新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第三部

大聖堂と国教

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 明日には王都を離れることになったから王都の中を見て回るのは今日で最後。だからマイカと二人で大聖堂を見に行こうということになった。他はロシータさんと一緒に買物だそうだ。マイカはこっちにいていいのかな?



「これは大きいなあ。さすが大聖堂。ところでこの大聖堂は何教なの?」
「はい、『国教』です」
「何て名前?」
「それが『国教』という名前なんです。ややこしいですけど」

 この国では『国教』と呼ばれる宗教が信仰されている。『○○なになに教』のような名詞がないのが不思議に思えるけど、『色々な国で信仰されている宗教』のような意味なんだそうだ。

「私はこちらで育ちましたからそれほど違和感を感じませんけど、多分先輩は困ってますよね?」
「……そうだね。『国教』という宗教が国教になっていると。その『国教』は別の国でも国教だと」
「そうなんです。ざっくり説明するとですね、元々は人間族の間で信仰されていた宗教がベースになっているそうです。でも多種族の国家を作るにあたって、そこに他種族の信仰などを加えたそうです。そうするとあまりにも混沌とした内容になってしまったらしくて、一度整理しようと時間をかけて体系立てたら逆にシンプルになってしまったそうです。最小公倍数的な宗教をコンパクトにしたら、最大公約数的な宗教になってしまったという感じでしょうか」
「ということは、何を信仰しているの?」
「それがまた簡単なのにややこしいんです」

 マイカが困ったような表情になった。

「『国教』には主神として崇められる存在がありません」
「え? 神がいない?」
「はい。先輩はイスラム教のことにも詳しかったですよね」
「出張でよく中東には行ったからね」
「イスラム教と同じくような、義務、推奨、許可、忌避、禁止の五つを軸にしたの義務規定があるだけなんです。『国教』そのものには神はいません。宗教なのに上下分離方式になんですよね。信じる対象は各自自由です。神だろうが精霊だろうが先祖だろうが。でも義務規定は守りましょうというのが『国教』の教えです」
「ええと、ちょっと頭を整理するね。『これらの義務規定をしっかり守りましょう。あなたが信じている神や精霊はそのことをきちんと見ていますよ』という感じなのなか?」
「まさにその通りです。日本の民俗信仰や神道に近いですね。この地域では山の神が信仰され、その向こうでは水の神が信仰され、そのように様々な地域が様々な神をまつっていますけど、それで対立するのではなくて全体的に調和しているといる感じです」
「じゃあこの国の大聖堂は何をまつっているの?」
「建国の父が助けを求めたという竜ですね」
「……」
「……」



「ようこそいらっしゃいました」

 礼拝に来た人たちに神官が声をかけている。僕たちもその人たちの後に続いて中に入った。

 大きな神殿の奥には大きな竜の石像が祀られていた。

「あれがマリアンなんだね。似ているかどうかは知らないけど」
「自分の石像が立っていると思うと、背中がムズムズしそうですね」

 マイカも僕と同じような考えらしい。

「そちらにいらっしゃるのはラクヴィ伯爵家のマイカ様では?」

 不意に年配の男性からマイカに声がかけられた。

「ミロシュ主教、お久しぶりです」
「今日は……お父上はご一緒ではないのですな」

 彼の表情からすると、嫌味で言っているのでもなさそうだ。

「はい、今日は夫と一緒に礼拝に参りました」
「夫? ……なるほど、そうでしたか。では神々や精霊たちの祝福がお二人にありますように」
「ありがとうございます」
「もしお時間がございましたら奥でお茶でもいかがですかな?」

 マイカがこっちを向いたので僕は頷いた。

「では少しお邪魔します」
「ええ、ではこちらへどうぞ」

 このあたりは全部マイカ任せになるけど仕方がない。教会での礼儀作法には詳しくないしね。



 案内された部屋はミロシュ主教と呼ばれた人物の執務室だろうか。それなりの広さの部屋で、横に応接スペースが設けられている。お互いに自己紹介をしてからお茶をいただくことにした。

「ちょうど仕事も一息ついたところでしてな、気分転換に人前に出たところ、マイカ様をお見かけしたので、つい声をかけてしまいました」
「私たちも明日までは王都にいて、明日からはまた旅に戻ることになっています」
「ほほう、旅ですか。結婚も旅も、あのお父上がよく許可を出されましたな」
「母が許してくれました。もう子供ではないのだからと」
「なるほど」

 ミロシュ主教は僕の方をじっと見て何かを考えているようだ。目を逸らすのもおかしいし、僕も彼と目を合わせるようにした。

「なかなか良き男性ですな。一応これでも人を見る目はあるつもりでしてな、よこしまなものは見えませんな」
「それはそうでしょう。私が夫として選んだ相手です」
「それはそれは」

 彼は笑いながら、今度は僕の方に話しかけてきた。

「ところで、ケネス殿はどちらから来られたのですかな?」
「西からですね。大森林を抜けてきました」
「え?」

 ミロシュ主教が急に驚いた顔をしたけど、あの森を抜けてきたのなら驚いて当然か。

「私は若い頃に冒険者として活動をしていた時期がありましてな、それで西の大森林へ行ったこともあります」
「あそこはなかなか大変でしたね。いい稼ぎにはなりましたけど」
「あの森で狩りをしていい稼ぎになったと言えるならば余程の腕でしょうな」
「ミロシュ主教は当時いかがでしたか?」
「もちろん一人で行ったわけではありませんが、どちらかといえば足手まといになってしまいましてな。一人は命を落としかけ、そして私は蛇に噛まれてしまいました。幸い二人とも命は助かりましたが、それがきっかけで二人とも冒険者を続ける勇気がなくなりましてな、私は王都に来て、それ以降はこのように信仰に命を捧げております」

 ん? どこかで聞いたような……。

「ひょっとすると、ミロシュ主教はルボルさんのお知り合いでは?」
「ええ、そうですが……彼を知っているのですか? あれっきり会っていないもので、どこで何をしているのかと思っておりましたが」
「ユーヴィ市の冒険者ギルドでギルド長をしています」
「ああ、そこを通ってきたなら彼を知っていてもおかしくはないですな」
「当時の仲間が冒険者をやめて王都にいるはずだって言っていましたね。名前までは聞いていませんでしたけど」
「はっはっは。そうですか、彼は元気にしていましたか?」

 ルボルさんの話で盛り上がってしまった。ミロシュ主教は若い頃、重戦士のルボルさんと魔法使いのレオニートさん、そしてもう一人、僕は知らないけど斥候のアシルという名前の人と一緒に組んでいたことがあったらしい。二パーティー合計八人で大森林に挑戦したらしい。

 ミロシュ主教は今度二人に手紙を送ってみると言っていた。アシルさんとは途中で別れたのでその後のことは知らないらしい。もし会うことがあればこの場所を伝えてほしいと頼まれた。

「ではマイカ様、ケネス殿、お体に気を付けて旅を続けてください」
「はい、ありがとうございます。ミロシュ主教もお元気で。機会があればまた寄らせていただきますね」
「どうもありがとうございました。ではまたいずれ」
「ええ、お待ちしています」



◆ ◆ ◆



「どこでどんな人と知り合うか分からないなあ」
「先輩の引きの強さですよ」
「何でもそれで片付けられるのも困るけどね。でもまあ、ユーヴィ市で素材を売らなければああいう話も知らなかったわけか」
「そういう話が引き出せるもの先輩の人当たりの良さですよ。さあ、せっかく二人でいるわけですし、ゆっくりデートしましょう」
「それで今日は二人だけなの?」
「はい、みなさんにお願いしました。日本にいたころ先輩と一度二人でデートをしたいと思ってましたけど、ようやく叶いました」
「あの頃に言ってくれればよかったのにね」
「私は見てるだけでも良かったんです。もし断られてギクシャクするのも嫌でしたし。逆にあの時付き合ったとしたら、先輩も私もごく普通に日本で暮らしただけでしたよ」
「まあそれはそれで普通にありだったと思うけど……エルフになって、貴族の娘として生まれ変わった美人な犬人の奥さんを貰うことはなかったね」
「そういうことですよ、。では行きましょう」

 マイカが腕を絡めてきた。

「行きたいところはあるの?」
「まずはです。昼から町中をぶらぶらしましょう」
「いきなりそっち?」
「今日だけは独り占めですから。さあ時間は金貨よりも貴重ですよ」
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