなさそう。ここはあれ、二時間ドラマで犯人が刑事に告白するような崖の上。下は白波がザッパーン。正面にはナイフを持ったあの女。向こうの方には黒い車とスーツを着た男たち。
 向こうは勝手に犯行の告白みたいなものを語り始めた。結婚してたのを隠して近づいてたみたい。そりゃ怒るわ。それであの男は処分されたらしい。処分ね。骨も残ってないんでしょうね。それで残りは私だけってことらしい。息子のことは知らないのかな? もし知っていてもさすがに子供には何もしないか。もうあの家にはいないはずだから。
 女は一歩一歩近づいてくる。あの時に顔を殴ってボコボコにしてやったから、あの女は私に直接やり返したいはず。向こうの黒服たちは私が逃げないようにするためだけね。撃つつもりならとっくに撃たれてるだろうしね。
 自分が絶対に逃げられないって知ったらどうする? それでも子供を守ろうと思ったらどうする? だからわざわざこんな遠いところまで逃げたんだけどね。他にも方法はあったかもしれないけど、私の頭じゃ大していい考えなんて出なかった。できる限り遠く離れたところまで引っ張り出して時間を稼いで、できれば相打ちがいいかな。
 あの女がこっちに向かって叫びながらナイフを振りかざした。こっちも腰の後ろからナイフを出す。あ、嫌な感触。刺すのも刺されるのも。そして最後は二人揃ってダイビング。水が冷たい。冷たいのに刺されたところは熱いなあ。
 人間って意外と簡単に死なないのね。息もできないはずなのにね。それならお別れの挨拶くらいできるかな。息子よ、頑張らなくてもいいから生きなさい。じゃあね。
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