新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第一部

ヴァリガ市にて

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 次はエリーの実家へ向かう。ルジェーナ市からヴァリガ市までの途中にあるレンツェーニ市とエルグ市は素通りし、ヴァリガ市へ急ぐことにした。ここは普通に歩けば二か月くらいかかるからね。

 エリーは種族が変わってしまったから、色々な説明がややこしい。貴族としてじゃなく、冒険者として町に入る。僕はミシェルと手を繋いでいる。

 エリーが言っていた通り、この町は中央に川が流れている。その川に何本も大きな橋がかかり、上から見たら梯子のように見えるだろう。西がフェリン王国のヴァリガ市、東がレトモ王国のヴァリサ市。この町については共同管理ということになっている。

 町の中を見ると、うん、チャイナ服がいる。着物というか浴衣もいる。普通の服装の上に浴衣をコートのように羽織っている人もいる。なんでもありだね。よく見れば、中央アジアっぽいローブのような服を着ている人も多い。僕は領主として普段着ている服をそのまま着ている。この町にいると色的にはやや地味かな。

「パパ、みんなはでだね」
「そうだね。服だけじゃなくて、町全体に色があるね」
「うん、きれい。ユーヴィしもこうなったらいいとおもう」
「すぐには無理だけど、ミシェルが大きくなることにはこうなっているといいね」
「うん」

 エリーと一緒にミシェルの手を引きながら町の中を見て歩く。エリーの実家は町の中心部に近いところにある大きな商会だそうで、領都のカルラ市にも店を出している。父親は町の有力者の一人らしい。ユーヴィ市とは全然違う風景に、ミシェルはずっとキョロキョロしている。最近は子供っぽさが抜けてきたと思ったけど、こういうところはまだまだ子供だね。

「旦那様、こちらです」

 しばらく歩くと、道の向こうにあるかなり大きな商店が目に入った。エリーは少し微笑みながら店を見ている。

「どこか変わった?」
「変わってませんね。以前のままです。ここに立っていても仕方がありませんので、中に入りましょう」
「そうだね」

 三人で中に入ると、カウンターの向こうに男性と女性がいた。ちょうどお客さんがいない時間帯なのか、客らしい人はいない。店内にはあまり商品は置かれていないみたいだ。

「向こうに父と母がいます」
「へー、会頭が自分で売るんだ」
「ここはもう店と言うよりは事務所のような場所ですので、客はあまり来ません。でも『自分で店頭に立って客の反応を見てこそ真の商人』というのが父の口癖でしたから、いつでもカウンターにいますね。では先に声をかけてきます」
「じゃあ僕はここにいるよ」

 ミシェルと二人でエリーの後ろ姿を目で追う。

「父さん」
「ん?」
「ただいま帰りました」
「え? 誰だ?」
「私ですよ」
「……ちょっとあなた、そちらのお嬢さんはどちら様かしら? 父さんなんて呼ばせていますけど、うちにはエルフの娘はいませんよ。いつ、どこで、作ったのかしら?」
「ちょ、ちょっと待て。身に覚えがない。俺は無実——げぐっ!」



「ねえパパ、あれってけんか?」
「うーん、ちょっと問題が発生してるね。エリーも先に自分の名前を言えばよかったのかもしれないけどね。見た目が変わってるのを忘れたわけでもないと思うんだけど」
「あのアッパーはいたそう」



「ちょっと、父さん、母さん。セザールとジュディットの娘で、ロベールの妹のエリーです。見た目は変わりましたけど」
「「え?」」
「だから、あなたたちの娘のエリーです」
「どうやったら人間がエルフになるんだ?」
「んん? あなた、確かによく見たら、口元はエリーですよ」
「んー、たしかによく見れば、面影があるようなないような……」
「父さん、母さん、何かあったの? 騒ぎ声が聞こえたけど」

 夫婦げんかが聞こえたのか、奥から若い男性が出てきた。あれがさっき名前の出たロベールさん?

「あなたが本当にエリーなら、ロベールについて何か知ってるんじゃない?」
「え? 誰? 僕のこと?」
「そうですね。兄さんは一二歳までおねしょをしていました」
「「エリーだ」」
「ちょっと! だから誰?」



◆ ◆ ◆



「細かいことは後で説明しますが、娘と今の夫です」
「そちらの方が?」
「初めまして、ユーヴィ男爵になりましたケネスです」
「ミシェルです」

 混乱が収まるまで少し時間がかかったけど、エリーが事情を説明してなんとか落ち着いてもらった感じだ。エリーの父のセザールさんは先ほどのアッパーが効いたのか、顎をさすっている。

「男爵様ですか! 失礼したしました。初めまして、エリーの父親のセザールです」
「母親のジュディットです」
「あ、兄のロベールです」
「こちらこそ急に来てしまって申し訳ありません」
「いえいえ、何をおっしゃいますやら。我々としても、久しぶりに娘の顔が見ることができたわけですから。こんな場所で立ち話もなんですから、どうぞ中へ」

 店の奥が家に繋がっていたようで、そのまま応接間のような場所に案内してもらった。向こうのソファにはセザールさん、ジュディットさん、ロベールさん。こちらは僕とエリーの間にミシェルが座っている。

「それにしても、いきなり『父さん』なんて言うから、最初はこの人が余所で作った子供かと思いましたよ。つい殴ってしまったじゃありませんか」
「俺は殴られ損だぞ」
「僕も妹がエルフになっているなんて想像もできませんでした」
「最初は少し疑いましたけど、ロベールのおねしょの話まで知っているなら間違いないと」
「ちょっ……母さん、それは――」
「兄さん、ミシェルでももうしませんよ」
「くおぉ……」

 ロベールさんが崩れ落ちる。ロベールさんはエリーの三つ上らしいので、僕より一つ上になるのか。

「それにしても孫は口元がエリーによく似ていますね」
「本当ですね」
「たしかに口元は子供の頃のエリーにそっくりだな」
「我も孫を持つ年になりましたか……」
「私もお婆さんですね」
「僕は伯父さんですか」
「ロベールが結婚していれば、とっくに孫はできていたでしょうが、息子はなかなか奥手でしてな」
「これまでにいいお相手はいたと思うのですが……」
「事あるごとに僕を引き合いに出すのはやめてもらいたい。本当に」

 ミシェルはよく分かっていない感じで、出されたお菓子をもぐもぐと食べている。この子はいつも堂々としているから、将来は間違いなく大物になるね。

「ミシェル、初めて会う人たちだけど、ママのお父さんとお母さんとお兄さんだよ、分かる?」
「うん、わかる。おじいさんと、おばあさんと、おじさん」
「はうっ……」

 ジュディットさんが胸を押さえながらうずくまる。

「お祖母さんという言葉は、思った以上に突き刺さりますね……」
「慣れてください」
「それでエリー、これまでどうしてたんだ? お前のことだから元気にしているだろうとは思っていたが」

 苦しむジュディットさんを無視してセザールさんが話を続けた。

「はい、それですが、この見た目になるまでを説明しますと……」

 エリーが話したのはヴァリガ市を出てからキヴィオ市で暮らし始め、そしてキヴィオ市を出るまでのこと。実は僕も細かいところまで聞いたことはなかったから知らなかったことはいくらでもある。根掘り葉掘り聞いたところで何かいいことがあるとも思わなかったから。

 エリーは、社交の場に来ている他の女性たちのように自分を売り込むことができなかった。ある日、店番をしている時に見かけたユベールさんに一目惚れし、次の日には母に事情を説明して町を出ることにした。

 さすがに一人で出歩くのは危険なので、女性の護衛が多い商隊に加えてもらって西へ向かった。そして町へ着くたびに彼の名前を探し、ついにキヴィオ市まで辿り着いたところで彼を見つけて半ば強引に結婚した。翌年ミシェルが生まれたけど、ユベールさんはミシェルが一歳になる前に亡くなった。

 その後はなんとか生活をしていたけど、困窮する前にどこかもっと小さな町か村にでも引っ越そうと思い、店を売ってキヴィオ市を出た。でも馬を休ませている時に魔獣に襲われ、ミシェルと一緒に死んでしまった。その場所にたまたま僕が通りかかり、持っていた蘇生薬で生き返らせた。それ以降は家政婦として、その後は妻として一緒に暮らしている。そのうちに僕が領主になり、今は二人目の子供がお腹にいる。

「まさか命を失ってから助けられたとは思いませんでした。誠に感謝いたします」
「僕としても一か八かで蘇生薬を使いました。できれば種族が変わらなければよかったのですが」
「でも、あの時飛び出していったエリーが、こうやって顔を見せに来てくれたのですから。前の夫のことは気の毒ですが」
「母さん、それについては、蘇生薬のおかげで苦痛は和らいでいます。旦那様と出会って以降、記憶は残っていますが悩むことは一切なくなりました」
「それならいいのだけど……」

 うん、エリーが悩んでいるのは、僕の記憶によれば一度もない。生き返った初日から全力でアピールしてきたからね。ユベールさんのことは申し訳ないと思ったこともあったけど、こればっかりはどうしようもない。全部カローラの作った蘇生薬のせいなんだけどね。あの時は色々と考えたけど、今となってはエリーが悩まずに済んだんだから、結果としては一番よかったんじゃないかな。

「ジュディットさん、僕は会ったことはありませんが、ユベールさんがいなければエリーは西へ向かうことはなかったわけですし、ミシェルが生まれることもありませんでした。今ではエリーは大切な妻ですし、ミシェルも大切な娘です。血の繋がりは関係ありません」
「そうですか。それならいいのですが」
「母さん、そういうわけで大丈夫です。それよりも兄さんの結婚が問題ですよね」
「エリー、それは今する話じゃないんじゃないかな?」
「そう言いながら、なかなか相手が見つからないんですよね」
「ぐっ……」
「エリーはまた子供ができるという話じゃないか」
「そうですよ。子供を作るのが仕事とまでは言いませんけど、そろそろお相手を見つけてくれないと」
「くうぅ……」

 ロベールさんが膝をつく。この人、アクションが大きいな。そういうところはエリーによく似てるよね。

「ロベールさん、ちなみにどのような女性が好みですか? 力になれるかどうか分かりませんが、僕の知り合いに聞いてみますよ」
「そうですね、強いて言えば、キリッとした気の強そうな女性が好みです」
「気の強そうな女性……そうですね、心当たりがありますので、向こうに戻ってから聞いてみてもいいですか?」
「紹介していただけるのですか? ぜひお願いします」
「分かりました。では写真を撮らせてもらっていいですか? 向こうにとってもどのような人か分かっていいと思いますので」
「はい、よろしくお願いします」



 先ほどまでエリーのお帰り会があった。またすぐに向こうに戻るんだけど、僕が[転移]を使えるから、たまにエリーを連れて戻ってくるという話になった。ユーヴィ市とヴァリガ市は、この国の一番西と東になるから、普通に移動すれば半年はかかるから、本来はそう簡単には行き来ができない。

 お帰り会はミシェルがうとうとし始めたからお開きになった。そして今日はエリーの実家で一泊することになったから、今はエリーと二人で話をしている。

「旦那様、兄さんに誰を紹介するつもりですか?」
「アレイダ。ぴったりじゃない?」
「キリッとした感じはぴったりですが、彼女は旦那様を狙っているのでは?」
「実はそうでもないよ。リゼッタが最初に確認して、それから僕も話をしたんだけど、彼女はまず結婚相手が欲しいらしい。次に相手は生活が安定している人がよくて、最後はできれば自分だけを想ってくれる人がいいらしい。ユーヴィ市でそんな相手を探せば僕が一番近いってだけだから。でも僕の場合は妻がたくさんいるから、彼女の好みからは微妙に外れるんだよね。アレイダなら読み書き計算はできるし礼儀正しいし、商家に入っても大丈夫でしょ?」
「それはそうですが」
「他に行く場所があれば、それが一番だと思うよ。アレイダは真面目に働いてくれているから、手放すのは少し惜しいけど」

 この件については帰ってから彼女に確認するということになった。喜んで受けてくれると思うけどね。
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