新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第二部

ラクヴィ伯爵、そして再会

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 エス町を出てさらに東へ四日、お昼が近付いてきたころになってラクヴィ市の城門が向こうに見えてきた。伯爵領の領都だけあってさすがにこれまでとは規模が違う。王都にもだいぶ近くなってきたので、並んでいる人の数も多そうだ。

 十分近付いてから人目に付きにくいところを探し、エリーとミシェルに出てもらった。ここでお昼を食べてから町へ向かおう。

「ミシェル、あれだけ並んでるけど待てる?」
「うん、まてる」

 ミシェルがそう言ったので、ちょっと頑張って並んでもらおう。無理そうなら肩車をしたらいいしね。



◆ ◆ ◆



 ラクヴィ市の城門ので順番を待っている。ミシェルはしばらくはじっと並んでいた。もちろん僕と手をつないでいたけど。それでも一五分くらいだったかな。何も言わないけどキョロキョロし始めた。回りは大人ばっかりだから、小さなミシェルでは前の人の背中やお尻しか見えないし、落ち着かないよね。もちろん無理はさせないよ。抱っこしたらじっとしたので、やっぱり不安だったんだろう。

 中に入って町の広さに驚く。さすがにお隣が直轄領で王都があるとなれば、この町がここまで大きいのにも頷ける。キヴィオ市も大きかったけど、その二倍から三倍は立派かな。キヴィオ市もラクヴィ市も五日ほど滞在したけど、ここを見て回るのはもう少しかかりそう。

 城門で三〇分以上待たされたけど、感覚的にはまだ午後二時くらい。この時間なら訪問しても大丈夫だろう。夕方になるとさすがに迷惑だろうしね。

 貴族の邸宅を訪問するには、まず手紙でお伺いを立てて、その返事をもらってから訪問するらしい。今回はレオニートさんの直筆の手紙があるので、直接持っていっても大丈夫だということだ。なんかやたらと回りくどいやり方を指示されたのが気になるけど。

「町を見て回るのは後にして、とりあえず先に荷物の配達に行くよ」

 領主邸は町の中央部、少し高くなった丘の上にある。この丘の周辺には建築物はない。不審者がいても目立つね。



 前まで行くと二人の門番が立っていたので、訪問の理由を伝えた。

「ケネスと申します。キヴィオ市冒険者ギルドのレオニート氏より、荷物と手紙の配達の依頼を受けて参りました。こちらがレオニート氏がこの屋敷の執事のルスラン殿に宛てた手紙です。まずはこちらをお願いします」
「確認を取りますので、ここでしばらくお待ちを」

 そう言うと門番の一人が手紙を持って屋敷の中へ入っていった。別の門番の人が門から中に入ったところに椅子を用意してくれたので、みんなで座って待つ。親切だね。しばらくその場で待たされることになったけど、屋敷や庭を眺めていたら、そこまで退屈しなかったと思う。



 そろそろ一五分くらい経ったかなと思ったころ、屋敷から執事っぽい服装をした年輩の犬耳の男性がやってきた。

「執事のルスランと申します。それではご案内いたします。こちらへどうぞ」

 彼は僕たちを丁寧に応接室に案内してくれた。ここで彼にもう一つの要件を伝える。

「ルスラン殿、こちらがもう一つ預かった荷物です。レオニート氏から『荷物は必ず本人に渡るように』とに伝えるように言われました。よろしくお願いします」
「承知いたしました。間違いなくお渡しいたします。ご心配なきよう。もうしばらくお待ちください」

 ルスランさんが出るのに合わせてメイドさんが入ってきた。

「お茶をお持ちいたしました」
「ありがとうございます」

 メイドさんがお茶とお菓子を出してくれたので喉を潤す。お菓子は全部ミシェルの前に集められた。ミシェルはお菓子をもぐもぐと食べている。こういう場できちんとできる良い子だ。

 突然廊下からガタッという大きな音がしたかと思うと、ドアが勢いよく開いた。しばらくして入ってきたのは険しい目つきをして息を切らせた壮年の男性。その後ろには、やはり険しい目つきをして息を切らせた若い男性、そして三人の女性。五人とも耳は違うけど犬人だね。でも男性二人の顔を見る限り、あまり歓迎されている雰囲気ではなさそう。にらまれたりうらまれたりする覚えもないんだけ。

「……ふう、俺がここの領主のエリアス、こちらが妻のアンナと次女のマイカ、こちらが長男のファビオとその妻のノエミだ」

 僕たちの前にいるのはラクヴィ伯爵、その夫人と伯爵の娘、伯爵の息子とその夫人、ということらしい。

「初めまして、冒険者をしているケネスと申します。こちらはリゼッタとカロリッタ、こちらがエリーとミシェルです。この度はキヴィオ市冒険者ギルドのギルド長、レオニート殿の依頼で荷物の配達に参りました」
「まったく、あいつも厄介なものを……」
「レオニート殿をご存知ですか?」
「魔法使いで冒険者ギルドのギルド長というのは珍しいからな。まあ、あいつのことはどうでもいい。それよりもだ!」

 そう言うと伯爵は腰を浮かせた。

「何でしょうか?」
「娘が、お前のことを、ずいぶんと、気に入っているようだが、一体! いつ! どこで! 何をした?」
「え? いや、初めてお会いしましたので、気に入るも何もないと思いますが……」
「父上、落ち着いてください!」

 伯爵が身を乗り出してきたので、思わずのけ反った。あやうくテーブル越しに掴みかかられるかと思ったら長男が止めてくれた。

「ケネス君、妹が各所に『ケネスというエルフの男性が現れたら連絡してほしい』という内容の手紙を何年も前から送っていたのは僕も把握していたよ。受け取った人物を特定して口止めしておいたけど、まさかキヴィオ子爵領にまで送っていたとはね」

 口調は丁寧だけど、父親と一緒だね。

「父上と兄上ならそれくらいはするだろうと思って、もう一つ手を打っておいて正解でした。それにしても……そこまでして人の恋路を邪魔するとは……ケルベロスとオルトロスに食われますよ」

 そう言うとマイカという娘が立って僕の前まで歩いてきた。僕の方をじっと見てきたので、立ち上がったらいきなり抱きつかれた。え?

「……お久しぶりです、カミカワ先輩」

 胸元から小さな声が聞こえた。僕も小声で返す。

「……え? その言い方は、マサキさん?」
「はい、今はマイカという名前です。そっちで呼んでください。呼び捨てで」
「あー、じゃあマイカ、驚きすぎて何を言っていいのか分からないけど、お父さんとお兄さんが血涙を流して、すごい表情になってるんだけど」
「いいんです。あの人たちバカは放っておいて。ぎゅっとしてください」

 泣きながらしがみついてくる。僕も彼女を抱きしめる。彼女の父と兄が立ち上がってこちらへ飛びかかろうとした瞬間、二人の脇腹に女性たちの貫手が打ち込まれてうずくまった。貫手って当たるとザクッて音がするんだね。へー、初めて知った。

 しばらくするとマイカが離れたので、あらためて座り直して話をすることになった。床に転がっていた二人はここで退場。ノエミさんが「では私はここで」と言って、うずくまっていた二人を引きずっていった。



「愚夫と愚息が失礼しました。ケネスさん、以前から娘がお世話になっていたそうで」
「いえ、こちらこそいきなりやってきた上に、このような事になって申し訳ありません」

 僕たちの向かいには伯爵夫人のアンナさんだけ。マイカは座った僕の膝の上で横座りをしている。普通に座ってほしいんだけど。

 そして思い出したけど、マサキさんてマイカって名前だったね。名字でしか呼んだことないから気付かなかった。

「この子は小さな頃から非常によくできた娘で、それを不思議に思っていたのですが、何年か前に事情を話してくれまして……」



 アンナさんが言うには、マイカは物覚えが非常によく、弟や妹たちの面倒をよく見るし、まったく手のかからない娘だったと。その娘が三、四年ほど前、秘密の話だと言って産みの母にだけ打ち明けた内容が、『前世の記憶を持っている』ということだった。

 年頃の娘のよくある夢物語だと思ったけど、それにしては話が上手くでき過ぎている。少し信じてみようかと思ったまま数年経ち、その話を忘れかけたころに僕が現れたと。

 産みの母というのは、ラクヴィ伯爵には妻が三人いるから。アンナさんが正妻で、アンナさんの実の子供がさっき退場したファビオさん、そしてマイカ。他に妹と弟がいるらしい。伯爵の子供は全部で一〇人以上いるけど、マイカは第四子で次女らしい。

「記憶が完全に戻ったのは三年ほど前でした。先輩がいずれこの町を通りかかるとカローラさんに言われたのを思い出しましたから、この町のギルドと、お隣のキヴィオ市の冒険者ギルドにも、先輩が来たら連絡をくれるようにと頼んでおきました」
「じゃあ、その小箱がその合図だったの?」
「いえ、これはレオニートさんの考えだと思います。あの人には王都で何回か会いましたけど、ものすごく考えて行動する人です。今回はわざわざ手紙と荷物を分けたりとか」
「かなり回りくどいやり方だとは思ったけどね」
「先にルスランに話を通して、何があっても私に先輩のことが伝わるようにしてくれたみたいです。レオニートさんにはあらためてお礼をしなければ」



 パン、と一つ手を叩いてアンナさんが立ち上がった。

「はいはい、恋人同士の語らいならベッドの中とか湯船の中とか、もう少し相応しい場所があるでしょう。みなさん、本日は当家にお泊まりください。マイカ、あなたはケネスさんたちを離れの方へ案内なさい。あなたも饗応きょうおう役としてそちらに泊まるように。夫と息子あのバカどもには決して近付かないように、言葉と拳で言い聞かせておきます」
「分かりました」
「ケネスさん、娘にはベッドでのマナーも含め、一通りのことは仕込んでいます。あなたのところにいても決して邪魔にはならないと思います。娘のことは末永くよろしくお願いします」
「いえ、あの、えーっと、マイカが僕に着いてくるのは決定なんですね」
「私が付いていったら嫌ですか?」
「嫌じゃないけど、いいのかなってね。伯爵家のご令嬢でしょ? 僕もだけど、伯爵家にも面倒なことが起きない?」
「この子はもう子供ではありません。将来のことについて私が口を出すことはありませんし、夫と息子にもきっちり言い聞かせます。私が口を出すとすれば……マイカ」
「はい」
「早く孫の顔を見たいから頑張って搾り取りなさい。保存庫にお酒も用意してあります。孫が生まれたら顔を見せに来なさい」
「はい。一発必中、百発百中の心意気で頑張ります」
「ちょっと待って!」
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