異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第4章:春、ダンジョン都市にて

第6話:いい子と悪い子

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「ではこちらが報酬になります」

 レイたちの前には一三枚の金貨が並べられたトレイが置かれました。

「一枚多いよね?」
「多いですね。マーシャさんが間違えるとも思えませんけど」

 一頭あたりが金貨一枚。全部で一二頭だったので一二枚のはずです。一枚あまりますね。

「間違いではありません。一枚はお肉や内臓、魔石、爪の分になります。依頼としては毛皮だけですので」
「でも解体費用が必要なんじゃないの?」
「さすがにこれほどの毛皮を持ち込むようなパーティーにはギルドも配慮します。一二頭分で金貨一枚分にはならないでしょうが、その半分強にはなるでしょう」

 そこまで言われれば、いくらレイたちでも遠慮はしません。金貨を受け取ってマジックバッグに入れます。

「しかしまあ、なかなかの金額だな」
「そうでしょうね。私も初めて見ました。なかなか金貨も出ませんからね」

 冒険者になると言うと、父親のモーガンは金貨を四〇枚、それ以外にも大銀貨や銀貨や銅貨をまとめて入れたマジックバッグを渡してくれました。その三分の一近い金額を今日だけで稼いでしまったのです。もちろん一日の稼ぎとしては過去最高です。
 モーガンとしては、もしレイが冒険者として大成できなかったとしても、それだけあれば生活を立て直せると思って渡したのです。レイには贅沢をするという発想はありません。マジックバッグに金貨三〇枚、そしてラケルに金貨五枚を払いましたが、それは必要経費だと考えています。もちろんこれまでに貯めた分がありますし、サラにもシーヴもそれなりに持っていますよ。

「でも、大量に持ち込む冒険者はいるんじゃないですか?」
「はい、いますよ。ただ、大型の魔物を大量にというのは難しい上に、丸ごとでは値段が下がりますので」

 魔物を丸ごと持ち込むとギルドが解体しますので、解体した部位をそれぞれ売った合計金額よりも明らかに下がります。魔物肉がなくて困っていたアシュトン子爵領ですら、大型の魔物で四〇〇〇キールから五〇〇〇キールでした。金貨一枚分を稼ごうと思うと、二〇頭から二五頭持ち込まなければなりません。そのサイズのマジックバッグはなかなか手に入りませんし、小さなマジックバッグでも金貨何十枚もします。そうなると収納スキル持ちを雇おうかという話になります。
 収納スキル持ちは重宝されますが、逆にそのようなパーティーは、より儲かってより危険な依頼を受ける傾向にあります。自分の実力を考えておかないと苦労することもありますよ。

「それなのにパンダ一頭でこれなんだね」
「はい。その価値がおわかりいただけたかと思います」

 説明が終わると、マーシャはレイのほうに向き直りました。

「レイさん、今後も継続して持ち込んでもらえますか?」
「毎日出かけるかどうかは分かりませんけど、できる限り持ち込みます。でも予算的に厳しいなら調節しますけど?」

 レイにはあの森にグレーターパンダがどれだけいるのかはわかりませんが、毎回これならギルドの出費もかなりになるでしょう。ギルドには予算があるのをレイも知っています。

「いえ、お金は国から出ているので大丈夫です。無理のない範囲でできるだけたくさんお願いします、というところです。王都ではあの毛皮を待っている貴族の方が多いのです」
「それなら見つけたら狩るようにします」
「お願いします」

 マーシャの笑顔に見送られながらレイたちはギルドから出ました。

 ◆◆◆

「おかえりなさ~い」
「おかえりなさいませぇ」
「ただいま、ビビ、マルタ」

 今日も早い時間に白鷺亭に戻ったレイたちです。部屋で着替えると酒場で休憩しながら、どうすればもっとグレーターパンダを狩ることができるかを話し合います。

「あの森にしかいないけど、ゴブリンみたいにいるわけじゃないからなあ」
「絶対に中にはもっといるよね。でも森の中だとラケルが戦いにくいからね」
「できなくはないと思いますが、ご主人さまたちが倒しにくいと思います」
「それなら、私が見つけて引っ張ってくるのもありでしょう」

 普段は右手にハンマーを持っているラケルですが、ハンマーは片付けておいて、両手で盾を持っていました。そうして正面から来たパンダを、盾で受け止めて弾き返すのです。
 倒れたパンダを仕留めるのがレイとサラです。森の中ではグレイブは振り回しにくいでしょう。使うのはバスタードソードと日本刀になりそうですね。
 シーヴが森の中で見つけて外まで引っ張り出すのもありですが、丈夫さは四人の中で一番下です。森の中では誰でも動きづらいので、もし足をとられてパンダのローリングアタックの直撃を食らえば大怪我をするでしょう。

「簡単にパンダを呼び寄せる方法があればいいんですけど、そんなものがわかっていれば誰でもやっていますよね」

 シーヴが諦め気味にそう言った瞬間、サラがミードのジョッキをグッと空けて、立ち上がりました。

「パンダなら笹とか竹とかタケノコとか置いとけば寄ってくるんじゃないの? ミードおかわりっ!」
「そんな可愛いやつらじゃないだろ?」

 サラは勢いよく言いましたが、レイはそんなに簡単ではないだろうと考えます。
 ジャイアントパンダが竹をかじったり、タイヤやボールで遊んだりするのをテレビで見たことはあります。パンダはタケノコが好物だと知っています。でも、グレーターパンダは魔物ですからね。ナイフのように鋭い爪があります。人を襲って食べます。笹や竹やタケノコで釣られるとはレイには思えません。

「可能性がゼロでないなら、試しに置いてみたらどうですか? 竹なら北の森にいくらでもありましたよね」
「あったな。あそこにはパンダはいなかったよな?」
「いませんでしたね」

 北の森には竹があります。その森にはグレーターパンダはいません。いるのは北東の森です。

「あの森から移動できないんじゃない?」
「森から出てきたです」
「あ、そうか」

 森に出現した魔物は森から出ることがあります。特に増えすぎると出てきますね。

「まあ、一度サラの案でやってみるか。たしかに損はないからな」
「そうそう。上手くいったらお得ってことで」
「あの金額はお得どころの話ではありませんからね」

 明日は朝から竹を切り出してからパンダ狩りに向かうことになりました。ついでに自分たち用にタケノコを確保できればラッキーです。時期的にタケノコが出かかる時期ですからね。

「お代わりで~す」
「ありがとう、ビビ」

 カウンターの中にいたビビがサラの前にジョッキを置きます。彼女が空のジョッキを持ってカウンターに戻ると、今度はマルタがレイたちのところにやってきました。

「レイさぁん、手を出してくださいぃ」
「手を?」

 レイが右手を出すと、マルタはその手を左手で持ちました。握手とは反対です。それからマルタは——

「ちょっと待て。何をする気だ?」

 その手を自分のお尻へと近づけました。レイは慌ててその手を引っ込めます。

「触ってもらおうと思ってぇ」
「なんで触る必要があるんだ?」
「触られたらぁ、二階に行きましょうって言えるじゃないですかぁ」

 レイは両手を後ろに隠しました。
 酒場で給仕のお尻を触るのはお誘いです。給仕が客に腰を押し付けるのもお誘いです。お誘いとは二階へのお誘いのことです。

「それは当たり屋のやり口じゃないか。そもそも、この店ではそういうのはやってないだろ?」

 そういうサービスのある店ならそういうこともしている、というだけです。この店は家族経営の高級店ですので、給仕を誘って二階へ行くことはできません。

「パンダの話をしてたじゃないですかぁ。このあたりにいるパンダならグレーターパンダですよねぇ。ものすごく価値があるって聞きますよぉ」
「つまり、毛皮が欲しいと?」
「いいえぇ。お金持ちになりそうな人にぃ、手を出されておこうと思いましてぇ」
「ストレートだな」

 ストレートはストレートですが、デューラント王国では特別おかしな考え方ではありません。誰だって相手が貧乏よりも金持ちのほうがいいでしょう。

「兄たちがぁ、来年そろって結婚するんですよぉ」
「それで自分も結婚したいってことか?」
「違いますぅ」

 この白鷺亭の店長はマルタの父親のロニーです。その長男ハンプスと次男のモンスが来年結婚することになっています。家族経営ですので、結婚すればハンプスの妻は店を手伝うでしょう。
 次男のモンスはいずれ独立するでしょうが、独立資金が貯まるまではここにいるでしょうし、モンスの妻も給仕の仕事を覚えるのに見習いをするはずです。妹のビビもいます。その結果……

「給仕があふれるわけか」
「はいぃ。ビビもいますからぁ」

 現在のところ、店主で料理人のロニーは、日中はずっとカウンターの中で仕込みや調理をしています。ハンプスとモンスもその手伝いでキッチンにいることが多いですが、食材の買い出しに出かけることもあります。
 ロニーの妻のスサンは宿屋の受付やキッチンにいることもありますが、給仕に回ることもあります。マルタは宿屋の受付もして、それから客室の掃除と酒場の給仕です。ビビはまた小さいので、客室の掃除や洗濯、それからキッチンで皿洗いをしています。今もそうですね。
 この店は客単価が高めなので、人件費を払うことはできるということですが、さらに二人増えてもすることがないとマルタは事情を説明します。

「それは理解できるけど、俺を狙うのはやめてくれ」
「いけずぅ」
「いけずでいいんだよ。他人なんだから」

 それから何度かレイに絡んできたマルタですが、もちろん彼女には仕事がありますので、ずっとレイのそばにいるわけにもいきません。酒場に客が増え始めたころ、食事まで終えた四人はいつものように部屋に戻りました。

 ◆◆◆

「マルタっていい子ですね」
「そうだね。ほんわかお姉さんって感じで、近くにいるとなごむよね」

 二人は先ほどのレイとマルタのやり取りを思い返しています。

「あれがいい子か?」

 いきなり人の手をつかんで自分のお尻に触らせてるのがいい子の行動なら、この世の中に悪い子がいるのかどうか怪しいものだとレイは思いました。

「勝手に他人のお尻に触るのが痴漢でしょ? それが悪いことなんだから、逆に触らせてくれるんならいいことになるんじゃない?」
「んん? ちょっと待て……」

 あまりにも堂々と言われて、レイは混乱してしまいました。だから頭の中を整理します。
 Aさん(♂)がBさん(♀)のお尻を触ります。これは痴漢行為です。この場合、Aさんは痴漢と呼ばれます。Bさん(♀)がAさん(♂)のお尻を触ります。これも痴漢行為です。Bさんは痴女と呼ばれるでしょう。それなら、Bさん(♀)がAさん(♂)の手をとって自分のお尻を触らせればどうなるのでしょうか?

「それは単なる強制わいせつになるんじゃないか?」
「Bさんが嫌がってないんだから、単なるスキンシップじゃないの?」
「スキンシップで妻にしろって言われても困るんだけどな。でも、Aさんが嫌がったら強制わいせつになるよな?」

 この世界の常識や習慣に早めから慣れているサラやシーヴに比べて、まだ異世界ルーキーのレイには、対応しきれていない部分が多いのです。多いというよりも、抜けがあると感じでしょうか。そのうち少しずつ埋まっていくと思いますけどね。

「でも、ものすごく性根がきれいな子なんでしょうね。からめ手を使わずにまっすぐにぶつかってきたじゃないですか」
「まっすぐはまっすぐだけどな」

 真正面からぶつかるのがいいかといえば、そうとは限りません。搦め手も場合によっては必要ですよ。
 それはそうと、ラケルがまったく口を開いていません。何をしているかといいますと……

「痛くなりましたです」
「揉みすぎだ。揉んだら大きくなるってのはガセだからな。ほら、【治療】をかけるぞ」

 マルタの胸を見て、自分の胸を揉んでいました。はい、揉みすぎると炎症を起こしてその瞬間だけは大きくなりますが、症状が治まるとすぐに戻りますよ。
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