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第三章 第一部
父親として、領主として 一月
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新しい年が始まった。僕はこの国の細かいところまでは知らないけど、新年のお祝いがあることくらいは知っている。大晦日から新年にかけ、飲んで騒いで、旧年に感謝し、そして新年に感謝をする。
僕の方は今日から正式に領主としてこのユーヴィ男爵領の領主になる。もちろん前から準備はしていたけど、気が引き締まる気はする。
そしてまあ、他に変化もある。リゼッタの妊娠だ。
年末にあのお酒をとうとう解禁した。『百発百中』という銘柄の方だ。二人であれを飲んだけど、次の日には妊娠していなかった。リゼッタがかなりショックを受けていたけど、すぐにできないこともあるらしい。
そこから数日頑張ったら、新年になって【状態:[妊娠]】となった。妻たちは大喜びだけど、もちろん子供が生まれてくるのは今年の後半。リゼッタにはそれまでは無理をしないようにと言っている。この国でも屈指の実力者だろうけど、それでも何があるか分からないから。
それは別として、他の妻たちの妊娠欲が高まっているのはどうしようもない。みんなが一緒だと大変だから順番だと言っているけど、まあそのうちなし崩しになるのは僕の性格ならありえる話だ。
◆ ◆ ◆
新年三日目。王都に来ている。通りには人人人。街区が人の頭で埋まっていた。ドワーフの男性がほとんどだけど、少しは女性もいるようだ。なんとか群衆の中を泳ぐように進み、なんとかゴルジェイさんを探しだした。
「ゴルジェイさん、どれだけいるんですか?」
「さすがに分かりませんなあ。まあ一〇〇〇はいるでしょうなあ」
「これだけいればねえ」
「それで、この人数を運べるので?」
「少し予定は違いましたが、後で修正します。人数的にはおそらく大丈夫です。移動はこのドアを通ってもらいます」
僕が用意したのは[転移]を付与したドアの枠。転移先は三つあり、一人ずつ順番に、ソルディ村、ユーヴィ市の東、キヴィオ市の西に移動する。僕は拡声器の形をした魔道具を使って、ここにいる作業員たちにこれからのことを伝えた。
「みなさん、おはようございます」
「「「「おはようございます「おはようございます「おはようございます」」」」
サッ
シーン……
ゴルジェイさんがサッと手を挙げると一気にシーンと静まりかえる。
「これからみなさんには三つの職場のいずれかに移動してもらいます。一つは石切り場、他の二つは森を切り拓く現場です。待遇には違いはありません。聞いていると思いますが、宿泊所は用意しています。朝昼晩のガッツリ三食付きで、すべて肉が付きます。夕食には毎回たっぷりお酒を出します」
「「「「うおおおおおおお!「うおおおおおおお!「うおおおおおおお!」」」」
サッ
シーン……
「支払いについては、期間は森の開拓が終わるまでです。六日働いて一日休みとなります。支払いは六日目の終わりです。それぞれの現場が終わっても他にもたくさんの仕事はありますので、残って他の仕事を探すなら斡旋します。それと、途中でやめたい場合はその旨を伝えてください。それまでの賃金を支払います。以上のことに納得できた人から、このドアをくぐってください」
意外なことに、ドアに殺到するようなことはなかった。みんな列を作って順番にドアをくぐっている。
「これから仕事がある、ちゃんとすれば酒が飲める、それが分かれば話は聞きます。さっきだってそうだったでしょう?」
「そうでしたね。ゴルジェイさんが手を挙げたら静かになりました」
「それで、ワシはどうしたらいいですかな?」
「とりあえず僕と一緒にユーヴィ市の東の現場に移ってもらいましょうか」
◆ ◆ ◆
それぞれの現場にはギルドの職員を置いている。石切り場では、まず大まかに切り出してもらい、それを石切り用のノコギリで立方体にカットしてもらう。このノコギリも魔道具で、石だけはよく切れる。
石畳って、タイルのような薄い石を敷くのではなく、立方体や直方体を埋め込む感じなんだよね。初めて見た時はびっくりした。
森の方はチェーンソーを使う。このチェーンソーも魔道具で、風魔法の[風刃]を極めて狭い範囲で連続して発動し、削るように木を切る。名前は一応『魔法ノコギリ』にしてある。チェーンは使っていないからね。
これを使ってあらかじめ白く塗った杭を立てている内側の木をすべて切り倒してもらう。この杭を立てるのが地味に大変だった。
切り倒した木は別のグループがマジックバッグに入れていく。もちろん木を切り倒しても切り株が残る。それを取り除くのが実は一番大変。でもそれをなんとかするのがこの開拓。
切り株にキリのようなものを突き刺してもらう。そのまま刺したままにしておくと、切り株を[分解]で土に還してしまう。キリそのものもしばらくすると土に還ってしまう使い捨ての魔道具。
もちろん使い捨てではなく再利用できるようにもできるけど、勝手に木を枯らしたりという悪戯もできるから、使い捨てにした。
「よーし、次だー」「ほいー」「片付けー」「了解ー」「引っ張れー」「枝を落とせー」「運ぶぞー」「はいやー」「そっちは空けろー」「おー」
威勢のいい声が森の中に響き渡り、どんどんと森が切り拓かれる。すぐに一〇〇メートルも進むわけではないけど、これなら思ったよりも早く繋がりそう。
「どうです? なかなかでしょう」
「たしかにこれなら予定よりも早そうです」
「ところで、仕事を始めてすぐで申し訳ないが、食事や宿泊の場所はどうなってますかな? 用意してくれるという話ですが」
「ええとですね、試しに一つ出しますね」
僕はそう言って、マジックバッグからカプセルホテルを出し、ゴルジェイさんに中を案内する。
「これ一つに二〇〇人が寝泊まりできます。これと同じものを複数用意しています。入る時に[浄化]で汚れや汗が落ちます。これとは別にお風呂の建物も用意しますので、お湯に浸かりたい人は入ってもらう感じですね」
「ほー、むしろここに住みたいですなあ」
「住むには狭いですよ」
「いや、ワシらは元々岩山に穴を掘って住むことが多いから、狭いのは慣れてましてな。これなら大丈夫」
「それならよかった。食事はパンと具をたくさん入れたスープが中心ですが、肉を毎回の食事に付けます。夜はお酒もたっぷり用意しています」
「金なんかいらないくらいですな。よっし、ワシも一働きしてくるか」
そう言うとゴルジェイさんもチェーンソーを持って森の中に入っていった。
ただ、ちょっと問題もある。三〇〇人なら問題なかった。でも一〇〇〇人を超えると無理が出てくる。三か所に分けても四〇〇人ずつ。石切り場は広いからどうとでもなる。でも森の方は、東と西から四〇〇人ずつで森を切り拓いている。これでは作業に加われない作業員もいる。
とりあえずユーヴィ市側とキヴィオ市側から四分の一地点、中間地点、四分の三地点と移動し、周辺の木を刈り取ってスペースを確保。そこへあらためて人数を調整した作業員たちを移動させ、西と東とそれぞれに開拓を進めてもらうことにした。
当初の予定ではこうだった。
→森森森森森森森森森森森森森森森森森森←
それをこのように変更した。
→森森森←→森森森←→森森森←→森森森←
二〇〇キロ強を両側からではなく、五〇キロずつを両側から。作業場所を八か所に増やし、単純計算なら四倍速く進む。一か所におよそ一〇〇人。これなら無駄が出にくい。急いで移動用のドアを設置し、作業に入れていない人には新しい場所に移動してもらうことになった。いきなりカプセルホテルやチェーンソーを増やしたりする手間が増えたけど、それはなんとかなる。それよりも人員だ。現場に配置するギルド職員、そして食事係。
さすがに宿泊と食事の場所を分散させると人数が足りなくなるので、そこは最初に予定していた三か所に集中させるしかないだろう。ソルディ村と森の東西の一か所ずつ。市民のみなさんには日当が支払われる。無償だとやる気が出ないのは当たり前だからね。お金で釣るような感じになったけど、徴用するよりはいいだろう。もちろん移動についても移動用のドアを使って負担がないようにしている。領主は魔法が得意というのが伝わっているから、あまり疑問というか不信感は持たれなかった。
「「「「お疲「「お「お「お疲れー」れー」お疲れー「いやー、働いたな「お疲れー」「今日は頑張ったなー」ー」れー」飯だー」」れー」」」」
今日の仕事が終わった。
ドワーフの作業員たちは食事を受け取っては好きな場所で食べ始める。お酒についてはエールの日もあるしワインの日もある。そして今日のように蒸留酒の日もある。
「くーっ、この酒は喉が焼けるなー」
「これはいいな。ぜひ酒造りを学びたい」
「飯も美味いしな。いい場所だ」
「ああ、これだけの飯が食えるなら、ここに住んでもいいな」
そんな声が聞こえてくる。移住は歓迎しますよ。酒造りを産業にするのもいいね。
「領主殿、環境を整えてくれて感謝する」
「僕も仕事をするなら環境がいい方がいいですから当然でしょう」
「いや、それが意外とそうでもなくて、条件だけ良くしておいて実際は、というパターンはいくらでもありましてな。何を言っても知らぬ存ぜぬで」
「それはないので安心してください。それにうちの領地ならいくらでも仕事はありますよ」
「それは助かります。ワシは一度戻るでしょうが、今回付いてきたやつの中には引き続き仕事をしたいやつはいるでしょう」
「もちろん働きたい人は受け入れますよ。今後もお願いします」
◆ ◆ ◆
「初日としては順調だったよ。予定より一〇〇〇人ほど増えたから、急いで魔道具や宿舎を増やしたりしてバタバタしたけど」
「しかし、旦那様が現場に行かなければならないというのは、かなりの手間ではないでしょうか?」
「いや、担当のギルド職員にすべての管理を任せてきたから、明日以降はもう大丈夫。何かあったらギルドに連絡が入るから。たまにはチェックに行くけどね」
「旦那様が魔道具作りが得意というのは聞いておりましたが、何と言っていいか……」
「規格外?」
「そうでございますね。この屋敷を建て直したのを見て分かったつもりになっておりましたが、大層なことを、さも当たり前のようになさるのを聞くと、他に言いようがございません」
「そのあたりは少しずつ慣れてよ」
「できれば慣れたいとは思いますが……」
イェルンに戻ったことを報告すると、みんなのところへ戻った。
さて、みんなは今年から正式に領主夫人となったので、多少は生活が変わった。
まず一つ大きな違いは、妻同士の呼びかけ方。呼び捨てだったり様付けだったりしたのが、すべてさん付けにしようと。そのあたりに僕は関わっていないから何があったかは分からないけど、元上司だの元部下だの、そういうのはもう不要ということになったようだ。でもマリアンが殿を付けるのはそのままになった。今さら直らないそうだ。エリーは少し苦労しそうだけど大丈夫だろう。
でも僕のことをリゼッタが『ケネス』、カロリッタが『マスター』、エリーが『旦那様』、ミシェルが『パパ』、マイカが『先輩』、マリアンが『お前様』、カローラが『ご主人様』、セラとキラが『先生』、マノンが『あなた』と呼ぶことは変わらない。今さらだけど、家族っぽくないのが多いなあ。
個人個人としては、リゼッタは妊娠中のため魔獣を狩りに行ったりはしていない。軽い運動として家の方の牧草地を走ったり、畑の世話をしてくれている。何かあったら困るので、カロリッタが隣にいることが多い。まあ元から大人しくしているのが苦手な性格だけど、そのうち無茶をしないか少し心配。
これは妊娠してから分かったことだけど、妊娠中には姿を変えられないらしい。試しにやってみたらできなかった。もっとも最近はリスの姿になることはほとんどなかったけど。
エリーは最初の頃は自分で食事の準備をしようとしていた。フェナたちには「奥様に料理をしていただくわけには参りません」と言われたけど、料理の腕は明らかにエリーの方が上だったので、今では屋敷で料理教室をしていることが多く、たまに店にやってくる。アシスタントにはカローラが付いている。
マイカとマリアンは店にいることが多い。エリーが屋敷にいることが多いため、マイカが美容関係、マリアンが服飾関係のトップとして働いている。新作も相変わらず作られているようだ。マノンは屋台をやめて、現在は店の裏にある新人の訓練所で料理を教えたり、スタッフのための食事を作ったりしている。そのアシスタントにはセラとキラが付いている。
ミシェルは門衛のレンスの娘のカリンとリーセと仲良くなってくれた。家の裏手に遊具をあらためて設置したので、三人で仲良く遊んでいる。それ以外にも新しい図書室で少女漫画を読んで、「おー」とか「ひょー」とか声が上がっている。ミシェルはある程度は日本語が読めるから、二人に教えているらしい。レンスは自分の娘が領主の娘と一緒に遊ぶことに恐縮していたけど、僕としてはミシェルに同世代の友達ができた方が嬉しい。
他には……マノンが使っていた屋台はレンタルされている。一台だけではどうしようもないので、台数を増やした上でギルドの管理となって貸し出されている。一定の金額を納めればそれで一定期間は商売ができるとあって、それなりに人気があるらしい。クレープ屋の人気投票を行うようになって、余計に人気が出たとか。
そんなこんなで領主としての生活が始まったけど、しなくちゃいけないことは山のようにある。個人的にはマノンとエリーの両親への挨拶。領主としては開拓、そしてギルドの整備。特に最後のはどう効率化するかだね。人減らしではないよ。
─────────────────────
ケネスへの呼びかけ
リゼッタ:ケネス
カロリッタ:マスター
エリー:旦那様
ミシェル:パパ
マイカ:先輩
マリアン:お前様
セラ:先生
キラ:先生
カローラ:ご主人様
マノン:あなた
サラン:閣下
男爵領の外で一定の地位や立場にある人からは「ケネス殿」や「男爵殿」と呼ばれる。「ケネス様」や「男爵様」と呼ばれることもある。
男爵領の中で一定の地位や立場にある人からは「ケネス様」「ケネス殿」「男爵様」「男爵殿」「領主様」「領主殿」などと呼ばれる。
領主邸の使用人たちからは基本的には「旦那様」と呼ばれる。「ケネス様」「ご主人様」「お館様」などと呼ばれることもある。
男爵領の領民たちからは一般的に「ケネス様」「男爵様」「領主様」などと呼ばれる。
服飾美容店の関係者や店員たちからは「オーナー」と呼ばれることが多い。「ご主人様」と呼ぶ店員もいる。
以前からの知り合いなどは「ケネスさん」や「ケネス君」と呼び続けることもある。
ルボルだけはいつになっても「ケネス」か「お前」。
僕の方は今日から正式に領主としてこのユーヴィ男爵領の領主になる。もちろん前から準備はしていたけど、気が引き締まる気はする。
そしてまあ、他に変化もある。リゼッタの妊娠だ。
年末にあのお酒をとうとう解禁した。『百発百中』という銘柄の方だ。二人であれを飲んだけど、次の日には妊娠していなかった。リゼッタがかなりショックを受けていたけど、すぐにできないこともあるらしい。
そこから数日頑張ったら、新年になって【状態:[妊娠]】となった。妻たちは大喜びだけど、もちろん子供が生まれてくるのは今年の後半。リゼッタにはそれまでは無理をしないようにと言っている。この国でも屈指の実力者だろうけど、それでも何があるか分からないから。
それは別として、他の妻たちの妊娠欲が高まっているのはどうしようもない。みんなが一緒だと大変だから順番だと言っているけど、まあそのうちなし崩しになるのは僕の性格ならありえる話だ。
◆ ◆ ◆
新年三日目。王都に来ている。通りには人人人。街区が人の頭で埋まっていた。ドワーフの男性がほとんどだけど、少しは女性もいるようだ。なんとか群衆の中を泳ぐように進み、なんとかゴルジェイさんを探しだした。
「ゴルジェイさん、どれだけいるんですか?」
「さすがに分かりませんなあ。まあ一〇〇〇はいるでしょうなあ」
「これだけいればねえ」
「それで、この人数を運べるので?」
「少し予定は違いましたが、後で修正します。人数的にはおそらく大丈夫です。移動はこのドアを通ってもらいます」
僕が用意したのは[転移]を付与したドアの枠。転移先は三つあり、一人ずつ順番に、ソルディ村、ユーヴィ市の東、キヴィオ市の西に移動する。僕は拡声器の形をした魔道具を使って、ここにいる作業員たちにこれからのことを伝えた。
「みなさん、おはようございます」
「「「「おはようございます「おはようございます「おはようございます」」」」
サッ
シーン……
ゴルジェイさんがサッと手を挙げると一気にシーンと静まりかえる。
「これからみなさんには三つの職場のいずれかに移動してもらいます。一つは石切り場、他の二つは森を切り拓く現場です。待遇には違いはありません。聞いていると思いますが、宿泊所は用意しています。朝昼晩のガッツリ三食付きで、すべて肉が付きます。夕食には毎回たっぷりお酒を出します」
「「「「うおおおおおおお!「うおおおおおおお!「うおおおおおおお!」」」」
サッ
シーン……
「支払いについては、期間は森の開拓が終わるまでです。六日働いて一日休みとなります。支払いは六日目の終わりです。それぞれの現場が終わっても他にもたくさんの仕事はありますので、残って他の仕事を探すなら斡旋します。それと、途中でやめたい場合はその旨を伝えてください。それまでの賃金を支払います。以上のことに納得できた人から、このドアをくぐってください」
意外なことに、ドアに殺到するようなことはなかった。みんな列を作って順番にドアをくぐっている。
「これから仕事がある、ちゃんとすれば酒が飲める、それが分かれば話は聞きます。さっきだってそうだったでしょう?」
「そうでしたね。ゴルジェイさんが手を挙げたら静かになりました」
「それで、ワシはどうしたらいいですかな?」
「とりあえず僕と一緒にユーヴィ市の東の現場に移ってもらいましょうか」
◆ ◆ ◆
それぞれの現場にはギルドの職員を置いている。石切り場では、まず大まかに切り出してもらい、それを石切り用のノコギリで立方体にカットしてもらう。このノコギリも魔道具で、石だけはよく切れる。
石畳って、タイルのような薄い石を敷くのではなく、立方体や直方体を埋め込む感じなんだよね。初めて見た時はびっくりした。
森の方はチェーンソーを使う。このチェーンソーも魔道具で、風魔法の[風刃]を極めて狭い範囲で連続して発動し、削るように木を切る。名前は一応『魔法ノコギリ』にしてある。チェーンは使っていないからね。
これを使ってあらかじめ白く塗った杭を立てている内側の木をすべて切り倒してもらう。この杭を立てるのが地味に大変だった。
切り倒した木は別のグループがマジックバッグに入れていく。もちろん木を切り倒しても切り株が残る。それを取り除くのが実は一番大変。でもそれをなんとかするのがこの開拓。
切り株にキリのようなものを突き刺してもらう。そのまま刺したままにしておくと、切り株を[分解]で土に還してしまう。キリそのものもしばらくすると土に還ってしまう使い捨ての魔道具。
もちろん使い捨てではなく再利用できるようにもできるけど、勝手に木を枯らしたりという悪戯もできるから、使い捨てにした。
「よーし、次だー」「ほいー」「片付けー」「了解ー」「引っ張れー」「枝を落とせー」「運ぶぞー」「はいやー」「そっちは空けろー」「おー」
威勢のいい声が森の中に響き渡り、どんどんと森が切り拓かれる。すぐに一〇〇メートルも進むわけではないけど、これなら思ったよりも早く繋がりそう。
「どうです? なかなかでしょう」
「たしかにこれなら予定よりも早そうです」
「ところで、仕事を始めてすぐで申し訳ないが、食事や宿泊の場所はどうなってますかな? 用意してくれるという話ですが」
「ええとですね、試しに一つ出しますね」
僕はそう言って、マジックバッグからカプセルホテルを出し、ゴルジェイさんに中を案内する。
「これ一つに二〇〇人が寝泊まりできます。これと同じものを複数用意しています。入る時に[浄化]で汚れや汗が落ちます。これとは別にお風呂の建物も用意しますので、お湯に浸かりたい人は入ってもらう感じですね」
「ほー、むしろここに住みたいですなあ」
「住むには狭いですよ」
「いや、ワシらは元々岩山に穴を掘って住むことが多いから、狭いのは慣れてましてな。これなら大丈夫」
「それならよかった。食事はパンと具をたくさん入れたスープが中心ですが、肉を毎回の食事に付けます。夜はお酒もたっぷり用意しています」
「金なんかいらないくらいですな。よっし、ワシも一働きしてくるか」
そう言うとゴルジェイさんもチェーンソーを持って森の中に入っていった。
ただ、ちょっと問題もある。三〇〇人なら問題なかった。でも一〇〇〇人を超えると無理が出てくる。三か所に分けても四〇〇人ずつ。石切り場は広いからどうとでもなる。でも森の方は、東と西から四〇〇人ずつで森を切り拓いている。これでは作業に加われない作業員もいる。
とりあえずユーヴィ市側とキヴィオ市側から四分の一地点、中間地点、四分の三地点と移動し、周辺の木を刈り取ってスペースを確保。そこへあらためて人数を調整した作業員たちを移動させ、西と東とそれぞれに開拓を進めてもらうことにした。
当初の予定ではこうだった。
→森森森森森森森森森森森森森森森森森森←
それをこのように変更した。
→森森森←→森森森←→森森森←→森森森←
二〇〇キロ強を両側からではなく、五〇キロずつを両側から。作業場所を八か所に増やし、単純計算なら四倍速く進む。一か所におよそ一〇〇人。これなら無駄が出にくい。急いで移動用のドアを設置し、作業に入れていない人には新しい場所に移動してもらうことになった。いきなりカプセルホテルやチェーンソーを増やしたりする手間が増えたけど、それはなんとかなる。それよりも人員だ。現場に配置するギルド職員、そして食事係。
さすがに宿泊と食事の場所を分散させると人数が足りなくなるので、そこは最初に予定していた三か所に集中させるしかないだろう。ソルディ村と森の東西の一か所ずつ。市民のみなさんには日当が支払われる。無償だとやる気が出ないのは当たり前だからね。お金で釣るような感じになったけど、徴用するよりはいいだろう。もちろん移動についても移動用のドアを使って負担がないようにしている。領主は魔法が得意というのが伝わっているから、あまり疑問というか不信感は持たれなかった。
「「「「お疲「「お「お「お疲れー」れー」お疲れー「いやー、働いたな「お疲れー」「今日は頑張ったなー」ー」れー」飯だー」」れー」」」」
今日の仕事が終わった。
ドワーフの作業員たちは食事を受け取っては好きな場所で食べ始める。お酒についてはエールの日もあるしワインの日もある。そして今日のように蒸留酒の日もある。
「くーっ、この酒は喉が焼けるなー」
「これはいいな。ぜひ酒造りを学びたい」
「飯も美味いしな。いい場所だ」
「ああ、これだけの飯が食えるなら、ここに住んでもいいな」
そんな声が聞こえてくる。移住は歓迎しますよ。酒造りを産業にするのもいいね。
「領主殿、環境を整えてくれて感謝する」
「僕も仕事をするなら環境がいい方がいいですから当然でしょう」
「いや、それが意外とそうでもなくて、条件だけ良くしておいて実際は、というパターンはいくらでもありましてな。何を言っても知らぬ存ぜぬで」
「それはないので安心してください。それにうちの領地ならいくらでも仕事はありますよ」
「それは助かります。ワシは一度戻るでしょうが、今回付いてきたやつの中には引き続き仕事をしたいやつはいるでしょう」
「もちろん働きたい人は受け入れますよ。今後もお願いします」
◆ ◆ ◆
「初日としては順調だったよ。予定より一〇〇〇人ほど増えたから、急いで魔道具や宿舎を増やしたりしてバタバタしたけど」
「しかし、旦那様が現場に行かなければならないというのは、かなりの手間ではないでしょうか?」
「いや、担当のギルド職員にすべての管理を任せてきたから、明日以降はもう大丈夫。何かあったらギルドに連絡が入るから。たまにはチェックに行くけどね」
「旦那様が魔道具作りが得意というのは聞いておりましたが、何と言っていいか……」
「規格外?」
「そうでございますね。この屋敷を建て直したのを見て分かったつもりになっておりましたが、大層なことを、さも当たり前のようになさるのを聞くと、他に言いようがございません」
「そのあたりは少しずつ慣れてよ」
「できれば慣れたいとは思いますが……」
イェルンに戻ったことを報告すると、みんなのところへ戻った。
さて、みんなは今年から正式に領主夫人となったので、多少は生活が変わった。
まず一つ大きな違いは、妻同士の呼びかけ方。呼び捨てだったり様付けだったりしたのが、すべてさん付けにしようと。そのあたりに僕は関わっていないから何があったかは分からないけど、元上司だの元部下だの、そういうのはもう不要ということになったようだ。でもマリアンが殿を付けるのはそのままになった。今さら直らないそうだ。エリーは少し苦労しそうだけど大丈夫だろう。
でも僕のことをリゼッタが『ケネス』、カロリッタが『マスター』、エリーが『旦那様』、ミシェルが『パパ』、マイカが『先輩』、マリアンが『お前様』、カローラが『ご主人様』、セラとキラが『先生』、マノンが『あなた』と呼ぶことは変わらない。今さらだけど、家族っぽくないのが多いなあ。
個人個人としては、リゼッタは妊娠中のため魔獣を狩りに行ったりはしていない。軽い運動として家の方の牧草地を走ったり、畑の世話をしてくれている。何かあったら困るので、カロリッタが隣にいることが多い。まあ元から大人しくしているのが苦手な性格だけど、そのうち無茶をしないか少し心配。
これは妊娠してから分かったことだけど、妊娠中には姿を変えられないらしい。試しにやってみたらできなかった。もっとも最近はリスの姿になることはほとんどなかったけど。
エリーは最初の頃は自分で食事の準備をしようとしていた。フェナたちには「奥様に料理をしていただくわけには参りません」と言われたけど、料理の腕は明らかにエリーの方が上だったので、今では屋敷で料理教室をしていることが多く、たまに店にやってくる。アシスタントにはカローラが付いている。
マイカとマリアンは店にいることが多い。エリーが屋敷にいることが多いため、マイカが美容関係、マリアンが服飾関係のトップとして働いている。新作も相変わらず作られているようだ。マノンは屋台をやめて、現在は店の裏にある新人の訓練所で料理を教えたり、スタッフのための食事を作ったりしている。そのアシスタントにはセラとキラが付いている。
ミシェルは門衛のレンスの娘のカリンとリーセと仲良くなってくれた。家の裏手に遊具をあらためて設置したので、三人で仲良く遊んでいる。それ以外にも新しい図書室で少女漫画を読んで、「おー」とか「ひょー」とか声が上がっている。ミシェルはある程度は日本語が読めるから、二人に教えているらしい。レンスは自分の娘が領主の娘と一緒に遊ぶことに恐縮していたけど、僕としてはミシェルに同世代の友達ができた方が嬉しい。
他には……マノンが使っていた屋台はレンタルされている。一台だけではどうしようもないので、台数を増やした上でギルドの管理となって貸し出されている。一定の金額を納めればそれで一定期間は商売ができるとあって、それなりに人気があるらしい。クレープ屋の人気投票を行うようになって、余計に人気が出たとか。
そんなこんなで領主としての生活が始まったけど、しなくちゃいけないことは山のようにある。個人的にはマノンとエリーの両親への挨拶。領主としては開拓、そしてギルドの整備。特に最後のはどう効率化するかだね。人減らしではないよ。
─────────────────────
ケネスへの呼びかけ
リゼッタ:ケネス
カロリッタ:マスター
エリー:旦那様
ミシェル:パパ
マイカ:先輩
マリアン:お前様
セラ:先生
キラ:先生
カローラ:ご主人様
マノン:あなた
サラン:閣下
男爵領の外で一定の地位や立場にある人からは「ケネス殿」や「男爵殿」と呼ばれる。「ケネス様」や「男爵様」と呼ばれることもある。
男爵領の中で一定の地位や立場にある人からは「ケネス様」「ケネス殿」「男爵様」「男爵殿」「領主様」「領主殿」などと呼ばれる。
領主邸の使用人たちからは基本的には「旦那様」と呼ばれる。「ケネス様」「ご主人様」「お館様」などと呼ばれることもある。
男爵領の領民たちからは一般的に「ケネス様」「男爵様」「領主様」などと呼ばれる。
服飾美容店の関係者や店員たちからは「オーナー」と呼ばれることが多い。「ご主人様」と呼ぶ店員もいる。
以前からの知り合いなどは「ケネスさん」や「ケネス君」と呼び続けることもある。
ルボルだけはいつになっても「ケネス」か「お前」。
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ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
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