新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第三部

帰宅とウサギと馬、そして盗賊の引き渡し

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「ヹ~~~~~」

 盗賊の根城から帰ったらまずお風呂に入ることにした。

 お風呂はこの家ができた時からあって、ほとんど手を加えていない。広い洗い場、大きい湯船。

 まずはウサギを洗う。嫌がるかなと思ったけど大丈夫そう。毛がペタンとなって不思議な生き物になってる。[浄化]を使ってるから洗う必要はないかもしれないけど気分的にね。

 自分の体と頭を洗ってから湯船で手足を伸ばす。そして冒頭の声。これぞ醍醐味。あー至福。ウサギは横でプカプカ浮いている。浮くんだ。

「失礼します」
「マスター、入りますね~」

 二人が一緒に入ってきた。珍しくと言ったのは、僕は基本的に一人で入る。今はマリアンがいるからというのもあるけど、せっかく男女別に作ってあるんだから、お風呂くらいはゆっくり入りたい。浴槽の縁に頭を乗せて、ボーッとするのが好き。だからみんなも配慮してくれる。お風呂は体を清めて休める神聖な場所だ、ということにしている。たまにリゼッタが入ってきて体を洗われるから洗い返す。それ以上はしない。

 頭と体を洗った二人が横にやってきた。

「結果として、それなりに大事おおごとになりましたね」
「なかなかの規模だったね。あれだけの規模でバレなかったのはうまくやってたんだろうね」
「この国は~森も山も~多いですからね~。隠れようと思えば~どこにでも隠れられますよ~」
「大陸の端に近いからね。他の国とは違って僻地ではあるよね」

 端というのは厳密には違うかもしれないけど、人が暮らしている地域では端に近い。ナルヴァ村の西にあるのは大森林と険しい岩山だけ。大陸の西端がどこにあるのかは分からない。[地図]でも大森林の西の端が見えないから。もしかしたら延々と続いているのかもしれない。もしかしたら行き止まりになっているのかもしれない。僕は『この惑星』と言うこともあるけど、惑星かどうかもよく分からない。球体かもしれない。テーブルのように丸いかもしれない。巨大な亀の上に四頭の象がいて、その上にこの世界があるのかもしれない。

 そんなことをぼーっと考えていたら、ウサギが頭に乗ってきた。大して重くもないし、邪魔でもないか。

「真っ白ですね。最初は少しくすんでいましたが」
「マイカさんみたいに真っ白ですよね~」
「マイカに乗せたらよく合うだろうね」

 マイカの髪は真っ白。頭にこのウサギを乗せれば、同じ色のベレー帽とか少し小さめなロシア帽みたいになるんじゃないだろうか。

「それと、馬たちをどうするかですね」
「マスターに懐きましたよね~」
「人懐っこいだけじゃないの?」

 頭を擦り寄せてくるから人懐っこいんだろうけど。とりあえず明日になったらこの家の方に移動させてもいいかな。朝起きていきなり馬が四頭もいたらびっくりするだろうから、馬たちには向こうの異空間にいてもらっている。水とエサだけは十分置いてきた。

「ところで~マスター。耳を貸してください~」
「ん?」
「しゃ、し、ん、しゅ、う~」
「ぶっ……」
「ケネス、大丈夫ですか?」
「さあ~マスター、リゼッタさん、寝室へ行きますよ~。頑張ったご褒美ですよ~。今夜も頑張りますよ~」

 カロリッタに盗賊たちを見張ってもらいたかったとは言え、やっぱり見逃してくれなかったか……



◆ ◆ ◆



 翌日から馬四頭とウサギ一匹が新しくうちの家族になった。朝食が終わってから昨日あったことを説明したけど、その前からみんなの目はマイカの頭に乗っているウサギに釘付けだった。色が似ているからか、ウサギの懐き方がすごい。それから庭で馬を出したら、今度はミシェルの食いつきがすごかった。鞍もないのにさっそく乗りこなしていたね。

「それで先輩、馬とウサギの名前はどうするんですか?」
「ウサギはこれだけマイカに懐いてるんだから、マイカが付けてもいいと思うよ」
「ではサランにします」
「分かりやすいね」
「可愛くて覚えやすいのが一番ですよ」

 ケサランパサランからだろう。ラップの樹脂ではないはずだ。

 ウサギはあっさり決まったけど、馬の方はなかなか決め手がなかった。マイカが言い出した『裕福な家の子供ばかりの学校に入った、一般家庭の女の子が頑張る話』に出てくる男子四人の名前に決まりかけたけど、メスとオスが二頭ずつだったので撃沈した。男子とも女子とも読める名前だからそれでもいいと思ったけどね。

 あれでもないこれでもないと話しているうちに、メスがソプラノとアルト、オスがテノールとバスになった。この案を出したのはマリアンだった。芸術関係が得意なだけあるね。

 畑のさらに向こうに牧草地を作って、馬たちはそこで放牧することになった。牧草はいくらでも育つから食べ過ぎには注意するようにね、特にバス。『えっ心外』って顔をしないように。さっきからずっと食べてるでしょ。昨日から思ってたんだけど、なんかこの馬たち、妙に人間臭いんだよね。表情とか。

 牧草地の端には馬房を用意した。一頭一頭に囲いのある広めの馬房で、床には籾殻とおが粉などを合わせた寝床。ようやく籾殻の使い道ができたかな。馬は砂浴びが好きらしいと聞いたので、広めの砂場も用意した。ついでに上に乗ったら温水と冷水のシャワーが出るようにした馬用シャワーも作った。喧嘩せずに順番に使うように。



 ウサギのサランは牧草地にいることもあるけど、家の中ではほとんどマイカと一緒にいる。

「お腹にサランを乗せてクッキーを食べながら少女漫画を読んでダラダラする。堕落しそうです、先輩」
「堕落と言うよりも墜落だよ、その格好は」

 図書室の床の上に大の字になっているマイカ。

 サランが出入りすることを考えて、玄関と裏口のところにペット用のドアを付け、さらに自動的に[浄化]をかける魔道具を設置した。玄関で足を拭くような賢いウサギだけど、僕とマイカの頭に乗るからね。

 それにしても、どうして盗賊の根城にウサギがいたのかなあ。真っ白で珍しそうだし、どこかの商人が商品として運んでいたのかもしれないけど。

 昨日は盗賊騒ぎでバタバタしたけど、とりあえず次のスーレ市で引き渡して一段落かな。



◆ ◆ ◆



 それからは何の問題もなくスーレ市に到着。城門前にはかなり人が並んでるね。ここまで来ると一時間や二時間も珍しくないのだとか。

「先輩、ミシェルちゃんのこともありますし、ここは使えるものは使いましょう」
「使えるもの?」
「はい、これです」

 マイカが取り出したのは金属のプレート。貴族の身分証だね。

「盗賊の引き渡しもあるなら、これを見せる方が説明が早いでしょう」
「じゃあ、頼めるかな?」
「はい」

 僕たちは貴族用の門に向かう。平民用と違い、貴族専用の入り口がある町もある。特に直轄領は多いかな。入り口を別に用意していなくても、例えば右が貴族で左が平民とかで分けていることもあるし、貴族の馬車が近付いたら普通は平民は道を譲るんだそうだ。

 入口の横には立派な甲冑を身に付けた門衛。彼はこちらを見て首を傾げた後、マイカを見て目を見開いた。ここはマイカに任せよう。

「失礼ですが、そちらにいらっしゃるのはラクヴィ伯爵家の白姫様では?」
「はいそうです。これが身分証です。確認をお願いします」
「では失礼いたします。……間違いございません、お返しいたします。ところで、徒歩でこの町までお越しですか? 途中で馬車に何かございましたか?」
「いえ、今は徒歩で旅をしているからですよ。それよりも衛兵隊に引き渡したいものがありますから、詰所に移動できますか?」
「かしこまりました。馬車を用意いたしましょうか?」
「お願いします」
「ではこちらへ。ご案内します」

 伯爵家の娘さんが歩いて町まで来たことに驚いているのかもしれないし、一緒にいる僕たちをいぶかしんでいるのかもしれないけど、とりあえず無事に詰め所まで案内された。いきなり「怪しい奴め」ってことにはならなかったので一安心。

「衛兵隊隊長のヨーナスです。マイカ様、このようなむさ苦しい場所へご足労いただき恐縮です」
「いえ、こちらもここへ伺う必要がありましたから」

 詰所ではマイカから衛兵隊の隊長へ、盗賊を捕縛したことが伝えられた。以下のことをラクヴィ伯爵家次女マイカとして報告すると。

 実際に盗賊を捕らえたのはケネス、リゼッタ、カロリッタの三人。

 二台の荷馬車で商人とその護衛を装って近付いてきた九人を捕縛した。

 根城の場所を聞き出してから残り二六人も捕縛することに成功した。

 全部で三五人だということはあらかじめ聞き出していたので、これで全員のはずである。

 根城の中の物は粗方持ち出したので高価なものは残っていないが、調査が必要であるなら場所は説明する。

 中に囚われた人などはいなかった。襲った商人などは殺していたと盗賊たちは言っていたので、どこかに埋めたか遺棄した可能性もある。

 持ち主の身元がわかるようなものは引き渡すつもりがある。美術品や骨董品なども引き渡してもいい。

 盗賊の根城になぜかウサギがいたが、ケネスが引き取ることにした。

 荷馬車を引いていた馬四頭もケネスに懐いてしまったので引き渡せない。



 三五人を放り込んだら詰所にある獄舎が一気に満杯になってしまったけど仕方がない。荷馬車も渡すことにした。これで何か分かることがあるかもしれないし。異空間から引きずり出した盗賊たちはまだ眠っていたけど、今日中には目が覚めるだろう。臭いが酷いから[浄化]と[消臭]をかけたら獄舎がきれいになって衛兵たちに感謝された。

「ケネス殿、申し訳ないのですが、自分たちにも[浄化]を使ってもらえないでしょうか。なかなかこのような機会がないもので。代金はもちろん払います」
「いえいえ、お金はいいですよ。このあたりに集まってください」

「「「「うおー‼」」」」

 歓声が起きた。「さすが隊長、話の振り方が上手い」とか「久しぶりだなあ」とか「あれ気持ちいいんだよなあ」とか聞こえてくる。「ちょうど明日デートなんだよなあ」と言った衛兵さん、頑張れ。

 [浄化]は本来はアンデッドなど、聖属性の魔法以外が効きにくい魔物などを退治するのに使うので、汚れ落としに気軽に使うことはあまりないそうだ。それに[浄化]が使える人は教会に所属していることがほとんどなので、頼むにしてもお布施がかなり高いとか。

 でも、しつこい汚れや皮脂まで落ちてさっぱりするんだよね。お風呂上がりの子供のように衛兵たちが喜んでいた。

「ところでケネス殿はどうやって盗賊たちに情報を吐かせたのですか?」

 少しくだけた感じになった隊長のヨーナスさんからそんな質問があった。

「自白酒で酔わせました。何でも喋りましたね」
「は?」
「えーと、聞かれたことを何でも話すようになるお酒ですが、知りませんか?」
「ひょっとして『告白酒』のことでしょうか?」

 衛兵たちの顔が一斉にこちらに向いた。嫌な経験でもあるんだろうか?

「え? 告白酒ってあの高い酒だろ? あんな高いものを情報を吐かせるのに使ったらしいぜ」
「そんなの初めて聞いたわ」
「俺もだ。斬新な使い方だな」

 急にあのあたりがざわつき始めたけど、なんで?

「あれ? ダメでしたか? 本心を聞き出してベッドに連れ込むという目的よりはまだ真っ当かなと思いますけど」
「いやいやいや、ケネス殿、自白させるとかベッドに連れ込むとか、どちらの使い方もかなりおかしいですよ」
「え? そうなんですか?」
「はい。その表情から何があったかは想像できますが……あれは夫婦や恋人として長く一緒にいると言いたいことも言えなくなってくるので、たまには本心で語り合おうという時にで口にするものです。あれを勝手に飲ませるのは倫理的に問題で、場所によっては厳罰に処されることもあります」

 後ろを向いたらリゼッタとカロリッタが思いっきり横を向いた。こっちの衛兵たちのざわつきも大きくなった。

「おい、あの二人がケネス殿に盛ったみたいだぞ」
「あんな美少女にベッドに連れ込まれたのか。羨ましいな」
「あの二人が相手なら羨ましいけどなあ。でも何を吐かされたか意外と覚えてるから辛いんだよなあ。弱みを握られるし……」
「あれ? お前も被害者だったのか?」
「ひょっとしてお前も同志か⁉」
「おーい! 経験のあるやつはちょっとこっちに集まってくれ!」

 あちこちが被害者の会みたいになってる? みんな何を吐かされたんだろ? 浮気調査とか? というか、リゼッタとカロリッタは後で説教ね。
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