新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第二章 第一部

お互いの呼び方、そしてディキリ町に到着

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 ようやく森を抜けた。この先に町が見える。あれがディキリ町か。この森に入ってから抜けるまでの間に、大森林とユーヴィ市とキヴィオ市に行って、マノンが家族になった。あちこち移動したから頭がごちゃごちゃになってくる。まあディキリ町には今日中に着くだろうね。

 ここ数日は、前にマノン、後ろにカロリッタ、右にセラ、左にキラという布陣。ミシェルは毎日歩くのは大変だから、今日はここにはいない。たまに散歩気分でカローラも出てくる。

 リゼッタは今日は家で料理を特訓するらしい。前から料理があまり得意ではなかったけど、それでも練習はしていた。でもマノンはかなり料理が上手だと聞いて、我が家で料理が上手な順番を考えてしまったらしい。するとリゼッタとカロリッタで最下位を争うことになると気付いて、さすがに慌てたと。

 ミシェルだってまだ六つになっていないのに、魔道具を使って普通に料理ができるようになったからね。マノンは……食べさせる人がいなかったのに毎日作っていたらしい。そう聞くと健気けなげすぎて涙が出てくる。

 今のところ料理が上手な順番は、もちろんレパートリーの広さも含めれば、僕、エリー、マノン、マイカ、マリアン、カローラ、セラ、キラ、ミシェル、リゼッタ、カロリッタになるらしい。



 そう、それであれだ。歓迎会の後、夜になってからマノンとはをしたんだけど、「夫婦なのに、呼び方が『ケネスさん』と『マノンさん』ではおかしいのではないでしょうか?」と言われた。話し合いの結果、『マノン』と『あなた』と呼び合うになった。

 今までこの家にはまったくなかった夫婦感が急に出た気がするけど、意外にもみんなは気にしていない。唯一気にしたのは、僕を『ケネスさん』と呼ぶあの人カローラさん

 カローラさんに「私とのやりとりだけ他人行儀な気がします」と泣きそうな顔で言われたから、それ以降は『カローラ』と呼ぶことにした。そうしたらカローラが僕を、なぜか『ご主人様』と呼ぶようになった。それを聞いたマイカが『盗られた!』というような顔をしたけど、被ったらダメなの? 君は『先輩』と呼んでるでしょ?

 うちの家族は妙に服装とか呼び方とかにこだわる時期がある。まあ一時的なものなんだけど、リゼッタが温泉旅館ができた直後は着物ばっかりだったり、マイカは最初の頃はメイド服ばっかりだったり。そのあたりが変わらないのがエリーとマリアン。エリーはずっと和装だし、マリアンはずっとヒラヒラのドレス。さすがに温泉旅館では浴衣を着てるけど。

 マイカが持ち込んだという概念のせいで、『個性を出さないと負け』みたいな雰囲気になっているけど、セラとキラにとっては今日もどこ吹く風。



◆ ◆ ◆



 余計なことを考えている間に町が近付いてきた。門のところに人が立っているけど、やっぱり驚いているね。今まで会った門衛で、驚かなかった人はいないんじゃないかな?

「あんたたち、山から出できたのか?」
「はい。西の方から山裾の森の中を通ってきました」
「まあできなくはないけど、わりと無茶をするなあ」
「まっすぐの方が早いですから」
「まあそりゃなあ……」

 門衛は納得しきれないような感じだけど、こっちを見て「ん?」と表情を変えた。

「そっちのは教会にいたセラじゃないか?」
「そうです。一度は王都に行きましたが、今はこのように先生の旅に同行してるです」
「じゃあそっちはキラか。いなくなった時は騒ぎになったぞ」
「そう。セラに付いて行った。私もシスター修女になった」
「まあ無事でよかった。家に顔を出して安心させてやれ」
「後で行く」

 門を通って町の中に入った。あの向こうに見える教会がセラがいたところかな。

「入るだけ入ったけど、これからどうする? 何もなければ教会に挨拶に行くのもありだと思うけど」
「はい。挨拶には行きたいです。いいです?」
「いいよ。その後でキラの家にも行こうか」
「分かった」

 歩いていると、こちらに目を向けてくる人もいる。セラとキラを知っている人だろうか。まあそこまで大きな町ではないし、顔見知りでも全然おかしくないけど。

 しばらく歩くと小さな教会の前に出た。セラはここで育ったんだから当然だけど、勝手知ったる我が家のようにドアを開けて入っていった。僕も彼女たちに続く。

「おや、セラフィマ。それにキラちゃんも無事だったか。それと、お客さんかのう?」

 そう声をかけてきたのはここの司祭のゲンナジー司祭だろう。長いひげのお爺ちゃんで、某ファンタジー映画の校長先生アルバス・ダンブルドア校長のような風貌。

「初めまして、ケネスと申します」
「ようこそようこそ。まあここで立ち話もなんでしょう。こちらへどうぞ」

 そう言うとゲンナジー司祭は僕たちを奥へと案内してくれた。



「ここで司祭をしているゲンナジーです」
「ケネスです。現在は旅の途中で、セラとキラにも同行してもらっています」
「ここに永久就職したです」
「同じく」

 二人が左右から僕の腕をポンポン叩きながらそう言った。

「おやおや、そうなりましたか。おそらくセラフィマから聞いているとは思いますが、この子の父親の代わりをしていましてのう。よろしくお願いします」
「こちらこそ。王都で縁あって知り合いまして、今は一緒に暮らしています。それと、紹介が遅れましたが、このマノンとカロリッタも僕の妻です」
「この二人は悪いことをするような子ではありませんでしたから、どこへ出しても恥ずかしくはありませんなあ。まあ食費はかかるかもしれませんが」
「そちらの方はお任せください。二人が空腹で困ることはないとだけは約束できます」
「毎日お腹いっぱいです」
「幸せ」
「それはよかった」



 セラは教会の前に捨てられていたのを司祭本人が見つけたそうだ。小さい頃からよく食べたことや、少し耳が尖っていることから、おそらくドワーフではないかと考えたらしい。

 もちろん、なぜ捨てられたのかは分からないけど、子供を教会に預けるのは少なくはないらしい。夫を失った、妻を失った、仕事を失った、家を失った、お金がなくなった、他には、自分と同じ種族に生まれなかった、など。親と子の種族が違うことはよくあるらしいけど、それでも親としては自分と同じ種族になってほしいらしい。だから捨てることはなくならないそうだ。

 司祭は無理に教会の手伝いをさせるのではなく、好きにさせていたらしい。そのうちセラは普段の食事だけでは足りなくなったから、自分で教会の裏の畑をどんどん広げていったと。そのうちキラと仲良くなり、キラはその作業を手伝って一緒にご飯を食べていたらしい。まるで姉妹のようだったと。

 セラとキラは町から出た後のことをゲンナジー司祭に話している。森の近くを通って行ったこと。途中で猪が出てきたけど、なんとか倒せたこと。王都に着いた時、キラを妹にして中に入ったこと。最初に予定していた教会には二人一緒に入ることができなかったので、その代わりにパルツィ子爵の教会に行ったこと。行ったら潰れかけで、司祭がいなくなったので好きにしていたこと。もうそろそろ危ないと思った時に僕と会ったこと。

 ゲンナジー司祭はそれをニコニコしながら聞いていた。父親と言うよりも、久しぶりに会った祖父だね。

「ああそうでした。もうだいぶ落ち着いたようですが、キラがいなくなった時、父親がずいぶん取り乱しまして、もしよろしければ、そちらの方にも顔を出してもらえませんかな?」
「はい、もちろんです。この後で挨拶に行こうと思っていたところですが、それほど取り乱していたのですか?」
「ええ、毎日のように無事を祈りに来ていました」

 ……ん? 売るつもりの子供の無事を心配するかな? まあ、高値で売れなければ困るということもあるのかもしれないけど……。何かがおかしい?

「いずれにせよ、この二人はお任せください」
「ケネス殿、よろしくお願いします。セラもキラも元気でな」
「育ててくれてありがとうございました。先生もお元気で」
「これまでありがとうございました」

 二人はがペコッと頭を下げる。もう二〇と一六で子供でもないんだけど、見た目が見た目だからどうしてもね。

 他言無用と伝えた上で、[転移]ですぐに戻れることは伝えた。ゲンナジー司祭はセラの親代わりだし、信用できそうだしね。

 これからキラの家に向かうけど、場所は町の北東にあるので、教会の裏を眺めながら歩くことになる。セラとキラが広げた畑はなかなか広いね。でも司祭もさすがに管理できないのか、一部を残して放ったらかしになっているようだ。ちゃんと管理されている部分は、おそらく前から会った部分だろう。畑に入らせてもらうと土属性の魔法で畑をならしておいた。



 さて、キラの家はあの小川の向こうらしい。外から家を見る限りでは、別に貧しいわけでもなさそうだね。キラは開き直ったのかズンズンと進んでいき、玄関まで来るとためらいもせずにガッとドアを開けて入っていった。

「帰った!」

 ガタガタガタガタ

 人の声とともに「痛っ」とか聞こえてきたのは、慌てて膝でもぶつけたのか、それともこけたのか。五人が奥から出てきた。キラが開けっぱなしにしたからよく見えるね。

「キラ、無事だったか?」
「無事」
「キラ、怪我はないー?」
「ない」
「姉ちゃん、いきなりいなくなるからびっくりしたぞ」
「手紙は書いた」
「姉さん、何その格好は? 一体どうしたの?」
シスター修女
「姉ちゃん、おみやげは?」
「後で渡す」

 小さなキラが囲まれて見えなくなっている。一人だけおみやげを要求する冷静な子供がいるね。

 その様子を見ていると、キラの母親らしい人がこちらに、というかセラに気付いたらしい。

「セラちゃん、キラが無理に付いていったみたいでごめんなさいね」
「大丈夫です。私としても一人よりも二人の方が心強かったです」
「ところで、うしろのみなさんはー?」
「みんなこのケネスさんの妻たちです。私もキラも」



「「「「は?」」」」



 ちょっとセラ? 順番に説明しようと思ったのに、いきなり切り出されると、向こうの反応が読めなくなるから。

「あらあらー、キラにもいい人ができたのねー。ケネスさん、でしたね。そんな玄関ではなく、こちらへどうぞー」
「何と言ったらいいか分からないが、うちの娘をもらってくれるんだ、そりゃあ歓迎しないとな」

 おお、いきなりなごやかだ。キラの両親が僕たちを招き入れてくれる。キラって口減らしに売られる予定だったとか言ってなかった?

「あなた、なんだか思っていたのと様子が違いますねぇ」
「そうだね。仲良しそうだし」
「勘違だったのではないでしょうか~?」
「僕もそれは思った。何かあるんだろうね」

 案内されたのはきれいなテーブルのある応接室。口減らしにキラを売るような家には見えないよね。

「初めまして。ケネスと申します。ここにいるのが僕の妻のマノンとカロリッタです。そして、王都にいる間にキラとセラの二人と知り合いました」
「妻のマノンです」
「同じく妻のカロリッタです~」
「私は自己紹介はいいです?」
「うん、セラはいいんじゃない?」
「キラの父親のエフセイです」
「母のニカです」
「弟のユリアンです」
「妹のイネッサです」
「弟のミハイル」

 おみやげを欲しがったのがミハイルくんだね。一番下っぽい。

「それでキラ、なんで出て行ったんだ?」
「どうせ売られるなら自分から出て行こうと」
「売られる? お前が?」
「違う?」
「お前を売る理由なんかないだろう!」
「キラは口減らしで売られるなら私に付いていきたいと言ったです」
「「口減らし?」」
「口減らしで金が手に入ると聞いた」
「そんなことをするはずがないでしょー!」
「あの、エフセイさんもニカさんも落ち着いてください。横から聞いていると、何かが食い違っているようですが……。キラ、いつ何を聞いたの?」
「……出ていく二日前。口減らしで金貨を得ると……聞いた……はず……」

 どうも家族の反応が思っていたのと違うらしく、珍しくキラがあやふやな答え方をして目が泳ぎ気味。あまりこういうのは見たことがないな。

「出て行く二日前に口減らしか……。そんな話なんてした覚えもないし、そもそも金に困ったことすらないんだが……」
「父ちゃん、それ、ソゾンのおじさんがしてた話じゃない? 口減らしで穴を掘ったら金貨の入った壺が出てきたっておとぎ話」
「私は聞いてないわ」
「俺は聞いた。姉ちゃんたちはいなかったと思う」



「キラ、ひょっとして、その話がちょっとだけ耳に入って、それで自分が売られると勘違いしたんじゃないの?」
「……」

 じっと僕の目を見て、真っ赤になって、目を逸らした。



─────────────────────



 ケネスへの呼びかけ

 リゼッタ:ケネス
 カロリッタ:マスター
 エリー:旦那様
 ミシェル:パパ
 マイカ:先輩
 マリアン:お前様
 セラ:先生
 キラ:先生
 カローラ:ご主人様←NEW
 マノン:あなた←NEW
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