新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第一部

事情説明と異世界転移

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「カミカワさん、聞こえますか?」
「あ、はい。聞こえますけど……え~っと、どちら様でしょうか?」

 あれ、ここは会議室? え?

「カローラと申します。我々の不手際により大変ご迷惑をおかけしました」

 ゴンッ!

「いやいや、美人に頭を下げさせて喜ぶ趣味はないので、どうぞ頭を上げてください。それとおでこは大丈夫ですか?」

 けっこう鈍い音がしたけど。机に頭をぶつけた女性がしゃがみ込んだ。それに『カミカワさん』って呼ばれたけど、カミカワだっけ? カローラさんはおでこを押さえながら頭を上げた。

「……大丈夫です』

 いや、目が潤んでますよ。

「……ところでカミカワさん、まだ意識がはっきりしていないかもしれませんが、あなたは休暇でオーストラリアに来ていて、当時は現地で船に乗っていました。そのあたりのことは覚えていますか?」
「はい、大丈夫です」
「これからあなたの身に何が起きたかを説明いたします。少し理解しづらい内容かもしれませんが、とりあえず一通り説明を聞いてください」
「分かりました」



◆ ◆ ◆



「まず私は上級管理者と呼ばれる立場です。地球の人間からすると『神』と同じだと思って……すみません、痛い人を見るような顔をされても困ります」
「すみません。そんな顔をしましたか?」
「はい、そういう顔でした……。続きを聞いてください、お願いします。管理者というのは世界を維持管理するために働く者たちです。世界は少しずつ傷んでいきます。できる限り長持ちさせるのが私たちの仕事です。そして個々の世界を直接維持管理するのが下級管理者です。私はその上司、つまり監督する立場です。ここまでは大丈夫でしょうか?」
「なんとなく分かります」
「今回、地球を管理していた下級管理者の一人が、ミスによってカミカワさんたちが乗っていた船を吹き飛ばしました。乗員乗客全員が亡くなっています」

 ああ、大きな音が聞こえて誰かが叫んだ気がしたけど、あれが爆発か。じゃあここは神の世界とかいうアレかな。白くはないよね。どう見ても会議室みたいだけど。

「その下級管理者はリゼッタという名前です。彼女は事故を起こしてパニック状態になり、亡くなった方々の魂を別世界に持ち出して隠そうとしました。魂の勝手な持ち出しは禁止されていますし、下手に持ち出すと魂は壊れます。直前で上司が見つけて止めましたので、一応は未遂という形になりました。ですがその際、もうこれは不運としか言いようがないのですが、たまたま手に持ったままだったカミカワさんの魂を、驚きのあまり

 背筋がゾワッとした。潰れるんだ……。

「カミカワさんの魂ですが、無事だった部分は全体の二割程度でした。修復は部下の手には負えず、私が力を注いで残り八割を埋めました。ですが私の力の影響で、大変申し訳ないことですが、私と同じエルフになってしまいまして……」
「え? エルフ?」

 そんなに何度も頭を下げなくても。またぶつけますよ。

 あ、確かに少し細くて尖ってるね、カローラさんの耳。思っていたほど細くも長くもない。自分の耳も、あ~少し尖ってる。

「カミカワさんの魂の八割は後から補った部分です。上級管理者の私が力を注ぎましたので、八割程度とはいえ並の八割ではありません。魂の質としては普通のエルフ以上と言っても差し支えありません。その状態で肉体を再生しましたので、魂に引きずられて肉体も普通のエルフ以上になっています。すごかったですよ!」

 すごかった? 何が? 少し頬を染めてカローラさんが力説する。だから普通のエルフ以上って何が?

「あ……お気になさらず。今は魂と体を馴染ませている段階です。ちなみに寿命も普通のエルフよりかなり長くなります。長くなった人生を思う存分楽しんでください」
「あの……普通のエルフでもかなり長くないですか? そもそもエルフは地球では物語上の存在でしたけど」
「まあそれは諸々の迷惑料だと思ってください」
「でもエルフの姿で日本に戻るのは難しいですよね」
「はい、さすがに難しいでしょう。エルフが普通に存在している世界へと行っていただくつもりです。ご本人に相談もせずにそこまで決めてしまって申し訳ありませんが」
「いえ、カローラさんにとっても想定外の事態だったようですし、自分にも社会人として同じような経験がありますので」

 いるよね、真面目すぎてプレッシャーに負けてトラブルを隠そうとする部下。他の部署や、下手をすれば社外から苦情が来て、それでようやくトラブルが発覚するパターン。その尻拭いのためにどれだけ頭を下げて回ったことか……。

「そう言っていただけると助かります。転移予定の世界ですが、人としては人間が多めです。他にはエルフ、ドワーフ、獣人、妖精などの種族がそれなりにいます。カミカワさんのイメージする剣と魔法の世界、ファンタジーの世界だと思っていただいて問題ありません」

 日本に戻れないならどこも同じだよね。いや、別に投げやりになったわけじゃないけど。

「そのような世界がどれだけあるのか分かりませんけど、行き先はカローラさんにお任せします」
「ありがとうございます。そんなに危険な世界に送るつもりもありませんので安心してください。それと一人ガイドを同行させます。簡単に言いますと、異世界ヘルプ付きガイド付きです」
「ヘルプとガイドですか?」
「はい。ヘルプですが、頭の中で知りたいことについて考えるだけで答えが出てくるようになっています。向こうに着いたらぜひ活用してください」
「はあ」
「ガイドは先ほど名前を出したリゼッタに担当させます。彼女は降格によってしばらく管理者の仕事から外れることになりました。カミカワさんに謝りたいと言っていましたので、その期間はカミカワさんのガイド兼護衛をさせることになりました。そこまで来たようですね。入りなさい」

 入ってきたのは小柄な女性。茶色の髪は肩くらいまでの長さで、ややきつめの大きな目をしている。

「このリゼッタが同行します。管理者としての力は制限していますが、それなりに実力はあります。これから向かってもらう世界についての基本的な知識は持っています。ガイドとして、むしろ話し相手として使ってください。リゼッタ、カミカワさんに挨拶を」
「はい。カミカワさん! 今さら謝ってどうにかなる話でないことは重々承知していますが、一度謝罪させてください! 本当に申し訳ございませんでした! 今後は精一杯カミカワさんのお役に立てるよう頑張ります!」

 最敬礼?

「リゼッタとは向こうでゆっくりと話をしてください。いくらでも時間はあるでしょうから。ではそろそろ名前を決めましょうか」
「名前ですか? まあエルフに日本人の名前はあまり合わないでしょうしね」
「それもそうなのですが……カミカワさん、先ほどから自分の名前がしっくりこないのではありませんか?」
「そう……ですね。呼ばれても他人ごとのようにも思えますね」
「実は、それには魂の欠損が影響していまして……」

 カローラさんの話によれば、名前は魂に入り込むものらしい。僕の場合、名前がちょうどその欠損部分に入っていたので、今は自分の名前がよく分からなくなっていると。記憶に関する部分にはほとんど欠損がなかったので、自分の過去を記録した映画を見ているように感じているらしい。

「アイデンティティというほどではありませんが、あだ名がだったのは覚えていますので、それっぽい名前があればいいのですね」
「これから行く世界には地球で使われている名前もそれなりにありますね。以前に転生や転移をした人から伝わったようです」

 なるほど。先輩方がいるわけね。今もいるかどうかは分からないけど。もし会えたらそれぞれ生まれ育った時代のこととか話し合ったら面白そう。場合によっては喧嘩になるかもしれないか。

「ええと、ケン(Ken)で始まる名前ですね。エルフに限らず現地で使われているのは、ケント、ケネス、ケナード、ケンジット、ケネディ、ケネリー……他にもありますが、家名でないとすればケントかケネスでしょうか。ケネスなら略称はケン、愛称はケニーになります」
「では名前はケネスにして、ケンかケニーと呼んでもらうことにします」
「分かりました。ではそれで登録しましょう」

 カローラさんが僕の頭を抱え込む。顔が嬉しい。すると何かが『するっ』と頭に入った感触があった。今のが名前だったのかな?

「はい、ではこれでカミカワさんは正式にケネスさんになりました。すぐに自分の名前がケネスだということに違和感がなくなると思います。これからはこちらで呼ばせてもらいますね。リゼッタもいいですね」
「はい。ケネスさん、よろしくお願いいたします!」

 また最敬礼? ちょっと堅すぎないかなあ。

「こちらこそ、リゼッタさん。もう少しくだけた感じで、ケネスと呼び捨てでも大丈夫ですよ」
「分かりました。では私の方もリゼッタと呼び捨てでお願いします」
「これから旅の仲間になるんだから、もっと楽にしてもいいと思うけど」
「私はこれが地ですので、できるだけ努力しますが、あまり期待しないでください。ケネスはもっとくだけた口調でも構いませんよ」
「え、そう? じゃあこれくらいでいい?」
「はい」
「さて、ケネスさん、もう魂と肉体が馴染みきったようですね。そろそろ行きますか? それとももう少し待ちますか? タイミングはお任せします」
「まあ、あまり長居しても迷惑でしょうから、そろそろ行くことにします。どうしたらいいですか?」
「二人まとめて転移させますので、ケネスさんはリゼッタを抱きしめてください」

 抱きしめてって……う~ん、手を繋ぐのでいいですか?

「はい、では目を閉じてください。目を開けたままだとおそらく酔いますので。足元の感覚が変わったら目を開けても大丈夫ですよ」
「はい」
「リゼッタ、ケネスさんを頼みますよ」
「はい、全力を尽くします」
「ではケネスさん、次は良い人生を」
「色々とありがとうございました。行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」

 最後の挨拶はあっさりしたものだった。
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