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第二章 第二部
マイカとともに王都へ、そして授爵
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ここのところ予定が狂い続けているけど、放っておくわけにもいかない。子爵邸をお暇したら店の方へ移動する。
「「「「お帰りなさいませ「お帰りなさいませ「お帰りなさいませ」」」」
まだ慣れないけど、この店がこの方向で行くなら仕方ないね。
「マイカ、今日これから出られる?」
「はい。大丈夫です」
「ちょっとこっちに来てもらえる?」
「これから王都に行くつもりなんだけど、一緒に来る?」
「ご一緒します。でも急に何かの用事ですか?」
「ええとね、ユーヴィ市の領主に推薦されていたからその確認」
「領主!」
「いや、まだ決まっていないけど、そういう話が出ているらしくてね。ルボルさんとかレオニートさんとかのせいと言えばいいのか、おかげと言えばいいのか」
「それならどう行きます? 馬車を出しますか?」
「時間を省こうと思うから、王都の中に直接でもいいかなと思う。[隠密]を使えばバレないし」
「分かりました」
「ちょっとマイカと出かけてくるからよろしくね、エリー」
「エリーさん、少し出てきます」
「いえ、お気になさらず。いってらっしゃいませ」
「「「「いってらっしゃいませ「いってらっしゃいませ「いってらっしゃいませ」」」」
「ところで、朝にギルドへ向かったら、どうして領主になって帰ってくることになったんですか?」
「それがね……」
子爵が領地の分割を考えていたことや、代官が逃げたことなどを説明した。
「まあうちの家族だけで魔物の暴走が抑えられるなら、危険性はほぼなくなるからね。そうすれば人口が少ないのもあまり問題じゃなくなるし」
「そうですね。資源はいくらでもありますし、一部は王都で売って、さらに稼ぐこともできますしね」
そんな話をしていたら、殿下の離宮が見えてきた。
お互いに顔を覚えた門衛さんに挨拶する。
「お久しぶりです、ハインツさん」
「! これはケネス殿とマイカ様。今日は歩きですか?」
「はい、急で申し訳ありませんが、少し殿下にお聞きしたいことができまして、いらっしゃるようであればお会いしたいのですが」
「殿下からは、お二人が来られたらすぐに通すようにと聞いております。どうぞ」
「ありがとうございます」
勝手知ったる我が家でもないけど、マイカと二人で本館の方に向かう。
「ケネス殿、久しぶりだ」
「レオンツィオ殿、お久しぶりです」
「マイカも変わりないわね」
「はい、元気にしています」
挨拶が済むと、殿下が本題を切り出した。
「ここに来たと言うことは、キヴィオ子爵領の話だな?」
「はい、子爵から聞きまして、今の段階で話がどうなっているのか確認に来た次第です」
「その話は通りそうだ。陛下もケネス殿で問題ないと言っていたからな」
「え? もうそこまで決まっているのですか?」
「ああ、私としてはケネス殿をパルツィ子爵にと思ったのだが、そちらはさすがに無理だった。過去の実績の関係でな。ユーヴィ市の方は希望者はいなさそうだな」
「何にせよ領主に推薦されていたのですね。それで、今まで忘れていましたが、パルツィ子爵はどうなりましたか?」
「命に別状はなかったが、かなり参っていたようだな。今は俗世と切り離された生活をしているはずだ。取り巻きたちも大人しくなったそうだ。私としてもあの一味には迷惑をかけられていたから胸がスッとした。もう一つ、前からいた使用人たちは町に残っていたから、次のパルツィ伯爵が雇い直すらしい」
「後任が決まったのですね?」
「ああ、王都の隣だから、それなりの格式が必要だと言うことで、スーレ子爵の息子の一人が王都から呼び戻されて領主になった。親子で隣同士というのは初めてらしい」
「今度挨拶にいこうか、マイカ」
「そうですね」
「それでキヴィオ子爵からの提案だが、パダ町まではキヴィオ子爵領で、それより西側を割譲する予定らしい。領都はユーヴィ市になるだろう。ユーヴィ市とその周辺の村、そしてナルヴァ村が領地になる」
殿下はキヴィオ子爵からの手紙と地図を示しながら説明してくれた。
「一応聞きますが、もう僕で決まりですか?」
「私としても友人が領主になってくれれば嬉しいのだが。ロシータとしても、妹の夫が貴族になれば安心できるだろう」
「もちろんですわ」
「そうですよね、領主は貴族ですから……なりたくてなれるものでもないか……」
「ここは引き受けるのが先輩らしいですよ?」
「僕らしい?」
「はい。誰がどうやっても不可能なこと以外はできれば引き受けたい、というのが先輩のやり方だった気がします。しばらくはこの国のために時間を使うのもいいんじゃないですか?」
まあ、それはそうなんだけどね。あらためて考えれば、社会人時代も同じようなものだったかな。自分で先のことを選べることは少なかったね。与えられた環境はそれほどよくなくて、それでもできる限りいい結果を出そうとしていたような気がする。
「……よし! では、そこまで仰るなら腹を括ります。レオンツィオ殿、何かしらの手続きは必要だと思いますが、どうすればいいですか?」
「午後に時間があれば陛下に会ってもらいたい。陛下から領地を与えられるという形が必要だからな」
「いきなりで大丈夫ですか? 僕の方は時間は大丈夫ですが」
「臨時の謁見は珍しいものではないから大丈夫だ。それとケネス殿はこの国の国民ではない。つまり国外からやってきた実力者に領主を任せるという形になるから、謁見もそこまで仰々しいものではないはずだ」
「さすがに謁見の作法までは知らないのですが……」
「私が紹介者ということで同行するから、私の立っている場所まで進んでくれれば大丈夫だ。その都度、小声で合図をするから。一応これが一般的な陛下のお言葉と、それに対する模範的な答え方になる。もちろん細かなところは違っていてもいい」
「それなら大丈夫そうです」
殿下はそれからすぐに王宮の方に連絡に行った。さすがに最低限の体裁は整える必要があるということだった。
午後になると僕たちは着替え、殿下の馬車に乗って王宮に向かうことになった。僕が改造したから乗り心地はよくなっている。
「その服はあまり見たことがない形だが」
「これはマイカとエリーとマリアンが中心になって作った店の商品です。まだ女性用の服しか販売していませんが、男性用もいずれは販売する予定だそうです」
「ほう、店を始めたのか」
「ええ、服や装飾品、化粧品類の店です。まだ開店からそれほど経っていませんが」
「化粧品!」
ロシータさんが食いついた。
「化粧品はマイカが中心になっています。後ほどまとめてお渡ししますよ」
「持つべきものはできる妹と義弟ですわ~」
正直に言うと、この服は少々恥ずかしい。マイカとエリーとマリアンが少々悪乗りで作ったものだ。
黒のダブルボタンの軍服をベースにしたもので、ボタンと肩章とベルトは金と白を合わせている。僕のイメージとしては、軍人の礼服だろうか。上着は後ろがスーツよりも少し長く、お尻が隠れるくらいになっている。マイカが着ているドレスも基本のデザインは同じで、腰の上で一度しぼってから軽く広がっている。マイカの方はゴスロリ軍服と言えばいいのだろうか。
僕はこの国で一般的な正装をしようと思ったんだけど、まずマイカがこれを着てしまい、僕もそれに合わせざるをえなくなった。二人で並ぶと軍人の結婚式のようになる。
さすがに殿下の馬車だけあって、王宮の前では衛兵たちが列を作って出迎えている。その間を微妙な気分で通って王宮に入った。
「やはりこのような雰囲気は苦手かな?」
「そうですね、避けられるものなら避けたいと考える方です。まだ大森林で魔獣を狩っている方が気が楽です」
「そこまで正直に言われると、いっそ清々しい。それならパルツィ市よりもユーヴィ市の方が向いているな」
殿下は執事っぽい服装の若者に何かを伝えると、僕たちを控え室に案内してくれた。
「すまないが、ここで少し待ってほしい。しばらくしたら係の者が呼びに来るから、その後に続いて謁見の間に入って、私がいる場所まで進んでくれ。今日は略式の謁見になる。それと、マイカにはロシータの横で夫の晴れ姿を見ていてもらおうか」
「はい、分かりました」
殿下はそう言うとロシータさんとマイカを連れて出て行った。僕は特にすることもないので、お茶をいただきながら、係の人が来るまで控え室で座っていた。
◆ ◆ ◆
「ケネス殿、入場」
その合図で両開きの扉が開くと、人垣の間を歩いた。正面の高くなったところにいるのが国王陛下だろう。僕は殿下の横まで進むとその場で直立不動の姿勢を取った。まだ臣下ではないから跪いてはいない。
ここであらためて陛下に名前を聞かれ、返事をして、そしてお褒めの言葉をいただくという流れだ。「名は何と申す」「ケネスでございます」「よくやった。褒めて遣わす」「ははーっ」というよくありそうな流れだね。それからあらためて臣下の礼をとる。
カッカッカッ
スッ
あれ? 陛下が下りてきて、いきなり頭を下げられたんだけど? 陛下に頭を下げっぱなしにさせていいの?
殿下も驚いているから、完全に予想外なんだろう。どうしたらいいですか? 周囲がざわつき始めたんですけど。今度はこちらから声をかけた方がいいの?
「陛下、私ごときに向かって頭を下げられても困ります。頭をお上げください」
お願いだから顔を上げてください。
「ケネス殿、此度は我が国の民を救っていただき、大変感謝する」
「いえ、私といたしましては、関わりのある人たちを救うために動いた、ただそれだけでございます」
「そうか。貴殿が無欲だということはレオンツィオからも聞いておる。だが、国王としてはそれだけで済ませるわけにもいかぬ。信賞必罰が正しく行われぬようでは国が傾く。キヴィオ子爵からも申し出があった通り、ユーヴィ市を含め、そこから西をユーヴィ男爵領とする」
「謹んでお受けいたします」
「あの地は作物はよく育つそうだが、大森林の影響でなかなか治めるのが難しい。だが、あの森の魔獣を軽々と狩れる貴殿が領主となれば、西方の民たちも安心して暮らせよう。よろしく頼む」
そう言うと陛下はツカツカと謁見の間から出て行った。これで終わり?
思ったよりも短い謁見がよく分からないうちに終わって、また控え室に戻ってきた。手には陛下の側に控えていた人から慌てて渡された、ユーヴィ男爵に任命するという書類と、身分証明書。なお新規に開拓して作る領地ではないので、引き継ぎに時間がかかる。キヴィオ市とユーヴィ市への連絡も必要だから。
僕が男爵となるのは年明けから。今が九月三週目らしいから、まだ二か月半ほどある。それまでに済ませることは済ませておこう。
「先輩、格好よかったですよ」
「ありがとう。よく分からないうちに終わってしまったけど」
「ところでマイカ、前から聞きたかったのですが、ケネスさんを先輩と呼ぶのはなぜですか?」
「あー、姉様、それは帰ってからでいいですか?」
「ええ、もちろんですわ」
◆ ◆ ◆
馬車で離宮に戻って一息ついてから、二人に僕とマイカのことを説明することにした。
元の世界では同じ職場の先輩後輩で、たまたま二人とも死んでしまって、こちらで会えることをマイカは知っていたと説明した。
「そうねえ、実家にいた頃、少し雰囲気が変わったと思った時があったけど、そういうことだったのね。どうすればあのような考え方ができるのか、あの頃は不思議だったわ」
「母にだけは伝えていたのですが、あまり広げるわけにもいかず……」
「たしかにケネス殿が色々な知識を持っているのも納得できるな。ではその服も向こうのデザインなのだな?」
「これは元の世界の軍服や礼服を合わせたような形です。マイカのものはその女性版として作られたものですね。ただ、これは一般的ではありませんよ?」
行きにも聞かれたけど、この国の上流階級の服とはかなり違った。
殿下はこの国で一般的な貴族の服装をしている。胸元に装飾の付いたシャツ、刺繍を使ったウェストコートと上着。モーツァルトを派手にした服装、と言えば分かるだろうか。ただしズボンは長ズボンになっている。僕やマイカのように、黒ベースに金と白というのはかなり目を引いたのは間違いない。
「近くで見るとそれほどでもないが、少し離れたところから見ていたら、背筋が伸びたというか、気圧されたという感じがしたな」
「え? そんなに威圧感がありました?」
「威圧的とは思わなかったな。ケネス殿は表情が柔らかいからな。ただ、何と言ったらいいのか、有無を言わせない風格がある言ったらいいのだろうか」
「神々しさすら感じましたわ」
「はい、後光が差して見えましたよ」
「そんなに?」
自分では分からないからね。
「はい。日本と違って照明は蝋燭が多いんです。謁見の間は天井が高くてどうしても暗めになりますし、空気が動けば光が揺れます。そこで入り口から黒と金と白を纏った美形の先輩が入ってきたので、かなり神々しく見えました」
「なんでこの服を選んだの?」
「格好いいからに決まってるじゃないですか。後光が差した感じで、大成功でしたよ」
「ひょっとして、陛下がいきなり頭を下げたのもそういう理由ですか?」
「それがな、あれから陛下に伺ったのだが、なぜかそのあたりを覚えていないようなのだ。だが、あの場でケネス殿を見下ろしてしまったとしたら、私なら恐れ多くて跪くかもしれん」
「……色々と不味かった、ですか?」
「いや、それは大丈夫だろう。陛下がケネス殿に対して通常以上に敬意を払ったということで、一目も二目も置かれるようにはなるだろうが」
「就任前から話題に事欠きませんね、先輩」
「誰が選んだ服のせいだと思ってるの?」
「「「「お帰りなさいませ「お帰りなさいませ「お帰りなさいませ」」」」
まだ慣れないけど、この店がこの方向で行くなら仕方ないね。
「マイカ、今日これから出られる?」
「はい。大丈夫です」
「ちょっとこっちに来てもらえる?」
「これから王都に行くつもりなんだけど、一緒に来る?」
「ご一緒します。でも急に何かの用事ですか?」
「ええとね、ユーヴィ市の領主に推薦されていたからその確認」
「領主!」
「いや、まだ決まっていないけど、そういう話が出ているらしくてね。ルボルさんとかレオニートさんとかのせいと言えばいいのか、おかげと言えばいいのか」
「それならどう行きます? 馬車を出しますか?」
「時間を省こうと思うから、王都の中に直接でもいいかなと思う。[隠密]を使えばバレないし」
「分かりました」
「ちょっとマイカと出かけてくるからよろしくね、エリー」
「エリーさん、少し出てきます」
「いえ、お気になさらず。いってらっしゃいませ」
「「「「いってらっしゃいませ「いってらっしゃいませ「いってらっしゃいませ」」」」
「ところで、朝にギルドへ向かったら、どうして領主になって帰ってくることになったんですか?」
「それがね……」
子爵が領地の分割を考えていたことや、代官が逃げたことなどを説明した。
「まあうちの家族だけで魔物の暴走が抑えられるなら、危険性はほぼなくなるからね。そうすれば人口が少ないのもあまり問題じゃなくなるし」
「そうですね。資源はいくらでもありますし、一部は王都で売って、さらに稼ぐこともできますしね」
そんな話をしていたら、殿下の離宮が見えてきた。
お互いに顔を覚えた門衛さんに挨拶する。
「お久しぶりです、ハインツさん」
「! これはケネス殿とマイカ様。今日は歩きですか?」
「はい、急で申し訳ありませんが、少し殿下にお聞きしたいことができまして、いらっしゃるようであればお会いしたいのですが」
「殿下からは、お二人が来られたらすぐに通すようにと聞いております。どうぞ」
「ありがとうございます」
勝手知ったる我が家でもないけど、マイカと二人で本館の方に向かう。
「ケネス殿、久しぶりだ」
「レオンツィオ殿、お久しぶりです」
「マイカも変わりないわね」
「はい、元気にしています」
挨拶が済むと、殿下が本題を切り出した。
「ここに来たと言うことは、キヴィオ子爵領の話だな?」
「はい、子爵から聞きまして、今の段階で話がどうなっているのか確認に来た次第です」
「その話は通りそうだ。陛下もケネス殿で問題ないと言っていたからな」
「え? もうそこまで決まっているのですか?」
「ああ、私としてはケネス殿をパルツィ子爵にと思ったのだが、そちらはさすがに無理だった。過去の実績の関係でな。ユーヴィ市の方は希望者はいなさそうだな」
「何にせよ領主に推薦されていたのですね。それで、今まで忘れていましたが、パルツィ子爵はどうなりましたか?」
「命に別状はなかったが、かなり参っていたようだな。今は俗世と切り離された生活をしているはずだ。取り巻きたちも大人しくなったそうだ。私としてもあの一味には迷惑をかけられていたから胸がスッとした。もう一つ、前からいた使用人たちは町に残っていたから、次のパルツィ伯爵が雇い直すらしい」
「後任が決まったのですね?」
「ああ、王都の隣だから、それなりの格式が必要だと言うことで、スーレ子爵の息子の一人が王都から呼び戻されて領主になった。親子で隣同士というのは初めてらしい」
「今度挨拶にいこうか、マイカ」
「そうですね」
「それでキヴィオ子爵からの提案だが、パダ町まではキヴィオ子爵領で、それより西側を割譲する予定らしい。領都はユーヴィ市になるだろう。ユーヴィ市とその周辺の村、そしてナルヴァ村が領地になる」
殿下はキヴィオ子爵からの手紙と地図を示しながら説明してくれた。
「一応聞きますが、もう僕で決まりですか?」
「私としても友人が領主になってくれれば嬉しいのだが。ロシータとしても、妹の夫が貴族になれば安心できるだろう」
「もちろんですわ」
「そうですよね、領主は貴族ですから……なりたくてなれるものでもないか……」
「ここは引き受けるのが先輩らしいですよ?」
「僕らしい?」
「はい。誰がどうやっても不可能なこと以外はできれば引き受けたい、というのが先輩のやり方だった気がします。しばらくはこの国のために時間を使うのもいいんじゃないですか?」
まあ、それはそうなんだけどね。あらためて考えれば、社会人時代も同じようなものだったかな。自分で先のことを選べることは少なかったね。与えられた環境はそれほどよくなくて、それでもできる限りいい結果を出そうとしていたような気がする。
「……よし! では、そこまで仰るなら腹を括ります。レオンツィオ殿、何かしらの手続きは必要だと思いますが、どうすればいいですか?」
「午後に時間があれば陛下に会ってもらいたい。陛下から領地を与えられるという形が必要だからな」
「いきなりで大丈夫ですか? 僕の方は時間は大丈夫ですが」
「臨時の謁見は珍しいものではないから大丈夫だ。それとケネス殿はこの国の国民ではない。つまり国外からやってきた実力者に領主を任せるという形になるから、謁見もそこまで仰々しいものではないはずだ」
「さすがに謁見の作法までは知らないのですが……」
「私が紹介者ということで同行するから、私の立っている場所まで進んでくれれば大丈夫だ。その都度、小声で合図をするから。一応これが一般的な陛下のお言葉と、それに対する模範的な答え方になる。もちろん細かなところは違っていてもいい」
「それなら大丈夫そうです」
殿下はそれからすぐに王宮の方に連絡に行った。さすがに最低限の体裁は整える必要があるということだった。
午後になると僕たちは着替え、殿下の馬車に乗って王宮に向かうことになった。僕が改造したから乗り心地はよくなっている。
「その服はあまり見たことがない形だが」
「これはマイカとエリーとマリアンが中心になって作った店の商品です。まだ女性用の服しか販売していませんが、男性用もいずれは販売する予定だそうです」
「ほう、店を始めたのか」
「ええ、服や装飾品、化粧品類の店です。まだ開店からそれほど経っていませんが」
「化粧品!」
ロシータさんが食いついた。
「化粧品はマイカが中心になっています。後ほどまとめてお渡ししますよ」
「持つべきものはできる妹と義弟ですわ~」
正直に言うと、この服は少々恥ずかしい。マイカとエリーとマリアンが少々悪乗りで作ったものだ。
黒のダブルボタンの軍服をベースにしたもので、ボタンと肩章とベルトは金と白を合わせている。僕のイメージとしては、軍人の礼服だろうか。上着は後ろがスーツよりも少し長く、お尻が隠れるくらいになっている。マイカが着ているドレスも基本のデザインは同じで、腰の上で一度しぼってから軽く広がっている。マイカの方はゴスロリ軍服と言えばいいのだろうか。
僕はこの国で一般的な正装をしようと思ったんだけど、まずマイカがこれを着てしまい、僕もそれに合わせざるをえなくなった。二人で並ぶと軍人の結婚式のようになる。
さすがに殿下の馬車だけあって、王宮の前では衛兵たちが列を作って出迎えている。その間を微妙な気分で通って王宮に入った。
「やはりこのような雰囲気は苦手かな?」
「そうですね、避けられるものなら避けたいと考える方です。まだ大森林で魔獣を狩っている方が気が楽です」
「そこまで正直に言われると、いっそ清々しい。それならパルツィ市よりもユーヴィ市の方が向いているな」
殿下は執事っぽい服装の若者に何かを伝えると、僕たちを控え室に案内してくれた。
「すまないが、ここで少し待ってほしい。しばらくしたら係の者が呼びに来るから、その後に続いて謁見の間に入って、私がいる場所まで進んでくれ。今日は略式の謁見になる。それと、マイカにはロシータの横で夫の晴れ姿を見ていてもらおうか」
「はい、分かりました」
殿下はそう言うとロシータさんとマイカを連れて出て行った。僕は特にすることもないので、お茶をいただきながら、係の人が来るまで控え室で座っていた。
◆ ◆ ◆
「ケネス殿、入場」
その合図で両開きの扉が開くと、人垣の間を歩いた。正面の高くなったところにいるのが国王陛下だろう。僕は殿下の横まで進むとその場で直立不動の姿勢を取った。まだ臣下ではないから跪いてはいない。
ここであらためて陛下に名前を聞かれ、返事をして、そしてお褒めの言葉をいただくという流れだ。「名は何と申す」「ケネスでございます」「よくやった。褒めて遣わす」「ははーっ」というよくありそうな流れだね。それからあらためて臣下の礼をとる。
カッカッカッ
スッ
あれ? 陛下が下りてきて、いきなり頭を下げられたんだけど? 陛下に頭を下げっぱなしにさせていいの?
殿下も驚いているから、完全に予想外なんだろう。どうしたらいいですか? 周囲がざわつき始めたんですけど。今度はこちらから声をかけた方がいいの?
「陛下、私ごときに向かって頭を下げられても困ります。頭をお上げください」
お願いだから顔を上げてください。
「ケネス殿、此度は我が国の民を救っていただき、大変感謝する」
「いえ、私といたしましては、関わりのある人たちを救うために動いた、ただそれだけでございます」
「そうか。貴殿が無欲だということはレオンツィオからも聞いておる。だが、国王としてはそれだけで済ませるわけにもいかぬ。信賞必罰が正しく行われぬようでは国が傾く。キヴィオ子爵からも申し出があった通り、ユーヴィ市を含め、そこから西をユーヴィ男爵領とする」
「謹んでお受けいたします」
「あの地は作物はよく育つそうだが、大森林の影響でなかなか治めるのが難しい。だが、あの森の魔獣を軽々と狩れる貴殿が領主となれば、西方の民たちも安心して暮らせよう。よろしく頼む」
そう言うと陛下はツカツカと謁見の間から出て行った。これで終わり?
思ったよりも短い謁見がよく分からないうちに終わって、また控え室に戻ってきた。手には陛下の側に控えていた人から慌てて渡された、ユーヴィ男爵に任命するという書類と、身分証明書。なお新規に開拓して作る領地ではないので、引き継ぎに時間がかかる。キヴィオ市とユーヴィ市への連絡も必要だから。
僕が男爵となるのは年明けから。今が九月三週目らしいから、まだ二か月半ほどある。それまでに済ませることは済ませておこう。
「先輩、格好よかったですよ」
「ありがとう。よく分からないうちに終わってしまったけど」
「ところでマイカ、前から聞きたかったのですが、ケネスさんを先輩と呼ぶのはなぜですか?」
「あー、姉様、それは帰ってからでいいですか?」
「ええ、もちろんですわ」
◆ ◆ ◆
馬車で離宮に戻って一息ついてから、二人に僕とマイカのことを説明することにした。
元の世界では同じ職場の先輩後輩で、たまたま二人とも死んでしまって、こちらで会えることをマイカは知っていたと説明した。
「そうねえ、実家にいた頃、少し雰囲気が変わったと思った時があったけど、そういうことだったのね。どうすればあのような考え方ができるのか、あの頃は不思議だったわ」
「母にだけは伝えていたのですが、あまり広げるわけにもいかず……」
「たしかにケネス殿が色々な知識を持っているのも納得できるな。ではその服も向こうのデザインなのだな?」
「これは元の世界の軍服や礼服を合わせたような形です。マイカのものはその女性版として作られたものですね。ただ、これは一般的ではありませんよ?」
行きにも聞かれたけど、この国の上流階級の服とはかなり違った。
殿下はこの国で一般的な貴族の服装をしている。胸元に装飾の付いたシャツ、刺繍を使ったウェストコートと上着。モーツァルトを派手にした服装、と言えば分かるだろうか。ただしズボンは長ズボンになっている。僕やマイカのように、黒ベースに金と白というのはかなり目を引いたのは間違いない。
「近くで見るとそれほどでもないが、少し離れたところから見ていたら、背筋が伸びたというか、気圧されたという感じがしたな」
「え? そんなに威圧感がありました?」
「威圧的とは思わなかったな。ケネス殿は表情が柔らかいからな。ただ、何と言ったらいいのか、有無を言わせない風格がある言ったらいいのだろうか」
「神々しさすら感じましたわ」
「はい、後光が差して見えましたよ」
「そんなに?」
自分では分からないからね。
「はい。日本と違って照明は蝋燭が多いんです。謁見の間は天井が高くてどうしても暗めになりますし、空気が動けば光が揺れます。そこで入り口から黒と金と白を纏った美形の先輩が入ってきたので、かなり神々しく見えました」
「なんでこの服を選んだの?」
「格好いいからに決まってるじゃないですか。後光が差した感じで、大成功でしたよ」
「ひょっとして、陛下がいきなり頭を下げたのもそういう理由ですか?」
「それがな、あれから陛下に伺ったのだが、なぜかそのあたりを覚えていないようなのだ。だが、あの場でケネス殿を見下ろしてしまったとしたら、私なら恐れ多くて跪くかもしれん」
「……色々と不味かった、ですか?」
「いや、それは大丈夫だろう。陛下がケネス殿に対して通常以上に敬意を払ったということで、一目も二目も置かれるようにはなるだろうが」
「就任前から話題に事欠きませんね、先輩」
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いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
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