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第一章 第三部
独白:ある居候の驚き
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うん? なんじゃこれは?
遠いところから念話が飛んできとるようじゃが……ワシに話しかけているのではなそうじゃな。
おお、ワシはマリアンという。どうやら世間では古代竜とか言われておるようでな、それで年寄りと思われておるようじゃが、そこまで年寄りではないぞ。むしろ若いと思うておる。ピチピチじゃ。
人はこのあたりをシムーナとか呼んどったかのう。そこの山の上に家を作って住んでおる。作ったのは随分昔でのう、当時は竜の姿のままじゃったからとにかく広くて無駄が多い家じゃった。人の姿になれば小さな部屋でも過ごせるし、いいこと尽くめじゃの。
もう昔の話になるのじゃが、人の姿で町に出て服を扱っておる店を覗いたら、ワシの目に飛び込んできたドレスがあってのう。その店主に聞いたら、彼女が前の人生で着ていたようなドレスを模した物じゃとか。稀に前世の記憶を残したまま生まれ変わる者がおるから、彼女もそのうちの一人なんじゃろう。マリーという名の気の強い女性じゃったが、ドレスのデザインは飛び抜けておった。
他にも考えたデザインがあって、それをまとめたノートを見せてくれた。ただ店に飾ってあるドレス一着とっても非常に金も時間もかかるらしくて、そう何着も作るのは無理じゃと言っとった。金を出すから作ってくれと言うたら、「自分で作ればいいじゃない」と言われてのう、それならばということで彼女の持つデザインを全て買い取って自分で作ることにしたのじゃ。
しばらくはマリーに教わっとったが、一通り技術を身に付けた頃には彼女も年を取ってのう。ワシとは違うて人間はそうそう長生きはできん。身内もおらんそうじゃからワシが最後を看取って、墓はワシの家の近くであの町を見下ろせるところに作った。
それからは自分でデザインを考えてドレスを作り続けてだいぶ経ったか、ふと何かが聞こえてきたのじゃ。こんなところまで声が聞こえるわけではないので念話じゃろうが、ワシに話しかけているわけではなく、どうやら話し声に念話が乗ってしまっておる。
それでワシが困るかと言えばそうでもないのじゃが、他の念話が聞こえる者がびっくりするかもしれんしのう。暇を持て余しておることじゃし、ちょっと出かけて教えるのも年長者の務めかのう。
さて、念話を辿って会いに行ってみれば、そこにはケネスと名乗るエルフの若者がおった。彼は念話が漏れていることに気付いていなかったそうじゃ。暇があればそのあたりを教えるのもいいじゃろう。
どうやらこの世界で生まれた者ではないようじゃな。ワシは人の特徴が頭に浮かぶからのう。話をしたが人柄は問題ないと言うより、むしろこの上なく温厚に思えるのじゃが……しかしなんじゃ、この頭を上からぐっと押さえつけられるような力は。
立ち話もなんじゃから家でお茶でも、と家に案内してもろうたが、この異空間の広さはのう。これだけ魔力があるならワシなど指先一つでプチッと潰せるじゃろ。最初は見下すような感じになってしもうたかもしれんが、大丈夫かのう。むしろ下手に出た方が良いくらいじゃ。気軽に会いに来たが、話が分かる相手でよかったわ。とりあえずケネス殿と呼べば失礼にはならんじゃろ。
しかしこの家での出会いはワシの長い人生でもそうそう経験したことがないことばかりじゃった。
まずは少女漫画という絵物語じゃ。言葉はこのあたりでは見かけぬものばかりじゃが、内容は理解できる。言葉というのは極論すれば語彙と文法のパターンじゃからのう。要は慣れじゃ。
これらはマイカ殿の所有物で、そもそもこの世界のものではないらしいのじゃが、ほほう、着飾った男女の恋物語が多いようじゃ。うほほ、これは素晴らしい。よくもまあ、これほどたくさん話が考えられるものじゃ。思わず鼻息が荒くなってしもうた。
そしてもう一つはエリー殿の存在じゃ。先ほどの少女漫画を元にして、そこに出てくるドレスを再現しておるとか。技術的にはワシには及ばんとは思うが、ファスナーなる部品を使った細かな部分の工夫などは、もしかしたらワシよりも上かもしれんのう。他には美しい素材の肌着なども見せてもろうたが、あれは肌触りが良い。
そして「これは特別です」と見せてもろうたのが、ほとんど透き通るような細い糸で編まれたレースなる布地。何をどうすればこんな細い糸をこのように織れるのかまったく分からん。「ある御方から下賜されました」と言うておって、彼女でも今は作れないそうじゃ。ファスナーもそうらしいのう。それでもいずれは作りたいと言うとった。素晴らしい向上心じゃな。
さらに「これを見たことは旦那様にも内緒でお願いします」と言われたのが、先ほどのレースなどを使った数々の扇情的な下着類。これらは彼女たちの夜伽に使われるものらしいが、エリー殿の頭の中はどうなっとんじゃ? 下着というのは大事なところを隠すためにあるわけじゃろ? 隠すべきところをまったく隠さずに、あえてそこを強調するデザインなのはやはり男を煽るためかのう。
エリー殿からは「これを身に付けられるのは夜伽要員のみです」と言われたのじゃが、ワシは人と目合うつもりはないぞ。ワシの本来の姿は竜じゃし、今は姿を人に変えているだけじゃ。もっとも他の姿にはなれぬし、これがもう一つの姿と言ってしまえばそれまでじゃが。
しかしあの下着は素晴らしいどころではない肌触りじゃったし、履いたらどうなるのかという興味は大いにある。じゃが……ケネス殿が嫌いなわけではないが、雄と雌の関係になりたいわけではないしのう。
レースの秘密に触れるためにも、とりあえずここに居候でもさせてもらうとするか。ワシでも何かできることはあるじゃろ。そうと決まればまずはケネス殿に引越しのことを伝えねばな。
遠いところから念話が飛んできとるようじゃが……ワシに話しかけているのではなそうじゃな。
おお、ワシはマリアンという。どうやら世間では古代竜とか言われておるようでな、それで年寄りと思われておるようじゃが、そこまで年寄りではないぞ。むしろ若いと思うておる。ピチピチじゃ。
人はこのあたりをシムーナとか呼んどったかのう。そこの山の上に家を作って住んでおる。作ったのは随分昔でのう、当時は竜の姿のままじゃったからとにかく広くて無駄が多い家じゃった。人の姿になれば小さな部屋でも過ごせるし、いいこと尽くめじゃの。
もう昔の話になるのじゃが、人の姿で町に出て服を扱っておる店を覗いたら、ワシの目に飛び込んできたドレスがあってのう。その店主に聞いたら、彼女が前の人生で着ていたようなドレスを模した物じゃとか。稀に前世の記憶を残したまま生まれ変わる者がおるから、彼女もそのうちの一人なんじゃろう。マリーという名の気の強い女性じゃったが、ドレスのデザインは飛び抜けておった。
他にも考えたデザインがあって、それをまとめたノートを見せてくれた。ただ店に飾ってあるドレス一着とっても非常に金も時間もかかるらしくて、そう何着も作るのは無理じゃと言っとった。金を出すから作ってくれと言うたら、「自分で作ればいいじゃない」と言われてのう、それならばということで彼女の持つデザインを全て買い取って自分で作ることにしたのじゃ。
しばらくはマリーに教わっとったが、一通り技術を身に付けた頃には彼女も年を取ってのう。ワシとは違うて人間はそうそう長生きはできん。身内もおらんそうじゃからワシが最後を看取って、墓はワシの家の近くであの町を見下ろせるところに作った。
それからは自分でデザインを考えてドレスを作り続けてだいぶ経ったか、ふと何かが聞こえてきたのじゃ。こんなところまで声が聞こえるわけではないので念話じゃろうが、ワシに話しかけているわけではなく、どうやら話し声に念話が乗ってしまっておる。
それでワシが困るかと言えばそうでもないのじゃが、他の念話が聞こえる者がびっくりするかもしれんしのう。暇を持て余しておることじゃし、ちょっと出かけて教えるのも年長者の務めかのう。
さて、念話を辿って会いに行ってみれば、そこにはケネスと名乗るエルフの若者がおった。彼は念話が漏れていることに気付いていなかったそうじゃ。暇があればそのあたりを教えるのもいいじゃろう。
どうやらこの世界で生まれた者ではないようじゃな。ワシは人の特徴が頭に浮かぶからのう。話をしたが人柄は問題ないと言うより、むしろこの上なく温厚に思えるのじゃが……しかしなんじゃ、この頭を上からぐっと押さえつけられるような力は。
立ち話もなんじゃから家でお茶でも、と家に案内してもろうたが、この異空間の広さはのう。これだけ魔力があるならワシなど指先一つでプチッと潰せるじゃろ。最初は見下すような感じになってしもうたかもしれんが、大丈夫かのう。むしろ下手に出た方が良いくらいじゃ。気軽に会いに来たが、話が分かる相手でよかったわ。とりあえずケネス殿と呼べば失礼にはならんじゃろ。
しかしこの家での出会いはワシの長い人生でもそうそう経験したことがないことばかりじゃった。
まずは少女漫画という絵物語じゃ。言葉はこのあたりでは見かけぬものばかりじゃが、内容は理解できる。言葉というのは極論すれば語彙と文法のパターンじゃからのう。要は慣れじゃ。
これらはマイカ殿の所有物で、そもそもこの世界のものではないらしいのじゃが、ほほう、着飾った男女の恋物語が多いようじゃ。うほほ、これは素晴らしい。よくもまあ、これほどたくさん話が考えられるものじゃ。思わず鼻息が荒くなってしもうた。
そしてもう一つはエリー殿の存在じゃ。先ほどの少女漫画を元にして、そこに出てくるドレスを再現しておるとか。技術的にはワシには及ばんとは思うが、ファスナーなる部品を使った細かな部分の工夫などは、もしかしたらワシよりも上かもしれんのう。他には美しい素材の肌着なども見せてもろうたが、あれは肌触りが良い。
そして「これは特別です」と見せてもろうたのが、ほとんど透き通るような細い糸で編まれたレースなる布地。何をどうすればこんな細い糸をこのように織れるのかまったく分からん。「ある御方から下賜されました」と言うておって、彼女でも今は作れないそうじゃ。ファスナーもそうらしいのう。それでもいずれは作りたいと言うとった。素晴らしい向上心じゃな。
さらに「これを見たことは旦那様にも内緒でお願いします」と言われたのが、先ほどのレースなどを使った数々の扇情的な下着類。これらは彼女たちの夜伽に使われるものらしいが、エリー殿の頭の中はどうなっとんじゃ? 下着というのは大事なところを隠すためにあるわけじゃろ? 隠すべきところをまったく隠さずに、あえてそこを強調するデザインなのはやはり男を煽るためかのう。
エリー殿からは「これを身に付けられるのは夜伽要員のみです」と言われたのじゃが、ワシは人と目合うつもりはないぞ。ワシの本来の姿は竜じゃし、今は姿を人に変えているだけじゃ。もっとも他の姿にはなれぬし、これがもう一つの姿と言ってしまえばそれまでじゃが。
しかしあの下着は素晴らしいどころではない肌触りじゃったし、履いたらどうなるのかという興味は大いにある。じゃが……ケネス殿が嫌いなわけではないが、雄と雌の関係になりたいわけではないしのう。
レースの秘密に触れるためにも、とりあえずここに居候でもさせてもらうとするか。ワシでも何かできることはあるじゃろ。そうと決まればまずはケネス殿に引越しのことを伝えねばな。
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