新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第一部

新しいギルド、そしてナルヴァ町

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 昨年まで商人ギルドと薬剤師ギルドがあった近く、そこに総合ギルドの新しい建物がある。うちの店からも近い。

 建物は八階建て。背の高い建物でも四階建てくらいなのでかなり目立つ。目立てば見つけやすいから、公共の建物としてはその方がいいだろう。困った時はギルドに相談に行く、それでいいじゃない。

 一階と二階部分は吹き抜けになっていて、一階には受付がある。受付はギルドごとに分かれていて、案内板を設置することで迷わないようにした。ただしスタッフは融通できるようにしたので、ルボルさんが受付に座ることはなくなりそうだ。

 吹き抜けに意味はなく、単に窮屈さを感じさせないため。二階部分は受付の裏から行ける倉庫になっている。ただし受付をもっと増やすようなことになれば、階段を付けて二階部分に新しい受付を作ることも可能になっている。

 三階から八階には様々なギルドの事務所が入る。まだ空き部屋は多い。階段での移動は大変なので、エレベーターが中央と東西の端にそれぞれ二基ずつ、合計六基設置されている。後から増やすのは大変だからね。ちなみにエレベーターは王都で実際に使われているから問題ない。

 外に向けては冒険者ギルド、商人ギルド、薬剤師ギルドという言い方をしているけど、総合ギルドの中では冒険者部門、商人部門、薬剤師部門などの言い方も使われている。ギルド長やギルドの幹部、要するに役職つきの人はそれぞれのギルドの専属だけど、一般の職員はある程度はどのギルドの仕事もすることになっている。

 そして僕もここに来ることが多くなるから、領主用に執務室と個室、そしてギルド長たちと話し合うための会議室を用意している。



「おかえりな…いらっしゃいませ」
「セニヤさん。完全に癖になっていますね」
「いやー、すごいですね、あの挨拶は。もう何の違和感もなく口から出ます」
「知らない人はびっくりしますよ」
「知らない人がいなくなれば大丈夫でしょう、オーナー」
「そう……なのかなあ?」

 グダグダな挨拶を済ませると、ルボルさんの執務室に向かった。



「おや、この前の件か?」
「ええ、そうです。進捗状況の確認ですね」
「あんまり芳しくないな。人材不足はそう簡単には解消されん」
「でしょうね。やっぱり外部から引っ張って来ましょうか」

 この前の件とは、この建物に入れる他のギルドのこと。前回は土木、大工、服飾、肉屋、小麦という衣食住のポイントとなる五つがあってもいいと話し合いの時に口にした。

 この五つがなければ困ることはないけど、街道が整備されて移動がしやすくなって人が来る。人が増えるなら家は増えるだろうし、肉も小麦も消費するし服も買うだろう。

「土木と大工については、開拓のリーダーであるゴルジェイさんに聞いてみます。斡旋屋もしているみたいなので」
「そいつを引っ張って来れないか?」
「聞いてみますけど、王都に店を持っている人ですからね。あまり期待はせずに待っていてください」



◆ ◆ ◆



「もしよければ、どちらかをワシにやらせてもらいたい」
「いいんですか?」
「ええ、一段落したら一度戻って引き継いできますわ。向こうへ送り返してくれれば嬉しいですな。その時にもう一人引っ張って来ましょう」
「こちらとしてはゴルジェイさんが来てくれればありがたいですが」
「いや、こちらからお願いしたいくらいですな。ここの方がやりがいのある仕事が多い。王都の周辺は人が多いから、なんとかみんなで食っていけるようにと色々やり繰りしているうちに、いつの間にか斡旋業もするようになりましたが、王都は仕事がないんです。今回こっちに来た中で、こっちに居着く者が多いでしょうから、王都も少しは一人あたりの取り分が増えるでしょう」
「人が集まるのはゴルジェイさんの人徳でしょう」
「いや、ワシらはみんな仕事の匂いに引き寄せられるんです。ドワーフの習性と言ったらいいのか。酒にも引き寄せられますが」
「それなら、とりあえず一人はゴルジェイさんで、もう一人お願いします。土木と大工のギルド長は空けておきますのでお願いします」
「任せてもらいましょう。いいやつを呼んできます」



 服飾ギルドの方はエリーとマリアンに探してもらうか、それとも布ものを扱っている人から選ぶか。肉屋は個人的な繋がりのある人はいなさそう。小麦はナルヴァ町に関係のある人がいいだろうか。そんなことを考えながらナルヴァ町へ向かうことにする。ナルヴァ村は三〇〇人を超えたから町にした。他の村は一五〇から二〇〇人の間。できれば四つの村も町にしたいね。いきなりは無理だけど。



◆ ◆ ◆



「で、領主様、どうやって城壁を広げるんで?」

 その後はナルヴァ町に来ている。城壁の拡張とサトウキビの栽培についての説明だ。付き人のように僕の横にいるアニセトさんが、以前よりもやや丁寧な口調で聞いてくる。

「広げると言うよりも、新しく造ります」

 そう言うと、石のブロックをマジックバッグから出していく。これは大森林にあった岩山から切り出したものだ。岩山はいくらでもあったからね。それを地面に並べていく。ブロックのサイズは一辺一メートルの立方体。ある程度並べたらもう一段上にも並べていく。城壁として十分な高さになったら接合する。



 今の城壁の外側に新しい城壁を造りつつ周囲の土地を調べていくと、意外なことが分かった。

 このあたりはなぜか麦がよく採れると言われてきた。あらためてチェックしてみると、管理者によって調整された形跡があった。不自然なんだよね。誰が何のためにそうしたのかは分からないけど。

 まあそれで何が悪くなるわけでもないから、調べるのは後回しにして、それよりも城壁の作業だ。並べて積み上げて接合、並べて積み上げて接合、ただそれを繰り返す。以前と同じように、上でも魔獣の監視ができるようにしておく。そのための階段を付ける。門は今までと同じような形だけど、さらに頑丈にしておいた。

「元からかなり頑丈に造られていましたけど、絶対壊れないようにしました」
「これだけ分厚ければなあ……」

 新しい城壁は高さが一八メートル、厚さが五メートル。これが村をぐるっと囲んでいる。前よりも高くなるから、圧迫感が出ないようにかなり外側に造っている。

 大森林から出てくる魔獣は頭が良いのか悪いのか分からないけど、あまりにも密集しすぎて一部は身動きが取れなくなっていた。例えばだけど、あの猪の大群が自爆覚悟で一斉に城壁に突撃していれば、突破されていた可能性もあった。壁に近付き過ぎたから、殴ったり体をぶつけたりするしかなかったという感じだね。

 城壁の上には監視のための望遠鏡を取り付ける。そしてユーヴィ市への連絡についても常駐のギルド職員が早馬を用意する。以前は馬を潰す覚悟で走らせていたそうだけど、魔道具の首輪があるので負担は減る。できれば連絡や輸送に使える魔獣がいればいいんだけど、残念ながらそこまで便利な魔獣はいないそうだ。基本的には凶悪だからね。

 スピアバードを飼い慣らして伝書鳩のようにできれば、ここからユーヴィ市まであっという間に連絡できるかなと一瞬思ったけど、向こうの壁かどこかに刺さって勝手に死にそう。

「領主様なら熊でも飼い慣らせるのでは?」
「できたとしても、みんなが怖がるでしょ?」

 もしできるのなら、大森林の魔獣を手懐けてしまえばそれでいい。でも残念ながらコミュニケーションが取れないので無理。サランたちは例外だろうね。彼女たちは生き残るためにコミュニケーションの手段を得たらしいから。普通に生き残れる魔獣なら無理だろうね。

 サランたちならいずれは連絡役になってくれるかもしれないけど、町の外へ出るのは危険だからね。足は速いけど力は弱いし。

「さて、これで終わりかな。城壁は高さも厚さも倍くらいにしました。まず魔獣くらいでは壊れません。扉の開閉は以前と同じようになっています。それと、当分先ですが、また魔獣の暴走が起きた場合は、ここの『非常用』と書かれたボタンを押してください。それで出入り口が見えなくなりますので、誰も出入りできなくなります」
「王都の城壁よりもでかいとか言わないよな?」
「高さと厚さはよく似たくらいですね。もっとも王都が敵に攻められることはないはずなので、頑丈さではこちらの方が遙かに上です。いずれはこんな頑丈な城壁が必要なくなればいいんですけどね」
「領主様の見立てでは、それはどれくらいの予定で?」
「すでに存在している魔獣はどうしようもありません。これは自然に淘汰されるかもしれまんし、次の暴走の際に出てくるかもしれません。ですが、対策は続けていますし、チェックもしています。今後生まれる子供が親になるあたりにはマシになっていると思いたい、くらいにしか今は言えません」
「それで十分でしょう。ありがたい話です」
「とりあえず今の段階でできる対策はこれくらいでしょうか。僕がいたあたりには『立っている者は親でも使え』ということわざがあります。必要がある時は領主をこき使ってください」
「領主をこき使えって……」

 城壁を造り直せば、次は前の城壁を解体する作業。石や土は再利用させてもらうので、とりあえずマジックバッグに入れておく。村の中心部に戻ると城壁が低くなったように見えるけど、それは設置した場所が遠いから。

 城壁が終われば、次はサトウキビの栽培の指導。ギルド職員もこの場に呼んで、細かいところを覚えてもらうようにする。



 手元にあるサトウキビは僕の知っているサトウキビとは違って竹に近い。ルジェーナ市で売っていたものを買って家の畑に植えたら、やはりバナナやパイナップルと同じように、根が勝手に横に広がって増えていった。僕は品種改良はしていない。このサトウキビはクルディ王国から持ち込まれたものらしいけど、クルディ王国でも最初からそうなのだろう。

「みなさんに育ててもらうのはこのサトウキビという植物です。これが砂糖の原料になります」

 そう言って、屋敷の裏で育てたサトウキビを取り出した。一本が三メートルを超える立派なものだ。

「収穫したサトウキビをこのように差し込みます」

 サトウキビに熱と水分を加えて搾り出す魔道具の使い方を見せる。一本では抽出量が少ないので、何本も差し込む。出てきたのは茶色い液体。

「搾られて出てきたのがこの液体です。このままでは余分なものが多いので、さらにこの中に入れます」

 そう言うとその茶色い液体を別の道具に入れる。その中から糖分だけを[抽出]で取り出す。原液を煮込んだりする手間は省いている。これで白い砂糖が出てくる。厳密にはグラニュー糖。

「これがサトウキビからできる砂糖です。なかなかここまで白い砂糖はありません」

 試しにみんなに少しずつ口に入れてもらった。

「今回は分かりやすいように二つの道具に分けましたが、実際にみなさんに使ってもらうのは、これらを一つにした道具です。そしてその道具にサトウキビを入れれば、砂糖とは別にこのようなものができます」

 そして見せたのは繊維状のもの、そして細いレンガのような塊。繊維は紙の材料にする、塊の方は残りかすを一つに固めたもの。これは燃料として使える。

「この繊維状のものは紙の原料になります。そしてこの塊は残りかすをギュッと固めたもので、燃料として使えます。サトウキビの搾りかすはそのまま家畜のエサにはできませんので、このような形にしました。砂糖を作れば作るほど紙や薪ができると思ってください」
「薪を採りに行く手間が省けるってわけですかい?」
「いきなり薪を集めなくてもいいほどはできないとは思いますが、いずれはそれなりに量ができると思います。徐々に薪拾いや薪割りの手間が減るでしょうね。そうすれば別の仕事ができるようになります」

 この世界では小さな子供も労働力として使われることが多い。過酷な環境と言うほどではないけど、子供ができることは多くない。遊ぶか働くかのどちらか。それなら働かせようというのが親の考えだ。だからそこを少しずつ変えていく。

 人が足りないからすぐには無理だけど、いずれは町や村には学校を建てたい。子供の数もそれほどは多くないから、建物は立派なものでなくてもいい。でも読み書き計算ができるくらいにはしたい。そうすれば選べる仕事の幅が増える。

 ナルヴァ町で一番多いのは麦畑の仕事。他には芋を作ったり野菜を作ったりする。逆に言えば、それしか仕事がない。でも定期便ができ、ユーヴィ市まで簡単に移動できるとなれば仕事の幅が増える。ユーヴィ市で仕事を覚えてナルヴァ町にギルド職員として戻ってくるというのも、もちろんありえる話だ。だから子供には勉強させたい。

「この村の子供が役人になれるって話ですか?」
「そういうことも可能だという話です。読み書き計算ができるだけで、就ける仕事は一気に広がります。役人になるだけではなく、自分で店を持つこともできます。王都へ行って稼ぐことも可能になるわけです。今はこの町には公営商店があるだけですが、みなさんの子供が自分で店を作ることもあり得ます。そのような店が何軒もできれば公営商店はお役御免です。ギルドとしての仕事だけをして、物の販売はこの町の人たちに任せることもできます。もちろんすぐではありません。ですが、このようなことのと、ことは全然違います」

 みんなの目の色が少し変わった。自分たちはいい、でも子供たちには違う人生を経験させたい。そのような表情だ。

 この町は麦か、せいぜい芋とミード蜂蜜酒しかなかった。物は少ないけど、どうしようもないほど困るほどではなかった。それがようやくが見えるような状態になった。ここからはどんどん先に進めるだろう。そのためには領主は上手に使ってほしい。

 温室を並べ、ヒーターと水やり用の魔道具を設置した。育ち具合も調整したので、異空間ほどではないけどかなり早く育つだろう。放っておけばあちこちから伸び始めるから、栽培自体は難しくない。刈り取るのは手間だけど。搾りかすは薪に使える大きさになって出てくる。

 紙は和紙の要領で作る。一部は公営商店で販売され、残りはユーヴィ市に運ばれる。いずれ学校ができれば、授業でも使われることになるだろう。砂糖はギルドが一度回収し、あらためて住人に配給されるようになっている。

 まだ始まったばかりの事業だけど、思った以上に楽しみになってきた。
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