新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第二章 第二部

開店準備

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 商人ギルドと薬剤師ギルドのこの先一〇〇年の営業許可証を発行してもらったので、僕は屋台で何らかの食べ物を、エリーたちはお店をすることになった。

 また、許可証だけではなく、店舗の方も用意してもらった。こちらは空き家になっていたもので、好きに使っていいとのことだった。譲渡証明書と言うだけあって、僕が所有者になっている。

 そしてこの件に関して先回りして貢献してくれたリゼッタとカロリッタとカローラからは、「私たちは自分たちがしたいと思ったことをしただけです」「ええ~他意はありませんよ~」「ですが、お礼がしたいと言うのであれば、もちろん断る理由はありませんね」と言われ、搾り取られる覚悟をした。



◆ ◆ ◆



「お店の注意点だけど、他の店舗を駆逐しないようにね。恨まれるのも嫌だし、できれば協力関係が得られるようにしたいから。極端な話、他の店にある程度は真似されるのを前提で経営してほしい」
「はい、承知しています。マイカ様の言い方を使うなら、今はとりあえず普及させる段階でしょうか」
「そうじゃな。独占したいわけではないしのう。ただ、いずれは人を雇って店を増やしたいとも思うておる」

 エリーとマリアンの考えとしては、同業者を巻き込んで、まるでみんなで一つの店のようにする。場合によっては他の店の人たちを雇うことも考えていると。この町には服飾ギルドはないから、それに近いものを考えているらしい。

 最終的にはそちらの方向へ向かうとしても、とりあえずは自分たちの店を成功させること。

 そのために必要なことは、なるべく高くない素材を使う、あるいはまとめて購入することでコストを下げること。ただし、コストを下げることばかりを考えて、質が落ちてしまっては意味がない。一定以上の水準を保ちつつコストは下げ、まずはユーヴィ市で自分たちの服を広める。

 デザインについては、さすがにマリアンの趣味全開ではないらしい。見せてもらったら、比較的大人しめのが多かった。ゴスロリやフリフリも若干混じっていたけど、売れるんだろうか。

 ちなみに素材や染料についてはユーヴィ市でも手に入るものを使い、いずれは町の人たちが自分でこのような服を作れるように育てたいのだとか。だから染めだって縫製だって、特別なものを使わずにできるようにしたいと。教室を開くのもありだと思うよ。

 それ以外にも、服に合うアクセサリー類も売るようだ。これらも高いわけではなく、いずれは誰かが真似をするだろうという前提で作っているそうだ。

 ちなみにプロデュースを担当するマイカによると、他の店の服よりも少し高くするのだとか。ちょっと高いけどデザインがいいからこっちを選ぼう、と考える客を作りたいと。

 ユーヴィ市やキヴィオ市あたりの女性の服と言えば、ワンピース、チュニック、シャツ、スカート、ズボン、そのあたりを組み合わせた格好。男性もよく似たような服装だね。色も地味なものが多いので、マリアンが染めた服は売れるだろう。



 服だけではなく美容関係のものも作る。そのあたりはマイカとカローラが中心になっている。

 美容と言っても色々あるけど、マイカが言うには、この国には仕上げ用の化粧品しかないらしい。要するにファンデーション、口紅、頬紅、アイシャドウなど。

「基礎化粧品がなかったんですよね」

 洗顔料、化粧水、美容液、パックなどの基礎化粧品、シャンプー、コンディショナー、トリートメント、整髪料などのヘアケア製品などはない。これらすべてを作ることは難しいけど、前から少しずつ作っていたからね。とも言う。女性の美に対する執着心はすごいね。もちろん僕としてもみんなの肌がカサカサよりはツヤツヤの方がいいからね。

 先のことも考えて、ユーヴィ市でも手に入る素材ばかりを使っている。例えば化粧水なら、蒸留酒に柑橘の種を漬け込んだものや、くず大豆から豆乳を作ってレモン汁と蒸留酒を加えたものなど。

 物によってはどうしても値段がやや高めになってしまうので、小分けにして値段を下げることで対応した。あまり保存が利かないから、一度に大量に買ってもダメになるから。他には米ぬかや蜂蜜を原料にした洗顔料やパック、植物油に香草を漬け込んだ整髪油など、なるべく多くの種類を用意した。もちろん一部はテスターも用意した。

 マイカとカローラにとっては、基礎化粧品は売れなくてもあまり気にしないそうだ。それよりも女性たちにもっと美容の意識を持ってほしいというのが、うちの女性陣全体の考えだった。



 屋台は後回しにして、まずは店舗の方の準備をする。特にお客さんを呼び込むようなことはせず、しれっと開店することにした。その方が自然と町に馴染めるから。

 大々的にオープニングセレモニーなどをすれば、その時はお客さんは来ても、そのうち必ず減るからね。すると周りにはお客さんが減った印象を与えてしまう。どれくらいのお客さんが来るかを知りたければ、静かに始める方がいい。

 店舗の方はかなりの広さ。いい場所を用意してくれたんだろう。

 内装はマイカの指示で白一色にする。店の半分は服に、半分はアクセサリーとスキンケア用品にする。

 服はある程度はハンガーにかけ、残りはバックヤードにしまっておく。服は三つのサイズを用意したらしい。地球のように体のラインが分かるような服は着ないので、そもそも最初からある程度はゆとりがあるけど。

 もちろん人間以外のお客さんにも対応している。獣人の尻尾が通せるようになっているし、上手く合わないようならすぐにマリアンが調節するらしい。

 妖精フェアリーの服もある程度は作ってあるけど、なくなった場合は受注生産にするとか。



◆ ◆ ◆



 さて、僕の屋台の方はそれほど大変ではない。

 屋台で販売するのはクレープ。でも日本で見かけるクレープよりも分厚くてオムレツよりも薄い、食事にもなりそうなもの。それに具を乗せて巻く形にする。甘いクレープはすでに焼き上げた生地を使い、チーズなどを使う甘くないクレープはその度に焼くことにする。

 調理台、両側の壁、屋根、と屋台の骨格になる部分を作っていく。これをベースにする。クレープを焼く部分、食材や調理器具を入れる部分、水を出す部分は魔道具化した。

 しかしあらためて考えてみると、僕が屋台をしてしまっては旅が進まない。進まなくても困ることはないかもしれないけど、進みつつ色々なことがしたいからね。誰か別の人に任せることができないかと思ったら、マノンが屋台をやりたいと。内助の功ですと誰かと同じようなことを言っていた。

 まあマノンなら変な男に絡まれそうになっても大丈夫そうだけど、一人で屋台を任せるのもどうかなあと思ったら、ミシェルが売り子として手伝いたいと言い始めた。

 ミシェルはディキリ町に向かう森の中でそれなりに体を動かしていたし、魔獣を倒すのを近くで見せたりしたんだけど、そうしたら身体能力が驚くほど上がっていた。そして気が付けば[物理耐性][薬物耐性]が付いていた。

 カローラが言うには、[物理耐性]は木にぶつかったりこけたりしたからだろう、[薬物耐性]は漆か何かにかぶれたか、ちょっと毒草にでも触れたんだろう、ということだった。怪我をしたようには見えなかったけどね。まあ付いて悪いスキルではないから問題なし。

 五歳の女の子を屋台の売り子にしていいのかどうか悩んでいると、エリーが「そろそろ親離れよね」とミシェルに言った。するとミシェルに「もうおやばなれはしてるよ。はなれてないのはママのほう」と言われて本気で凹んでいた。

 子供ってすぐに成長するよね。読み書き計算もできるし、だいぶしっかりしてきたから大丈夫だろう。もちろんサランBをお供に付けるつもり。リゼッタに「ケネスは過保護ですからね」と言われたけど、リゼッタも僕に対してはかなり過保護だったよね。

 でもクレープ屋もいつまでも続けるつもりはないよ。キヴィオ市で甘い玉焼きを売る店が増えたように、この町でもクレープ屋や他の食べ物を売る店が増えれば、このクレープ屋はもう必要ないと思う。僕がするのは火付け役。

 ちなみに屋台を出す場所は、冒険者ギルドから近い場所にしてほしいと要望があった。屋台なので禁止された場所以外ならどこでもよく、多くは人が集まる広場周辺で出すのが普通。

 冒険者ギルドの近くなら商人ギルドと薬剤師ギルドもまあ近いから、向こうに何かあればすぐに駆けつけられるからいいか。



◆ ◆ ◆



 オープン初日。

 スタッフは全員エリーとマリアンが仕立てた服を着て店に立つ。この店の制服ということになっている。上はシャツにカーディガン。下はロングのキュロットスカート。この国の基準から考えると、かなり攻めた服装だと思う。マイカが好きな服装なんだそうだ。

 今日のところはメンバー勢揃い。小柄なミシェルとセラとキラが可愛らしい。

 セラとキラは店員には向かないだろうけど、何かあった時に臨時で入れるように制服が作られていた。二人とも土いじりが好きだけど、もちろん女性だし、おしゃれに対する興味がゼロというわけではないしね。食い気の方が勝っているだけ。



「先輩、暇ですねえ」
「特に告知もしていないからね。でもお客さんの少ないうちにオペレーションの確認をするのも大事だよ。商品の説明も覚えないといけないからね」

 マイカは暇と言ったけど、もちろんお客さんはゼロではない。並んでいる服や商品を手に取って試してくれる人もいるけど、そこまで多くはない。店内には同時に一人か、せいぜい二人。まあ店員の方が多いから、どうしても手持ち無沙汰にはなるよね。交代で接客をしつつ、なるべく慣れてもらう。

 まあのんびりしたオープン初日だね。



 昼食は屋台で出す予定のクレープにしてみた。屋台なので包装紙に紙は使わず、玉焼きと同じように笹を大きくしたような葉っぱで包む形だ。

「ボリュームはそれなりにあると思うけど、どう、エリー?」
「はい、屋台の食事としては十分ではないでしょうか。気軽に持ち運べるのがいいですね」
「そうだね。気になるのは値段だけど、どれくらいだろう? 二フローリンか三フローリンくらいかな?」
「そうですね。このあたりなら軽い食事が銅貨二フローリンから五フローリンくらいですね。手軽な食事と考えれば二フローリンか三フローリンくらいでいいのではないでしょうか。他の屋台も一フローリンか二フローリンくらいだと思います」
「値段としてはそれくらいで十分出せるから、二フローリンでいこう」

 銅貨一枚が一フローリン。魔道具や高級な嗜好品などが高いのはどこでも同じ。でもパンとスープを中心とした基本的な食事に関しては値段に幅がある。ナルヴァ村は考慮に入れていいのかどうか分からないけど、銅貨一枚。ユーヴィ市で二枚から五枚、キヴィオ市で三枚から一〇枚、ラクヴィ市はチェックできず、王都は一五枚を軽く超える。値段に幅があるのは、パンの種類や添え料理の違いだね。

 これだけ物の値段が違うと、それだけで大稼ぎができそうにも思えるけど、そのためにはかなり移動が大変だし、移動のためには食事代や宿泊費なども考えなければならない。東西の端から王都までは三〇〇〇キロも四〇〇〇キロもあるからね。だから大都市で仕事をして稼ぎ、ある程度の年になったら田舎に行くのは間違ってはいない。

 銅貨一枚の価値は住む場所によって全然違うんだけど、感覚としては一枚が二〇〇円から三〇〇円くらいになる。食事に関しては。

 そういうわけで、クレープは二フローリンにして、メニューは甘いものと甘くないものを三つずつにした。多いかもしれないけど、次は違うものを試してみようという気になってもらえればいい。

 一通りのメニューを作って、みんなに少しずつ食べてもらって、どれも問題なさそうなので、これで行くことにした。



◆ ◆ ◆



 午後に入って、もう少しお客さんが増えた。お客さんの反応を見ながら、服や化粧品の説明が問題ないかを確認し、説明がややこしいと思えばもっと簡単な説明に変える。

「効き目がありそうな雰囲気がプンプンと漂ってきます」

 そう言ってくれたのは薬剤師ギルドで受付をしていた、小柄な猫耳お姉さんのセニヤさん。けっこうな数の化粧品、そしてシャツとスカートを二枚ずつ買ってくれた。

「ありがとうございます」
「いえいえ。先日リゼッタさんが大量に素材を持ち込んでくれたおかげで、ボーナスが出たんですよ。そのリゼッタさんのご家族が経営する店なら間違いないでしょう。化粧品の感想はまた伝えに来ます」
「よろしくお願いします」

 マイカの接客を見ながら、僕はバックヤードから商品を出す。僕は数日したら屋台を始めるから、この店は立ち上げ時のみ手伝って、それからはみんなに任せるだけ。プロデューサーがマイカ、服飾部門はエリーとマリアン、化粧品部門がマイカとカローラ。人手が必要なら他の家族がヘルプに入ることになっている。

 でも今日の感じなら大慌することもないだろうし、数日経ったらみんなも完全に慣れるんじゃないかな。
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