新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第四部

こけら落とし

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 ユーヴィ市の劇場では、市立劇団ヅカによるこけら落とし公演が行われる。名前はまあ、いいんじゃない? 今回は劇団の結成記念公演ということで、無料開放している。ただ収容人数に限度があるので、二日連続で合計四回の公演を予定している。年内はこれが最初で最後になる。

 作品としては建国物語が選ばれた。やはりフェリン王国の劇団としてはこれを上演しないわけにはいかない。その中に少し僕が力を貸した部分がある。一つはスポットライト。色ガラスを重ね合わせることによって様々な色を作り出すことができる。そしてもう一つは幻影で作った竜。

「ううむ。なかなか見事じゃな」
「実際のマリアンとはかなり違うけど、これはこれでありでしょ」
「ワシとあまり似た姿を用意されても、それはそれで照れるからのう」

 舞台裏に設置した竜の幻影を表示させる装置。ただそれだけ。舞台があって、そこから張り出し舞台が出ている。舞台の奥から張り出し舞台にかけてマリアンの上半身がヌッと出て来るようになっている。さらには首や手の角度を調節することもできる。そして今回は初回特典として、今回しかない演出がある。それは表には出さないけど、あえて文字にすれば「声の担当:マリアン(本人)」という部分。声だけね。もし本人が出たいと言っても劇場が崩れるからね。今はお腹に赤ん坊がいるから、そもそも竜の姿に戻れないけど。

 劇団ヅカはポリーナさんを座長、マリアンを顧問としている。ポリーナさんはギルド職員じゃないけど、いわゆる技術系公務員のような立場として雇っている。職業訓練学校の先生たちと枠組みは同じ。今回ポリーナさんは役者としては舞台に立たず、進行役としての語りの役を務め、演出と指導にほぼ全エネルギーを使っているようだった。

「でも無茶はしない方がいいですよ」
「はい。あのような恥ずかしい姿を見られることになるとは思ってもみませんでした」

 ポリーナさんは台本に手を入れながら机で寝てしまったんだけど、寝ながらも右腕が天を掴むかのようにピーンと天井に向かって伸びていた。それをマリアンが写真に撮って見せてくれた。

「指が揃っていませんでした。まだまだ精進が足りませんね」
「それが恥ずかしかったんだ」



◆ ◆ ◆



「うーむ、移動の時に金を落とすというのは王族や貴族としては必要なことだが、なにせ時間がかかるのがな」
「たしかに。ここまで普通なら四か月弱、どれだけ急いでも二か月少々はかかります。私も結婚してからは遠出をしていませんね」
「馬車も大変ですからね」

 そして今回、台本の提供をしてくれた陛下、そしていくつもの芝居でスポンサーになっている殿下とロシータさんを特別席にお招きしている。彼らの接待役としてマイカが側に付いている。血の繋がりはないとしても、マイカは陛下の息子の妻の妹になるから。

 ちなみに王妃殿下は来ていない。そもそも人前にあまり出なかった人らしいけど、まあ、あれだね。あの一連の不正事件で、第一王子や第二王子と同じく、公の場には姿を見せないということになっているらしい。ここは王都じゃないから他人に見られても問題ないとは思うけど、僕を見たくないかも。

「便利は便利ですが、一対一でしか繋げることができません。また相当魔力が必要ですので、維持するのもなかなか大変ですよ」
「魔道具は術式を書き込むと聞いたことがあるが、どこに書いてあるのだ?」
「この内側になります。ちょっと剥がしてみますね」

 この転移ドアは一見すると足の付いた単なる木の板で、開いたりはしない。部品は減らす方が故障しにくいからね。魔力が流れると表面が向こうと繋がるので、そこに入るだけ。入らなくても声や音は聞こえるので話もできる。

 陛下が興味を持ったようなので、転移ドアの表面を少し剥がすようにして中を見せる。簡単に言うと、木のドアに頑丈な壁紙が貼ってあったような状態。術式はドア本体に書き込まれている。ドア本体は薄い板を二〇枚重ねた構造になっているので、魔力をしっかりと集めることができる。壁紙は術式が破損しないように貼ってあるだけ。

「これは……細かいな。目が痛くなる」
「一番重要な部分は真ん中の板にあって、それ以外は魔力を集めるための術式です。このドアの表面の一八倍ありますので、この国の端から端まで十分に繋げることができます。一度にあまり長い間は繋げられませんが」
「これはもう一方のドアがある場所にしか行けないわけだな?」
「はい。これはペアになるように固定しなければなりませんので、仮にお渡ししても、そのままではここにしか来られません」
「いつでも好きな場所に移動するというのはなかなか難しいか」
「海の中とか空の上とか、移動に失敗すれば大変なことになりかねませんね」

 僕が使っている転移ドアって、二点間をワープして、ドアAを通ればドアBに出るような形になっている。この場合はドアAとBをセットにしてあるから、置く場所を変えても問題ない。ただ遠くなればなるほど魔力の消費量は増える。そして転移ドアと呼んでいるけど、実際には空間を繋げているだけだから[転移]が使われているわけじゃない。

 ロープの端と端をドアAとBの場所とする。端と端を手に持ってくっつける。これがこのドアのやっていること。そこまで簡単な話じゃないけど、空間を無理やり繋いでいるからとりあえず[転移]とは呼べない。でも他に呼び方が思い付かないので転移ドアとしている。移動ドアもおかしいからね。

 とりあえず誰もがどこへでも好き勝手に移動できるドアを作るのは今は無理。魔法の[転移]の場合は頭の中に行ったことのある場所が浮かぶから、その中から行きたい場所を選んで移動する。[転移]をドアに組み込めば、自分が行ったことのある場所にしか行けないと思う。しかも一方通行。帰って来られないからね。自分が向こうへ行くだけで、ドアはその場所に残ってしまうから。それならアクセサリーなどに内蔵した方がよっぽど使い勝手がいいと思う。

 それ以外での方法となると、座標設定かな。方向と高さと距離をセットにすれば大丈夫かもしれないけど、もし間違えて「いしのなかにいる」とかになったら大変。単純な話、惑星は丸い。だから文字通り一直線に移動すればどんどん地表から離れてしまう。その補正とかもかなり面倒くさそう。地表が平らだったらよかったのに。

 まあ日本でもそこまで移動が自由だったわけじゃないから、今はせいぜい馬の負担を減らして移動速度を上げるくらいがせいぜいだと思う。

 例えばだけど、リレーのような感じで町から町へと設置するのはできなくはない。ナルヴァ町からユーヴィ市、ユーヴィ市から旧キヴィオ市のようにして、それを一番東のヴァリガ市まで繋げることはできる。別の方向へ行きたいならそれ用の分岐点を作ればいい。ユーヴィ市からパダ町、パダ町からヴァスタ町、それからさらに先へ。問題となるのは魔力の消費量。当たり前だけど魔力を食うからね。僕が側にいる時は僕が直接魔力を流せばいいけど、そうでなければ長時間は難しい。街道工事の現場に置いておいたドアは、使っていない時は魔力を切っていたし。

 それにもし商人が使おうとすれば、馬車が通れるくらい大きくしなければならない。面積が増えれば増えるほど魔力の消費量は増える。王都や二重都市群くらいになると商人の馬車も増えるから、そうなると使いっぱなしってことにもなって完全に魔力が足りなくなる。燃料箱バッテリーを使えば魔力不足の回避はできるとは思うけど、そうするとすべての町に燃料箱バッテリーの充填室を設置して、ということになる。

 技術的にはできるけど、もし設置するなら全部の町や村に設置しなければ、間にあるところが困ることになる。物が入ってこなくなるから。東海道・山陽新幹線がのぞみだけになれば困る駅があるのと同じ。新富士とか掛川とか三河安城とか厚狭とか。



◆ ◆ ◆



 舞台は中盤の山場に差しかかっている。

「貴殿に聞いてもらいたい願いがあって、ここに参った」
「……何だ?」
「いずれこの国は大きくなる。いや、私が大きくする。だがそれまでには時間がかかろう。その間、何度かこの国の国境近くを飛んでもらいたい」
「飛ぶくらいは大した労力でもないが、何のためだ?」
「この国を攻めることは危険だと周辺国に思わせたいのだ。彼らがしばらく近寄らぬように」
「なるほどな。だが、そのようなことをしてワシにどのような益がある?」
「貴殿が人ごときに害されることはないだろうが、眠りが妨げられるくらいはあり得よう。周りにある国が攻め込んで来れば、間違いなく国中から騒がしい音が聞こえるようになる。それを避けるためと思えば、たまに空の散歩をする程度のことは大した労力でもないだろう。私ならそう思う」
「……ふーむ。お主の言葉も一理あるか……。うむ、ここはお主の話に乗せられるとしよう。しばらくの間、北と東、国境近くまで顔を見せてやろう。その代わり、お主のところの兵たちが驚いて逃げぬよう、言い含めることを忘れぬようにな」
「かたじけない。いずれ必ず礼に参る」

 ここはマリアンとフェリチアーノ王が実際にした可能性があるやりとり。マリアンだって二〇〇〇年前のことだからはっきりとは覚えていないようだけど、それっぽく再現しているらしい。マリアンの声はそれっぽく聞こえるように、拡声器の魔道具で声を大きくした上に周波数を下げ、お腹に響くようにしている。さらに色ガラスのフィルターを使ってスポットライトで舞台を照らしている。

「ふう。ワシ、自分ではなかなか上手くできたと思うんじゃが、どうじゃった?」
「迫真だったね。幻影のせいもあったけど、みんなじっと聞いていたからね」

 舞台裏へ行ってマリアンを出迎える。まだフェリチアーノ王が礼を言いに来る場面が残っているから、もう一度出番はあるけどね。



◆ ◆ ◆



 この話は有名だ。だから王立劇場の専属劇団だけではなく、様々な劇団がそれぞれ独自の設定を入れている。話の筋は同じだが、言い回しなどはかなり違っている。

 ケネス殿には専属劇団の台本を譲ったのだが、ほとんど同じながら何か所かは大きく違っていた。国王として、これまで様々な劇団が上演する建国物語を見たが、今回の演出に関してはたしかにそうだと思える部分が多くある。

「私はあのようなやりとりは初めて見たが、かなり変えてあるようだな、レオン」
「ええ、マリアン殿は古代竜なので、そのあたりを取り入れたようですね」

 そう言えばマリアン殿が演出に関わっていたな。あの竜の演出は見事だった。漏らすかと思ったぞ。

「マリアン殿はシムーナ市の北の山にいたと言っていたそうだな」
「ええ、ヴェッツィオ陛下もシムーナ市でマリアン殿と会っていたそうで、その写真がかつて広間に飾ってありました」
「あの写真にあのような意味があろうとは、誰も思わなかっただろうな。誰とどう繋がっているのか分からないものだ」

 息子の結婚相手の妹の夫がケネス殿というのも不思議なものだ。さらに彼の妻の一人を、これはずっと昔のことだが、私の曾祖父がナンパして財布が空になるまで奢らされたという話も聞いた。私も若いころにやんちゃはしたが、語り継がれることはないだろう。それにしてもシムーナ市ばかりだな。

「本当に今さらだが、古代竜ってそんなにたくさんいるものなのか?」
「そう言えば、何頭もいると聞いたことは……んん?」
「ねえ、マイカは知ってるんじゃないの?」
「ええっと……言ったらダメとは言われてませんけど、聞きたいですか?」
「そこで止められると気になって仕方がないわ」

 それは私も同感だ。

「では言いますと、フェリチアーノ王と約束したのはマリアンさん本人です。前に王都でお芝居を観た時にそう聞きました」
「「「……」」」
「そのお礼としてフェリチアーノ王はこの国の紋章に竜の姿を入れたそうです。マリアンさんはわざわざ礼に来る律儀な男だったと言ってましたね」
「「「……」」」

 国王としてこの芝居が観ることができてよかったと思う反面、知らない方がよかったと思うこともあって、今は何を言っていいのか分からないな。いずれこの演出が広まって、あたかも最初からこれが本来の話だったようになってくれれば、このモヤモヤ感も少しは薄らぐ……のか?
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