新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第二部

独白:ある執事の話

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 ラクヴィ伯爵家にお使えしているルスランと申します。この屋敷の執事として、お館様の仕事や食事の手伝い、食器や酒類の管理、使用人の監督、場合によっては訪問客の出迎えまで行っております。

 私の家は代々伯爵家にお仕えしており、それを誇りに思ってまいりましたが、さて、それは本当に正しい判断なのかどうなのか、近年は少々疑問に思うようになってまいりました。それも当主が現在のエリアス様に代わってからでございます。

 お館様は普段は王都にある別邸にお住まいで、財務大臣の腹心として大層な辣腕家でいらっしゃいますが、初めてそう聞いた方はまず間違いなく自分の耳を疑うそうでございます。誰がどう見ても武闘派としか思えませんので、それは致し方のないことでしょう。

 もちろん職場が財務省ですので金勘定に明るいことは当然でございますが、『もっと自分のところに予算を付けろ』とゴリ押ししてくる役人を叩き出すのが日頃の業務だとか。そう聞けばどなたも納得なさいます。

 さて、お館様ですが、近年は親馬鹿ぶりにさらに磨きがかかってきているようでございます。長女のロシータ様は第三王子のレオンツィオ殿下のもとへ嫁がれましたが、その際にも殿下を相手に大揉めいたしまして、ロシータ様の生みの母親であるデボラ様に顎を砕かれておりました。

 お館様の口癖は、「娘が欲しいなら、まずは力だ。俺を倒せるくらいの力があるかどうかだ。次は甲斐性だ。妻の二人や三人養えるくらいでないとな。最後は人柄だ。妻たちを平等に愛せるかどうかだ。それができるなら考えてやる」というものです。冗談であってもそれほど面白いとは思えませんし、本気であれば正気を疑う言葉でございましょう。お館様の若い頃にはお世話係を務めておりましたが、どうも礼儀とか謙虚とか、そのような言葉がいつの間にか抜けてしまわれたようです。



 そんなある日、私は次女のマイカ様から一つお願いをされました。ある手紙をキヴィオ市冒険者ギルドのギルド長の手に渡るように手配してもらいたい、それも秘密裏に、ということでございました。

 伯爵家の執事として、私にはそれなりの伝手つてがございます。しかしお館様やファビオ様にすら気付かれないように、ということになりますと公のルートは使えません。ここは昔からの知り合いに頼むことになるでしょうか。

 マイカ様は非常に利発でお優しい方で、幼い妹や弟たちの面倒をよく見ていらっしゃいます。これまで我が儘など一度も聞いたことがございません。そのお嬢様のたっての願いということであれば、全身全霊をもってお受けいたしましょう。

 後日マイカ様からその手紙について説明をしていただくとともに、その件についてお願いをされました。数年もすればケネスという名のエルフがこの屋敷を訪れることになるだろう。その際には彼を私に引き合わせる手伝いをしてほしい。私への来客は厳しくチェックされているので、おそらく父と兄が邪魔をするだろう。二人に邪魔されないようになんとか母を、できれば異母姉のロシータ、義姉のノエミも味方に引き込みたい。そのようなお話でした。

 そのケネス殿がどのような人物なのかという疑問はそれ以後も残りましたが、数年後に彼に会う機会がございました。

 ケネス殿は冒険者を名乗っておられましたが、冒険者とは思えないほど言葉遣いが丁寧で、高い教養も身に付けているようでした。エルフ独特の気位の高さもございません。妻と娘が同行しているのかと思っておりましたが、どうやらそうではなかったようです。準備が整うまでは応接室で待っていただくことになりました。

 今日は運悪くお館様もファビオ様もいらっしゃいます。お館様は大変鼻が利くお方ですので、何かを察してお戻りになられたのかもしれません。ちょうど皆で集まっている時間ですので大変ではございますが、ここからが腕の見せ所です。

 まず一つ、ケネス殿のことは隠していてもすぐに発覚することでございます。もし彼がこっそりとお嬢様を連れ出したりすれば、それこそお館様から誘拐犯扱いされる可能性もございます。平民が貴族令嬢の誘拐を企てたとなれば、当人は当然として、一族郎党みな極刑になるのが当然でございます。ここはお館様に納得していただいた上で、ということになるでしょう。

 もう一つ、お館様の耳にケネス殿のことが入る前に、お嬢様をケネス殿に引き合わせることです。この屋敷の全員がお嬢様のお味方というわけではございません。お館様とファビオ様の手の者もそれなりにおります。先にお館様の耳にケネス殿のことが入れば、間違いなく飛んでいってケネス殿を屋敷から追い出すことでしょう。ロシータ様の時には殿下に手を上げ、あやうく爵位を召し上げられるところでございました。デボラ様がお館様の頭を地面に叩きつけて謝罪をさせておられました。

 

 それでは!

 私はマイカ様にブロックサインで合図をすると、大げさな身振りでお館様にレオニート殿からの手紙と荷物を見せつけました。

「お館様、マイカ様宛にとある殿方から恋文が届いたようです。こちらがその……あっと、手が滑りました。申し訳ございません。何やら金貨なども入っていたようですね。あっ、ファビオ様、そちらの箱を拾っていただいてもよろしいでしょうか」

 我ながら最高の演技ですね。

 その隙にマイカ様とアンナ様、そしてノエミ様には応接室に向かっていただきました。当然お館様とファビオ様が気付いて後から追いかけましたが……

「おや、椅子の下にも金貨が」

 お二人とも私が動かした椅子ですねを打って悶絶されましたので、もう少し時間が稼げたでしょう。



 後から聞いた話では、マイカ様たちは応接室のすぐ手前でお館様たちに追いつかれたそうですが、アンナ様がドアを開けたので、皆で応接室に入らざるを得なくなったということです。理想的ですね。なし崩し的に入れば、お館様も何も準備をする暇もなく、ただ部屋に入るのみでございます。

 その後はお館様とファビオ様が脇腹から血を流して自室に担ぎ込まれるという一幕ひとまくもございましたが、それは自業自得というものでございます。マイカ様は無事にケネス殿とお会いできたそうです。大変よろしゅうございました。

 翌日にはマイカ様はケネス殿に同行してこのお屋敷を離れることになりました。もちろんお館様とアンナ様の了解を得た上でございます。少し寂しくは思いますが、お嬢様の幸せを考えればそれが一番なのでございましょう。アンナ様は鎖に繋がれたお館様とファビオ様の頭を掴んで首を縦に振らせておいででした。



 おや、お館様の意向に背いた私が何か罰を受けるのではないか、そう心配していただけるのでしょうか? 心配はご無用です。私は伯爵にお仕えしております。そしてに従うのがというものでございます。私の家は代々そのようにお仕えしてまいりました。

 今日はこれから『躾のなっていないにきっちりと躾をする仕事』の手伝いがございます。もちろん躾けるのはアンナ様ご自身でございますので私は手伝い程度でございますが、久しぶりに『口よりも拳の方が速い』と言われたラクヴィ伯爵家教育係としての本領を発揮する機会でございます。
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