新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第二章 第二部

東へ、そして北へ

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 あらためて考えたら、街道を一人で歩くというのはほとんどなかったなあ。最初からリゼッタがいたし、それからはカロリッタが加わって、カローラがこっちに来てからはカローラ、セラ、キラ、ミシェルと一緒に歩くことが多かった。日本人時代は一人で黙々と歩いたものだったけど。



 昨日の夜にみんなで話し合った結果、僕は一日ごとに東のルジェーナ市と北のアイドゥ町に向かうことになり、みんなは交代で屋台とお店の方をすることになった。

 屋台はマノンを店長にして、ミシェルがお手伝い。お店の方はエリーを店長、マリアンを副店長。それ以外は屋台とお店を交互に手伝う。おそらく商人ギルドの広告を見てやってくる店員希望の人がいるだろうから、その研修はエリーかマリアンが行う。

 エリーも元はと言えば商人だし、接客をしている方が楽しいんだろうね。マリアンは町の工房などで働いたこともあったらしい。マイカとカローラは心配していない。セラとキラも戦力になってきたそうだ。

 リゼッタとカロリッタには店員兼用心棒をしてもらう。実力的にはリゼッタよりもカローラの方が強いんだけど、カローラは戦闘向きの性格じゃないからね。やたらとをアピールされるんだけど、基本は引きこもりだから。

 任せっぱなしで申し訳ないと思ったら、これまでこのような経験はないから楽しいそうだ。とりあえず無理はしないように、危ない真似はしないようにだけは言っておいた。



◆ ◆ ◆



 ディキリ町からルジェーナ市に向けて歩いている。この国は西よりも東の方が都市の数は多い。市や町の間には街道が通り、網のようにあちこちが結ばれているけど、ちょうどこのあたりは大きな都市はない。ルジェーナ市まで行けば、南のクルディ王国との通商に使われる大きな街道があるけど、このあたりは大きな山のせいで小さな町や村が点在しているだけだ。

 日本なら山に名前が付いているけど、この国の山には名前がない。そもそもあまり人が移動しないわけだから、山と言えば自分が住んでいるところから見える山のこと。だから固有名があろうがなかろうが誰も困らない。

 マリアンが住んでいた山はシムーナ市では『北の山』と呼ばれているらしいけど、山の北側に住んでいる人にはおそらく『南の山』と呼ばれているだろう。ディキリ町の西にある山は、ディキリ町の人からは『西の山』と呼ばれているけど、山の北にあるポーリ市の人からはおそらく『南の山』と呼ばれているはず。

 ここから東に一〇日ほどでコニー町、そこから五日ほどでルジェーナ市。北の方はキヴィオ市から二週間ほどでレブ市、さらに一週間ほどでアイドゥ町。アイドゥ町に着く方が少し遅くなるかな。まあ毎日の進み具合によるけど。

 これまで一週間とか二週間とか言っているけど、この世界にも週はある。一週間は七日。魔法の属性と同じく火水風土光闇無。地方によっては火水木土白黒無と呼ぶこともあるらしい。これが四週間で一か月が二八日。一年は一二か月で三三六日。日本よりもやや短い。一日の長さは比べようがないから分からない。



◆ ◆ ◆



 一〇日ほど東、北、東、北と交互に進んだけど、特に何も起こらず、たまに疎林から飛び出してきた魔獣を狩ったり鳥を落としたりしている。身体能力が向上したし、魔法の使い方も上達したのはあるけど、体がほとんど自動で反応してしまう。でも油断はしないよ。何があるか分からないからね。

 コニー町に着くのは明日くらいだろうかと思っていたら、進行方向から商隊が近付いてきた。邪魔にならないように脇にどくと、荷馬車が僕の近くで止まった。こちらが一人で歩いているから警戒でもしたのだろうか。向こうから槍を持った護衛が一人近付いてきた。

「ディキリから来たのかい?」
「ええ、そうです。この先はコニー町ですよね? 何か出ますか?」
「ああ、そうだ。今日中は難しいけど、明日には着くぞ。コニー町から東は安全だ」
「ありがとうございます」
「ディキリまではどうだった? 何か出たか?」
「魔獣が少々出ましたね。ヘラジカを三頭、狼を三頭、それと鳥を五羽かな。見かけたものは狩っておきましたので、あまり危険はないはずです」
「そりゃ助かる。このあたりはヘラジカがよく出るし、やつらは暴れると手が付けられないしな。じゃあ気を付けてな」
「そちらこそ、お気を付けて」

 簡単な情報交換をすると護衛の人は戻っていった。僕は向こうの商隊に手を振ると、先に進んだ。

 向こうの護衛が言っていたのは大きなヘラジカ、レイクエルク。レイクはlakeではなく熊手rake。体も大きいけど武器となる枝角も大きい。その枝角全体が自由に動いて凶悪な熊手のように襲ってくる。しかも先端が刺さるだけじゃなくて、細かい棘のようなものが全体に付いているから、距離を取ったと思っても切られることもある。

 もちろん弱点もちゃんとあって、突進したり枝角を振り回したりして攻撃するわけだから、足を狙えば問題ない。ただ、普通に矢で狙っても枝角で弾かれるだけだから、そこは土魔法のトラップだろう。魔獣を狩るには土魔法が最強かもしれない。



◆ ◆ ◆



「「「「お帰りなさいませ「お帰りなさいませ「お帰りなさいませ」」」」

 かなり増えてない?

「旦那様、お帰りなさいませ。クレープ屋と服飾美容店の方で合計一五人ほど雇うことになりました」
「あれ? 教えるんじゃなかったの?」
「それはもちろんですが、その間はどうしても接客の人員が減ってしまいます。向こうクレープ屋こちら服飾美容店の掛け持ちで働いてもらいます。まずは接客と礼儀作法、そして読み書き計算を覚えてもらい、それから製作の方に回ってもらいます」
「きちんとした人を集めたとは思うけど、よく集まったね」
「それほど大きな町ではありませんので、女性が働ける場所は限られています。こちらのヘルガさんの夫は、この町の雑貨店を経営していますが、家計の足しになればと申し込んだそうです。経営のノウハウも学びたいと」
「そういう意欲がある人にたくさん来てもらいたいね」
「そう思いまして、女性を多く揃えるようにお願いしておきました。旦那様のために」
「新人のみんなが困ってるよ」
「冗談が過ぎました。でも満更ではない女性もいるようですね」

 三、四人ほど顔を赤くしてるんだけど、この空気をどうしたらいいの?



「お前様、今日は商人ギルドへ行ってきたのじゃが、店舗を増やしてほしいと言われてのう。先ほどエリー殿も言っておったように、とにかく経済を回してほしいということじゃ」
「うちだけでどうにもならないと思うけど」
「だからこその二店めじゃ。この町の経済状態は思った以上によくない。人口は増えてきているようじゃが、経済基盤がもろい」

 ナルヴァ村の麦のおかげで、この町でもパンは安い。食べるだけならそれほど困らない。キヴィオ市ほど薪が手に入らないわけでもないので、まだ温かい食事は食べやすい。

 ただ特産品があるわけではない。子爵領は何年かに一度は魔獣の暴走があって討伐部隊を編成しているけど、その先鋒部隊はこの町の衛兵や冒険者で、被害が出れば当然人口は減る。

「お前様がこの町の領主にでもなれば、安心する者は多いと思うがのう」
「それって子爵にケンカを売るわけだよね」
「向こうは最初から後ろ足の間に尻尾を挟んでいる状態じゃぞ?」
「え? 何もした覚えはないけど……」
「ほれ、リゼッタ殿たちが大森林の魔獣をバカスカと狩ってポンポンと売ったじゃろう。それほどの実力の冒険者集団に逆らえば命がなくなるだけではないと思っておるようじゃ。もちろんお前様はそのような性格ではないとはギルドは知っておるが、この町にいる代官はお前様を恐れて逃げ出したらしい」
「思った以上に深刻な状態だった!」

 狩った魔獣は売り払って自分の小遣いにしてもらえばいいと思って言ったんだけど、そこに制限をかけるのを忘れていた。

「おそらくじゃが、代官はお前様の後ろに何かを感じたのじゃろう。まあ後ろ暗いところがある者は、ちょっとした陰にすら怯えるものじゃ」
「じゃあ何か横領だの横流しだのをしてたってことかな?」
「可能性としてはのう。まあ領主の代官じゃからある程度の役得はあって当然じゃが、何もなければ逃げる必要はないじゃろう」
「うーん、近いうちにキヴィオ子爵と殿下のところにも顔を出した方がいいかな。何か連絡があるかもしれないし」
「それなら王都へはマイカ殿を連れていってやればどうじゃ?」
「そうだね」

 先へ進むのは少し中断して、明日はギルドを回ろう。
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