新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

文字の大きさ
51 / 278
第一章 第三部

リゼッタの温泉旅館

しおりを挟む
「前もお流しいたします」
「いや、それはいいから」

 リゼッタに露天風呂で背中を洗ってもらいながらぼーっとしてたら、いつの間にか前を洗われそうになったので慌てて止めた。



 家のすぐ横にリゼッタのための温泉旅館を建てた。

 リゼッタは普段はあまり自己主張をしないけど、たまにびっくりするくらい主張が激しくなる。『正妻の座は譲りません』と言ってるがいい例かな。そんな彼女がそこまで欲しがるなら、ということで温泉旅館を建ててしまった。頼む方も頼む方だけど、建てる方も建てる方だ。

 リゼッタとはずっと一緒にやってきたわけだし、カロリッタを除けばお互いを一番良く分かってる相手じゃないかな。最初の恋人だしね。カロリッタは僕の頭の中を読んでたから分かっていて当然だからね。

 それに、エリーには衣装室、マイカには図書室を作ったけど、リゼッタとカロリッタには何も作っていない。カロリッタは何もいらないと言ったのでとりあえず保留にしてあるけど、まあいずれ何かが欲しければ作ろうとは思っている。



 最近のリゼッタは着物が多い。以前はセーラー服もよく着ていて、それもすごく似合っているんだけど、エリーが『あ~れ~』の話を持ち出してカロリッタが説明してからは着物がかなり増えた。

 リゼッタはかなり頭が固い。絶対に自分の考えを曲げないというほどではないけど、自分の考えを曲げるためには理由が必要になるタイプ。納得できなアドバイスは受け付けない。

 そのリゼッタが着物を着て、それを見た僕が若女将みたいで可愛いとうっかり褒めれば、そりゃ彼女としては僕を喜ばせようと着物を着るのは当然のことだった。セーラー服の時もそうだったしね。

 さらにカロリッタとマイカにアドバイスを求めたらしい。僕がこの前『定番』という言葉を言ってしまったからだ。そしておそらくカロリッタのアドバイスは九〇〇度くらいズレているだろう。マイカがどういうアドバイスをしたか分からないけど、僕に害がない限りは止めないと思う。そしてリゼッタは中途半端なことは好きじゃない。その結果としてリゼッタが二人からのズレたアドバイスを全力で真に受けるのは当然のことだった。『あ~れ~』だけじゃなく。



 さて、この旅館は家の中から渡り廊下で行くこともできる。でも正式な玄関は外にあるから、リゼッタの出迎えを受けるためには玄関から回って入ることになる。

 なぜ玄関前のポーチの手前に赤い太鼓橋があるかは横に置いておいて、ガラガラと引き戸を開ければ立派なホールがある。靴を脱いで上がると正面にフロントと横にロビーがある。もちろん床は全て赤い絨毯だ。

「ようこそいらっしゃいました」
「今日はお世話になります」

 そこで若女将風のリゼッタに案内されて客室に向かうことになる。

「なんでここで腕を組むの?」
「客室までこうやって腕を組むのが定番だと聞きました」
「誰から?」
「カロリッタさんからです」

 まあ今日はリゼッタのための日だからね」



 客室は一階と二階にある。すべて同じ大きさにしたけど、ちゃんと広縁ひろえんを付けた。

 二階の客室でお茶を淹れてもらって少しゆっくりする。するとリゼッタが手招きをした。

「なんで膝枕?」
「膝枕は定番だと聞きました」
「これもカロリッタから?」
「いえ、マイカさんからです」



 それから若女将に案内してもらうという体裁で館内を見て回る。

 通路の途中に休憩所的なちょっとしたスペースを作って、そこに卓球台を備え付けた。マッサージチェアやゲーム機はない。

 宴会場は使わないだろうけど、温泉卓球用のスリッパなどは用意した。ルールは色々あるけど、とりあえず試合会場は宴会場の畳の上、そして浴衣を着てスリッパを使うのは共通だろう。僕もリゼッタも浴衣に着替えた。

「もう少し帯をしっかりと締めて、試合中に緩まないようにしたらどう? はだけすぎでしょ?」
「温泉卓球はチラリが定番だと聞きました」
「そんな定番はないと思うけど。そもそもチラリどころじゃないし。下着を付けてないでしょ?」
「ケネスが喜んでくれたようなので問題ありません」
「……それもマイカ?」
「いえ、エリーさんです。浴衣の胸元に手をやって、ちょっと隠そうとするのが定番だと」



 宴会場を出たら次は大浴場へ向かう。

 大浴場は男性用と女性用と混浴用の三つがあり、それぞれ外には露天の岩風呂も付けて竹垣で覆った。竹垣には照明を付けて雰囲気を出した。外から覗かれないように一応[結界]を付けておいたけど、覗く人はいないよね。家族以外誰もいないんだから。

 シャワーなどの設備は家の方と同じ。ホースのないシャワーヘッド型の魔道具なので、持って行こうと思えばどこへでも持って行ける。[浄化]できれいにできるようにしてあるから、いつでもきれいな温泉に入れる。

 ここまで作っておいてなんだけど、どれだけ使うかは正直分からない。でも家のお風呂よりも広いから、こちらをメインにするのもありかもしれない。

 お湯に疲労回復の効果をもたせるようにしたら、リゼッタからは「子宝と安産はないのですか?」と聞かれた。残念ながらそれは無理。マリアンにも聞いたけど、やはり一〇〇歳になっていないエルフはそのままではほとんど子供ができないと。

 ちなみに僕は[不老]を持っているから数字の上では年は取らないはず。だから自然に子供を作るのは無理じゃないかな。マリアンは「子供が欲しければ酒じゃな」と言っていたけど、やはりそれしかないらしい。普段からるけどできないからね。だからリゼッタにはもう少し待ってほしいと言っている。

 お湯の温度もいい感じなので少し浸かってみることにした。

「ヹ~~~~」
「ケネスはそれが好きですね」
「自然と出るんだよ。日本人のさがかな」
「でもゆっくりとお湯に浸かればこれほど体が休まるとは思いませんでした」
「地球でもお風呂に毎日ゆっくり入る国はそこまで多くないね。国が変わればお風呂事情も変わるかな」

 リゼッタそのまま一緒に入っている。今さら恥ずかしがることもないし。

「じゃあ外で体を洗うね」
「背中をお流しいたします」

 丁度いいくらいの強さで背中を洗ってくれる。はーって声が出そう。

「前もお流しいたします」
「いや、それはいいから」
「でもカロリッタさんとマイカさんとエリーさんが言うには、女将はまずは前を洗うのが定番だと」
「それは絶対違う!」



「あー、こうやって普通に岩風呂に入っているだけでいいよ」
「すみません。ケネスに喜んでもらおうと思ったのですが……」
「あ、いや、嫌なわけじゃないよ。でも定番ではないと思うよ、ああいうのは。かなり歪んだ考えだからね」
「そうでしたか。では女体盛「それは絶対に違う」
「では温泉旅館の定番とはどのようなものでしょう?」
「そうだねえ。こういうのかな」

 横にいるリゼッタの肩を抱き寄せた。そしてそのまま肩を抱いたままにする。

「こういうのでいいと思うよ」
「これでいいのですか?」
「そうそう、こういうの。のぼせない程度にね」

 もうしばらく岩風呂を堪能してから僕たちは部屋へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

処理中です...