元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十四部:それぞれの思惑

ベックができた理由(一)

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 ダンジョンの暴走スタンピード騒ぎも落ち着いた頃、クノー子爵のパトリス殿から手紙が届いた。領地での滞在を早めに切り上げて王都に戻ってきたのは、ジゼルの実家のあるベックについて今後の対応が決まったからだそうだ。今年についてはベックの調査であちこちに人をやったり自分で出かけたり、まあ忙しく過ごしたらしいことが手紙で分かった。これに関しては俺も絡んだので、屋敷に伺うという返事を出した。
 あの時は俺がたまたまベックに行ったから病気の大流行が阻止できた可能性が高い。黒パンのおかげでそう簡単に死なないとしても、もっと多くの村人が寝込むことになったはずだ。場合によっては看病の手が足りなくなって死者が出たかもしれない。少なくともそういう状態は防げた。どれもという仮定だけど、その程度で済んだのなら行った甲斐があったということだ。
 ベックは寒村というほど貧しくはなかった。でも収入源が少ない。だから病気が広まり始めても治癒師を呼べなかった。パトリス殿はベックをどうするかを考え、村長たちと話し合いを持つことにした。その際にどうしてカーラスから村人たちが離れて別の村を作ったのか、しかも税を減らすというのを領主が認めたのかを調べたそうだ。

 ◆◆◆

「まさかこういう結果になるとは思いませんでした」
「誰の身の上にも起こり得る話だろうが……ちょっと考えさせられる話だな」
 パトリス殿も困り顔だけど、説明を受けた俺も微妙な表情になってしまった。ベックがカーラスから独立した経緯について、どう表現したらいいのか困るような微妙な出来事の積み重ねだったと判明したからだ。クノー子爵邸にある歴代当主が書き残した書類を漁ったら、厳重に封印された書類箱が出てきたらしい。それを元にしてここ何か月も各所を調べさせたそうだ。
「そうですね。あの厳重な封印の仕方を見れば、何か大きなことが起こるまでは秘密にしておきたかったのでしょう。ですが頃合いです」
「そうだろうな。きちんとカタを付けた方がスッキリするはずだ。疑問に思っている者がいるなら」
 調査はベックとカーラス、領都アランス、そして王都の屋敷で行い、さらにラ=トゥール侯爵家にも調査を頼んでその頃の記録を掘り返したそうだ。
 貴族は手紙や書類を書く際に控えを作っておく。これは書いた内容を忘れないようにするためだ。領収書と同じようにカーボンを使った複写をする場合と、執事ブティエや書記が同じ内容を写す場合とがある。この写しが残っていたようだ。
 ラ=トゥール侯爵は最初はいい顔をしなかったそうだけど、俺が関わっていると知ってすぐに首を縦に振ったそうだ。すると経緯だけじゃなくて原因も発見された。その際にパトリス殿はラ=トゥール侯爵に謝られたそうだ。当時の侯爵家にも原因の一端があったから。
「当時の子爵は何があっても愛人と子供たちを守ろうとしたんだな」
「妻が完全な貴族至上主義者だったそうですね」
 当時の子爵の正室対愛人というレベルですらなく、正室のワガママから始まった狂想曲カプリスなのか狂詩曲ラプソディーなのか、まあそういう騒ぎがあったことが分かった。

 ◆◆◆

 当時の子爵はミキャエルという名前で、シドニーという名前のラ=トゥール侯爵家出身でガチガチの貴族至上主義者の妻がいた。侯爵家の四女だったそうで、子爵家当主の正室として嫁ぐなら許容範囲だと思うけど、場所が一番北だったのが彼女のプライド的には不満だったそうだ。常に王都はどうだったとか侯爵家ならこうだなどと言って子爵を困らせていたそうだ。
 そしてこれは珍しいことだけど、ミキャエルはシドニーから側室や愛人を持つことを禁止されていた。自分以外に跡取りを産ませないためにだ。側室や愛人が男児を産めば、場合によっては正室を入れ替えられる可能性がある。望んで嫁いだ場所ではなかったけど、彼女にとってそのようなことはプライド的に許されることじゃなかった。だから厳格に夫を管理した。
 ミキャエルとしては妻の実家との力関係から強く出ることができずに言いなり状態だった。まだ四か国の間で戦争もあった時代だ。中央から何を言われるか分かったものじゃない。だから妻に従わざるを得なかった。
 シドニーは女児を三人産み、それから跡継ぎの男児トマを産むと、義務は果たしたとばかりに夫にも領地にも関心を持たなくなった。そして社交のために娘たちを連れて王都に行くと、そのまま領地へは戻らなくなった。
 一方でミキャエルはほぼ王都に行かなくなった。面倒な妻がいる王都の屋敷で暮らす理由は彼にはなかったんだろう。そしてようやく抑圧から解放されて肩の力を抜くことができたのか、ミキャエルは使用人の一人に手を出した。それがマリーという名前のシドニーの侍女だった。いや、元侍女と呼ぶべきか。マリーも領地に置いていかれた身だった。
 マリーは元々はシドニーの実家であるラ=トゥール侯爵家に仕えていた下級使用人で、結婚の際にシドニーが侍女として連れてきたらしい。見た目は醜女一歩手前だったと記録にはある。なぜそんな使用人を連れてきたのかは分かっていない。夫の近くに美女を置かないようにという考えがあった可能性もある。何にせよマリーを監視役として領地に残したところ、夫がマリーに手を出した形になった。
 これは無理やりではなくて双方合意の上だったそうだ。マリーはシドニーに逆らうことはできなかったけど、ミキャエルのことをずっと心配していたふしがあった。そしてミキャエルの愛人となって以降、さすがに関係は隠していたけど、雰囲気で他の使用人たちは気づいていた。でも誰もそのことは口にしなかった。ミキャエルには頼りない部分もあったそうだけど、使用人たちに愛された主人だったんだろう。でもその翌年にマリーが男児を産んだのが問題の始まりだった。
 シドニーが領都アランスに帰らない間にマリー長男アンリはスクスクと育った。そして幼いながらも天才と言われるほどの物覚えの良さを発揮した。さらに三つ下にギヨームという次男も生まれた。一方でシドニーが産んだ跡取りのトマは、遠回しに言っても出来が良くなかったそうだ。
 マリーはミキャエルの寵愛を一身に受けていたけど、自分の息子たちをトマの代わりとして跡取りにしたいなどとは考えなかった。アンリとギヨームはミキャエルとマリーの間にできた子供だけど、もちろんミキャエルの息子だとは公表されていない。マリーはあくまでシングルマザーの使用人という立場だった。
 屋敷の使用人たちはアンリとギヨームの父親が誰なのかということには気づいていた。でもそれは誰も口にしなかった。漏れれば揉め事になるのが理解できたからだ。二人はあくまでマリーの息子というだけだった。そのあたりをミキャエルがどう考えていたのかは分かっていない。密かにマリーを抱くのであれば子供は作らないはずだ。【避妊】を使うか使わせればいいだけだ。なのに子供ができたということは、もしかしたら最初は何か考えていた可能性があるとパトリス殿は考えた。俺もそれには賛成だ。もしかしたらシドニーと別れて跡取りをアンリにしようと思ったけど、マリーがそれを断ったという可能性もなくはないだろう。そのあたりの真相は不明だ。
 それからさらに数年経って王都にいた娘たちが三人とも嫁いだ後、それまで領地に全く興味のなかったシドニーが思い出したかのように屋敷に目を向けた。するといつの間にかマリーが子供を産んでいた。シドニーにとってマリーの扱いはその程度でしかなかったわけだ。それでも勝手に子供を産んだということにシドニーは腹を立てた。そして罰を与えようと久しぶりに領地に向かうことになった。
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