新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第三部

ハンナと道

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 ハンナです。少し前までキヴィオ市の冒険者ギルドで働いていました。現在はユーヴィ市の農畜水産物ギルドでギルド長をしています。単なる受付だったのに……。



 私はキヴィオ市の近くにある小さな町で生まれました。ごく普通の子供で、特に面白みがあるわけでもありませんでした。だからその後もしばらくの間、他の女の子たちとあまり変わらない人生になったと思います。

 誰でも一度は冒険者になってみたいと思うわけで、私もその例に漏れず冒険者になりました。でもしばらく活動を続けるうちに、ほとんどの人は気付かされるわけです。このまま続けるのは無理だと。だから一流の冒険者と呼ばれる人はすごいんです。

 当たり前ですが、冒険者を続けるためにはお金がかかります。武器に防具、その他の道具や水薬ポーションなど。例え収入がゼロでも、ある程度のお金は抜けていきます。宿に泊まったり食事をしたり、そのためにお金は削れません。だから冒険者であるためには仕事を。仕事をしなくてもいい冒険者とは、稼ぐだけ稼いで悠々自適な生活を送れる人です。もう冒険者とは呼ばれないでしょうが。

 冒険者になった私は特に何ができるというわけではありませんでした。生活魔法は使えたのでそれなりに重宝されましたが、言ってしまえばそれだけです。足手まといにはならなかったとは思いますが、そこまで冒険に役に立ったかどうかは分かりません。そしてたった二年ほどだったでしょうか。私くらいでは冒険者としてはやってはいけない、そう気付きました。そして冒険者から足を洗うことにしました。

 冒険者から冒険を取り上げたら何も残りませんが、私は運良く冒険者ギルドで受付になれました。冒険者として活動した経験があること、読み書き計算ができること、最低限のマナーを身に付けていること。そのあたりが条件でしたので申し込んでみたところ、運良く採用してもらえました。

 ギルド長は冒険者ギルドとしては珍しく魔法使いの方で、レオニートさんという穏やかな男性です。「ギルド職員たるもの、常に礼儀正しく冷静に振る舞わなければならない」というのがレオニートさんの指針なんだそうです。先輩職員のポリーナさんは、何か少し勘違いしているようですが。

 そんなある日、このギルドにエルフ三人、人間、妖精という珍しい組み合わせのパーティーがやって来ました。もちろんケネスさん、エリーさん、ミシェルちゃん、リゼッタさん、カロリッタさんの五人です。私はエリーさんとミシェルちゃんのギルドカードを作ったくらいですが、ギルドの裏では西の大森林の魔獣を恐ろしいほど売却して去っていきました。その時はまさかご縁ができるとは思っていませんでしたね。



 さて、それからしばらく経ったでしょうか。これも運良くというか、ラデクという名前の行商人の男性と知り合いました。そのあたりは……少し恥ずかしいので細かなことは言いませんが、私は今では彼の妻になっています。

 そのラデクと親しくなりかけたころ、お互いに何か面白い話をしようということになりました。ラデクは東の方で布を仕入れて西の方で売っていたそうで、ユーヴィ市で露店を出していた時にエルフの男性と知り合ったそうです。その人が大量に買ってくれたので助かったと言っていました。それからまた東へ移動して、ちょうどパダ町を過ぎてキヴィオ市に向かっている時に熊の魔獣に襲われかけて大慌てでキヴィオ市まで逃げたそうです。そしてまた仕入れなどをしていると、再びそのエルフの男性と再会したそうです。

 ラデクの言っていたエルフの男性はケネスさんでした。ケネスさんが魔獣を退治したのかと思いましたが、ケネスさんはパダ町からキヴィオ市の間では魔獣を見かけなかったと言っていたそうです。もし出くわしたとしても、大森林の魔獣を山ほど狩れる人ですから、このあたりに出る熊くらいなら問題ないでしょう。

 そのラデクは東はラクヴィ伯爵領あたりまで出かけて仕入れをしているようです。今度は何を仕入れようかと悩んでいました。彼のような行商人の場合、一度に大量に買い付けることも運ぶこともできません。そして買い付けた物が売れればいいですが、売れなかった場合は資金繰りに困ることになります。売り上げがなければ次の商品が買えなくなるからです。私は商人ギルドの職員ではありませんが、冒険者でも事情はよく似たものです。狩った魔獣の素材が高値で売れなければ、消耗品を買い足すことができません。水薬ポーションがないまま仕事に行き、大怪我をしたら文字通りそこで終わりです。

 ケネスさんはラデクの売っていた布の三分の二ほどをまとめて買ったようで、それを見ていた他の人も手に取ってくれて、驚くほど早く品切れになったそうです。ユーヴィ市はあまり物がないので、ほとんど空のままキヴィオ市まで来たのだとか。荷物がないから熊から逃げることもできたそうです。荷物が重ければ逃げ切れなかったですし、荷物を捨ててきたら後々困ることになっていたということでした。



 そんなある時、ケネスさんが再びキヴィオ市の冒険者ギルドにやって来ました。実はその少し前に大森林で魔獣の暴走が発生したそうです。ナルヴァ村からユーヴィ市に連絡が届き、ユーヴィ市から討伐部隊の第一陣が向かうとともにキヴィオ市に連絡が届き、キヴィオ市から第二陣が向かうという流れです。領主様が部隊を編成しかけている時に暴走が鎮圧されたという連絡が冒険者ギルドに入りました。暴走を止めたのは四人の冒険者だったそうです。

 たった四人でと聞いた時には誰もが耳を疑いましたが、それがどうやらケネスさんだという話になり、それならあり得るということになりました。ユーヴィ市のギルド長も保証していたそうです。初めてこのギルドにやって来た時、大森林にいる蛇を「とりあえず三〇本」と言って売却したそうです。私は聞いたことがあるだけですが、あの蛇は毒を持っていて、人が通り過ぎると地面から飛び出して噛みついてくるので対処が非常に難しいそうです。それなのに「とりあえず」ということはまだまだあるわけですよね。同じ頃にユーヴィ市の方からも鳥だの兎だの熊だの猪だの、いろいろな素材が回ってきましたから、それもケネスさんだったんでしょう。一時的に領内が魔獣の素材で潤った時期があって、私も一時金をいただきました。ケネスさん様々です。

 その暴走が落ち着いた頃、ユーヴィ市の冒険者ギルドから一人の女性がやって来ました。マノンさんという方で、以前はキヴィオ市で冒険者として活動していました。私も会ったことがありますし、引退してユーヴィ市に行ったということも聞きました。その彼女がユーヴィ市のギルド長からの手紙を持ってレオニートさんに会いに来ました。どうやらギルドの空き部屋を一室使って何かをするそうです。ケネスさんがやって来たのはその翌日のことでした。

 ギルドで一体何が起きているのか、その時はよく分かりませんでしたが、ケネスさんが帰る時、その腕をマノンさんがしっかりと抱きしめていて、そしてケネスさんが疲れたような顔をしていました。おそらくめられたのではないでしょうか。そのあたりのことは夏の終わりから秋の初めにかけての頃だったでしょうか。

 その後はどんどんとユーヴィ市から魔獣の素材が運ばれてくるようになり、ケネスさんが何かをしているんだろうと思っていましたが、あれよあれよという間にユーヴィ市以西がキヴィオ子爵領から分割されることになり、ケネスさんがユーヴィ男爵様になりました。

 今年に入ってからはユーヴィ市からキヴィオ市の間に街道が開通してかなり西へ人が流れていましたが、いつの間にかキヴィオ市が移転することになっていました。春あたりにはそのような噂をちらほらと聞きましたが、夏前にはそれが決定事項であるかのように話されていました。ギルド職員としては上からそんな話は聞いていなかったので、嘘は単なる噂だろうと思っていましたが、本当だったようです。

 私も最初は驚きましたが、私はその頃には結婚して退職するつもりでしたので、私には影響はないと思っていました。夫のラデクはユーヴィ市で店を構えるつもりで、私は店を手伝うかユーヴィ市のいずれかのギルドで雇ってもらうか、そんなことを考えていた時もありました……。



「新しく作ることになった農畜水産物ギルドです」
「農畜水産物ですか」
「水産物はほぼありませんので、肉と麦、それと名産の果物くらいですけどね。そこのギルド長をお任せします」
「分かりま——え? ギルド長?」

 あの瞬間、たいして面白みもなかった私の人生が変わりました。まっすぐに見えた道が、実はだったようです。



◆ ◆ ◆



「だから私は面白みがない人間なんですって。ね? こんな話を聞いても面白くないでしょ?」
「そんなことはありませんよ、ギルド長。でも旦那さんとの出会いの場面をもっとくっきりはっきりとさせれば食いつく人はグッと増えると思いますよ。そうでなくてもいいサクセスストーリーだと思います」
「そうでしょうか。単にキヴィオ市のギルドで顔を合わせただけですけど」
「でも領主様を前にしてあれだけ堂々と落ち着いて話ができる女性は少ないですよ?」
「そうですか? みなさんも堂々としていると思いますけど。あのあたりの女性たちもかなり優秀そうですよね」

 少し向こうには五人ほどの女性職員が集まって身振り手振りをまじえながら話し合いが行われています。

「いえ、あのあたりにいるのは再挑戦組ですね」
「再挑戦組……って何ですか?」
「領主様にアタックして跳ね返され、それでもめげずに挑戦を繰り返す人たちです。通称『不屈の闘志ザ・ドーントレス』です」
「だから余計に避けられるのでは?」

 ギルドの女性職員たちはみんな優秀だとケネスさんは言っていました。でも優秀すぎて押し売りされることが多いと。私の場合は仕事ぶりは問題なく、さらに結婚しているので押し売りされることはないだろうという理由で選ばれました。最初はその選び方はどうかと思いましたが……ケネスさんが疲れた顔をしていたのが分かった気がします。
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