新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第一部

ギルドの制服と集合住宅 二月

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 年明けには間に合わなかったけど、ギルドの制服が完成した。今まではみんなが好きな格好をしていたけど、これからは誰が見ても職員と分かるような格好をしてもらう。

 基本は僕とマイカが謁見の時に着ていた礼服を元にして、もう少し普通にしたもの。軍服と礼服を合わせたような、カッチリとしたダブルのスーツになっている。ただし襟章はなく、ボタンも普通の白いもの。色は上下とも瑠璃色になっている。濃い紫の入った青。この色になったのは、近くでたくさん採れる染料で染めているから。

 男性はジャケットにズボン、女性はジャケットにズボンかスカート。胸のポケットにはユーヴィ市総合ギルドというバッジを付ける。ちなみに男性がスカートを履いてはダメという決まりはない。今のところは一人もいないけど。これを貸与という形にする。貸与なので、傷んだら交換できるようになっている。サイズはある程度の種類を作って、その中から体格に合うものを選んでもらうことにした。仕事中はこれを着てもらう。

 僕も領主として仕事をする時には、ギルドの制服によく似たものを着ることになった。さすがにキラキラがたくさん付く正装は勘弁してもらいたいので、もう少し大人しい感じになった。色は黒じゃなくて留紺とめこんで、肩章は付いているけど派手には感じない。色は職員と同じでもよかったけど、領主が着る服なら手間がかかっていて当然だ、と染めを担当した店員が言っていた。

「私も領主様に染められてしまいました。ぽっ」
「私(の手)も領主様(の服を染める際)に(染料で)染められてしまいました、でしょ?」
「乙女的な表現です」



◆ ◆ ◆



「ますます怖がられないか?」
「ギルド長として、きっちりしているように見えていいと思いますよ。前のように着崩している方が怖がられると思います」
「そうか、それならいいか」

 いかにも軍人という見た目になったルボルさんは、きっちりした服装がどうも落ち着かないようで、首元に手をやって引っ張っている。前はこのあたりで普通に見かける服を適当に着崩していたから、知らない人にチンピラや盗賊に間違われたこともあった。夜に子供が見かけて泣いたという話も聞いたことがある。

 他の職員たちも更衣室で着替えて持ち場についている。これまでは私服だったから、ギルド内で着替えるという習慣がなかった。今後は更衣室にある自分のロッカーに制服を入れておいて、出勤したら着替える形になる。このロッカーには[浄化]が組み込まれているので、基本的に洗濯は必要ない。

「ルボルさんが怖くなくなった!」
「ルボルさんだけは普段着もあの服でいいのでは?」
「これでギルドへの苦情が減るな」

 そんな声が聞こえてくる。

 この制服を作った理由は二つ。一つは、誰がギルド職員なのか分かるようにするため。要するにギルドのアピール。もう一つは、染織と仕立てを学んでいる人たちの練習のため。繰り返しが一番の練習なのは間違いなく、ギルド職員はそれなりに人数がいるし、替えも含めればそれなりの数になる。練習として作るにはぴったり。

 ギルド職員のものはダブルだけど、シングルのジャケットは試験的に販売している。平民の服装は襟なしのシャツやチュニックが多い。雨の時や寒い時期に羽織るコートや外套はあるけど、おしゃれでジャケットを着る習慣はないから、ジャケットが一般的になればギルドの制服もそれほどは目立たなくなるだろう。

 見た感じはかなり新しいけど、作りとしてはそこまで複雑じゃない。マイカが着ていたような、上下が繋がったドレスならかなり面倒になるけど、上下を分けでいるのでそこまでややこしくはないそうだ。



 獣人は尻尾を通す穴が必要なので、その調整のために店員が待機している。

「ケネスさん! ですよ?」



 ピキッ



 ミリヤさんのその言葉を聞いた一部の職員がこめかみに青筋を立てた。責任は自分で取ってくださいよ、ミリヤさん。

「サイズを上げて全体的にダボダボになってしまうようなら特注になります。後で店の方に行ってください」
「了解です!」



「あの、領主様、胸を大きくしていただけないでしょうか?」
「どうして僕にそれを頼むの?」
「奥様方もそうですが、店員の方々もかなりご立派な胸をお持ちのようですので、領主様が何かをなさったのではないかと……」
「何かって……ああ、それは……胸を大きく見せる下着を付けているからでしょう」
「「「「胸を大きく見せる下着⁉「胸を大きく見せる下着⁉「胸を大きく見せる下着⁉」」」」
「店の方でそのような下着を開発中で、店員たちが試着をしているんだと思います」
「どうして売らないのですか⁉」
「いやいや、売れって簡単に言いますけどねえ……。まあ、男が説明するのもどうかと思いますけど、胸を大きく見せるということは、つまり脇腹とかその周辺にある脂肪を集めて胸を大きく見せるわけです。ある程度は締め付けが強くなりますので、痛くなったり痒くなったりしないかチェックが必要なはずです。作って売ってから問題が発生すれば大変ですからね」
「ちなみに、販売予定はありますよね?」
「作っているということは売るつもりだと思いますよ。僕は関わっていないので、店員たちに聞いてください」

 そう言うと店員たちが囲まれた。

「「「「いつですか⁉「いつですか⁉「いつですか⁉」」」」



◆ ◆ ◆



「ああ、怖かった」

 ギルドを逃げるように離れ、今は職業訓練学校の方に向かっている。

 ゴルジェイさんがどれだけ連れてきてくれるか分からないけど、職業訓練学校の教員たちの住む場所を作らないといけない。いずれは町の人たちで家を建てるようにしなければいけないけど、とりあえずは僕が作っておく。いずれはこれを真似て作ってくれればいいかな。もちろんオール魔化にするにはそれなりの技術がいるけど、それだってやろうと思えばできるからね。さすがに燃料箱バッテリー(仮称)の周辺は無理だから、そこだけは僕がするけど。ユニット化できれば楽だなあ。

 アシルさんたちの家から少し北側、このあたりに集合住宅を建てる。夫婦で来たら、家がいいか集合住宅がいいか、それは選んでもらうことにする。王都に住んでいる人なら集合住宅で暮らしている人もいるだろう。むしろ集合住宅の方が慣れてるんじゃないかな?

 集合住宅も中身は家とそれほど違わない。庭がないくらいで、オール魔化されているのは同じ。集合住宅だから燃料箱バッテリー(仮称)は全部まとめて集中管理されている。そこは違うかな。一応単身者用と家族用があり、部屋数を変えている。そこまで高い建物にはしないけど、ニュータウンに同じような集合住宅が並んでいる感じになる。集合住宅の高さは四階。ユーヴィ市では城壁にある監視塔くらいしか高い建物はなく、宿屋で三階か四階。高い建物はギルドくらいでいいだろう。

 どれくらいに人数が住むことになるか分からないけど、とりあえず四棟ほど建てて、続きは後日とした。



◆ ◆ ◆



「これは領主様、わざわざありがとうございます」
「いえいえ、こっちこそ後回しにしてしまって、申し訳なくて」

 集合住宅の後は東西南北にある衛兵の詰め所、中央にある訓練所や宿舎など。かなり傷みが激しいので修繕をしてほしいという要望を出していたらしい。去年までは半分無視されていたらしいけど。

「現在は領内の巡回が中心になっております。巡回も魔道具のおかげで負担がなくなりました」
「人数が少ないから大変ですけど、もうしばらくは今の人数で頼みます。募集はかけておきますので」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 すべて今でも使われている施設なので、補修を前提とする。壁の傷みが激しい部分は、埋めて段差をなくしてから上に漆喰を塗る。その際に[硬化]と[強化]をかけておく。石造りだった床は表面を削って平らにし、上に薄くタイルのように石材を張り直す。窓は隙間風が入るらしいから、窓枠の周辺を一度解体してから直して、新しい窓を取り付ける。

 天井も補修と強化をして、そこに魔道具の照明を取り付ける。壁に設置されていた燭台は取り外してしまう。簡易的な厨房もあるので、これも魔道具に置き換える。宿舎も同じように直していく。裏手に新しく風呂を設置した。訓練所も基本は同じように直すけど、より頑丈にし、音があまり外の漏れないように、一部に結界を張る。

 市内をぐるっと回りながら、ついでに城壁の補修もしておいた。戦争があるわけじゃないから、高い壁は必要ないんだけど、家には壁が必要なように、町には城壁が必要だと思われている。

 時間をかけて歩きながら、広場の石畳を直したりしていると、白い宿木亭の前まで来た。

「ケネス様、こんにちは」
「こんにちは。綺麗になりましたね」
「いや~ん、堂々とナンパですか?」
「いや、建物を見ながら言ってるんですけど」

 白い宿木亭のお姉さん、シルッカさん。彼女はここの娘さんだった。僕は公的な施設を順に直したり新しくしたりしているけど、民間のものは勝手には直せない。片っ端から直したら喜ばれるとは思うけど、全部直すような時間はないからね。それに職人たちもお金が入らないと生活に困る。だから補助金という形にして、宿や商店などの補修費用を出している。そういうわけで、白い屋根と壁が補修されてさらに白くなり、非常に目立っている。

「まあそれは冗談……でもなく、それなりに本気なのですが。ところで今日は何の修理ですか?」
「衛兵の詰所や訓練所を直して、それから城壁を見て回って戻ってきたところですね。ところで僕は歩いていると何かを直していると思われているのですか?」
「ケネス様は、だいたい何かを直しているか何かを作っていると噂されていますよ?」
「うーん、たしかに何かを直すか作るかしていますね」
「みんなが言うには、親しみやすい領主様だそうです」
「元が平民ですから」

 しばらく立ち話をしてからギルドの方に戻った。
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