新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第二章 第二部

準備で大忙し

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 引っ越しも終わり、新しい環境での生活が始まった。寝泊まりは屋敷で行う。うちの家族は今のところは揃って店の方に出かける。屋台は商人ギルドを通してレンタルすることになった。ミシェルはレンスの娘のカリンとリーセと庭で遊んでいることが多い。

 領内の村には商人ギルドから説明を始めてもらっている。まずはそれぞれの村に公営の商店を作る。いずれは農場を作りたいけど、とりあえず今は大きくは変えない。領主が変わっていきなりあれこれ始めると混乱するからね。各村には公営の商店の建物を用意してもらうことにした。とりあえずは空き家でもいい。

 その合間に、家の方の畑で大量に麦を育て、パンを大量に作っておく。これはドワーフの職人たちの食事になる。肉はストックがまだあるけど、二〇〇人から三〇〇人を何か月も食べさせるには不足気味だから、大森林で魔獣を狩って肉を貯めておく。スープなども作れるだけは作っておく。余っても困ることはない。



◆ ◆ ◆



「おお、ようやくですか」
「三〇〇人を超えたようですからね」

 正式にナルヴァ村を町にするという話を村長に伝えに来た。

 町から市になるのとは違い、村から町になるには領主が許可さえすればいい。何が違うかというと、正直なところあまりない。でも開拓で村が大きくなって町になるというのは、住んでいる人にとっては誇りになる。

「僕が領主に張るのは年明けからです。年が明けたらナルヴァ町になります」
「店も作ってもらえる話ですからな。色々と張り合いが出ます」
「それと、年が明けてからの話になりますが、城壁をもう少し外側に移します。ここの土地を広げたいと思いますので」
「それは今までより麦を多めに作るということでしょうか?」
「いえ、もうしばらく先の話になりますが、もう一つ育ててもらいたいものがありまして」
「ほう。何をでしょうか?」
「これです。暖かい地方で育つ、サトウキビという植物です。これを搾った汁を加工すると砂糖ができます。搾った後の残りからは紙の原料が取れますし、さらに残りカスは燃料としても使えますので、無駄を減らせると思います」

 サトウキビの根元の方の節を見せた。

「ほう、それから砂糖ができるのですか」
「そうです。育てるのはそこまで難しくない植物ですが、収穫が少し手間です。もちろん育てるための温室や道具はすべて用意しますので、その際には人手を貸していただきたい。砂糖作りをこの領地の産業にしたいのです」
「なるほど。分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします」



 その後はあらためて僕がソルディ村、アルメ村、トイラ村、シラマエ村と順番に回った。すべての村に公営の商店が作られる。公営なのでギルドの傘下になり、店員はギルドの窓口も兼ねる。

 領地の独立についても、村人たちには直接的な影響はないから、悪い反応はなかった。それよりも商店ができたり、食生活が向上するのが嬉しいらしい。これまで実はあまり仕事がなかった村長には、あらためて村内のまとめ役、そしてギルドとの連絡役を担ってもらうことになった。



◆ ◆ ◆



「それはギルドを減らすということですか?」
「いえ、そうではありません」

 僕は商人ギルドの一室に、冒険者ギルド、商人ギルド、薬剤師ギルド、三つのギルドから幹部たちを集めて説明していた。ギルドそのものは国の組織ではあるけど、運営はほとんどその町まかせ。領主が運営費の多くを出す形になっている。もちろん新しいギルドを作るには国に届け出をする必要はある。

「ギルドを減らすのではありません。ギルドの建物を一か所にまとめます。この町には冒険者ギルド、商人ギルド、薬剤師ギルドの三つがあります。それを一つの建物に集約し、その中に冒険者部門、商人部門、薬剤師部門のように置き、受付をまとめる形にしたいと思っています。今いる人員を減らすことはありません」

 僕が考えているのは総合庁舎のようなもの。正直なところ、領主としては役所はまとまっていた方がありがたい。おそらくこの町に来る人もそうだろう。ギルドの建物が一つならそこに来ればいい。

「そうすると、一度すべてを集約して機能ごとに分け直すってことでいいのか?」

 くだけた口調で聞いてきたのはルボルさん。いざという時には領主代行を任せてもいいと僕個人は思っている。

「そういうことです。あくまで場所と人員を集約するのが目的です。ギルド職員を融通できればそれが一番でしょう。最初は大変かもしれませんが、それぞれのギルドの仕事を一通り経験してもらい、ある程度の仕事の流れが分かるようになれば、欠員が出ても大丈夫になります」

 僕が考えているのは会社でいうのシステム。異動が多すぎるのは問題あるけど、人の数が足りないこの町なら、有効的に職員を使えるはず。

「それぞれのギルドにはそれぞれの仕事内容がありますが、もちろんかぶる内容も多いと思います。無駄はある程度そぎ落として、横の繋がりを強化します」

 縦割り行政の弊害をなくすのが一番の目的。例えば、薬草の採取依頼は冒険者ギルドも薬剤師ギルドも出していたからね。場合によっては金額も違う。

 依頼達成の件数が多ければそれだけ領地に貢献したことになるから、なるべく高い金額で依頼を出す。その分ギルドの資金が減る。減った分は職員の待遇にも影響する。場合によっては欠員が出ても補充できない。

「これまではキヴィオ子爵の指示を代官が受け、それを部下がギルドに伝えていたようですが、緊急時でもない限り、僕はお金は出しますが口は出しません。通常の業務はほぼギルドに任せる形になります。ただし最初の数年は新しい組織を作らなければならないので、色々と提案はしますけど」
「新しい組織っていうのはギルドか?」
「そうですね。今ここに集まっている冒険者、商人、薬剤師のギルド以外に、土木、大工、服飾、それ以外に肉屋や小麦などの食品関係のギルドくらいは作りたいと思っています。衣食住は充実させたいですね」
「そうだな、今の冒険者ギルドは領主殿から持ち込まれた魔獣の解体が一番の仕事だが、そればっかりするわけにはいかないからな」
「それなら商人ギルドはいかに商人を呼び込み、いかに特産品を売り込むかを考えた方がよさそうですね」
「薬剤師ギルドもそうですね。ポーションや薬、化粧品に特化して、他とかぶる部分は減らした方が効率は上がりますね」
「意図は分かってもらえたかと思います。例えば化粧品の製造については薬剤師ギルドが担当、他の都市へ販売に行くなら商人ギルドが担当し、冒険者ギルドが護衛を募集する、というやり方になります。そのためには一ヶ所に集まっている方が話が早いのです」

 そう言うとみんなが頷いた。

「この町には空いている場所はいくらでもあります。今の町の中心部、商人ギルドの横は広場になっていますので、そこに総合ギルドとでも呼んだらいいのでしょうか、すべてをまとめた大きな建物を建てたいと思います」
「建てるのは領主殿だろう? あれだけ立派な領主の館を建てたんだから」
「ええ、もちろんですよ。竜が踏んでも壊れないような建物を建てますよ」

 笑い声が起きる。もちろんその竜というのがマリアンだとは誰も思っていない。もし知っている人がいれば顔が引きつるだろう。

 そもそも僕はマリアンの竜の姿を見たことがないけどね。「お前様にはあまり見せたくないのじゃ」と可愛く言われれば無理強いすることはないからね。

「では年明けからの稼働に向け、この案を進めていきます。総合ギルドの建物については一階と二階を主に受付として使い、三階以上を事務仕事の部屋として使う形になります。何階をどのギルドが使うかというのは、みなさんですり合わせてください。上にはいくらでも伸ばせますので、五階だろうが八階だろうが構いませんが」
「移動が大変じゃないか?」
「それなら階段だけじゃなくて上下の移動用の魔道具を設置しますよ」
「なんでもありだな」
「領主は便利屋であるべきだと思っています。使えるなら使ってください」



 とりあえずその場で決まったことは、以下の通り。

 ギルドの建物は年内に僕が建てる。下に受付を作り、上は事務所にする。ギルドが増えてもいいように、ある程度の余裕を持たせておく。他にどのようなギルドを置くかは話し合ってもらう。土木、大工、服飾、肉屋、小麦を候補とする。

 公営商店はギルドの窓口も兼ねるので、店員はギルド職員が行う。少数精鋭なので、職員一人一人がすべてのギルドの仕事について大まかに理解できるように、あらかじめ一通りの仕事を経験させる。同時に仕事のマニュアルも作る。

 ユーヴィ市と各村の間に定期便を通す。これは各村と連絡を密にする、公営商店へ物資を運ぶ、ユーヴィ市に移動したい人の足とする、などの役目がある。魔獣はあまり出ないけど野獣はそれなりに出るため、移動の馬車には冒険者を同乗させ、馬には巡回兵の馬と同じく、[身体強化]や[回復]の効果を持たせた首輪を付ける。

 公的な馬車は僕が改造し、馬や乗る人の負担を減らす。今のところは僕が作り、他に作れる人が出てくれば任せることにする。



 年明けの領地経営開始に向け、会議はこれから何度も行われるだろう。社会人時代の会議とはまったく違う、有意義なものばかりになってほしい。とりあえず会議の予定を入れてから議題を考えるというのは、ここではなしにしたいね。



◆ ◆ ◆



「みなさん、年明けからのギルドの方針を説明します」

 昨日の会議で決まったことをあらためて説明する。昨日はギルド長三人と僕だけの話し合いだったけど、今日は僕が各ギルドを回って、職員に説明する。まずは冒険者ギルドから。

「年が明ければこの町にある三つのギルドが統合されるということを聞いているかもしれません。今日はその説明をしますので、どのような環境になるのか、どのような仕事が増えるのか、まずは概要を頭に入れてください」

 みんなが真剣な顔でこちらを見ている。

「まず、待遇について、給与が下がることはありません。むしろ上がると思ってください」

 みんなの顔が明るくなる。でもいい話ばかりじゃないよ。

「ただし、仕事は増えます。増えると言うより、他のギルドの仕事も少しは覚えてもらいます」



「年明けから三つのギルドが合併し、総合ギルドの建物に入ります。いずれはさらに複数のギルドも加わる予定でです。それぞれのギルドは総合ギルドのそれぞれの部門となります。冒険者ギルドは冒険者部門となります。ただし、いきなり名前がなくなると困る人も出てくるので、冒険者ギルドという名前も平行して使います」

「ギルドの職員は現在はギルドごとに雇われていますが、今後はまとめて総合ギルドに雇われる形となり、三年から五年程度を基本にして別の部門でも仕事をしてもらいます。みなさんにも商人ギルドや薬剤師ギルドの仕事をある程度は覚えてもらうことになります。ただし、専門的な知識まで覚える必要はありません。ごく一般的な仕事だけです」

「ナルヴァ町と四つの村には公営商店ができます。公営商店の店員はギルドの受付も兼ねます。それぞれの場所に二人程度は常駐してもらい、一定期間で交代となります。その間は給与に出張費を上乗せします」

「ユーヴィ市と一町四村の間には馬車の定期便を走らせることになります。この馬車は連絡、商品の輸送、人の移動などに使います。これもギルドから人を出し、冒険者に護衛をしてもらう形になります」

「もちろんそのままではユーヴィ市からギルド職員が減るため、新人を雇い入れます。これまでは予算の都合や諸々の事情もあって、なかなか増やせなかったと思いますが、今後は独立した領地になるので、積極的にギルド職員を増やします」

「新人には一定期間、すべての部門の仕事をしてもらいます。その結果を見て、どの仕事が向いているかを判断して配置します。ただし新人も三年から五年を目処に別の部門の仕事をしてもらいます」



 僕が言ったのは、日本の企業にあるような異動や出張、それと新人研修のこと。この国のギルドは基本的には市にしかない。早い話が、人がいないのに置いておく意味はあまりないから。もちろんギルドがある町もいくつかはあるけど、少なくとも村にはない。でもここでは出張所のような形にして一町四村にも置く。

 異動については当面は人が足りないので別の仕事をしてもらう意味合いが強い。でも新人研修がきちんと機能するようになれば、ある程度はどの仕事でもできる人が増えるだろう。もちろん専門家の育成もする。

 おそらくこの世界にある多くの国では一般的ではないことを説明し、それから他の二つのギルドも回った。
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