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第三章 第二部
挨拶回り(簡易地図あり)
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領主になってから、とりあえず挨拶に行っていないところに出かけることにした。
ユーヴィ市でしなければいけないことは多いけど、指示は出しているし、僕にこれ以上できることは少ない。そもそも、僕の仕事はどちらかと言えば下準備とトラブル対処が多いから、ある程度動き出せばギルド職員だけでなんとかなる。そういうわけで、マイカと二人でスーレ市に来ている。
「マイカ嬢……ではなくもう奥様でしたな、ケネス殿、マイカ殿、授爵とご結婚、あらためておめでとうございます」
「お二人とも、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
スーレ市の領主邸で、領主のカレルヴォ殿と長男のラウル殿と会っている。ラウル殿はカレルヴォ殿をそのまま若くしたような感じで、非常に穏やかそうな人だ。年齢は三〇代前半らしい。
「挨拶に伺うのが遅くなりましたが、カレルヴォ殿の方もヴァルト殿がパルツィ市の領主に選ばれたとか。そちらの方がおめでたいでしょう」
「そうですよ。親子で直轄領の領主は初めてだそうじゃないですか。しかも隣同士ですし」
「ははは、それも大半はケネス殿のおかげだと聞いていますので、こちらが礼を言うべきでしょうな。私もそのうち引退しますし、そうなれば兄弟で隣同士、仲良くやってほしいと思っています。それにもう一つきちんと礼を言うことがありまして」
カレルヴォ殿はそこで一息つくと、珍しくにやっとした顔をした。
「前パルツィ子爵が失脚した後、ラクヴィ伯爵が張り切ってそのあたりの迷惑集団を一掃したのですが、芋づる式に不正貴族が処分されました。二重都市郡ではトーブラス市、ヴァサラ市、サヴィコ市の領主が盗賊と結託していたようです」
この盗賊の件には驚きもあったけど、なんとなく納得できる感じだね。二重都市群、特に内側の輪にある八つの都市は、この国ができた直後からある格式の高い都市。それを笠に着て好き勝手にやってたんだろう。
三市ともに二重都市群の内側の輪にあり、トーブラス市は王都から見て一〇時半、ヴァサラ市は一二時、サヴィコ市は七時半の位置にある。
殿下から大まかには聞いていたけど、どの町かまでは聞いていなかった。思ったよりも王都に近く、内側の輪の八市のうち四市が実際は敵だったようなものだ。陛下もやりにくかっただろう。
「それでは、以前このあたりで捕縛した盗賊たちもその一味だったんでしょうね」
「おそらくそうでしょう。他にリウマ市とススレバ市の二つは領主が辞めたそうです。それ以外に、もう少し尊い地位あるお方も少し怪しいとかで、今後もさらに領主が変わるかもしれません。なあ、ヴァルト」
「はい、今回失脚した領主たちは領地の場所が、どうも少し偏っているようですね。そのあたりを考えれば、おそらくあのあたりにいる尊いお方だろう、との噂です。謹慎などを命じられたわけではないようですが、しばらくは公の場に顔を出していないようですね。どうも領地が分割されるのではないかとの、もっぱらの噂です」
あのあたりにいる尊い地位の方ね。考えてみたけど僕には縁はないね。ちなみにリウマ市は外側の輪の一二時方向、ススレバ市は二時の方向にある。そう、北側に多い。直轄領の北には二つある公爵領の一つがあったね。
「父もこういう時だけは役に立ちますね」
「ヴァルトから、ラクヴィ伯爵が陞爵するのではないかという話も聞きました。レオンツィオ殿下が王位継承権を返上した件が片付いたのが一番の理由だと聞いています。陛下にとって最大の懸念事項だったそうですので。私の耳にも入るくらいですので、おそらく確実なのではないかと」
「父が侯爵とか辺境伯と呼ばれるならまだしも、あの兄がいずれはその跡を継ぐと思うと……」
「はっはっは。いずれは落ち着くと思いたいですが、お父上があの様子では難しいでしょうか」
カレルヴォ殿もラウル殿もマイカの言い方に思わず笑っている。
妹のマイカが大切すぎて、彼女に近付く男は父親と一緒になって排除しようとしていたファビオさん。性格はああだけど、領主としてどうかまではね。
マイカに男を近付けないように色々なことを企んでいたけど、そういうのは頭が良くないとできないことだから、いずれ領主になったら意外に名領主と言われるようになるんじゃないかな。
「そういうわけで、当家としてはラクヴィ伯爵とケネス殿には頭が上がらないわけでして」
「僕としてもカレルヴォ殿と仲良くできるのが一番ですよ」
「そうですな。本当にそう思います。ところで話は分かりますが、ヴァルトのことなのですが、ケネス殿にぜひ礼を言いたいと言っていましてな。もし余裕があるようならそちらにも行ってあげてもらえませんか?」
長男のラウノ殿はカレルヴォ殿の代理としてスーレ市と王都を行ったり来たりしているそうだ。だから前回は会えなかった。ヴァルト殿は王宮勤めで、ほとんど王宮や王都の屋敷で過ごしていたらしい。レオンツィオ殿下と年が近いらしく、陛下から直々にお言葉をいただいたそうだ。「レオンツィオを守ってほしい」と言われて感動のあまり泣いてしまったらしい。
「ええ、近いうちにそちらの方にも顔を出しますよ。マイカ、いいよね?」
「はい、行きましょう。この後すぐでもいいんじゃないですか?」
「ははは、落ち着きがないところはあまり変わっていませんな」
「カレルヴォ殿、やはりマイカは以前からこんな感じでしたか?」
「ちょっと先輩、今どうしてそれを聞くんですか?」
マイカはのんびりと落ち着いているように思わせておいて、場合によっては実はかなり前のめりだ。図書室や書庫を作った時も、恋人になった時も、コーラを作った時も。
「相変わらず仲が良いようで。これなら跡継ぎもすぐにできそうですな」
カレルヴォ殿の表情は、完全に孫の様子を楽しむ祖父のものだった。
◆ ◆ ◆
「これはこれは、初めまして。カレルヴォの息子のヴァルトです」
「こちらこそ初めまして。ユーヴィ男爵のケネスです」
「妻のマイカです」
結局スーレ市の領主邸でそのまま一泊させてもらった後、次の日にはパルツィ市にやって来た。マイカだけじゃなく、結局僕も落ち着きはないね。
「ケネス殿、どうもありがとうございました。私は陛下から直々にお言葉をいただき、レオンツィオ殿下にもお声をかけていただきました。正直なところ、私は何かに秀でているわけではありませんので、地味に王宮勤めで終わるものだと思っていましたが、まさか王都の隣の領主を任されることになるとは。それで一度お会いしてお礼を言いたいと思っていました」
「いえいえ、私は前のパルツィ子爵とちょっとありまして、それでちょいちょいとやり返しただけなんですけどね。結果としてそれが、マイカの義理の兄に当たる殿下のお役に立ったというだけです」
「……軽い口調で話されましたが、陛下も殿下も、お言葉を聞いた限りでは、それはそれはケネス殿に感謝しているという感じでしたよ」
「まあ僕としてはお役に立てたのならそれでいいというくらいですよ。それよりもヴァルト殿の方こそ、陛下のご指名だったそうですね。先ほどヴァルト殿は自分のことを『何かに秀でているわけではない』と言いましたけど、一通りのことを過不足なくできる人はなかなかいませんよ。正直に言えば自分のところにも欲しい人材です」
「そうですか? 私はどうも、何が得意なのか苦手なのかも分からず、父のおかげで王宮で仕事にありつけましたが……」
ああ、この人も自信がないままずっとやってきたんだろうな。意外と自分がどれだけ仕事ができるかは分からないものだ。僕だって自分のことを思い返せば、自信が持てたのは部下ができたあたりだった。それまでは「これでいいのか」「役に立っているのか」と不安になったものだった。
「ヴァルト殿、一度ゆっくり考えてみてください。国王陛下とレオンツィオ殿下のお二人が、頼りにならない人に重要な仕事を与えるかどうか。私はこの国の生まれではありませんが、二重都市群の町の領主はそれほど軽々しく与えられるものではないと思いますよ」
「それはそうなんですが……」
まあ、持って生まれた性格はなかなか変わらないよね。すぐにはどうしようもないと思うけど、これくらいは最後に言っておこうか。
「ちなみにヴァルト殿は町の中に出られることはよくありますか?」
「いえ、それがなかなか……。前の子爵の後始末が多くて……」
「それなら最後に一つだけアドバイスです。週に一度か二度でいいでしょう、町の中を一時間から二時間くらい歩いてみてください。それで全てが分かると思いますよ」
それからしばらく雑談すると、僕とマイカの挨拶回りはとりあえず終わった。
「ヴァルトさん、かなり悩んでましたね」
「あの人はずっと悩んでたんだと思うよ。ラウル殿とは違った意味で真面目そうだからね。スーレ子爵領は継げない、王宮で仕事をしても反国王派の貴族たちに色々と邪魔をされてなかなか自信が付かない。そんな状況でいきなり領主をしてくれと言われて喜べる性格じゃないんだろうね。最初は驚きのあまり泣いたそうだけど」
「町の中を歩くように勧めたのは、やっぱり町の人たちと話をさせるためですか?」
「いや、どちらかと言えば町の人たちの表情を見てもらうためだね。前の子爵があまりにもアレだったから、少なくとも今は前よりも明るい顔をしていると思うよ。そういう顔を見れば、自分がやっていることが決して悪い方には進んでいないと思ってくれるんじゃないかな。まだ残務処理ばっかりのようだから、ヴァルト殿がやっていることの結果が出ていないとしてもね」
「それって、騙してるんじゃないですか?」
「ある意味ではね。でもヴァルト殿に必要なのは結果じゃなくて自信だよ。そもそも、仕事ができない人が領主を任されるはずはないんだから、事務能力はあるはずなんだ。あの派閥……あえて言うなら反国王派だろうけど、彼らと関係がないというだけで陛下も殿下もヴァルト殿を選ぶとは思えないからね。もう本当に自信だけ。きっかけがあればあの人は伸びると思うよ。僕の後輩にも能力はあるのに『先輩、本当にこれでいいんですか?』とやたらと自信のない後輩がいたけどね」
「……先輩がいじめっ子だ」
◆ ◆ ◆
そしてもう一か所、こちらは一人でやって来た。サガード市だ。サガード男爵とは街道を通すことと砂糖と麦を販売することについて説明をしに来ている。
サガード男爵は、タイプとしてはレオニートさんのような人で、理屈で考える人らしい。麦もそうだけど、砂糖を近場から入手できるメリットが大きいことを理解してくれた。
「ではその真っ白な砂糖を定期的に購入できるということでよろしいですか?」
「はい。金額としてはこの大きさの壺でこれくらいです」
「たしかにその値段が本当なら、わざわざ遠いクルディ王国のものを買うよりもずいぶん安く上がります」
「人件費を入れても少なくとも四分の一にはなりますね。それ以外にもこの町にメリットがあると思いますよ」
「以前よりもこの町を人が通るようになることですね。コトカ男爵領方面から」
「はい。それにうちからサガード市にやってくる人も増えると思います」
「……こちらにデメリットはなさそうですね。ではお願いしましょう。ちなみに石畳も敷いていただけるということでしたか?」
「ええ、森から西の城門のところへ繋げます。城門の近くをどのように処理するかは、その時期になりましたら担当者に伝えてください」
「分かりました。では来年の年明けですね。担当者を決めておきましょう。よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそいきなりのお願いで申し訳ありませんでした」
ユーヴィ男爵領で砂糖を作って人が来るようになる。それによってこの近くに領地を持つ貴族にとってメリットは大きい。遠い場所からやって来た高い砂糖を買わなくていいからだ。
ではこの国の南方に領地がある貴族はどうか。クルディ王国でお抱えの商人に砂糖を買わせて、この国の北西部へ売りに行かせる貴族は多少は損をするかもしれない。でもこのあたりに売りに来るまでにすでに利益はかなり出ているだろう。それに南方には海があるから塩もある。そちらで儲けているだろう。
では砂糖を輸出しているクルディ王国はというと、そこまで大量ではないのでダメージもそれほどはないだろう。最近ちょっと減ったかなと思う程度で済むんじゃないだろうか。そもそも国の規模が違うから、まったく売れなくなったとしても大打撃なんてことはないはず。僕はクルディ王国にケンカを売りたいわけじゃないから。
ユーヴィ市でしなければいけないことは多いけど、指示は出しているし、僕にこれ以上できることは少ない。そもそも、僕の仕事はどちらかと言えば下準備とトラブル対処が多いから、ある程度動き出せばギルド職員だけでなんとかなる。そういうわけで、マイカと二人でスーレ市に来ている。
「マイカ嬢……ではなくもう奥様でしたな、ケネス殿、マイカ殿、授爵とご結婚、あらためておめでとうございます」
「お二人とも、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
スーレ市の領主邸で、領主のカレルヴォ殿と長男のラウル殿と会っている。ラウル殿はカレルヴォ殿をそのまま若くしたような感じで、非常に穏やかそうな人だ。年齢は三〇代前半らしい。
「挨拶に伺うのが遅くなりましたが、カレルヴォ殿の方もヴァルト殿がパルツィ市の領主に選ばれたとか。そちらの方がおめでたいでしょう」
「そうですよ。親子で直轄領の領主は初めてだそうじゃないですか。しかも隣同士ですし」
「ははは、それも大半はケネス殿のおかげだと聞いていますので、こちらが礼を言うべきでしょうな。私もそのうち引退しますし、そうなれば兄弟で隣同士、仲良くやってほしいと思っています。それにもう一つきちんと礼を言うことがありまして」
カレルヴォ殿はそこで一息つくと、珍しくにやっとした顔をした。
「前パルツィ子爵が失脚した後、ラクヴィ伯爵が張り切ってそのあたりの迷惑集団を一掃したのですが、芋づる式に不正貴族が処分されました。二重都市郡ではトーブラス市、ヴァサラ市、サヴィコ市の領主が盗賊と結託していたようです」
この盗賊の件には驚きもあったけど、なんとなく納得できる感じだね。二重都市群、特に内側の輪にある八つの都市は、この国ができた直後からある格式の高い都市。それを笠に着て好き勝手にやってたんだろう。
三市ともに二重都市群の内側の輪にあり、トーブラス市は王都から見て一〇時半、ヴァサラ市は一二時、サヴィコ市は七時半の位置にある。
殿下から大まかには聞いていたけど、どの町かまでは聞いていなかった。思ったよりも王都に近く、内側の輪の八市のうち四市が実際は敵だったようなものだ。陛下もやりにくかっただろう。
「それでは、以前このあたりで捕縛した盗賊たちもその一味だったんでしょうね」
「おそらくそうでしょう。他にリウマ市とススレバ市の二つは領主が辞めたそうです。それ以外に、もう少し尊い地位あるお方も少し怪しいとかで、今後もさらに領主が変わるかもしれません。なあ、ヴァルト」
「はい、今回失脚した領主たちは領地の場所が、どうも少し偏っているようですね。そのあたりを考えれば、おそらくあのあたりにいる尊いお方だろう、との噂です。謹慎などを命じられたわけではないようですが、しばらくは公の場に顔を出していないようですね。どうも領地が分割されるのではないかとの、もっぱらの噂です」
あのあたりにいる尊い地位の方ね。考えてみたけど僕には縁はないね。ちなみにリウマ市は外側の輪の一二時方向、ススレバ市は二時の方向にある。そう、北側に多い。直轄領の北には二つある公爵領の一つがあったね。
「父もこういう時だけは役に立ちますね」
「ヴァルトから、ラクヴィ伯爵が陞爵するのではないかという話も聞きました。レオンツィオ殿下が王位継承権を返上した件が片付いたのが一番の理由だと聞いています。陛下にとって最大の懸念事項だったそうですので。私の耳にも入るくらいですので、おそらく確実なのではないかと」
「父が侯爵とか辺境伯と呼ばれるならまだしも、あの兄がいずれはその跡を継ぐと思うと……」
「はっはっは。いずれは落ち着くと思いたいですが、お父上があの様子では難しいでしょうか」
カレルヴォ殿もラウル殿もマイカの言い方に思わず笑っている。
妹のマイカが大切すぎて、彼女に近付く男は父親と一緒になって排除しようとしていたファビオさん。性格はああだけど、領主としてどうかまではね。
マイカに男を近付けないように色々なことを企んでいたけど、そういうのは頭が良くないとできないことだから、いずれ領主になったら意外に名領主と言われるようになるんじゃないかな。
「そういうわけで、当家としてはラクヴィ伯爵とケネス殿には頭が上がらないわけでして」
「僕としてもカレルヴォ殿と仲良くできるのが一番ですよ」
「そうですな。本当にそう思います。ところで話は分かりますが、ヴァルトのことなのですが、ケネス殿にぜひ礼を言いたいと言っていましてな。もし余裕があるようならそちらにも行ってあげてもらえませんか?」
長男のラウノ殿はカレルヴォ殿の代理としてスーレ市と王都を行ったり来たりしているそうだ。だから前回は会えなかった。ヴァルト殿は王宮勤めで、ほとんど王宮や王都の屋敷で過ごしていたらしい。レオンツィオ殿下と年が近いらしく、陛下から直々にお言葉をいただいたそうだ。「レオンツィオを守ってほしい」と言われて感動のあまり泣いてしまったらしい。
「ええ、近いうちにそちらの方にも顔を出しますよ。マイカ、いいよね?」
「はい、行きましょう。この後すぐでもいいんじゃないですか?」
「ははは、落ち着きがないところはあまり変わっていませんな」
「カレルヴォ殿、やはりマイカは以前からこんな感じでしたか?」
「ちょっと先輩、今どうしてそれを聞くんですか?」
マイカはのんびりと落ち着いているように思わせておいて、場合によっては実はかなり前のめりだ。図書室や書庫を作った時も、恋人になった時も、コーラを作った時も。
「相変わらず仲が良いようで。これなら跡継ぎもすぐにできそうですな」
カレルヴォ殿の表情は、完全に孫の様子を楽しむ祖父のものだった。
◆ ◆ ◆
「これはこれは、初めまして。カレルヴォの息子のヴァルトです」
「こちらこそ初めまして。ユーヴィ男爵のケネスです」
「妻のマイカです」
結局スーレ市の領主邸でそのまま一泊させてもらった後、次の日にはパルツィ市にやって来た。マイカだけじゃなく、結局僕も落ち着きはないね。
「ケネス殿、どうもありがとうございました。私は陛下から直々にお言葉をいただき、レオンツィオ殿下にもお声をかけていただきました。正直なところ、私は何かに秀でているわけではありませんので、地味に王宮勤めで終わるものだと思っていましたが、まさか王都の隣の領主を任されることになるとは。それで一度お会いしてお礼を言いたいと思っていました」
「いえいえ、私は前のパルツィ子爵とちょっとありまして、それでちょいちょいとやり返しただけなんですけどね。結果としてそれが、マイカの義理の兄に当たる殿下のお役に立ったというだけです」
「……軽い口調で話されましたが、陛下も殿下も、お言葉を聞いた限りでは、それはそれはケネス殿に感謝しているという感じでしたよ」
「まあ僕としてはお役に立てたのならそれでいいというくらいですよ。それよりもヴァルト殿の方こそ、陛下のご指名だったそうですね。先ほどヴァルト殿は自分のことを『何かに秀でているわけではない』と言いましたけど、一通りのことを過不足なくできる人はなかなかいませんよ。正直に言えば自分のところにも欲しい人材です」
「そうですか? 私はどうも、何が得意なのか苦手なのかも分からず、父のおかげで王宮で仕事にありつけましたが……」
ああ、この人も自信がないままずっとやってきたんだろうな。意外と自分がどれだけ仕事ができるかは分からないものだ。僕だって自分のことを思い返せば、自信が持てたのは部下ができたあたりだった。それまでは「これでいいのか」「役に立っているのか」と不安になったものだった。
「ヴァルト殿、一度ゆっくり考えてみてください。国王陛下とレオンツィオ殿下のお二人が、頼りにならない人に重要な仕事を与えるかどうか。私はこの国の生まれではありませんが、二重都市群の町の領主はそれほど軽々しく与えられるものではないと思いますよ」
「それはそうなんですが……」
まあ、持って生まれた性格はなかなか変わらないよね。すぐにはどうしようもないと思うけど、これくらいは最後に言っておこうか。
「ちなみにヴァルト殿は町の中に出られることはよくありますか?」
「いえ、それがなかなか……。前の子爵の後始末が多くて……」
「それなら最後に一つだけアドバイスです。週に一度か二度でいいでしょう、町の中を一時間から二時間くらい歩いてみてください。それで全てが分かると思いますよ」
それからしばらく雑談すると、僕とマイカの挨拶回りはとりあえず終わった。
「ヴァルトさん、かなり悩んでましたね」
「あの人はずっと悩んでたんだと思うよ。ラウル殿とは違った意味で真面目そうだからね。スーレ子爵領は継げない、王宮で仕事をしても反国王派の貴族たちに色々と邪魔をされてなかなか自信が付かない。そんな状況でいきなり領主をしてくれと言われて喜べる性格じゃないんだろうね。最初は驚きのあまり泣いたそうだけど」
「町の中を歩くように勧めたのは、やっぱり町の人たちと話をさせるためですか?」
「いや、どちらかと言えば町の人たちの表情を見てもらうためだね。前の子爵があまりにもアレだったから、少なくとも今は前よりも明るい顔をしていると思うよ。そういう顔を見れば、自分がやっていることが決して悪い方には進んでいないと思ってくれるんじゃないかな。まだ残務処理ばっかりのようだから、ヴァルト殿がやっていることの結果が出ていないとしてもね」
「それって、騙してるんじゃないですか?」
「ある意味ではね。でもヴァルト殿に必要なのは結果じゃなくて自信だよ。そもそも、仕事ができない人が領主を任されるはずはないんだから、事務能力はあるはずなんだ。あの派閥……あえて言うなら反国王派だろうけど、彼らと関係がないというだけで陛下も殿下もヴァルト殿を選ぶとは思えないからね。もう本当に自信だけ。きっかけがあればあの人は伸びると思うよ。僕の後輩にも能力はあるのに『先輩、本当にこれでいいんですか?』とやたらと自信のない後輩がいたけどね」
「……先輩がいじめっ子だ」
◆ ◆ ◆
そしてもう一か所、こちらは一人でやって来た。サガード市だ。サガード男爵とは街道を通すことと砂糖と麦を販売することについて説明をしに来ている。
サガード男爵は、タイプとしてはレオニートさんのような人で、理屈で考える人らしい。麦もそうだけど、砂糖を近場から入手できるメリットが大きいことを理解してくれた。
「ではその真っ白な砂糖を定期的に購入できるということでよろしいですか?」
「はい。金額としてはこの大きさの壺でこれくらいです」
「たしかにその値段が本当なら、わざわざ遠いクルディ王国のものを買うよりもずいぶん安く上がります」
「人件費を入れても少なくとも四分の一にはなりますね。それ以外にもこの町にメリットがあると思いますよ」
「以前よりもこの町を人が通るようになることですね。コトカ男爵領方面から」
「はい。それにうちからサガード市にやってくる人も増えると思います」
「……こちらにデメリットはなさそうですね。ではお願いしましょう。ちなみに石畳も敷いていただけるということでしたか?」
「ええ、森から西の城門のところへ繋げます。城門の近くをどのように処理するかは、その時期になりましたら担当者に伝えてください」
「分かりました。では来年の年明けですね。担当者を決めておきましょう。よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそいきなりのお願いで申し訳ありませんでした」
ユーヴィ男爵領で砂糖を作って人が来るようになる。それによってこの近くに領地を持つ貴族にとってメリットは大きい。遠い場所からやって来た高い砂糖を買わなくていいからだ。
ではこの国の南方に領地がある貴族はどうか。クルディ王国でお抱えの商人に砂糖を買わせて、この国の北西部へ売りに行かせる貴族は多少は損をするかもしれない。でもこのあたりに売りに来るまでにすでに利益はかなり出ているだろう。それに南方には海があるから塩もある。そちらで儲けているだろう。
では砂糖を輸出しているクルディ王国はというと、そこまで大量ではないのでダメージもそれほどはないだろう。最近ちょっと減ったかなと思う程度で済むんじゃないだろうか。そもそも国の規模が違うから、まったく売れなくなったとしても大打撃なんてことはないはず。僕はクルディ王国にケンカを売りたいわけじゃないから。
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