新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第三部

王都

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 昨日が昨日だったので、今日は家でゆっくりする。サランの希望したセロリをなどの野菜の種を牧草地の一区画に蒔く。このあたりは植物が枯れるようになってるから、食べきれない野菜は種が落ちてまたそこから生えてくる。特に水を撒いたりはしてないんだけど、育たないということはないから、それ以上は考えないようにした。

 牧草地は畑のさらに裏にあり、馬たちと共用ということになっている。でも牧草地のど真ん中にセロリが生えるのもおかしいので、やや森に近いあたりにサランたちのための野菜を育てることにした。

 ここで育てるのはアンゴウカウサギが好きなニンジン、セロリ、ホウレンソウ、アルファルファ、ブロッコリー、カリフラワーなど。畑の横で種を採取して、それをこちらで蒔いただけ。それを食べて元気に増えてほしい。もう十分いるような気がするけどね。

 一匹が二匹になり、二匹が四匹になり、サランも言っていたように、あっという間に四〇匹まで増えた。チェックすると、[サランの分体][サランAの分体][サランBの分体][サランCの分体]など色々と混じっている。そしてどの個体もサランをリーダーと見なしているけど、そういうものらしい。

 ウサギたちの中でも家の中に入ってくるのは今のところサランとサランAとサランBだけ、サランには[ケネスの眷属]、サランAには[ケネスの眷属]と[マイカの眷属]、サランBには[ケネスの眷属]と[ミシェルの眷属]が付いている。他は[ケネスの眷属]だけ。誰を上官と認めるかというのに近いと思う。

 馬には厩舎もシャワーも用意したんだから、ウサギにも同じように小屋と温水と冷水のシャワーを用意した。家に入る時には[浄化]できれいになるけど、水浴びをしたい時もあるかもしれないし。

《訓練の後のシャワーとセロリは格別でありますね》

 気に入ってくれたので良しとしよう。どこまで増えるのか分からないけど、まあエサ代には困らないからね。特に世話もいらないし。

 ちなみに小屋は壁はなくて天井だけ。高さもあまりなくていいと言うから、木でできたテーブルを繋げただけのものになった。上に上がることもできるし、好きに使ってくれたらいいかな。


 パルツィ市でのゴタゴタも片付き(?)、あの子爵がどうなるかは分からないけど、明日からは王都ヴィリョンに向かう。王都ではマイカの姉のロシータさんにも会う予定なので、王都の手前からは馬車に乗る予定。

 ロシータさんは第三王子のレオンツィオ殿下のもとへ嫁いでいるので、王族に会うのにさすがに徒歩で王都に入るわけにはいかない。馬車がないならともかく。

 本来は従僕が馬車より先に屋敷へ向かって来訪を告げるそうだけど、僕が従僕として向かうのは話がおかしいから、そこは城門のところで使いを頼むそうだ。

 ロシータさんもマイカと同じように父親の妨害を受けつつ、殿下との結婚に漕ぎつけたらしい。殿下がラクヴィ伯爵邸を訪れた時にはエリアスさんが玄関先で殿下の胸ぐらを掴んでしまい、横にいたデボラさんがエリアスさんを殴り倒した後、頭を掴んで何度も地面に叩きつけて謝罪させたらしい。デボラさんはエリアスさんの第二夫人でロシータさんの産みの母。僕は会ってないけど穏やかで優しい人らしい。穏やか?

 下手をすれば伯爵家が取り潰しになるような事件だけど、レオンツィオ殿下が非常に温和な人なので、何も見なかったことにしたらしい。デボラさんにビビったんじゃないかな?

 マイカはロシータさんとは腹違いだけど、年も近くて仲が良く、東へ向かうならぜひ王都に寄って会いたいと言っていたので、そのお願いを聞かない理由はない。



◆ ◆ ◆



 王都が近付いてきた。さすがに日本の渋滞のようにはならないけど、視界には馬車も入るようになってきたからそろそろかな。

《マイカ、そろそろ馬車に来てもらってもいいかな?》
《分かりました》

 今はリゼッタがからの馬車の御者席に座り、僕が横を歩く。カロリッタには馬車後部の立ち台で周囲の警戒をしてもらう。客室の窓にはカーテンをかけているので、中に誰もいなくてもバレないようにはなっている。

 四頭立ての大きな馬車。ソプラノからバスまでの四頭が引いている。見た目以上に軽い馬車だから、引き始めに『何これ!』って顔をしたけど、重いよりはいいだろう。

 マイカとマリアンが客室に来た。しばらくしたらエリーとミシェルの二人も来ることになっている。

 サランたちには異空間にいてもらうことにした。まあ王都で彼女たちのお世話になるようなことはないだろう。牧草地で好きに過ごしてくれていいと伝えてあるし、家のお風呂の使い方も教えたから、入りたければ入るだろう。

《先輩に従者や従僕のような真似をさせてすみません》
《いいっていいって》

 今は町の外だから、どちらかと言えば護衛だけどね。



 うちのメンバーを戦闘能力で並べ替えれば、僕>>カロリッタ>マリアン>>リゼッタ>>ミシェル≒エリー≒マイカの順になるらしい。マリアンに言わせると、僕とカロリッタは「存在する場所がおかしいじゃろ」だそうだ。強いからって僕もカロリッタもは戦うのが好きなわけじゃないし、できれば戦いは避けるタイプだけどね。この四人が戦闘向き。他の三人はごく普通。

 僕は魔法寄りの魔法剣士タイプ。ただし魔力量が多すぎて細かな調節が苦手なので、弱い魔法をチマチマ撃つしかできない。でも弾切れはない。

 カロリッタは斥候兼魔法使いタイプで、僕よりも魔法が得意。これがゲームなら、カロリッタを単独で先行させて敵を吹き飛ばせばそれで全部終わってしまう。

 マリアンは裁縫の方が好きだから滅多に家を出ない。人間の姿はあくまで仮の姿で、本来は竜。力としてはこの世界のトップクラスだろう。

 リゼッタは護衛兼案内役で軽戦士タイプ。タイプは軽戦士だけど、力そのものは重戦士ですら吹き飛ぶくらいはある。一番オーソドックスに思える。

 ミシェルは一番体が小さいけど、あれだけ身軽なら大抵の攻撃はかわせるし逃げられる。でも力はあまりない。

 エリーとマイカはそもそも戦い向きの性格じゃないのでこの位置にいるらしい。



「敵反応なしです~」
「こちらも問題ありません」
「大丈夫そうだからこのまま進んでね」

 三人で周囲を警戒してるけど、それほど心配はしていない。他にも馬車や旅人がいるし、こんな王都近くで何もないとは思う。

 王都の城壁が見えてきた。これは大きい。貴族の社交シーズンではないのが救いかな。その時には渋滞が起きるらしい。今日はこのまま城門まで普通に進めそうだ。



 貴族用の門の前に並んで順番を待つ。何組か前にいるからね。すぐに僕らの順番になったから、僕は門衛に近付いて身分証を見せる。

「ラクヴィ伯爵家令嬢、およびスーレ男爵家の者です。ご確認ください」
「確認いたします……終わりました。ではお返しいたします。何か必要なことはございますか?」
「マイカ様はレオンツィオ殿下のもとに嫁がれた姉君であるシータ様を訪問することになっています。早馬を出していただければ助かるのですが」
「承知しました。すぐに使いを向かわせます。レオンツィオ殿下とロシータ様のお屋敷ですね?」
「はい、そうです。お願いします」

 衛兵はもう一度行き先を確認すると同僚に交代を告げて離れていった。

 門を通ってゆっくりと進む僕らの横を、衛兵隊の馬が追い越していった。連絡をしてくれるのだろう。『近くにお越しの際はぜひお寄りください』は使えないからね。こういった貴族の習慣はマイカに丸投げするのが一番。



 マイカの案内に従ってレオンツィオ殿下とロシータさんの暮らす離宮へと向かっている。遠いねえ。そこは宮殿のある敷地からは少し離れた場所にあり、周囲には上級貴族の別邸などがある王都内の一等地。

 とりあえずどの邸宅も塀が高い、そして庭が広い。守られてる感はあるんだろうけど、閉塞感もありそう。だからこれだけ庭が広いのかな?

 王都の中央、その中でも比較的静かなエリアにあるらしいこの離宮は、いやあ壁が長いね。あ、門が見えた。

 門のところには数名の門衛が立ってこの馬車の方を見ている。先ほど城門で担当をしてくれた衛兵もいる。本人確認だろうか。門のところでは特に何もなく、そのまま馬車回しまで案内された。

「ようこそマイカ様、ご同伴の方々」

 向こうの執事だろうか、やや年配の男性からマイカに声がかかった。

「お久しぶりですね、シモン。今日ここにいるのは全員私の家族として扱ってください」
「畏まりました、マイカ様。では皆様、ご案内いたします」



 応接室に案内され、そこでのマイカを見ていると、日常的にこういうやり取りをしなければいけない貴族って大変だなと思う。僕には無理だろうなあ。顔が引きつりそう。例えば貴族の息子に生まれ変わって、しかも物心が付いてから何かの弾みで記憶が戻ったとしたら、その日のうちに家出をする自信があるね。

 しばらく待っているとドアが開いて、いかにも王子様というような男性と犬耳の女性が入ってきた。間違いなくレオンツィオ殿下とロシータさんだろう。みんなで立って自己紹介する。殿下は少し元気がなさそうに見える。

「ああ、ロシータの身内が遠いところから来てくれたんだ。お互いに肩肘を張らずに話したらいいだろう」
「そうですね、マイカと最後に会ったのは、結婚式があって……その後の社交のシーズンかしら」
「はい。なかなか王都まで来る機会がありませんでしたから」

 久しぶりに会った姉妹の会話を、みんながほんわかした気分で聞いている。そんな時、殿下がマリアンを見て何かに気付いたらしい。

「ところで、マリアン殿だったな。口説くとかそういう意味ではないと思ってもらいたい。貴女あなたの顔をどこかで見たことがある気がするのだが、なかなか思い出せなくてな。どの家の娘だったかな?」
「ワシは貴族とかではないぞ。そっちの山の方で暮らしておった。最近はこのケネス殿のところに厄介になっておる」
「そっちの山とは……」

 殿下が振り返ったけど、もちろん壁しか見えない。殿下は少し考えてから「あっ」と言って部屋から出ていった。

「何を思い出したのかしら?」

 殿下は走って戻ってくると、写真の入った額をテーブルに置いた。

「これだ! 高祖父が撮った写真。広間に飾ってあって、誰に聞いてもマリアンとは誰か分からないと言っていたのだが」

 着飾った男性と一緒に写ってる女性はマリアンだね。『シムーナにて、マリアンとともに』と額縁の裏に書いてある。

 カメラはこの世界にもある。カメラや写真機などと呼ばれている。魔道具なのでかなり高価だけど、買おうと思えば誰でも買うことができる。うちにもコスプレ撮影用のカメラがあるね。

「これ、マリアンが最初に着てたドレスだよね」
「おお、これか。懐かしい写真じゃのう。ほれ、あのドレスはマリーに譲ってもらったと言うたじゃろう。あのすぐ後じゃ」
「マリアン殿、どうして高祖父とこの写真を?」
「うむ、このドレスを着て気分よう歩いておったら、『おお、そこの美しいお嬢さん、もしよろしければ余と食事でもいかがですかな?』などと声をかけてきてのう、腹も減っておったし、『頼むからもう注文はやめてくれ』と頼まれるまで食べた記憶がある。それから一緒に写真の一枚くらいはいいかと思うて撮られたのがそれじゃ。ワシの家がある山の麓の町じゃったな。シムーナじゃ」
「そう、そうです! 写真を撮ったと思われる場所までは分かったので調べてみたのですが、なぜこの写真があるのかが分からなくて」
「なるほどのう、王族じゃったのか。たしかヴェッツィオと名乗っておったが」
「ええ、高祖父のヴェッツィオ三世陛下です。まさか名前を隠してさえいなかったとは……」
「視察でこの町まで来たが暇じゃから抜け出して女性に声をかけとったそうじゃ。人は悪くなかったが、少々軽い男じゃったのう」

 この額は、以前は王宮の広間の一つに飾ってあったらしい。ヴェッツィオ陛下が即位前に撮ったもので、その頃からずっと飾ってあったらしい。結婚後も飾ってあったというから、何か特別な思い出でもあったのだろうと噂されていたそうだ。王妃もこれについては何も言わなかったらしい。

 ところがその広間を改装することになった。その際に取り外されたところをレオンツィオ殿下が貰ったそうだ。その広間に飾るのは他の写真や絵でもいいわけだから。

 殿下はこの写真が気になって調べたところ、シムーナ市で撮られたことまでは分かった。そしてマリアンという女性のことは分からなかったけど、かつてマリーという女性が服屋を営んでいたことが分かった。そのマリーの別名か偽名がマリアンではないかと殿下は想像していたそうだ。

「なぜ高祖父はこれを広間に飾っていたのか……」
「普通に考えればマリアンに未練があったのだと思いますが」
「もしくは、二度とあのような真似はせぬという戒めのためじゃろうか」

 ちなみにヴェッツィオ三世陛下は極めて落ち着いた性格で、当時から名君と言われていたらしい。話を聞く限りでは、仕事中に抜け出して町で名前まで出してナンパをしたら財布が空になるまで奢らされて、辛うじて写真だけは撮らせてもらえた、という残念な感じだけど、マリアンの件で懲りたんだろうか。なんとなくマリアンが言った戒めっぽいね。

 写真の由来が思いもよらず判明したレオンツィオ殿下だけど、少し困った顔になってしまった。そこで話を変えたのがロシータさん。

「ところで、マイカ。以前言っていたのはこのケネスさんのことだったのね。ケネスさん、妹がお世話になっています」
「いえ、こちらこそ、ロシータ様。彼女の前向きなところに助けられていますよ」
「妹の結婚相手なら身内でしょう。様じゃなくていいわ」
「ではロシータさんと呼ばせていただきます」
「ええ、それでいいわ。ところでね、ケネスさん」
「はい、何でしょう?」
「甥か姪はいつ見れるのかしら?」
「ぶっ……」
「姉様⁉」
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