新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

文字の大きさ
47 / 278
第一章 第三部

独白:ある居候の驚き

しおりを挟む
 うん? なんじゃこれは?

 遠いところから念話が飛んできとるようじゃが……ワシに話しかけているのではなそうじゃな。

 おお、ワシはマリアンという。どうやら世間では古代竜とか言われておるようでな、それで年寄りと思われておるようじゃが、そこまで年寄りではないぞ。むしろ若いと思うておる。ピチピチじゃ。

 人はこのあたりをシムーナとか呼んどったかのう。そこの山の上に家を作って住んでおる。作ったのは随分昔でのう、当時は竜の姿のままじゃったからとにかく広くて無駄が多い家じゃった。人の姿になれば小さな部屋でも過ごせるし、いいこと尽くめじゃの。



 もう昔の話になるのじゃが、人の姿で町に出て服を扱っておる店を覗いたら、ワシの目に飛び込んできたドレスがあってのう。その店主に聞いたら、彼女が人生で着ていたようなドレスを模した物じゃとか。稀に前世の記憶を残したまま生まれ変わる者がおるから、彼女もそのうちの一人なんじゃろう。マリーという名の気の強い女性じゃったが、ドレスのデザインは飛び抜けておった。

 他にも考えたデザインがあって、それをまとめたノートを見せてくれた。ただ店に飾ってあるドレス一着とっても非常に金も時間もかかるらしくて、そう何着も作るのは無理じゃと言っとった。金を出すから作ってくれと言うたら、「自分で作ればいいじゃない」と言われてのう、それならばということで彼女の持つデザインを全て買い取って自分で作ることにしたのじゃ。

 しばらくはマリーに教わっとったが、一通り技術を身に付けた頃には彼女も年を取ってのう。ワシとは違うて人間はそうそう長生きはできん。身内もおらんそうじゃからワシが最後を看取って、墓はワシの家の近くであの町を見下ろせるところに作った。

 それからは自分でデザインを考えてドレスを作り続けてだいぶ経ったか、ふと何かが聞こえてきたのじゃ。こんなところまで声が聞こえるわけではないので念話じゃろうが、ワシに話しかけているわけではなく、どうやら話し声に念話が乗ってしまっておる。

 それでワシが困るかと言えばそうでもないのじゃが、他の念話が聞こえる者がびっくりするかもしれんしのう。暇を持て余しておることじゃし、ちょっと出かけて教えるのも年長者の務めかのう。



 さて、念話を辿って会いに行ってみれば、そこにはケネスと名乗るエルフの若者がおった。彼は念話が漏れていることに気付いていなかったそうじゃ。暇があればそのあたりを教えるのもいいじゃろう。

 どうやらこの世界で生まれた者ではないようじゃな。ワシは人の特徴が頭に浮かぶからのう。話をしたが人柄は問題ないと言うより、むしろこの上なく温厚に思えるのじゃが……しかしなんじゃ、この頭を上からぐっと押さえつけられるような力は。

 立ち話もなんじゃから家でお茶でも、と家に案内してもろうたが、この異空間の広さはのう。これだけ魔力があるならワシなど指先一つでプチッと潰せるじゃろ。最初は見下すような感じになってしもうたかもしれんが、大丈夫かのう。むしろ下手したてに出た方が良いくらいじゃ。気軽に会いに来たが、話が分かる相手でよかったわ。とりあえずケネス殿と呼べば失礼にはならんじゃろ。



 しかしこの家での出会いはワシの長い人生でもそうそう経験したことがないことばかりじゃった。

 まずは少女漫画という絵物語じゃ。言葉はこのあたりでは見かけぬものばかりじゃが、内容は理解できる。言葉というのは極論すれば語彙と文法のパターンじゃからのう。要は慣れじゃ。

 これらはマイカ殿の所有物で、そもそもこの世界のものではないらしいのじゃが、ほほう、着飾った男女の恋物語が多いようじゃ。うほほ、これは素晴らしい。よくもまあ、これほどたくさん話が考えられるものじゃ。思わず鼻息が荒くなってしもうた。

 そしてもう一つはエリー殿の存在じゃ。先ほどの少女漫画を元にして、そこに出てくるドレスを再現しておるとか。技術的にはワシには及ばんとは思うが、ファスナーなる部品を使った細かな部分の工夫などは、もしかしたらワシよりも上かもしれんのう。他には美しい素材の肌着なども見せてもろうたが、あれは肌触りが良い。

 そして「これは特別です」と見せてもろうたのが、ほとんど透き通るような細い糸で編まれたレースなる布地。何をどうすればこんな細い糸をこのように織れるのかまったく分からん。「ある御方から下賜されいただきました」と言うておって、彼女でも今は作れないそうじゃ。ファスナーもそうらしいのう。それでもいずれは作りたいと言うとった。素晴らしい向上心じゃな。

 さらに「これを見たことは旦那様にも内緒でお願いします」と言われたのが、先ほどのレースなどを使った数々の扇情的な下着類。これらは彼女たちの夜伽に使われるものらしいが、エリー殿の頭の中はどうなっとんじゃ? 下着というのは大事なところを隠すためにあるわけじゃろ? 隠すべきところをまったく隠さずに、あえてそこを強調するデザインなのはやはり男を煽るためかのう。

 エリー殿からは「これを身に付けられるのは夜伽要員のみです」と言われたのじゃが、ワシは人と目合まぐわうつもりはないぞ。ワシの本来の姿は竜じゃし、今は姿を人に変えているだけじゃ。もっとも他の姿にはなれぬし、これがもう一つの姿と言ってしまえばそれまでじゃが。

 しかしあの下着は素晴らしいどころではない肌触りじゃったし、履いたらどうなるのかという興味は大いにある。じゃが……ケネス殿が嫌いなわけではないが、雄と雌の関係になりたいわけではないしのう。

 レースの秘密に触れるためにも、とりあえずここに居候でもさせてもらうとするか。ワシでも何かできることはあるじゃろ。そうと決まればまずはケネス殿に引越しのことを伝えねばな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

処理中です...