新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第四部

託児所と学校、そして雇用の創出

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 雇用問題と並行して考えたい託児所。その調査をしていると、思った以上に学校の設立希望も多かった。

「やはり職業訓練学校ができたのが大きいと思います。大人が何かを学ぶ場所ができたわけですからねぇ。それなら子供も、と思ってもおかしくないでしょう」
「うーん。先生さえ集められれば大丈夫かな」
「私たちもこのお腹でなければ教えられるんですけどねぇ、エリーさん」
「はい、さすがにこのお腹で子供の相手は少々不安ですね。子供は元気ですから」
「いずれはそれもありかもしれないけど、なんにせよ生まれてからだね。もうしばらくは無茶はしないようにね」

 マノンとエリーの二人は来月だろう。エリーはミシェルを育てた経験があるから、子供の相手はかなり得意だ。レンスの娘のカリンとリーセもよく懐いている。

 エリーは若い頃にミシェルを産んでいるけど、マノンは初めてだ。エリーの方が一〇ほど若いのに出産経験があるからか、マノンよりも落ち着いている。

「託児所と学校は一緒に作った方が利用する側としては分かりやすいと思うんだよね」

 保育所と幼稚園と小学校をごっちゃにした感じだろうか。託児所という名前は変更した方が分かりやすいという意見があったので、現在別の名前を考えている。

「職業訓練学校は無料ですが、こちらはお金を取るのですか?」
「無料だと利用する側もされる側も適当になる可能性があるからね」
「責任感の問題ですねぇ」
「そう、受け取る側からすると、例え少額でも受け取ればきちんとした仕事になるわけだからね」

 託児所で働く人たちにはもちろんユーヴィ市からお金が払われるけど、「この利用者たちからお金を受け取っている」と考えるのと、「この人たちはお金を払っていないけど市がお金を出してくれている」と考えるのではやる気が違うだろう。お金の出どころはけっこう重要だよ。

 それならどうして職業訓練学校は無料なのかと言えば、成果物か販売されているから。染織の授業で作られた布はギルド職員や訓練学校教員の制服に使われたり、服飾ギルドを通して販売されたりしている。鍛冶や陶芸の授業で作られたものも安価で販売されている。つまり訓練学校で学んでいる人たちは、自分たちが作ったものをユーヴィ市に提供し、ユーヴィ市はそれを一般に販売することで利益を上げている。その利益から運営費と教員の給料が賄われる形になっている。もちろんまだ全額を賄えるほどじゃないけど、赤字の垂れ流しにはなっていない。

「すぐには難しいかな。募集はかけようと思うんだけどね」
「子供を預けられたら働きたいという女性はいるでしょうからねぇ」
「その女性たちの働く場所も必要ですね」
「そこなんだよ、問題は。人は増えてきたし物もお金も動くようになったけど、そこまで仕事の種類がないからね。魔獣を解体する仕事ならいくらでも用意できるんだけど、そればっかりじゃね」

 だから託児所と学校は、これまで職業になっていなかったものを職業にするという意味もある。もちろん親と子育てを切り離すつもりはないよ。あくまで一部を引き受けるだけ。

 親が働いていれば子供は勝手に走り回っていた。その時間を少しくらい読み書き計算に充ててもいいんじゃないかという考え。全ての子供たちを責任を持って育てるなんてことは考えない。親が少し楽になり、子供も将来の仕事の可能性が広がる、その手伝いをするだけ。

「だから、これまできちんとした職業になると思われていなかった雑務的なものを職業にできればいいと思ってね。そういうアイデアがあれば教えてほしい」



◆ ◆ ◆



「旦那様、一つ思いついたことがございます。よろしいでしょうか?」
「いいよ」

 みんなの前でも先ほどのことを言ったらフェナが反応した。

わたくしは一〇〇歳は超えましたがまだまだ足腰は元気でございます。ですが顔なじみの中には、買い物に出かけるのがつらくなってきたという女性もおります。もちろん町の反対側まで買い物に行くようなこともなく、基本的には近場でということになりますが、天気の悪い場合や、日によっては足腰が痛むこともありましょう。買い物を楽にする方法がありましたらよろしいかと思います」
「買い物ねえ……」

 地方だと、スーパーが販売用の車を出して巡回するところはあるね。他には買い物専用のバスを出して郊外のスーパーに行ったりとか。オンラインショッピングもあったか。でも今回は町の中での話だからね。あるとすれば、学生が高齢者の買い物の代行をするというのがあったかな。他には御用聞き? 三河屋のサブちゃん?

「御用聞きというのはありかな。お客さんが店に行くんじゃなくて、店の方が家々を回って必要な物がないかを聞きに来る形。貴族や裕福な家だけじゃなく、庶民の家を回るようにすれば一定の顧客は得られると思う」

 貴族の屋敷には御用聞きが来ることもある。うちには来ないけど。料理長が必要な食材などを一覧にしておき、御用聞きが来たら執事が支払いをすることになる。

「店側にそれほど人の余裕はございますか?」
「実際のところ、何十軒も回る必要はないと思うし、必要がある家はあらかじめ契約しておけばいいと思う。そして代金と手数料を受け取る」
「手数料は必要でございますか?」
「それは安くても必要だと思うよ。足腰が弱って困っているとは言っても、自分の代わりに持って来てくれるわけだからね。店次第だとは思うけど、あまり負担が大きいと仕事として成り立たなくなる。逆に回数が増えて手数料の収入が見込めるなら店員を入れられると思うし、できると思えば手数料を下げるとか割り引くとか、そのような利便性があってもいいと思うけど」

 週一回なら手数料はいくら。週二回なら二回分の手数料✕〇・九、週三回なら三回分の手数料✕〇・八とか。あるいは商品価格を下げるのもありだと思う。

「たしかに仕事を見つけるという話でございましたね」
「そうそう。無料ならいいというわけじゃないからね。客からすれば安い方が助かるけど、『ただより高いものはない』とも言うからね」

 無料という言葉は確かに魅力的だ。でもそれが必ずしもいい結果に繋がるとは限らない。無料であるということは、場合によっては責任がないと勘違いされやすい。何かミスがあっても無料だから仕方がないと思われることもある。逆に無料だとすれば、何か手を抜いているんだろうなと思われることもある。サービスに対しては適切な料金が支払われるべきであって、安すぎる料金というのは自分の首を絞めることもあるし、同業種のサービス全体の質を落とすことにも繋がりかねない。

「とりあえず仕事としてはありだと思う。足腰が弱った人だけじゃなくて、用事があるから買い物に行けない人の代わりでもいいからね。もう一つは買い物代行があるけど、仕事になるかどうかは怪しいかな」

 こちらは頼まれた買い物をすることになるけど、こういうのは近所同士でやっているからね。

「どちらにしても、間に人が入るとトラブルの原因もなるからね」
「ある程度は信用がおける人、ということでございますね」
「そうだね。渡した渡してない、言った言ってない、払った払ってない、そういったトラブルもあるかもしれないからね」

 御用聞きや買い物代行は信用問題のこともあるからすぐには難しそう。ただ、そういうやり方もありだということは分かってもらえたかもしれない。



「旦那様、私からも一ついいでしょうか?」
「何か思い付いた?」

 助産師のテクラが手を上げた。

「はい、実は長男のアーモスが女の子から何度も恋文をもらっていたのですが、息子は字を読むのが苦手で、それで問題になりまして」
「それでテクラが読んだの?」
「最後の最後にですね。さすがに母親に読まれるのは恥ずかしかったようで。ですが夫も字が読めません。それでモタモタしている間に険悪になってしまいました」
「あー、返事がないから怒ったのか」

 自分は字が読めないと言えずに、引っ張るだけ引っ張って怒られたんだろうね。

「はい。結局息子が字は読めないことを説明して平謝りをして、最終的には上手くいったのですが、字を読む仕事というのをもう少し広げられませんか?」
「代筆屋に頼んで読んでもらうというのはあるけど、それだけで仕事にするのはなかなか大変だと思うよ」
「そうですね。副業としてできそうなものですしね」
「この町も人は増えているけど、みんな字が書けるわけじゃないから必要ではあるけど、そんなにたくさんは必要ないかなあ」

 読み書きができる人とできない人が何か契約をする時、読み書きできない人の代わりに契約書類を作ったり読んだりしてくれる人がいる。司法書士のような人だね。そのような代筆屋が空いた時間に手紙を読んだり書いたりしてくれる。小遣い稼ぎみたいなものだね。

「ちなみに、その子の文章はどうだった?」
「非常に情熱的で、それを読んだ私も年甲斐もなく気分が高まってしまいまして、夫と四人目を作ろうという話になりました」
「生まれたらうちの子と一緒に育てればいいね」
「息子の相手だからいうわけではありませんが、ものすごくいい子です。犬人でダナという名前です」

 読み書きはできる。性格はいい。うーん……。

「旦那様、領民の恋人を奪うのは領地が傾く原因となるのではないかとわたくしは愚考いたします」
「違うって」

 どうしてまずそっちに話が行くの?

「年がら年中女性のことばかり考えいるわけじゃないよ。ええっと、テクラ、もしそのダナが自分で仕事をしたいと考えているようなら、一度連れてきてくれる?」
「はい、分かりました。顔を見たら伝えておきます」



◆ ◆ ◆



「領主様、初めまして。ダナと申します。お見知りおきください」

 テクラが連れて来た子は犬人の少女で、一四歳らしい。テクラの息子のアーモスが一六だから、早ければ来年あたりに結婚するのだとか。初々しくていいねえ。おじさんくさい感想で申し訳ないけど。

「そんなに硬くならなくていいよ。それでダナは文章を書くのが好きで、これまでアーモスに手紙をたくさん書いてきたんだよね?」
「はい、昔から色々と考えることが好きで、こういうことを言われたらとか嬉しいとか、逆にこういうことを言えば喜んでもらえそうだとか。でも言葉で伝えるのは恥ずかしいので手紙にしていました」
「なるほど」

 ダナがアーモスに送った手紙の一部を見せてもらったら、ちょっと歯が浮きそうな言葉が並んでいた」

「たしかにあの文章をアーモスが受け取った直後に読んだとしたら、その場でころっと参っただろうね」
「え? 読んだのですか?」
「うん、テクラが持って来てくれたからね」

 キッッ‼

「ふんふ~ん♪」

 ダナがテクラを睨むけど、テクラはどこ吹く風。横を向いて鼻歌を歌っている。まあ自分が書いたラブレターを他人に読まれたらそうなるよね。でもこの表情を見ると、二人は意外に上手くやってそうだね。

「それで今日のところは、この町にはこれまでなかった仕事の話をしようと思って来てもらったんだけどね」
「これまでになかった仕事ですか?」
「そう。恋文ラブレターの代筆屋」
「恋文の代筆屋……」
「実はね……」

 異性とお付き合いをしたいけど声をかけることができない、そのような人もいる。もうすぐお見合いパーティーをすることになっているけど、そこに参加するのはなんとか自分を奮い立たせて会話をしようという気になった人だけ。どうしても無理な人はいるだろう。そのような人でも、気になる男性はいるかもしれない。それならその人に手紙を書いてみればいい。

 これまで代筆屋の書くものは公的な書類が多く、ラブレターの代筆はなかっただろう。そもそも代筆屋の書く書類はフォーマットが決まっているからね。役所に出す書類だから、独自性オリジナリティーは必要なかった。だからラブレターは代筆屋には書けない。通り一遍のことは書けると思うけど。

「だから相手に思いを伝える文章専門の代筆屋があってもいいんじゃないかと思ってね。こういう内容を入れてほしいと頼まれたら、それを元にして書くとかね。『あなたの恋心をお伝えします』を謳い文句にした代筆屋はありじゃない? ついでに代読もしたらいいと思う」
「やってみます!」

 やっぱりこの町の女性は強いね。この国全体がそうなのかもしれないけど、まず行動してみようって考えがある。ダメならそこであらためて考えればいいと。



 ダナが帰った後、テクラが寄ってきた。

「旦那様、あの仕事は上手くいくでしょうか?」
「噂になればある程度は上手くいくと思うよ。ああいうのは女性の噂で広まるものだからね」
「最初に恋文を見ていただきましたが、それがもし全然ダメそうならどうなっていましたか?」
「物を書くのは間違いなく好きそうだから、マリアンとポリーナさんに預けて芝居の台本で表現を鍛えれば上達したと思う。『好きこそ物の上手なれ』って言うからね。楽しんで続けていれば、たいていのことは上達するんだよ」

 店ができたらギルドで紹介してみようか。
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