新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第二部

キッチンと料理と斜め上の返事

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 さてと、人数も増えたから料理の種類も量も増やそうか。体のために野菜多めは当然として……ミシェルのために子供が好きそうなものを入れて。

 男女の関係なく子供が喜びそうな料理って、カレーは別格として、オムライス、ハンバーグ、ミートボール、シチュー、グラタン、ドリア、唐揚げ、親子丼あたりだろうか。

 そういえば、好き嫌いの確認はしてなかったな。

「ミシェルに好き嫌いはある?」
「特になかったですね。私もありません」
「エリーは米って食べてた?」
「米ですか? 食材として扱ったことはありましたが、食べたことはそれほどありませんでした。うちではほとんどがパンでしたね」
「このあたりでは米はあまり食べないのかな?」
「米やパスタはそのたびにまきが必要でしたから。パンはオーブンを使う時にまとめて焼いていました」
「確かに毎日米はハードルが高いか」

 イギリスで紅茶が労働者階級にまで流行したのも、お湯を沸かして紅茶を足せば『冷たい食事が』が『温かい食事』になったからだしね。都市が燃料不足で困るのはこの世界でも同じか。都市でまきを手に入れようとすれば、店で買うか外まで取りに行くか。

 まきだってタダじゃない。パンに比べれば高いものではないけど、みんなが欲しがれば値段も上がる。

 自分で森まで行って木を切り倒せば手に入るけど、その間は店を閉めることになる。そもそも大量には持って帰ることはできない。それに生木はそのまま燃やすと煙がひどいから、半年から一年は乾燥させないと使えない。乾燥した枝は誰かが先に拾っているだろうから、そう簡単には手に入らないだろう。

 煮炊きに使う魔道具だって決して安くはないし、燃料代わりの魔石も必要だし、普通の家庭ではそんなに使われてないだろう。



 保存庫から食材を出しながらエリーと話をする。ご飯はいずれは慣れてもらうとして、今日のところはパンかな。

 僕はご飯派かパン派かと聞かれたら当然ご飯派だけど、ご飯そのものはそれほど味があるわけじゃないから、子供は取っつきにくいと思う。よく噛めば甘みが出るって言うけど、子供にそれを求めるのは酷だろうしね。

 ご飯にするなら最初はカレーか親子丼がいいかな。外でおにぎりもいいかもしれない。この世界の人は海苔は大丈夫だろうか?



 今日のメインはハンバーグとエビフライ。添えにポテトサラダとニンジンのグラッセ。グラッセはステーキに合わせるんだっけ? まあいいか。他には温野菜とスープとパン。もちろんハンバーグの下にはトマトケチャップで味付けしたスパゲッティを忘れない。

 ハンバーグはあの森の猪肉と熊肉。牛と豚とは違うけど、これはこれで美味しい。熊肉は臭みがあるので、すでに下処理しておいたものを今回は使う。

 ミシェルのことを考えて一つ一つを少し小さめにしてたくさん作る。まずは猪肉とアク抜きをした熊肉を挽き肉にする。ミンサーが手に入ってからは楽になった。

 タマネギはみじん切りをそのまま挽き肉に混ぜる。炒めるよりも生の方がシャキシャキして食感が面白いからね。

 両手でタネをキャッチボールさせて空気を抜く。タネを小麦粉でコーティングして肉汁を逃さない。コーティングをしておくと、切った瞬間にジュワッと肉汁が出る。

 まずはフライパンで片面に軽く焼き色がつくまで焼いたら裏返して焼く。両面に焼き色がついたらオーブンに入れる。もしオーブンがなければ蓋をして弱火で。

 ハンバーグの作り方は色々あるけど、僕はこのやり方で作っていたのでそのままエリーに教える。オーブンは魔道具だけど基本的に使い方は変わらない。火力の調整はこちらの方がずいぶんやりやすいと思う。



 ブラックタイガーっぽいエビがあったので、これでエビフライを作る。

 尻尾の先を落として水分をしごき出したり、片栗粉で汚れを落としたり、背ワタを取ったり、やっぱり下拵えは大切。エビは腹に包丁を入れてスジを切ると揚げても曲がらないので、これも意外と重要。天ぷらの時も同じ。そして衣を付ける前にしっかりと水分を拭き取ること。

 エリーは油で揚げるというのはほとんどやったことがないらしい。やっぱりまきと油が高いから。どこの家でも揚げるというよりも揚げ焼きのような感じが多いらしい。少し油を多めにして、フライパンを傾けて端の方に寄せる感じね。

 そうやってエリーに僕の知っている料理を教えながら、エリーがミシェルに作っていた料理の話なども聞いていく。

「ところでエリー、包丁を持っている時にくっつくと危ないから。ほら、離れなさい」



◆ ◆ ◆



 ミシェルがハンバーグを気に入ってくれたかどうかは、食べる勢いを見ていたらすぐに分かった。やっぱり子供にはハンバーグ。なんちゃってデミグラスソースも口に合ったみたい。トマトケチャップとウスターソースで作ってみた。

「ママのごはんよりずっとおいしい」
「ミシェル、嬉しいのは分かるけど、危ないからフォークを振り回しちゃダメ」
「はーい」
「そうそう、手は顔より上に上げちゃダメだよ」

 ミシェルの何気ない言葉でエリーが凹んでたけど、それは仕方ないよね、日本の子供も大好きな料理ばかりだから。

 エリーもハンバーグは初めて食べたらしく、口に入れた瞬間、目をくわっと開けてこっちを見た。ミシェルの言葉を聞いた後だったから、泣きながら食べてたけど。

 エリーがミシェルに作っていた料理は、聞いた感じでは不味くも手抜きでもなさそうな普通の料理。この世界には同じ世界から先輩たちが来ているらしいけど、隅々まで異世界の文化が広がっているわけではない。料理にせよ道具にせよ。

 先輩たちは大変だっただろうね。便利な道具を知っていても、それをこの世界で再現する技術はない。制作を誰かに頼もうにも伝手つてはない。伝手つてがあっても資金はない。

 自分でハンドミキサーを作ってみたけど、モーターが作れないからね。モーターって電流と磁場でしょ。この世界には電気がないんだよね。しばらく悩んで、スイッチを押している間だけ[回転]を発動させる部品を作ってモーターの代わりにした。魔法が使えて材料があって自分で加工できて、それで初めて一人でも何とかなる。

 都市に住み、自分の家にオーブンがあるなら、料理は基本的にまとめて行う。パンは一週間分くらいまとめて焼く。肉もまとめて焼く。それはまきを節約するため。冷めた肉を固くなったパンに挟んで食べる。どうしてもそうなる。

 オーブンがなければ買ってきたパンとチーズで冷たい食事しか食べられない。温かいものが食べたければ屋台で食べるか店で食べるか。それもお金がかかる。

 温かい食事は都市で暮らす庶民にはそれなりの贅沢品。都市よりも田舎のほうが食事に関してはマシかもしれない。

 エリーもできる限り温かいものをミシェルに食べさせてたみたいだけど、それでも限界はある。毎日温かい食事はさすがに無理だったらしい。



 食事も終わってリビングの方でお茶を飲みながらみんなで話をする。とりあえず領都キヴィオ市へ寄ってから王都ヴィリョンへ向かうのは決定。エリーとミシェルはキヴィオ市から来たから戻ることになるけど。

「とりあえず明日は一日家でゆっくりしようと思う。エリーとミシェルの体調のこともあるし」
「それでいいと思います。ケネスは休んでいるようでも、いつでも何かしていますからね」
「溜まった解体作業を急かしてくるのはリゼッタじゃない」
「それはそれ、これはこれです。よそはよそ、うちはうちです。必要なことじゃないですか」
「それは二重規範ダブルスタンダートでしょ」



 部屋に戻ってマジックバッグを見たらカローラさんから返事が届いていた。



◆ ◆ ◆



 ケネスさん、まずはお手紙ありがとうございます。それと先日お渡しした私の写真集、喜んでいただけましたか? また新しい写真を撮りましたので入れておきます。さらに趣向を凝らしてみました。お好みのシチュエーションやポーズがあれば遠慮なく言ってください。

 あの蘇生薬ですが、あれは私がケネスさんとして作ったものです。ケネスさんが悲しい思いをしなくても済むように、通常の物よりも蘇生の可能性をかなり高めています。

 また蘇生させると同時に魂と思考の調整をします。あの薬で生き返ったは恩人であるケネスさんに好意を寄せるようになります。夫や恋人がいても、それほど気にしなくなります。

 当然ですが、何があっても夫にみさおを立てるという強い意志を持った女性には効き目はありませんので安心してください。夫や恋人と別れたい、夫や恋人を亡くしたことを忘れたい、あるいはすでに踏ん切りがついている、そのような女性にのみ効果があります。

 さらに、目が覚めてその好意を寄せる相手が目の前にいれば、それはもうケネスさんに激しい一目惚れをしてしまいます。

 一度亡くなったとはいえ、人種も変わって生き返るわけですから、新たな気分で新たな人生を送ってもらいたい、新たな門出を祝ってあげたい、そう思ってこのような仕様にしました。ケネスさんのお役に立てたのなら幸いです。

 あなたを愛するカローラ



 ……最後の部分でなんとなくいい話に持っていこうとしてるけど、やばい薬だよね、これ。汗が吹き出してきた。

 魂と思考の調整って言ってるけど、洗脳じゃないの? エリーに言うべきか隠しておくべきか……言うべきだろうなあ。隠して普通に生活できるほど神経は太くないよ……

 それにしれっと写真集が増えてるんだけど。この話を聞いた後に見れるわけないでしょ。また後日ね。『(秘)まるひケネス専用』は相変わらず。覚悟して見よう。見ないという選択肢はない。チェックされてそうだし。

 とりあえずエリーに話しておくか。重い足取りでエリーの部屋に向かった。



◆ ◆ ◆



「旦那様、期待してもよろしいのですね?」
「なんでベッドに座ってるの? さっきからそこの椅子を指差してるでしょ」



 ミシェルに聞かせても理解できないだろうけど、とりあえずだけエリーを部屋に呼んた。そして二人に使った蘇生薬について、カローラさんから聞いたことを正直に伝えることにした。好意を持ってくれることは嬉しいけど、薬でどうこうという点がね……。安心してくださいとは言われても無理。

「生き返ってたら夫のことが抜けていった気がすると言ってたでしょ?」
「はい、確かにそう言いました。今でも夫のことは記憶には残っていますが、『ああ夫がいたのか』程度で、他人事ひとごとのように思えてしまいます。こちらから押しかけて結婚したのに、不思議なものです」
「そのことなんだけど、実は事実が分かってね。それなりにひどい話だから、言うべきかどうか悩んだんだけど、隠しておくのもおかしいから言おうと思う。それで、ここまで言っておいて嫌な言い方だけど、ここから先を聞きたくないなら部屋から出てくれてもいいよ」
「いえ、大丈夫です。一度死んだということ以上にショックなことはありませんから」
「じゃあ話すね……」

 包み隠さず聞いたことを話す。あれは僕専用の薬だったこと。魂と頭の中をいじられて僕に惚れるようになること。亡くなった夫のことに踏ん切りがついているから夫のことが抜けていったこと。操を立てる女性であればそうはならなかったこと。

 エリーにすれば、夫に操を立てる妻じゃないと言われているようなものだけど、聞いているうちにどんどん嬉しそうな顔になっていった。

「つまり、私は夫についてはすでに踏ん切りがついていたわけですね。だから旦那様に惚れ込んでしまったと。それなら何も問題はありません。心の中で区切りを付けていたわけですから。今後は旦那様のために身も心も身も身も尽くしたいと思います」

 満面の笑みでそう言うエリー。うわあ、身が三回出たよね。そうだよね。エリーならそう言いそうだと思ったよ。話を聞いて冷めてくれることも、ほんのちょっとは期待してたんだけど。

 ここからは僕の覚悟の問題。ステータスを見たかどうかは関係なくね。勝手に生き返らせて放り出すっていうのは僕には無理。生きていくだけのお金を渡して頑張ってねというのも無理。『先輩はノーって言えませんよね』って会社で部下から言われていたのを今になって思い出すなあ。

「エリー、勝手に生き返らせたからには責任は取るよ。愛人どうこうの話も、今すぐってわけにはいかないけどね。今後はミシェルも一緒にこの家で、家族として暮らして、言いたいことを言ってくれてかまわない。それでいいかな?」
「はい、もちろんです! ところでミシェルも一緒ということは、いずれは親子ど「それは親として言っちゃダメでしょ」
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