新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第二部

カレーと米と麦、そしてある上級管理者の食生活

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 カローラさんは『そんなに危険な世界に送るつもりはない』って言ってたけど……うん、なかったね、はね。でも襲撃があるのは何かがおかしい。

 いや、素晴らしかったと思うよ、あのチャイナドレスも下着も。そう思えるのも、以前よりも明らかにが戻ってきてるからだろうね。でも二人がかりで引きずり倒して馬乗りっていうのはどうかと思うよ。

 どっと疲れた、精神的に。リゼッタとは合意の上だったけど、カロリッタの時は酔わされて、気付けば事後だった。そして今回は力技。たくましいよね、うちの女性陣。

 こんな時は無心に料理に取り組む。スパイスがかなり手に入ったからね。よし精神を集中。



 カレーは和食とは言えないけど、間違いなく日本の定番料理だろう。家庭ごとに隠し味が違うだろうし、ルーを複数使って深みを出すというのもよくある方法だと思う。

 でも男の一人暮らしで大量にカレーを作ると、食べきるのに時間がかかるし、多少アレンジしても飽きるものは飽きる。でも少量だけ作るのは手間といえば手間。だから僕はスパイスカレーばっかりだった。

 スパイスカレーと言うと一通り揃えるのが面倒と思えるかもしれないけど、一度慣れてしまうとそこまで面倒じゃない。僕が使っていたのはクミン、ターメリック、コリアンダー、カルダモン、シナモン、ナツメグ、トウガラシ、コショウ。いずれも粉末。全部スーパーの調味料のコーナーで揃う。それでも面倒ならを買っておけばそれだけでも十分。

 男の手料理なので、できる限り手間は省く。ハンバーグと違うのは、乱暴な言い方をすれば、手間を省いてもそこまで味が変わらないこと。



 タマネギ半分をみじん切りかスライスにしたもの、塩小さじ三分の一、油大さじ一、ニンニクとショウガ、以上をフライパンの中で混ぜ合わせてから火にかける。

 焦げないように数分炒めたらスパイスを入れて焦げないように炒める。

 一口大に切った鶏肉を入れ、色が変わるまで数分ほど炒める。

 火が通ったところでカットトマトを大さじ三ほど入れて少し煮込む。

 材料を切っておけば、火にかけてから一〇分程度でできるかな。

 焦げそうになったら少しだけお湯を入れれば大丈夫だし、材料を入れる順番を変えても問題はない。タマネギを茶色くなるまで炒めれば甘みが出るけど、あまり火を通さずにシャキシャキしたのもそれはそれで美味しい。カレーは自由。



 ただ今回は昔ながらの日本のカレーを作りたい。市販のルーは当然ないから、今回は小麦粉でルーを作る。

 まずは具材を炒める。タマネギはスライス、ジャガイモとニンジンは適当な大きさに。ミシェルも食べやすいように、具はあまり大きくしない。

 鍋で油を熱し、タマネギを飴色になるまで弱火で炒める。少し火を強くして、そこに肉を入れてしばらく炒め、さらにニンジンとジャガイモを入れて火を通す。いい感じに火が通ったらベジブロスかコンソメを注いで二〇分ほど煮込む。

 その間にルーの準備をする。フライパンに油と小麦粉を入れて混ぜ、弱火にかける。焦げないようにじっくりと炒めていると薄茶色のサラサラした状態になるので火を止めて先ほどの香辛料スパイスを入れる。トウガラシとコショウはごく少量だけ。これがルーになる。

 ただしこのまま鍋に入れると確実にダマになるので、鍋のスープを少し入れて混ぜる。最初は固まってびっくりするけど、スープを入れて混ぜるのを数回繰り返すとペースト状になるから、そうなってから鍋に溶かし入れる。

 最後は隠し味。これはそれぞれ好みがあると思うけど、砂糖と醤油を入れる。醤油は肉を炒める時に焦がすようにして入れる人もいる。まあお好みで。

 ご飯はジャポニカ米によく似た米を少し固めに炊いた。この米は[鑑定(管理者用)]を使っても[米]としか表示されなかったので、もう単に米でいいだろう。

 とりあえずカレーは以上。せっかく香辛料スパイスがたくさんあるから、これらを使って調味料をいくつか作っておく。



 香辛料スパイスとして一番手に入りやすいものはやっぱりトウガラシ。だからどうしてもトウガラシを使うものが多くなる。まずは一味と七味。

 ついでに柚子コショウもできた。柚子コショウは青いトウガラシとユズっぽい柑橘で作った。ユズやレモンがあるからポン酢醤油も。トウガラシとゴマ油でラー油も。変わり種としてはコーレーグスやホットソース。

 コーレーグスはトウガラシを蒸留酒に漬け込んだもの。ホットソースってピザにかける赤いビンのアレね。あれは商標だから。すり潰したトウガラシを発酵させて塩を加えてお酢で割った。素材も作り方も違うから別物だけど、それなりのものができたと思う。どちらも専用の熟成樽を用意して、調整しながら作ってみた。

 もう一つ、これは調味料としてではなく隠し味として使うために、ホットソースにさらに手を加えたもの。[濃縮]を使うことで激辛ホットソースができた。舐めてみたらしばらくの間のたうち回ることになったので、大人向けの食べ物の味付けとして一滴垂らすくらいだろうか。ビンに『触るな危険』と書いたラベルを貼っておいた。



「おいしー!」

 ミシェルの笑顔に癒される。どんどんお食べって言いたくなるね。

「旦那様っ! この香りは食欲を刺激されますねっ!」

 エリーは元気だね。今日は朝からテンションが高かったよね。鼻歌どころか歌ってたよね。クルクル回ってたからミシェルが怪訝な目で見てたよね。

「まあカレーが嫌いだという人は僕は聞いたことがなかったね。辛いのが苦手な人はいるけど」
「ケネス、カレーはもっと辛いものかと思っていましたが、そうでもないのですね」
「これはミシェルでも食べられるように辛くしてないからね。一口食べたら汗が出て止まらなくなるようにもできるけど」
「そうやって~一枚一枚脱がそうという魂胆ですね~?」
「旦那様! 急に熱くなってまいりました! 脱いでもよろしいでしょうか?」
「いや、これには辛いものは入れてないから」
「それでは、あの辛くするソースを加えたらいいのですね?」
「辛いのが食べたければ今度作るから、今日はそのまま食べたら? ミシェルも見てるんだし」



 ミシェルは二回もお代わりしてお腹をまん丸にするくらい気に入ってくれた。今度は辛いものも作ろうという話になったけど、エリーが魂胆を隠そうともしていないのがなんとも…でもそこまで脱ぎたいなら、今度はエリーにだけ超激辛でも食べさせようかな。



◆ ◆ ◆



 米と麦も植えた。植えたとは言っても蒔いただけ。これまでは買ったものばっかり使っていたけど、自分で育ててみたくなった。稲作なら実際に手伝ったことがあるし、なんとか手順と理屈は分かる。覚えていた通りにやれば大丈夫だろうと思っていたけど、いきなり最初で失敗した。いや、失敗と言っていいのか成功と言っていいのか。

 米は最初は育苗箱で発芽させてから田んぼに植えるという、普通の日本の稲作をしようと思った。でも育苗箱の中でどんどん育ってしまったから、移植するんじゃなくて田んぼに直播きした。いきなりやったことのない方法になってしまった。なかなか思い通りに行かない。

 耕した田んぼに軽く穴を開けて種を蒔いて土をかぶせる。土からある程度出てきたら水を張っていく。正しいかどうか分からないけど、すくすく育ってるから大丈夫だろう。

 麦も同じように蒔いた。麦は畝を作ってそこに穴を開けて種を蒔いて土をかぶせる。こちらは水は張らない。伸びてきたら麦踏みをする。麦踏みはミシェルが喜んでやっていた。

「あ、ジャンプしちゃだめ。そうそう、ゆっくり踏んで、ゆっくり」

 麦踏みって寒さに強くするためとか根を強くするためにするらしいけど、うちは常春だからそもそもいるのかな?

 これも勉強と思ってミシェルにさせてみたけど、外で見た時にやりたいと言い出さないかが心配かな。

「麦踏みはそんなに何度もするもんじゃないから。三回か四回くらいだからね」
「つぎはいつ?」
「次はね……あれ?」

 これだけ育つといつするんだろ? おそらく刈り取りまで一週間もかからないよね。それじゃ……

「次は明日にしようか」
「わかったー」

 翌日、まだ茎立ちはしてなかったので、もう一度ミシェルに麦踏みをしてもらった。なんだかんだで一日一回、合計三回踏んでもらった。そこで茎立ちしたので後はそのまま。ミシェルはまだ踏みたそうだけど、これ以上はいらないからね。でも一度刈り取ったらもう一度蒔くのもいいかな。我ながら親馬鹿になってきてるなあ。

 ミシェルの「もう一回だけ」に負けて、結局刈り取り後にもう一回だけ蒔くことになった。娘には勝てない。その時はミシェルにも蒔くのを手伝ってもらって、刈り取りまで一緒に作業をした。危険なのは鎌くらいだから、もう少し大きくなったら一人でもできるかな。もしくは危なくない鎌を作るかだね。

 米と麦は穂がちょうどいい感じになった頃に止まるから、鎌で刈って脱穀機で実を取って。蒔いてからほぼ一週間で刈り取り。急がなくてもいいのは本当に助かる。野菜と違って、食べる分だけ刈り取るのはおかしいしね。

 さすがに肉は無理だけど、これで野菜と米と麦については自分のところで育てたものだけでカローラさんに『お裾分け』できるね。それとハチミツもあるか。



◆ ◆ ◆



 既報のように、上級管理者として忙しく働きながら周囲から尊敬の念を抱かれているカローラ。彼女の生活は少し前まではそれなりにながらもなんとか普通の範囲に収まっていた。

 そのだらしなさが、まるでジェットコースターのように急上昇したり急降下したり、はたまた回ったり後ろに進んだり、とんでもない軌道を描くようになったのはケネスを知ってからだった。

 ケネスがある地上世界に転移してからは、ストーカーのごとく彼の生活をチェックし、手紙や写真集を渡し、返事があればそれだけで歓喜し、贈り物を受け取れば数日は不眠不休で目をギラつかせながら仕事をこなした。

 夜は夜で彼の夜の生活を覗き見し、そのせいで寝不足になることも多く、朝はゾンビのように朝食を取った。あれからしばらくはそのように過ごしていたが、その壊滅的な生活に変化が現れたのは、ケネスから服と食べ物が贈られてからだった。



 ケネスはエリーとミシェルを生き返らせることができたことへのお礼として本振袖一式を贈った。年齢的には二〇代なので大丈夫だろうと思って選んだのだが、カローラは「これを着た私を脱がせたいということですね」などと言って抱きしめながらクネクネしていた。

 エリーはケネスとは別の衣装を贈った奉納したが、こちらはもっぱらコスプレ用衣装として使われている。そしてコスプレをすれば当然ながら写真撮影を行い、な写真も多い。

 ケネスはケネスで人がいいのか、もしくはができたのか、「赤い方がお似合いですよ」とか「照明はもう少し横からの方が」など、それなりに細かなコメントを返している。カローラとしてはその意見を次ののために参考にしているので、相乗効果でどんどんケネス好みの写真集が増えることになる。



 そしてもう一つは食べ物。これこそ彼女に非常にをもたらしたものだった。

 ケネスは家の裏で色々な野菜を育てているが、その種類がここのところ急に増え始めた。もちろん市場に出回っている野菜を全て育てているわけではないが、すでに八百屋の域は超えているだろう。

 これは放っておいても腐らないというのが大きい。種を蒔いて数日経てば食べごろができているのだ。畑で採れた野菜や狩ってきた魔獣の肉などを使った料理を、彼はカローラに贈っていた。

 たまたまクマ肉のシチューを作った時に、「入れておいたらカローラさんも食べるよね」と考えたのが最初だった。受け取ったカローラは、頭の中では「ああ、ケネスさんが私の中を上から下まで触っていく」などと言ってクネクネし、「ケネスさんの手料理が毎日、できれば毎食食べたいです」とプロポーズなのか食い意地が張っているのか判断しづらい返事を返した。そして料理が好きなケネスは、カローラが喜んで食べてくれたと分かれば次も贈るのは当然だろう。

 夕食を作る際に一人分増やしたり、時間がある時に色々な料理を作り溜めたりして、着々と餌付けを続けた。最近は米や麦も収穫できるようになり、肉と茶葉以外はほぼ家で採れたものだ。いくらでも採れるから好きなだけ作ってありったけ贈る。

 その結果がどう出たか。



 ある夜、際どい衣装を着て鏡の前でポーズを取っていたカローラは気付いてしまった。「あら、あなたはどうしてにいらっしゃるの? 場所をお間違えでは?」と質問したくなるようなに。

 さらにケネスからは「カローラさんは普段はどんな料理を作るんですか?」などと悪意なく聞かれ、まさか「焦げた目玉焼きが一番多いですね」とか「コーンフレークには自信があります」などと言えるわけもなく、日々料理の練習とダイエットに励むことになったとか。結果としてカローラの生活はかなり改善されたため、彼女にとってはよかったのだろう。
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