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第二章 第二部
名物作り、そして営業許可
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欲がないのは美点とも考えられるけど、この国についてはもう少し欲を出してもいいと思う。それに、実は欲はあるけど諦めているという可能性もあるし、ある程度は刺激を与えても大丈夫そうだとはカローラが言っていた。カローラはこれまでたくさんの世界を見てきたから、ここと似た世界もあったんだろう。
町と町の間が離れすぎて人が動かないから経済があまり回っていない。もちろん商人はやってくるけど、その商品は庶民の手には渡らない。そのような商品を買うのは、ある程度裕福な家だけ。もちろん当主が直接買いに来ることはない。買い出しを仕事にしている使用人が買いに来る。
僕がユーヴィ市やキヴィオ市で買った布もそのような商品の一つ。折り目が付かないように反物のように巻かれていたからね。みんながトゥーリ市などで大量に買った布やアクセサリーなども同じ。露店ではあったけど、安っぽい感じはしなかった。
一方で必需品がどうなのかと言えば、パンは安い。もちろん王都などでは最低数倍はするけど、ユーヴィ市やキヴィオ市ならかなり安い。それはナルヴァ村で麦が大量に収穫できるため。
余った麦は領主が引き取り、それをパン屋に安値で卸す。だからパン屋は安くパンを売る。パンを食べていれば死なない。栄養の偏りは仕方ないけど。それでもまだ麦が余るようなら、お抱えの商人が他の町に売りに行って稼いでくる。だからキヴィオ子爵領は麦のおかげで潤っている。
ちなみにナルヴァ村は税以外の麦は無償で領主に渡しているけど、それによって商人を手配してもらえるし、魔獣の暴走がある時には領主が魔獣駆除のために兵を用意してくれる。
とりあえず簡単に手に入る材料は小麦だから、名物にするなら小麦を使ったお菓子だろうか。いや、お菓子じゃなくて普通の料理でもいいのか。でも簡単に作れて屋台でも売れそうなもので玉焼き以外。名物になりそうなものって……粉もん。
でもたこ焼きもお好み焼きも卵を使うからなあ。卵とミルクはそれなりに高いんだよね。キヴィオ市ですらそうだった。そもそもたこ焼きは形を変えて玉焼きになってるし。それならガレットか肉まんか。
キッチンで試しにガレットを作ってみる。ガレットは蕎麦粉を使うけど、今回は小麦粉で代用。山間部では蕎麦の栽培もされているみたいだけど買ったことはない。ちなみに蕎麦は麺ではなく蕎麦がきとして食べるそうだ。
小麦粉と塩を合わせたところに少しずつ水を入れて生地を作る。卵を入れてもいいけど、今回は入れない。
フライパンに生地を流し入れて丸く広げる。
上に具を乗せる。具材はお好みで。今回はサーモンとチーズ。
四隅を折り畳んで四角くする……よりは、屋台で売るから持ち歩きやすいように折って巻いた方がいいかな。
「先輩、クレープですか?」
「……ガレットのつもりだったんだけど……小麦粉を使ったから、ほとんどクレープだね、これは。卵は使ってないけど。まあクレープでいいか。甘いのも甘くないのも作れるし。食べる?」
「いただきます」
再挑戦。
小麦粉と塩と卵を合わせたところに少しずつ水を入れて生地を作る。
フライパンに生地を流し入れて丸く広げる。食事になるように、普通のクレープよりも厚めにする。
チーズと薄切りのハムを乗せて火を通す。
火が通ったらレタスをのせ、半分に折り、さらに半分に折る。
クレープ屋の包装紙に入れる。
「これは最初からクレープにしてみた」
「やっぱり生地が厚くて卵を使っているからか、こちらの方が美味しいです」
「あまり高価じゃない食材でクレープに使えそうなものを考えてもらえる?」
「はい」
他には肉まんかな。
「こっちで肉まんって聞いたことある?」
「ないですね。小麦はこねて焼きますから」
皮は薄力粉、砂糖、塩、重曹をよく混ぜる。
そこにぬるま湯を入れてまとめたら少し寝かせる。
具の方はお好みでいいんだけどね。シイタケ、タケノコ、タマネギなどをみじん切りにして、豚挽肉、すりおろしたショウガ、お好みの調味料を入れてよく混ぜる。片栗粉を加えると、汁気が皮に染み出しにくいかな。
生地を切って伸ばして具を包んだら蒸す。
今回はベーキングパウダーがないので重曹を使って軽く膨らませた。正直なところ、皮は包めればいいという程度で作っていたので、膨らまなくても問題なかった。蒸し器がなければ鍋やフライパンに皿を入れて蒸すやり方もある。
薄力粉だけではなく、薄力粉と強力粉を半分ずつ使うやり方、ベーキングパウダーを使わないやり方、皮にゴマ油と牛乳を入れるやり方もある。具の方は本当にお好みで、残ったカレーを入れてもOK。調味料は酒、醤油、塩、コショウが定番だけど、オイスターソースを入れると深みが出るかな。
「こういう感じで作ってみた」
「あっふあっふ!」
「蒸してたの見たでしょ? なんで全力でかぶりつくの?」
「……久しぶりだったので。これも中の具材を変えれば色々な種類ができますよね」
「そうだね。甘いのもありかな」
「でも屋台の場合は燃料の問題がありますよね。クレープは生地をまとめ焼いておけばいいと思いますけど、肉まんは店で売る方が向いているんじゃないですか? もちろん、調理用の魔道具があれば関係ありませんけど」
「なるほど、あえて住み分けを狙うのもありかな」
「はい。それに一度どこかで試してみたらどうでしょうか」
「実際に屋台で試してみるのはありか……」
「はい、商人ギルドに入っていれば、一定の大きさまでの屋台が出せます」
「税金とかはある?」
「ラクヴィ市では屋台なら一定額だったはずです。月毎の支払いですね」
「一か月も続けるつもりもないけど、一度やってみるかな。ユーヴィ市あたりで」
まあ失敗してもいいんだよ。ただ、なんとなくもう少し活性化させたいなというくらいで。個人的にはユーヴィ市はわりと気に入ってるしね。そうと決まれば一度ユーヴィ市に行っておくか。
◆ ◆ ◆
午後になってマノンとユーヴィ市に来た。先に冒険者ギルドの方に顔を出しておくか。
「あ、ケネスさん、マノンさん、いらっしゃい!」
「ミリヤさん、お久しぶりです。そう言えば、この前は急に倒れたみたいですけど、大丈夫でしたか?」
「急に目の前が暗くなったんですよね。それ以降は大丈夫ですよ」
右のレナーテさんは素知らぬふりをしている。
「遅くなりましたが、お相手が見つかったようで、おめでとうございます」
「いや~、こんなところでいきなりですか? 照れますね~!」
「その時にはお祝いくらい贈りますね。ところでルボルさんはいますか?」
「多分上で暇をしてると思いますよ。どうぞ上がってください」
「勝手に上がっていいんですか?」
「やですね~。この町でケネスさんに文句を言える人なんていないじゃないですか~」
人を暴君か何かのように言わないでいただきたい。
「じゃあ、お言葉に甘えて勝手に上がらせてもらいます。レナーテさん、本当にいいんですよね?」
「はい、大丈夫です。『勝手に部屋に来るように言え。手間が省ける』と言われています」
「……じゃあ行こうか、マノン」
「はい」
コンコン
「ケネスです。入りますね」
「おう、来たか。勝手に入れ」
勝手知ったるルボルさんの執務室……と言うほど入っていないけどね。
「マノンも収まるところに収まったようだな」
「おかげさまで、いい夫に巡り会いました」
マノンが僕の腕に絡みつきながらそう言った。
「俺も余計なことを口にしたな。いちゃつくなら余所でやってくれ。それで今日は?」
「はい、この町で店を出そうと思いまして」
「店?」
ルボルさんは思いっきり怪訝な顔をした。僕がいきなりここで店をすると聞けば、明らかにおかしいのは誰にでも分かるだろう。
「はい。一つは屋台で、一つは店舗になると思いますけど」
「それなら商人ギルドじゃねえか?」
「ええ。まあここを拠点にするわけなので、挨拶に来た感じですね。これから商人ギルドにも行きますよ」
「ちなみに、屋台と店舗って、何を売るんだ?」
「屋台の方は食べ物ですね。以前キヴィオ市で新しい玉焼きを教えたんですが、それなりに評判がいいらしくって、何か新しいものを作ってみようかなと。店舗の方は主に女性用の服や美容のためのものでしょうか」
「俺は服や美容には興味はねえが、店ができれば妻が行くかもな」
「なるべく安く、でも華やかに女性を引き立ててくれるそうですよ」
「俺の給料が全部持って行かれそうだな……」
「たまには奥さんを労るのもいいのでは?」
「ま、そうだな。息子や娘にも教えておくか。それとだ、商人ギルドと薬剤師ギルドから顔を見せてほしいと連絡を受けているぞ。うちと同じようにお前さんの嫁さんたちにお世話になっているそうだ。お前はそっちの二つには行っていない、ここに相談が来た」
「あ、そうなんですね。分かりました。これから行ってみますね」
冒険者ギルドを出たら、次は商人ギルドに向かった。
商人ギルドは冒険者ギルドよりもさらに役所という感じがした。中に入って用件を伝えると上の人が出てきた。
「ケネス様のお名前は伺っております。こちらをお納めください」
手渡されたのは営業許可証と店舗の譲渡証明書だった。どうやら僕に店を開いてほしいということだった。店舗は薬剤師ギルドの近くらしい。
最近ではリゼッタとカロリッタとカローラの三人が大森林に魔素吸引丸太を設置したついでに、魔物を狩ったり薬草や野草などを摘んだりしていたらしく、売却の際に僕の名前を出していたのだとか。商人ギルドや薬剤師ギルドでも売っていたようで、気が付かないうちに一部で有名人になっていた。
大森林の魔物は他の冒険者と被ることがないから、価値が暴落しない程度に売り払っていたらしい。それでもある程度は値段が下がったらしく、貴重な素材が手に入りやすくなったと評判がいいのだとか。
先ほど手渡されたのは商人ギルドが発行したこの町での営業許可証。期間は一〇〇年。普通なら月ごと、もしくは年ごとに税を払うらしいけど、現金に換算すると一〇〇年分以上がすでに物納されているらしい。
「今回の話は冒険者ギルドと薬剤師ギルドとも話し合って決めたものであります。薬剤師ギルドの方でも営業許可証を用意しておりまますので、お手数をおかけしますが向こうでお受け取りください」
「それは構いませんが、僕が何を売るとお考えですか?」
「もしよろしければ、以前にリゼッタ様から差し入れしていただいた美容液を販売していただけると、うちの職員たちも喜びます」
受付のお姉さんたちが一斉にこちらを向いた。視線が刺さる刺さる。美容液と言うと、マイカに頼まれて作ったやつだね。あれなら可能かな。
「そういうことなら考えますが、それにしても一〇〇年って長くありませんか?」
「最短が一か月で、最長が一〇〇年でございます。この町では珍しいかもしれませんが、エルフや妖精の方なら更新の手間を考え、長めの許可証を求められる方が多くなります」
「そうでしたか。ではありがたく受け取りますね。では店の準備ができたらまた連絡します」
次に行った薬剤師ギルドでも話は同じだった。上の人が出てきて、この先一〇〇年間の薬全般の販売許可を貰った。
「すでに商人ギルドでお聞きかとは思いますが、リゼッタ様がお持ちになった美容液はケネス様がお作りになったとか。薬品についてのかなりの知識をお持ちのようですので、ポーションを含めた薬全般の販売許可を出すことになりました」
やっぱり受付のお姉さんたちがこちらを向いた。猫耳のお姉さんの眼光が特に鋭い。
「あれなら出せますね。他には女性用の服などですね。女性向けの服や化粧品の店になると思ってください」
「よろしくお願いし……申し訳ありません、うちの職員たちの視線がやかましくて。この後よく言い聞かせておきます」
「いえ、それだけ期待されていると思っておきます。では店の準備ができたら報告します」
美容液という言葉が出た瞬間に視線が固形化したね。以前ミリヤさんの視線が背中に刺さっていたことがあったけど、獣人族の特徴なんだろうか。
「あなた、ある意味ではこの町の商業を牛耳ったことになりませんか?」
「そう思いたくはないけど、やろうと思えばできるってことだよね?」
「そうですね。その欲がないあたりが人を惹きつけるのだろうと思いますけど。それより、まだ時間はありますよね? どこかでゆっくりしましょう」
「そうだね。少しゆっくりしていこうか」
「はい」
町と町の間が離れすぎて人が動かないから経済があまり回っていない。もちろん商人はやってくるけど、その商品は庶民の手には渡らない。そのような商品を買うのは、ある程度裕福な家だけ。もちろん当主が直接買いに来ることはない。買い出しを仕事にしている使用人が買いに来る。
僕がユーヴィ市やキヴィオ市で買った布もそのような商品の一つ。折り目が付かないように反物のように巻かれていたからね。みんながトゥーリ市などで大量に買った布やアクセサリーなども同じ。露店ではあったけど、安っぽい感じはしなかった。
一方で必需品がどうなのかと言えば、パンは安い。もちろん王都などでは最低数倍はするけど、ユーヴィ市やキヴィオ市ならかなり安い。それはナルヴァ村で麦が大量に収穫できるため。
余った麦は領主が引き取り、それをパン屋に安値で卸す。だからパン屋は安くパンを売る。パンを食べていれば死なない。栄養の偏りは仕方ないけど。それでもまだ麦が余るようなら、お抱えの商人が他の町に売りに行って稼いでくる。だからキヴィオ子爵領は麦のおかげで潤っている。
ちなみにナルヴァ村は税以外の麦は無償で領主に渡しているけど、それによって商人を手配してもらえるし、魔獣の暴走がある時には領主が魔獣駆除のために兵を用意してくれる。
とりあえず簡単に手に入る材料は小麦だから、名物にするなら小麦を使ったお菓子だろうか。いや、お菓子じゃなくて普通の料理でもいいのか。でも簡単に作れて屋台でも売れそうなもので玉焼き以外。名物になりそうなものって……粉もん。
でもたこ焼きもお好み焼きも卵を使うからなあ。卵とミルクはそれなりに高いんだよね。キヴィオ市ですらそうだった。そもそもたこ焼きは形を変えて玉焼きになってるし。それならガレットか肉まんか。
キッチンで試しにガレットを作ってみる。ガレットは蕎麦粉を使うけど、今回は小麦粉で代用。山間部では蕎麦の栽培もされているみたいだけど買ったことはない。ちなみに蕎麦は麺ではなく蕎麦がきとして食べるそうだ。
小麦粉と塩を合わせたところに少しずつ水を入れて生地を作る。卵を入れてもいいけど、今回は入れない。
フライパンに生地を流し入れて丸く広げる。
上に具を乗せる。具材はお好みで。今回はサーモンとチーズ。
四隅を折り畳んで四角くする……よりは、屋台で売るから持ち歩きやすいように折って巻いた方がいいかな。
「先輩、クレープですか?」
「……ガレットのつもりだったんだけど……小麦粉を使ったから、ほとんどクレープだね、これは。卵は使ってないけど。まあクレープでいいか。甘いのも甘くないのも作れるし。食べる?」
「いただきます」
再挑戦。
小麦粉と塩と卵を合わせたところに少しずつ水を入れて生地を作る。
フライパンに生地を流し入れて丸く広げる。食事になるように、普通のクレープよりも厚めにする。
チーズと薄切りのハムを乗せて火を通す。
火が通ったらレタスをのせ、半分に折り、さらに半分に折る。
クレープ屋の包装紙に入れる。
「これは最初からクレープにしてみた」
「やっぱり生地が厚くて卵を使っているからか、こちらの方が美味しいです」
「あまり高価じゃない食材でクレープに使えそうなものを考えてもらえる?」
「はい」
他には肉まんかな。
「こっちで肉まんって聞いたことある?」
「ないですね。小麦はこねて焼きますから」
皮は薄力粉、砂糖、塩、重曹をよく混ぜる。
そこにぬるま湯を入れてまとめたら少し寝かせる。
具の方はお好みでいいんだけどね。シイタケ、タケノコ、タマネギなどをみじん切りにして、豚挽肉、すりおろしたショウガ、お好みの調味料を入れてよく混ぜる。片栗粉を加えると、汁気が皮に染み出しにくいかな。
生地を切って伸ばして具を包んだら蒸す。
今回はベーキングパウダーがないので重曹を使って軽く膨らませた。正直なところ、皮は包めればいいという程度で作っていたので、膨らまなくても問題なかった。蒸し器がなければ鍋やフライパンに皿を入れて蒸すやり方もある。
薄力粉だけではなく、薄力粉と強力粉を半分ずつ使うやり方、ベーキングパウダーを使わないやり方、皮にゴマ油と牛乳を入れるやり方もある。具の方は本当にお好みで、残ったカレーを入れてもOK。調味料は酒、醤油、塩、コショウが定番だけど、オイスターソースを入れると深みが出るかな。
「こういう感じで作ってみた」
「あっふあっふ!」
「蒸してたの見たでしょ? なんで全力でかぶりつくの?」
「……久しぶりだったので。これも中の具材を変えれば色々な種類ができますよね」
「そうだね。甘いのもありかな」
「でも屋台の場合は燃料の問題がありますよね。クレープは生地をまとめ焼いておけばいいと思いますけど、肉まんは店で売る方が向いているんじゃないですか? もちろん、調理用の魔道具があれば関係ありませんけど」
「なるほど、あえて住み分けを狙うのもありかな」
「はい。それに一度どこかで試してみたらどうでしょうか」
「実際に屋台で試してみるのはありか……」
「はい、商人ギルドに入っていれば、一定の大きさまでの屋台が出せます」
「税金とかはある?」
「ラクヴィ市では屋台なら一定額だったはずです。月毎の支払いですね」
「一か月も続けるつもりもないけど、一度やってみるかな。ユーヴィ市あたりで」
まあ失敗してもいいんだよ。ただ、なんとなくもう少し活性化させたいなというくらいで。個人的にはユーヴィ市はわりと気に入ってるしね。そうと決まれば一度ユーヴィ市に行っておくか。
◆ ◆ ◆
午後になってマノンとユーヴィ市に来た。先に冒険者ギルドの方に顔を出しておくか。
「あ、ケネスさん、マノンさん、いらっしゃい!」
「ミリヤさん、お久しぶりです。そう言えば、この前は急に倒れたみたいですけど、大丈夫でしたか?」
「急に目の前が暗くなったんですよね。それ以降は大丈夫ですよ」
右のレナーテさんは素知らぬふりをしている。
「遅くなりましたが、お相手が見つかったようで、おめでとうございます」
「いや~、こんなところでいきなりですか? 照れますね~!」
「その時にはお祝いくらい贈りますね。ところでルボルさんはいますか?」
「多分上で暇をしてると思いますよ。どうぞ上がってください」
「勝手に上がっていいんですか?」
「やですね~。この町でケネスさんに文句を言える人なんていないじゃないですか~」
人を暴君か何かのように言わないでいただきたい。
「じゃあ、お言葉に甘えて勝手に上がらせてもらいます。レナーテさん、本当にいいんですよね?」
「はい、大丈夫です。『勝手に部屋に来るように言え。手間が省ける』と言われています」
「……じゃあ行こうか、マノン」
「はい」
コンコン
「ケネスです。入りますね」
「おう、来たか。勝手に入れ」
勝手知ったるルボルさんの執務室……と言うほど入っていないけどね。
「マノンも収まるところに収まったようだな」
「おかげさまで、いい夫に巡り会いました」
マノンが僕の腕に絡みつきながらそう言った。
「俺も余計なことを口にしたな。いちゃつくなら余所でやってくれ。それで今日は?」
「はい、この町で店を出そうと思いまして」
「店?」
ルボルさんは思いっきり怪訝な顔をした。僕がいきなりここで店をすると聞けば、明らかにおかしいのは誰にでも分かるだろう。
「はい。一つは屋台で、一つは店舗になると思いますけど」
「それなら商人ギルドじゃねえか?」
「ええ。まあここを拠点にするわけなので、挨拶に来た感じですね。これから商人ギルドにも行きますよ」
「ちなみに、屋台と店舗って、何を売るんだ?」
「屋台の方は食べ物ですね。以前キヴィオ市で新しい玉焼きを教えたんですが、それなりに評判がいいらしくって、何か新しいものを作ってみようかなと。店舗の方は主に女性用の服や美容のためのものでしょうか」
「俺は服や美容には興味はねえが、店ができれば妻が行くかもな」
「なるべく安く、でも華やかに女性を引き立ててくれるそうですよ」
「俺の給料が全部持って行かれそうだな……」
「たまには奥さんを労るのもいいのでは?」
「ま、そうだな。息子や娘にも教えておくか。それとだ、商人ギルドと薬剤師ギルドから顔を見せてほしいと連絡を受けているぞ。うちと同じようにお前さんの嫁さんたちにお世話になっているそうだ。お前はそっちの二つには行っていない、ここに相談が来た」
「あ、そうなんですね。分かりました。これから行ってみますね」
冒険者ギルドを出たら、次は商人ギルドに向かった。
商人ギルドは冒険者ギルドよりもさらに役所という感じがした。中に入って用件を伝えると上の人が出てきた。
「ケネス様のお名前は伺っております。こちらをお納めください」
手渡されたのは営業許可証と店舗の譲渡証明書だった。どうやら僕に店を開いてほしいということだった。店舗は薬剤師ギルドの近くらしい。
最近ではリゼッタとカロリッタとカローラの三人が大森林に魔素吸引丸太を設置したついでに、魔物を狩ったり薬草や野草などを摘んだりしていたらしく、売却の際に僕の名前を出していたのだとか。商人ギルドや薬剤師ギルドでも売っていたようで、気が付かないうちに一部で有名人になっていた。
大森林の魔物は他の冒険者と被ることがないから、価値が暴落しない程度に売り払っていたらしい。それでもある程度は値段が下がったらしく、貴重な素材が手に入りやすくなったと評判がいいのだとか。
先ほど手渡されたのは商人ギルドが発行したこの町での営業許可証。期間は一〇〇年。普通なら月ごと、もしくは年ごとに税を払うらしいけど、現金に換算すると一〇〇年分以上がすでに物納されているらしい。
「今回の話は冒険者ギルドと薬剤師ギルドとも話し合って決めたものであります。薬剤師ギルドの方でも営業許可証を用意しておりまますので、お手数をおかけしますが向こうでお受け取りください」
「それは構いませんが、僕が何を売るとお考えですか?」
「もしよろしければ、以前にリゼッタ様から差し入れしていただいた美容液を販売していただけると、うちの職員たちも喜びます」
受付のお姉さんたちが一斉にこちらを向いた。視線が刺さる刺さる。美容液と言うと、マイカに頼まれて作ったやつだね。あれなら可能かな。
「そういうことなら考えますが、それにしても一〇〇年って長くありませんか?」
「最短が一か月で、最長が一〇〇年でございます。この町では珍しいかもしれませんが、エルフや妖精の方なら更新の手間を考え、長めの許可証を求められる方が多くなります」
「そうでしたか。ではありがたく受け取りますね。では店の準備ができたらまた連絡します」
次に行った薬剤師ギルドでも話は同じだった。上の人が出てきて、この先一〇〇年間の薬全般の販売許可を貰った。
「すでに商人ギルドでお聞きかとは思いますが、リゼッタ様がお持ちになった美容液はケネス様がお作りになったとか。薬品についてのかなりの知識をお持ちのようですので、ポーションを含めた薬全般の販売許可を出すことになりました」
やっぱり受付のお姉さんたちがこちらを向いた。猫耳のお姉さんの眼光が特に鋭い。
「あれなら出せますね。他には女性用の服などですね。女性向けの服や化粧品の店になると思ってください」
「よろしくお願いし……申し訳ありません、うちの職員たちの視線がやかましくて。この後よく言い聞かせておきます」
「いえ、それだけ期待されていると思っておきます。では店の準備ができたら報告します」
美容液という言葉が出た瞬間に視線が固形化したね。以前ミリヤさんの視線が背中に刺さっていたことがあったけど、獣人族の特徴なんだろうか。
「あなた、ある意味ではこの町の商業を牛耳ったことになりませんか?」
「そう思いたくはないけど、やろうと思えばできるってことだよね?」
「そうですね。その欲がないあたりが人を惹きつけるのだろうと思いますけど。それより、まだ時間はありますよね? どこかでゆっくりしましょう」
「そうだね。少しゆっくりしていこうか」
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