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第一章 第二部
キヴィオ市を離れる、そして襲撃
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「明日はキヴィオ市を離れるからね。今日のうちに冒険者ギルドで荷物を受け取ろうと思う。受け取りだけだから一人で行ってきてもいいけど、みんなはどう?」
「たまには別行動でも大丈夫ですよ。みんなと食べ歩きでもしましょうか」
「いいですね~。全部の玉焼きを制覇したくなります~。そこまで美味しいわけではありませんが~あのチープさが癖になりますね~」
「ミシェルはどうする? ママたちと一緒にいる? パパに着いていく?」
「きょうはママといっしょにいる」
「じゃあ僕はギルドの方に顔を出してくるね。みんなも気を付けて。何かあったら連絡してね」
冒険者ギルドまでブラブラと歩いていく。うちはみんなで行動することが多いけど、いつも一緒ってわけではないし、一人で行動するのも嫌いではない。むしろ昔は一人で動いてばっかりだったなあ。トレッキングやロングトレイル。みんなでワイワイというよりも、一人で黙々と歩くほうが好きだったかな。
「六個入り、一つください」
「お、おう。ちょっと待ってな」
おじさんが少し驚いてこっちを見た。たしかにエルフって見ないよね。こういう表情をされるとエルフになったことを思い出すんだよね。それまで忘れてるから。
お腹が空いているわけじゃないけど、途中で玉焼きの店があったので一つ買ってみることにした。小麦粉に野菜くずを混ぜ、そこに水を加えて練り、粘り気が出たものを丸めてたこ焼き器で焼いている。たこ焼きと言うよりも水団の生地を焼く感じ。
「出汁は使わないのですか?」
「貴族様じゃあるまいし、そんな贅沢はできないだろ? 手間も時間もかかるしな。これ以上高くすると買ってくれないんだ」
「いえ、野菜の皮やヘタの部分でもいい出汁が取れますよ」
「え? ちょっと教えてくれ!」
「いいですよ。ええとですね……」
僕が教えたのはベジブロスという、野菜の皮やヘタを使った出汁。人参や大根の皮やヘタ、玉ねぎは茶色い薄皮も。葉物野菜の芯や付け根部分に茸の石突きなども使える。香味野菜は入れすぎるとキツくなるので程々に。これらを沸騰させないように一〇分ほど煮る。アクは取らない。後は漉すだけ。
節約とか健康とか、別にそういうことを考えていたわけじゃないけど、やってみたら意外に美味しかったので、それ以降は野菜くずを冷凍保存して溜めていた。
「はー、そんなところから味が出るのか?」
「ちなみにこんな感じです。試してみます?」
マジックバッグから小さな容器に入れたベジブロスを取り出して、店主の出した小皿に注ぐ。これはこっちに来てから作ったやつね。
「おー、野菜くずでもいい味が出るんだな」
「ええ、そのまま刻んで具にするよりも、出汁にした方が全体的な風味が強くなると思いますよ。野菜くずは出汁を取ってから刻んで具にすればいいんです」
「そりゃいいな。明日からやってみるわ。これはタダで持ってってくれ」
「いいんですか?」
「情報代情報代。もっと美味いのを作るから、また寄ってってくれ」
「分かりました。期待してます」
玉焼きは卵を使っていないからやや固め。味が薄いのでお世辞にもそこまで美味しいくはない。でも腹には溜まるし、昔を思い出す味というか、癖になる味だとか言われるのは分かる気がする。
屋台で少し時間を使ったけど、急ぐ必要もないし、のんびりとギルドへ向かった。
冒険者ギルドに入り、空いている受付に並ぶ。こだわりがあるわけじゃないから受付は誰でもいいけどできればハンナさんがいいな、と思っていたらポリーナさんの前が空いた。こういう時ってあるよね。
「レオニートさんからの依頼を受けにきました。こちらがその手紙です」
「ではご案内いたします。そちらの扉から中へ入っていだだけますか?」
「分かりました」
前と同じように、サッと立ってクルッと回りながら片手は胸に、別の手を伸ばしてドアを指差す。隣の受付のお姉さんが半目になってるよ。毎度のことなんだね。
ドアから裏へ回ってレオニートさんの部屋へ。やはり通路の角は直角に曲がる。ポリーナさんは僕を案内すると、片手を頭の後ろに回す花組ポーズをきめてから去っていった。誰が教えたんだろ。
「ケネス君、彼女のことは気にしなくていいですよ。『ギルド職員たるもの、常に礼儀正しく冷静に振る舞わなければならない』と教えたのですが、彼女だけは何を勘違いしたのか、あのようになってしまいました。まあ病気みたいなものです」
「気にはなりますが気にしないことにします。それで、今日は荷物の受て取りに来ました」
「準備はできています。こちらが渡してもらいたい荷物と手紙です。まず、この手紙を領主邸の執事に渡してください。まだ辞めていないのなら、ルスランという執事です。それから彼にこの荷物を直接渡してください。その際、『荷物は必ず本人に渡るように』と一言伝えてください。それで分かるはずです」
「なんとなく回りくどいことをしている気がするのですが」
「回りくどいですね、確かに。しかし場合によってはそれが必要となることもあります」
「急がば回れですね」
「そういうことです。それとこれは依頼料です。正式な依頼ではありませんが、払わないわけにはいきませんからね」
そう言うと、レオニートさんは僕の前に金貨を一枚置いた。
「これを運んで金貨とは、極めて重要なものなのか、それともかなり厄介なものなのか、どちらかでしょうね。中身の詮索はしませんけど」
「先に言っておきますと、中身自体は貴重でも何でもありません。これを運ぶことに意味があるのですよ。ケネス君にとって悪いことは何も起きないと私が保証します」
「分かりました。その言葉を信じましょう」
「ではよろしくお願いしますね」
「間違いなくお届けします」
厄介ごとに感じる手紙と荷物をマジックバッグに収め、明日にはこの町を出るとレオニートさんに伝えてからギルドを出た。結局この町でも買い物ばかりしてたね。明日は朝からエリーとミシェルが住んでいた北西部をちらっと見てから町を出る予定。
今日は朝から珍しく一人で行動しているけど、たまにはこういうのもいいなあ。みんなと一緒が嫌なわけではないけど、それはそれ、これはこれ。そして一人で歩いているとチラチラ見られることがある。普段はみんなと一緒に話しながらだったから、視線を気にすることもなかったのかもね。
家で使いそうな小物やミシェルが好きそうなお菓子などを買いながら、けっきょく夕方まで町中で散歩と買い物をしていた。
◆ ◆ ◆
翌日、みんなで早めに宿屋を出て町中を歩いていた。昨日話をした玉焼きのおじさんが、こっちを見て声をかけてくれたので近付いてみた。
「昨日聞いた出汁を使って早速作ってみたんだ。さっそく評判がいいな」
「じゃあ二人分お願いします」
「あいよ。それくらいならお代はいいぞ」
おそらく野菜くずから取った出汁を使って玉焼きを作っていく。昨日よりも香りが強い。食べてみたらいい出汁の風味が利いていた。みんなの反応もそれなりにいい。
「かなり美味しくなりましたよ」
「だろ? いやー、自分で試した時に、これはいけるなって。ありがとな」
「いえいえ、どういたしまして。頑張ってどんどん売ってください。あの出汁のことは広めてもらっても構いませんよ」
「自分から教えるほど人は良くないけど、聞かれたら教えるくらいだな」
「それからもう一つ、その調理器具を使った食べ物のアイデアがあるんですけどね」
「よし、拝聴しよう」
僕が説明したのは玉焼きとは別の甘味。小麦粉にサツマイモや栗などの甘みのあるものを練り込んだもの。本来は細かく切って入れた方が美味しいけど、火が通るのに時間がかかるから、その場合は先に蒸して入れる。そして水ではなく、できればミルクと卵を混ぜたものを使う
「原価は上がりますが、おそらく女性や子供にはこちらの方が人気が出ますよ」
「すぐには無理だが、いまので売上が上がれば次は試してみるわ」
この時にはたいして気にしてなかったけど、サツマイモや栗を使って甘くしたものが『エルフ風玉焼き』としてキヴィオ市を中心に広まってることを、次に来た時に知ってしまうのだった。
さて、これからこの町の北西部へと出かける。大きい町なので、あちこちに商店街とまではいかない商店の集まりがある。エリーの店もその一つだった。
民家が集中してるあたりなどは他の地区でもよく似ている。でもこの町を東西で分けると、東の方が明らかに発展している。町の中心もやや東寄りだし。この町の西はユーヴィ市、東はラクヴィ伯爵領、そしてそのずっと向こうに王都。やはり物は東から流れてくる。だから商店も東が多い。西側は小さめの商店が多いね。そんな中にエリーの店もあった。
しばらく歩いているとエリーの雰囲気が変わってきた。抱き上げているミシェルもじっとどこかを見てる。
「あのあたりが?」
「はい、あのちょうど角の店です。もう他の方が使っているようですね。奥が家になっています」
「あのへんがちょっとかわってる」
細かなところが変わったんだろう。そういうところによく気が付く子だから。
「すぐというわけにはいかないけど、またいずれ立ち寄ることもあるよ」
「いえ、特に懐かしいとかそういうこともありません。あの場所はすでに別の方の場所になっていますし」
「そうだね。ミシェルはまたここを見に来たい?」
「うーん、べつにいい。いまのいえのほうがたのしい。パパもいるし」
「そうか、じゃあいいか」
みんなでぞろぞろと歩く。リゼッタとカロリッタは何も言わずに後ろを歩いていた。そのままその街区を通り過ぎ、南の方からぐるっと回ってまた東の方へ戻るとキヴイオ市を離れた。
◆ ◆ ◆
キヴィオ市からラクヴィ市までの街道は少し南に下がりながら東へ向かっている。毎日歩けばおよそ一か月。家族も増えたし、無理して毎日歩く必要もないとは思う。そしてラクヴィ市までは町がいくつもあるので、ちょうど夕方に到着しそうなら泊まるつもり。
キヴィオ市は領内でもほぼ一番東にある町。近くに小さな町がいくつかあって、元々のキヴィオ男爵領はこのあたりだけだった。それがどんどん西へ西へと広がっていった。男爵は子爵へと陞爵し、ユーヴィ町はユーヴィ市になった。さらにはナルヴァ村もできた。
キヴィオ子爵領を分割して、ユーヴィ市を領都とした新しい貴族領を作る話も出てるらしいけど、当然キヴィオ子爵が首を縦に振る理由がない。それにユーヴィ市からナルヴァ村にかけてのあの一帯だけで一つの領地とするのは少しきついのだそうだ。麦はあるけどそれしかないとも言える。
キヴィオ子爵領からラクヴィ伯爵領へ。街道を歩けば何かが起きることもほとんどない。森から魔獣が出てくることもあるけど、気を付けておけば対処はできる。
そういえば、キヴィオ市にいる間にギルドで聞いたけど、パダ町の北の森にいたサイレントベアは退治されたそうだ。群れがいたらしい。ユーヴィ市で布を売っていた露店の店主とキヴィオ市で再会したけど、その店主も熊に襲われかけたとか。それが森に戻って今度はエリーたちの荷馬車を襲ったのかもしれない。
サイレントベアは[隠密]で気配を消した上に足音も立てないから、襲われる直前まで気付かないのだとか。それを聞いて[地図]の設定を見直した。[隠密]とかを使われても見えるように。
そんなことを考えていたある日、僕は襲撃を受けた。
コンコン
「どうぞ」
「ケネス、少しいいですが?」
「うん、大丈夫……ってなんで腕を?」
「マスター、お邪魔します~」
「ちょっと、カロリッタまで!」
入ってきた二人にいきなり両腕を抱え込まれた。
「私はエリーさんをケネスの妻の一人として迎え入れる覚悟を決めました」
「なんでいきなり?」
「ケネスは懐が深いですし、今後は助けた女性がこの家にはどんどん増えていくでしょう。そこで正妻の私がどっしりと構えていなければ、彼女たちも落ち着かないでしょう」
「だからなんで女性限定? 誰かに変な入れ知恵されてない?」
「私も第二夫人として~エリーさんを迎え入れることに賛成です~。夜の戦闘服も~充実しそうですし~」
「ちょっ、なんで僕を引きずり倒すの?」
肩を押さえつけられた。目の前には透けそうな生地のミニのチャイナドレス。こんな生地って売ってたっけ?
「エリーさんにこの素晴らしいドレスを作っていただきました」
「マスター、お風呂で磨いたお肌も~ピカピカに光ります~。すごいですよ~ほら~」
「恐縮です。下着もそのドレスに合わせて最高に男心をくすぐる一品に仕立ててあります。もちろんリゼッタ様からいただいた魔道具と素晴らしい仕立ての布がなければ無理でしたが」
エリーまで部屋に入ってきた。みんなでお揃いのチャイナドレス。僕は床に押さえつけられている。エリーは僕の胸あたりで仁王立ち。わざと見せてるよね。
「そんな魔道具って売ってたっけ?」
「カローラ様からエリーさんに渡すようにと言伝がありました。もちろんカローラ様にもドレスと下着を一式、すでにお渡ししています」
あー、カローラさん事案か。次の写真集はコスプレかな? ちゃんと見てますよ。見ないとそれはそれで何があるか分からないから。
「リゼッタ様、カロリッタ様、ありがとうございます。旦那様、末永く宜しくお願いいたします。身も心も身も身も旦那様に捧げます。旦那様は天井のシミの数でも数えていてください」
「ちょっと、なんで押さえつけるの?」
「ケネス、話を逸らしたいのは分かりますが、誰しも覚悟は大切ですよ」
「そうですよ~。覚悟を決めた人は強いんですよ~」
「それ意味が違うから!」
「たまには別行動でも大丈夫ですよ。みんなと食べ歩きでもしましょうか」
「いいですね~。全部の玉焼きを制覇したくなります~。そこまで美味しいわけではありませんが~あのチープさが癖になりますね~」
「ミシェルはどうする? ママたちと一緒にいる? パパに着いていく?」
「きょうはママといっしょにいる」
「じゃあ僕はギルドの方に顔を出してくるね。みんなも気を付けて。何かあったら連絡してね」
冒険者ギルドまでブラブラと歩いていく。うちはみんなで行動することが多いけど、いつも一緒ってわけではないし、一人で行動するのも嫌いではない。むしろ昔は一人で動いてばっかりだったなあ。トレッキングやロングトレイル。みんなでワイワイというよりも、一人で黙々と歩くほうが好きだったかな。
「六個入り、一つください」
「お、おう。ちょっと待ってな」
おじさんが少し驚いてこっちを見た。たしかにエルフって見ないよね。こういう表情をされるとエルフになったことを思い出すんだよね。それまで忘れてるから。
お腹が空いているわけじゃないけど、途中で玉焼きの店があったので一つ買ってみることにした。小麦粉に野菜くずを混ぜ、そこに水を加えて練り、粘り気が出たものを丸めてたこ焼き器で焼いている。たこ焼きと言うよりも水団の生地を焼く感じ。
「出汁は使わないのですか?」
「貴族様じゃあるまいし、そんな贅沢はできないだろ? 手間も時間もかかるしな。これ以上高くすると買ってくれないんだ」
「いえ、野菜の皮やヘタの部分でもいい出汁が取れますよ」
「え? ちょっと教えてくれ!」
「いいですよ。ええとですね……」
僕が教えたのはベジブロスという、野菜の皮やヘタを使った出汁。人参や大根の皮やヘタ、玉ねぎは茶色い薄皮も。葉物野菜の芯や付け根部分に茸の石突きなども使える。香味野菜は入れすぎるとキツくなるので程々に。これらを沸騰させないように一〇分ほど煮る。アクは取らない。後は漉すだけ。
節約とか健康とか、別にそういうことを考えていたわけじゃないけど、やってみたら意外に美味しかったので、それ以降は野菜くずを冷凍保存して溜めていた。
「はー、そんなところから味が出るのか?」
「ちなみにこんな感じです。試してみます?」
マジックバッグから小さな容器に入れたベジブロスを取り出して、店主の出した小皿に注ぐ。これはこっちに来てから作ったやつね。
「おー、野菜くずでもいい味が出るんだな」
「ええ、そのまま刻んで具にするよりも、出汁にした方が全体的な風味が強くなると思いますよ。野菜くずは出汁を取ってから刻んで具にすればいいんです」
「そりゃいいな。明日からやってみるわ。これはタダで持ってってくれ」
「いいんですか?」
「情報代情報代。もっと美味いのを作るから、また寄ってってくれ」
「分かりました。期待してます」
玉焼きは卵を使っていないからやや固め。味が薄いのでお世辞にもそこまで美味しいくはない。でも腹には溜まるし、昔を思い出す味というか、癖になる味だとか言われるのは分かる気がする。
屋台で少し時間を使ったけど、急ぐ必要もないし、のんびりとギルドへ向かった。
冒険者ギルドに入り、空いている受付に並ぶ。こだわりがあるわけじゃないから受付は誰でもいいけどできればハンナさんがいいな、と思っていたらポリーナさんの前が空いた。こういう時ってあるよね。
「レオニートさんからの依頼を受けにきました。こちらがその手紙です」
「ではご案内いたします。そちらの扉から中へ入っていだだけますか?」
「分かりました」
前と同じように、サッと立ってクルッと回りながら片手は胸に、別の手を伸ばしてドアを指差す。隣の受付のお姉さんが半目になってるよ。毎度のことなんだね。
ドアから裏へ回ってレオニートさんの部屋へ。やはり通路の角は直角に曲がる。ポリーナさんは僕を案内すると、片手を頭の後ろに回す花組ポーズをきめてから去っていった。誰が教えたんだろ。
「ケネス君、彼女のことは気にしなくていいですよ。『ギルド職員たるもの、常に礼儀正しく冷静に振る舞わなければならない』と教えたのですが、彼女だけは何を勘違いしたのか、あのようになってしまいました。まあ病気みたいなものです」
「気にはなりますが気にしないことにします。それで、今日は荷物の受て取りに来ました」
「準備はできています。こちらが渡してもらいたい荷物と手紙です。まず、この手紙を領主邸の執事に渡してください。まだ辞めていないのなら、ルスランという執事です。それから彼にこの荷物を直接渡してください。その際、『荷物は必ず本人に渡るように』と一言伝えてください。それで分かるはずです」
「なんとなく回りくどいことをしている気がするのですが」
「回りくどいですね、確かに。しかし場合によってはそれが必要となることもあります」
「急がば回れですね」
「そういうことです。それとこれは依頼料です。正式な依頼ではありませんが、払わないわけにはいきませんからね」
そう言うと、レオニートさんは僕の前に金貨を一枚置いた。
「これを運んで金貨とは、極めて重要なものなのか、それともかなり厄介なものなのか、どちらかでしょうね。中身の詮索はしませんけど」
「先に言っておきますと、中身自体は貴重でも何でもありません。これを運ぶことに意味があるのですよ。ケネス君にとって悪いことは何も起きないと私が保証します」
「分かりました。その言葉を信じましょう」
「ではよろしくお願いしますね」
「間違いなくお届けします」
厄介ごとに感じる手紙と荷物をマジックバッグに収め、明日にはこの町を出るとレオニートさんに伝えてからギルドを出た。結局この町でも買い物ばかりしてたね。明日は朝からエリーとミシェルが住んでいた北西部をちらっと見てから町を出る予定。
今日は朝から珍しく一人で行動しているけど、たまにはこういうのもいいなあ。みんなと一緒が嫌なわけではないけど、それはそれ、これはこれ。そして一人で歩いているとチラチラ見られることがある。普段はみんなと一緒に話しながらだったから、視線を気にすることもなかったのかもね。
家で使いそうな小物やミシェルが好きそうなお菓子などを買いながら、けっきょく夕方まで町中で散歩と買い物をしていた。
◆ ◆ ◆
翌日、みんなで早めに宿屋を出て町中を歩いていた。昨日話をした玉焼きのおじさんが、こっちを見て声をかけてくれたので近付いてみた。
「昨日聞いた出汁を使って早速作ってみたんだ。さっそく評判がいいな」
「じゃあ二人分お願いします」
「あいよ。それくらいならお代はいいぞ」
おそらく野菜くずから取った出汁を使って玉焼きを作っていく。昨日よりも香りが強い。食べてみたらいい出汁の風味が利いていた。みんなの反応もそれなりにいい。
「かなり美味しくなりましたよ」
「だろ? いやー、自分で試した時に、これはいけるなって。ありがとな」
「いえいえ、どういたしまして。頑張ってどんどん売ってください。あの出汁のことは広めてもらっても構いませんよ」
「自分から教えるほど人は良くないけど、聞かれたら教えるくらいだな」
「それからもう一つ、その調理器具を使った食べ物のアイデアがあるんですけどね」
「よし、拝聴しよう」
僕が説明したのは玉焼きとは別の甘味。小麦粉にサツマイモや栗などの甘みのあるものを練り込んだもの。本来は細かく切って入れた方が美味しいけど、火が通るのに時間がかかるから、その場合は先に蒸して入れる。そして水ではなく、できればミルクと卵を混ぜたものを使う
「原価は上がりますが、おそらく女性や子供にはこちらの方が人気が出ますよ」
「すぐには無理だが、いまので売上が上がれば次は試してみるわ」
この時にはたいして気にしてなかったけど、サツマイモや栗を使って甘くしたものが『エルフ風玉焼き』としてキヴィオ市を中心に広まってることを、次に来た時に知ってしまうのだった。
さて、これからこの町の北西部へと出かける。大きい町なので、あちこちに商店街とまではいかない商店の集まりがある。エリーの店もその一つだった。
民家が集中してるあたりなどは他の地区でもよく似ている。でもこの町を東西で分けると、東の方が明らかに発展している。町の中心もやや東寄りだし。この町の西はユーヴィ市、東はラクヴィ伯爵領、そしてそのずっと向こうに王都。やはり物は東から流れてくる。だから商店も東が多い。西側は小さめの商店が多いね。そんな中にエリーの店もあった。
しばらく歩いているとエリーの雰囲気が変わってきた。抱き上げているミシェルもじっとどこかを見てる。
「あのあたりが?」
「はい、あのちょうど角の店です。もう他の方が使っているようですね。奥が家になっています」
「あのへんがちょっとかわってる」
細かなところが変わったんだろう。そういうところによく気が付く子だから。
「すぐというわけにはいかないけど、またいずれ立ち寄ることもあるよ」
「いえ、特に懐かしいとかそういうこともありません。あの場所はすでに別の方の場所になっていますし」
「そうだね。ミシェルはまたここを見に来たい?」
「うーん、べつにいい。いまのいえのほうがたのしい。パパもいるし」
「そうか、じゃあいいか」
みんなでぞろぞろと歩く。リゼッタとカロリッタは何も言わずに後ろを歩いていた。そのままその街区を通り過ぎ、南の方からぐるっと回ってまた東の方へ戻るとキヴイオ市を離れた。
◆ ◆ ◆
キヴィオ市からラクヴィ市までの街道は少し南に下がりながら東へ向かっている。毎日歩けばおよそ一か月。家族も増えたし、無理して毎日歩く必要もないとは思う。そしてラクヴィ市までは町がいくつもあるので、ちょうど夕方に到着しそうなら泊まるつもり。
キヴィオ市は領内でもほぼ一番東にある町。近くに小さな町がいくつかあって、元々のキヴィオ男爵領はこのあたりだけだった。それがどんどん西へ西へと広がっていった。男爵は子爵へと陞爵し、ユーヴィ町はユーヴィ市になった。さらにはナルヴァ村もできた。
キヴィオ子爵領を分割して、ユーヴィ市を領都とした新しい貴族領を作る話も出てるらしいけど、当然キヴィオ子爵が首を縦に振る理由がない。それにユーヴィ市からナルヴァ村にかけてのあの一帯だけで一つの領地とするのは少しきついのだそうだ。麦はあるけどそれしかないとも言える。
キヴィオ子爵領からラクヴィ伯爵領へ。街道を歩けば何かが起きることもほとんどない。森から魔獣が出てくることもあるけど、気を付けておけば対処はできる。
そういえば、キヴィオ市にいる間にギルドで聞いたけど、パダ町の北の森にいたサイレントベアは退治されたそうだ。群れがいたらしい。ユーヴィ市で布を売っていた露店の店主とキヴィオ市で再会したけど、その店主も熊に襲われかけたとか。それが森に戻って今度はエリーたちの荷馬車を襲ったのかもしれない。
サイレントベアは[隠密]で気配を消した上に足音も立てないから、襲われる直前まで気付かないのだとか。それを聞いて[地図]の設定を見直した。[隠密]とかを使われても見えるように。
そんなことを考えていたある日、僕は襲撃を受けた。
コンコン
「どうぞ」
「ケネス、少しいいですが?」
「うん、大丈夫……ってなんで腕を?」
「マスター、お邪魔します~」
「ちょっと、カロリッタまで!」
入ってきた二人にいきなり両腕を抱え込まれた。
「私はエリーさんをケネスの妻の一人として迎え入れる覚悟を決めました」
「なんでいきなり?」
「ケネスは懐が深いですし、今後は助けた女性がこの家にはどんどん増えていくでしょう。そこで正妻の私がどっしりと構えていなければ、彼女たちも落ち着かないでしょう」
「だからなんで女性限定? 誰かに変な入れ知恵されてない?」
「私も第二夫人として~エリーさんを迎え入れることに賛成です~。夜の戦闘服も~充実しそうですし~」
「ちょっ、なんで僕を引きずり倒すの?」
肩を押さえつけられた。目の前には透けそうな生地のミニのチャイナドレス。こんな生地って売ってたっけ?
「エリーさんにこの素晴らしいドレスを作っていただきました」
「マスター、お風呂で磨いたお肌も~ピカピカに光ります~。すごいですよ~ほら~」
「恐縮です。下着もそのドレスに合わせて最高に男心をくすぐる一品に仕立ててあります。もちろんリゼッタ様からいただいた魔道具と素晴らしい仕立ての布がなければ無理でしたが」
エリーまで部屋に入ってきた。みんなでお揃いのチャイナドレス。僕は床に押さえつけられている。エリーは僕の胸あたりで仁王立ち。わざと見せてるよね。
「そんな魔道具って売ってたっけ?」
「カローラ様からエリーさんに渡すようにと言伝がありました。もちろんカローラ様にもドレスと下着を一式、すでにお渡ししています」
あー、カローラさん事案か。次の写真集はコスプレかな? ちゃんと見てますよ。見ないとそれはそれで何があるか分からないから。
「リゼッタ様、カロリッタ様、ありがとうございます。旦那様、末永く宜しくお願いいたします。身も心も身も身も旦那様に捧げます。旦那様は天井のシミの数でも数えていてください」
「ちょっと、なんで押さえつけるの?」
「ケネス、話を逸らしたいのは分かりますが、誰しも覚悟は大切ですよ」
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