新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第三部

リフォーム、そして攻防

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 書庫があふれた。

 マイカの蔵書は二万冊を超えていた。それをどう収納するか。三部屋も四部屋も書庫にするのはどうかと思うし、かと言って外に図書館を建てれば本を取りに行くのが面倒になる。

 だから二階の二部屋を書庫にして、魔法を駆使して作った紙のように薄くて天井まで届く収納率の非常に高い本棚を作って並べようとした。それが問題になりそうと思ったのが実際に作り始めてから。理由はミシェルも読みたがったから。当然と言えば当然か。

 魔法で作った本棚なら、狭いスペースに大量に本棚を並べても倒れたり崩れたりはしないけど、ミシェルがよじ登る可能性も出てきた。遊び場所じゃないと教えても、上の方にある本を取ろうとして登ることは考えられる。それならあまり高くはできない。

 とりあえず並べかけた本を横に置き、さあどうしようかと考えている間にみんなが読み始め、さっそくカローラさんが追加の本を送ってきたみたいで、どんどん廊下にも積まれていった。勝手に廊下に積んだのは誰?

「ケネス、この『セーラー服』シリーズを一列に並べたいのですが、そのような配置にできませんか?」
「だから、どうして全部出すの? 一冊だけでいいでしょ?」
「先輩、並べることに意味があるんですよ?」
「あってもそれは今じゃないでしょ?」
「パパ、このえがいちばんすきー」
「マスター、ミシェルちゃんが気に入った作者の作品は~一番手前に並べましょうよ~。ミシェルちゃん、取りやすいところにしてもらいましょうね~」
「うん!」
「旦那様、ミシェルが無理を言ってすみません」
「もう決定なんだね。いや、そうなりそうだとは思ってたけど……」
「マスター、時空間魔法で広げればいんじゃないですか~?」
「あの黒いモヤモヤは部屋の入口には向いてないと思うけど」
「いえ~、既存の空間を広げるなら~出入り口を毎回通らなくてもいいんですよ~」
「そのあたりをもう少し詳しく」
「この空間の持つ魔力を~自分の魔力で~ぐっと掴んで~壁を『えいっ』と押す感じにすれば~空間を広げることができます~。マスターなら~できるはずですよ~」
「『えいっ』てねえ……」

 ええっと、空間の魔力を掴む……ええと、それはなんとなく分かる。壁で魔力が途切れてるからね。これが部屋の端から端までの魔力だね。それから、壁を『えいっ』と押す……まあ押してみるか。よっ!

「あ」
「うまくいきましたよ~。めちゃくちゃ向こうが遠いですね~。さすがマスターです~」
「ものすごく細長い部屋になったけど……」
「他の壁も押したらいいんですよ~。もう二回どうぞ~」
「はいはい」

 とりあえず広げた空間は大きな体育館くらいある。これは書庫と言うよりも倉庫だね。本棚の高さはミシェルの手が届く高さまでにする。ミシェル以外には少し低いかもしれないけど、ミシェルの背が伸びたらそれに合わせて高くしていけばいいだろう。図書館のキッズスペースをかなり広くした感になった。

 この様子だとみんなが入り浸りそうだから、椅子とかソファとかを出しておこうか。家の中にあるから図書室でいいか。



◆ ◆ ◆



「ああっ、ダメです、旦那様。勘弁してください、もうこれ以上は入りません」
「何を一人芝居してるの?」

 エリーから保存庫の改良を頼まれた。そろそろいっぱいになるので、大きくするかもう一つ設置するかしてほしいと。

 保存庫は大型の冷蔵庫の形をした魔道具。ナルヴァ村のエーギルさんの酒場にも置いてあったので、それを真似てキッチンに置いていた。冷蔵庫と違うのは冷凍スペースがないこと。凍らせなくても傷まないから、食材は基本的に常温になっている。

 うちの場合、畑の野菜はそのままにしておいても腐らない。どうやらこの異空間では魔力が多ければ生えている植物はで成長が止まる。ダイズが枝豆の段階で止まったのはそれが理由だった。

 畑には食べごろの野菜がいつでも生えているわけだから、わざわざ野菜を保存庫に入れておくメリットは少ない。その日に使う分くらいで十分。他には町の朝市などで買ってきたものを入れておいたり、解体後の肉を入れておいたりするのに使われていた。

 ところが最近になって森に木を植えた。そこにできた木の実や果実は落ちて腐るから、食べごろを採ってきては入れている。一つ一つの量はそこまで多くないけど、種類が増えてきたから全体量も増える。最近はミツバチたちがバケツで木の実や果実を運んできてくれるから、増え続けている。

 入れておくだけなら保存庫じゃなくてマジックバッグでもいいんだけど、わざわざ手を突っ込んで確認しなければ、何がどれだけ入っているか分からない。だから保存庫を大きくしようとしたけど、大きくするにも限界があるので、いっそのこと倉庫にすることにした。見た目は冷凍冷蔵倉庫のようなもの。

 高さ二メートル半、幅一メートル半くらいの保存庫をまず作り、その内部を図書室とか衣装室と同じように広げる。今回はそこまで広げなくてもいいので、とりあえず一〇メートル四方の大きさに。ドアは取り付けず、両手に食材を持ったままでも出入りできるようにする。見た目は奥に深くて棚の間隔が広い本棚のようなラックをいくつも設置して、そのラックごとに[時間停止][時間加速][時間遅延]のいずれかの術式を書き込む。色を変えて間違わないようにした。それから種類ごとに食材を収めていく。皿に乗った肉がラックにそのまま置かれているのは不思議な感じがするけど、それでまったく傷まないんだよね。

 棚に書き込んだ[時間停止][時間加速][時間遅延]の術式は人には効き目がない。これが一体どういうことなのか。[時間停止]の付いたマジックバッグに人が入っても、外と同じように時間は進む。[時間加速]が付いていても出たら年を取っていたということは絶対にない。

 だからエリー、「ここは一体どうなっているのでしょうか?」なんて言いながら、わざとらしく時間遅延に頭を突っ込んでも年を取るのは遅くならないから。そもそも[不老]が付いてるでしょ。『あっそうだった』みたいな顔をしても遅いって。



◆ ◆ ◆



「旦那様、ああ、こんなに大きい……」
「エリー、続けてやっても面白くないって」


 自分の両肩を抱くようにしてモジモジしているのは当然エリー。今度は裁縫室にやって来た。図書室と食料庫を作ったついで裁縫室についてエリーに確認したら、そろそろ限界だというから確認に来たんだけど、ひどいね、これは。エリーの頭がじゃなくて部屋の中がね。

「これだけあればねえ。裁縫室と言うよりは衣装室だね」
「今のところはなんとか入っている感じですが、奥の方の衣装を出すのが大変で、この前は崩れました」
「じゃあ早速やろうか」
「はい、しっかり奥まで広げてください。旦那様の顔が目に入った瞬間から、すでに準備はできています」
「ちょっと黙っててくれる?」

 先日図書室や食料庫を広げたのと同じやり方で壁を四方に広げることにした。

「よっ」

 部屋の空間を魔力で掴んでぐっと押し広げるようにすると壁が向こうへと広がった。他の壁も順に押していく。とりあえず均等に広げておいた。慣れたなあ。

「ああ、旦那様、こんなに大きくなさって……ご立派です。うっとりします」
「酔ってるんじゃないの?」



 最近は衣装を置くスペースがなくて新しい衣装があまり作れなかったから、どうやらストレスが溜まっておかしくなってるらしい。元からおかしいことはよくあるけど、今日は輪をかけておかしいからね。

「では衣装を掛ける棚もお願いします」
「ハンガーを並べていくね」

 いわゆるパイプハンガーというやつかな、あれをどんどんと並べていく。いつの間にかマイカもやってきて、自分のマジックバッグから衣装を取り出し始めた。

「この前、私が来ていた時に山が崩れまして、一部を預かってたんです」
「言ってくれたら何とかしたのに」
「収納するだけならこれで問題ないですからね。探すのが大変ですけど」

 マジックバッグって、手を入れると中に何が入ってるかが分かるようになってるけど、よく似ている服が多くなると、取り出して確認して違ったらまた仕舞ってという手間が増えて面倒になる。

「これだけ広くなると、仕立てながら試着もできますね。旦那様、あちらに広めの試着室を用意していただけますか?」
「布で囲って鏡も取り付けておくね」

 フレームは鉄にするかな。奥の部分は木を貼って。少し[強化]で頑丈にしておこうか。正面だけではなくてぐるっと開けられる試着室を作る。奥には姿見を設置。試着室は全員分あればいいだろうか。無駄になるかもしれないけど、スペースはあるしね。キャスターを付けて場所を変えられるようにしよう。

 その他に裁縫用の魔道具、要するにミシンを組み込んだ専用の作業台を二つ用意して、これまでの机と置き換えた。これまでは普通の机だったんだよね。

 まあこんな感じかな。

「ありがとうございます。この机はいいですね。必要に応じて伸ばせますし」
「とりあえずこれでやってみて。気になることがあれば修正するから」
「はい、ありがとうございます」



「ところで先輩?」
「なに?」
「私が預かってたのは、服だけじゃなくて下着も多かったんですよね」
「……」
「先輩はどんな下着がお好きなのかなと思いまして」
「……」
「どれですか?」
「……黙秘で」



「エリーさんの作った下着って、日本で買えるものと遜色ない質なんですよ」
「それを僕に言われても困るんだけど」
「紐しかないものとか、真ん中に穴が空いてるのとか、先輩の好みはどんなのかなって思いながら見てたんですよ」
「下着を見ただけ僕の好みが分かるの?」
「さすがにそれだけでは分からなかったので、みなさんに聞きました。どの下着への食いつきが一番いいのかなと思いまして」
「……黙秘で」
「ちなみに私も同じものを作ってもらいました。いつベッドに呼ばれてもいいように」
「……」



「先輩は私が入社してからしばらくは彼女がいましたよね」
「……誰にも言ったことがないんだけど」
「よく見てれば分かりましたよ」
「よくって……どれくらい見ていたのかが気になるね」
「特別なことは何も。普段の生活を見てればなんとなく分かります」
「そんなに分かりやすかった?」
「はい。少し早めに退勤する時は口角が上がってたのでデートかなと思ってました。週明けにたまにシャンプーの香りが違うなと思うこともありました。そういう細々こまごましたことでしょうか」
「ものすごく細かいね」
「女性はそういうちょっとした部分に敏感なんですよ」
「……彼女はいたね、その頃は。仕事が忙しすぎて結局別れたけど」
「それもなんとなく分かってました。それで私がどうこうしたいとも思いませんでしたけど」
「あ、そうなんだ」
「はい。私は最初から先輩の恋人になれるなんて無理だと割り切ってましたから、割って入るとか、後釜を狙うとか、そういうのはまったく考えてませんでした」
「じゃあ何のためにそんなことを?」
「あくまで自分の興味のためでしょうか。自分を少女漫画の主人公に重ねて、こういう彼氏がいたらなあとかこういう友達がいたらなあとか考えるんです。それで社会人を描いた作品に出てくる彼氏を考えた時、そこにピッタリ当てはまるのが先輩だったんです」
「こんな聞き方をするのも自意識過剰みたいで嫌だけど、それなら普通は彼氏のポジションを狙わない?」
「普通はそうだと思います。友達にもそう言われました。あ、もちろん会社とは関係ない友達ですよ。でも私がそこに入ることによって、入れなくなる人がいるわけじゃないですか。私は見てるだけでよかったんです」
「それはよく分からない感覚だけど……それがこの世界に来て変わったってこと?」
「はい、カローラさんに言われたからですね、先輩にはすでに恋人か妻がいるけど、独り占めしたいと思わなければ中に入っても上手くいくと言われました。みなさんいい人ばかりなので独り占めしたいとは全然思いませんけど、中には入りたいと思います」

 これ以上は何も言えないなあ。彼女の真っ直ぐな目を見れば好意はよく分かるし、茶化すことはできない。病んでるのとも違う真っ直ぐな目。恋愛には駆け引きや攻防があると言うけど、サンドバッグもあるということを知った。
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