新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第三部

外食と家の紹介、そして芝居

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「どの店も~なかなか食べ応えがありそうですね~」
「このあたりはドワーフの職人が多いからでしょうか?」
「先生、私が選んでもいいです?」
「食べ放題を希望」
「いや、普通に食べようよ。もうあの空腹感は治ったでしょ?」

 この二人は[食い溜め]というスキルを持っていて、昨日はその反動が出たようだ。でも食い意地が張っているのは元からのようだ。

 こざっぱりとした定食屋風のお店に入って席に座ると、何も言ってないのに料理が出てきたから席でお金を払った。

「もしかして、料理は選べないの?」
「このあたりの店に入ったのは数回ですが、選んだ記憶はないです」
「勝手に出てくる」
「品数を絞ることで単価を下げているのでは?」
「効率を考えたらそれが一番ですよね~」
「まあボリュームはあるよね」

 いわゆる肉野菜炒めとスープとパンのセット。どれも量が多い。炒め物もスープも洗面器くらいの器になみなみと入ってるし、パンはライ麦の全粒粉かな。頭くらいの大きさがあるパンが一人につき一つ。量が多いからそのうち飽きそう。

「途中で調味料や薬味を入れて味を変えるです」
「最後は真っ黒」

 なるほど。二人の言葉から想像すると、テーブルに並んでいる調味料や薬味を肉野菜炒めに少しずつかけて飽きないようにする。パンはスープに浸して食べるけど、こちらもスープに調味料や薬味を入れて味を変える。そのうち炒め物もスープも真っ黒になると。体に悪くない?

「好き嫌いはありませんが、さすがにこの量は胸焼けしそうですね」
「マスター、さする胸はここですよ~」
「無理して食べなくてもいいよ」
「いらないなら貰いますよ?」
「もったいない」

 リゼッタとカロリッタは大食いではないので、二人とも食べる前に半分以上セラとキラにあげていた。僕も二人に分けてあげた。さすがにこれを全部食べるのは無理だ。

 店を出てからもう一度よく見たら、『他店の量では満足できない健啖家の紳士淑女はぜひ当店へ』と書かれていた。



 それから腹ごなしに町中を歩いてから家に戻ったら、夕食の時はセラもキラも落ち着いていた。やっぱり[食い溜め]の反動だったんだろう。今後はああならないように、普段の食事を多めにするかな。

「じゃあ少し家に戻るね」
「居場所を聞かれたら、少し出ていると言っておきます」
「よろしくね」

 昼間にセラとキラに言ったように、異空間の家の案内をすることになった。僕だけでいいかと思って、夕食後に一時間ほど戻ることにした。



「何と言っていいのか分かりませんが、ここは何です?」
「不思議」

 まあ異空間に入ったと思ったら、家があり、周りは草原、そして向こうには森。暗くなりかけだから遠くはよく見えないけど、広いのだけはよく分かる。

 太陽も月も星もないんだけど、なぜか明るくなるし暗くなる。空全体の明るさが変わっている感じ。でも夜は文字通り真っ暗になって気持ち悪いから、ところどころに街灯のような物を立てている。

「じゃあ家に入るよ」
「「お邪魔します」」

 リビングに入るとサランとサランAとサランBがいた。

「ウサギがいるんです?」
「可愛い」
「この子たちは念話で話ができるから、ペットじゃなくて家族かな。そっちの牧草地に他にもたくさんいるよ」

 久しぶりにサランをもふもふしながら説明をする。

「それなら頑張って念話を覚えます」
「徹夜をしてでも」
「そんなところで無駄なエネルギーを使わないように」

「このセラとキラは今度この家に来るけど、まだ[念話]が使えないからね」
《了解しました。では筆談で意思疎通を図るであります》
「書けるの?」
《はっ。このあたりの文字なら読み書きは可能でありますが、我々の口では言葉が話せませんので、書くことを覚えました》
「じゃあそれでよろしく」

 三匹が『熱烈歓迎』『セラ殿』『キラ殿』と書いた紙を頭上に掲げていた。

「この子たちは言葉は話せないけどこちらが言っていることはちゃんと理解してるから」
「ウサギに文字で歓迎されるとは思いませんでした」
「斬新」

 その後は二人を連れて一階と二階を順に案内。衣装室ではちょっと固まってたね。中を見た後は裏口に移動して畑を見せると、あんぐりと口を開いていた。少し暗いから分かりにくいけど、まあ広いよね。

「どれくらいの種類があるのです?」
「五〇は超えたと思うよ。一つ一つはそこまで多くないけど。米と麦も育てているから、ないのは肉くらいだね」
「先生は畑の神様です?」
「神よ」
「やめなさい」

 二人もこの家で暮らすことになるんだから、今は細かい説明はいらないよね。とりあえずどんな家か分かる程度に中と外をざっと説明して、離宮の離れの方へと移動した。



「おかえりなさい」
「ただいま、リゼッタ」
「あ、先輩、明日はどうしますか? 姉から劇場の芝居に行ってみてはどうかと言われたんですが」
「劇場かあ。一度見てみたいかな」
「なら行きましょう。義兄あにと姉がいつでも使えるボックス席があるようなので」



◆ ◆ ◆



 王都にいるのは残り数日。今日はロシータさんの勧めで王立劇場まで芝居を見に来た。

 常に専属の劇団が芝居を上演している劇場もあれば、旅芸人に貸し出している劇場もある。前者の観客は主に上流階級が中心、後者は平民が中心となっている。王立劇場は前者。

 ボックス席に案内されたので、周りの視線を気にしなくてすむ。飲食物の持ち込みができるそうなので、あまり音と匂いが出ないみたらし団子を取り出した。お茶は緑茶が合う。

「今日の公演は初代国王の建国物語か」
「この国では身分の上下に関係なく人気のストーリーですよ、先輩」
「だろうねえ」

 ある国の下級貴族の家に生まれたフェリン少年が、この国の初代国王フェリチアーノになる話。

 上流階級向けの劇場では初代国王の建国物語や騎士の活躍を描いた主に男性向けの物語、舞踏会を舞台にした主に女性向けの物語が多く、庶民向けの劇場では上流階級を揶揄するような喜劇が多いらしい。

 もちろん上流階級でもこっそり庶民向けの芝居を見にいくこともあり、「全て見てこそ真の芝居好きと言える」と言う人もいるとか。

「へー、フェリチアーノ王が生まれた場所はかなり遠いのかな?」
「ヴェリキ王国とレトモ王国間に国ですね。領地はその国でも一番南側だったと言われています」



 フェリン少年は若いながらも才能を示し、王都に出てからは国王に重用されるほどになった。しかしそのせいで国王の側近や一部の宮廷貴族から妬まれることになってしまった。彼らの策略によって逆賊に仕立て上げられ、諸侯の軍との戦いで負けて領都を放棄せざるを得なくなった。

 そのような状況でも彼のために兵を率いて集まってくれた仲間たちがいた。彼らはフェリンと同様、側近たちのやり方によって中央を追われて転封へ転封てんぽうされていた貴族たちだった。

 彼らの協力を得て、一度は体勢を立て直したものの、戦力差はどうしようもなかった。最終的には仲間や部下、そしてフェリンに付いていくと言った領民たちと共に国を捨てた。山を越え、川を渡り、辿り着いた先でどこの国でもない土地を見つけ、そこに国を作った。彼はその国に自分の名前を付け、自分は異国風に名前を変えてフェリチアーノと名乗った。

 北のヴェリキ王国や東のレトモ王国と比べれば小さな国だったけど、両国と等距離を保って仲良くしつつ国力を高め、ついにフェリチアーノ王の孫のオッターヴィオが両国の手を借りて祖父の祖国を討った。オッターヴィオは、フェリチアーノの祖国の領土をヴェリキ王国とレトモ王国に譲る代わりに、両国からは当面の和平を保つ約束を取り付けた。

 初代国王フェリチアーノの次の王は普通ならその長子ちょうしになるはずが、三男の息子、孫のオッターヴィオが次の国王になった。だからこのフェリン王国では王の長子ちょうしだからといって必ずしも王になれるとは限らない。人の上に立つためにはそれなりの資質が必要だ。愚かな部下の話を真に受けて優秀な部下を切り捨て、国を滅ぼすようなことがあってはならない。困った時に助けてくれる友を作りなさい。そのようにして話は締めくくられている。



「何回か見ましたけど、どこかで聞いたことがある気がするんですよね」

 さすがに貴族の令嬢だけあって、ここに見たことがあるそうだ。

「ある程度は脚色されるだろうからね」

 建国記というのは、『我々の先祖はこれだけ大変な思いをして国を作った』という自負が込められているから、世代を重ねるごとにどうしても大げさになっていくよね。

 フェリン王国の話だって既視感があるというか、よくありそうな話だと思う。艱難辛苦かんなんしんくを乗り越えて手にした建国の父の偉業を称える。そこにいつの間にか肉付けがされてどんどん壮大な話になる。フェリチアーノ王は墓の中でどういう顔をして見てるんだろう。「よく描けておる」と頷いているか、もしくは「お前らちょっと大げさにしすぎ」と苦笑いしているか。

「勇敢な初代国王と計算高い二代目国王という感じですね」
「組み合わせの妙ですね~」

「むつかしかった」
「まだミシェルには少し難しかったわね。もう少しお話を読んで、色々と覚えましょうね」
「うん!」

「先生、おかわりをください」
「同じく」
「二人とも、ちゃんと見てた?」

「マリアンさんはこのあたりの話を知ってますか?」
「さすがに人の争いに口を挟んだりはせんぞ」
「それもそうですね」
「ただ、存在を示して欲しいと頼まれたことはあったのう」
「存在を示すとは?」
「うむ、このあたりに国ができ始めた頃の話じゃが、あの山を登ってきた男がおってのう。『いずれこの国は大きくなる。それまでに何度かこの国の周辺を飛んで、近隣諸国にこの国を攻めるのは危険だと示して欲しい』と頼まれたことがあってのう。フェリチアーノと名乗っておったから、おそらくこの話に出てきた初代国王じゃ」
「まさかこんな近くに関係者がいたとは……」

 何気なくマリアンに聞いたマイカが、帰ってきた答えに半目になった。

「口は挟まなかったのでは?」
「口は挟んでおらんよ。あやつに『もし周辺国との間に戦争が起きれば、国中から騒がしい音が聞こえてくる。それを避けるためと思えば、空の散歩をする程度のことは貴殿にとって大した労力でもないだろう』と言われてのう。それもそうじゃと思うて、それから一〇〇年ほどはたまに北の湖のあたりや東の川のあたりまで飛んでおった」
「マリアンさんは律儀ですね」
「律儀なのはフェリチアーノじゃのう。恩義を感じたんじゃろうが、この国の紋章に竜を入れると言ってな。ほれ」

 そう言って彼女が向いた先には、盾を持つ竜をデザインした見慣れたフェリン王国の国章がかかっていた。

「最初の時と礼を言いに来た時と二度会うて、ワシはどちらも竜の姿で出迎えたんじゃが、まったく怯えた素振りもせんでのう、なかなか肝の座った男じゃった」
「先輩、この話を姉たちに伝えてもいいと思いますか?」
「うーん、自分の高祖父が、初代国王を助けた竜をナンパしていたと知ったら、殿下がどういう表情になるかがね……」
「絶対に内緒にします」
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