新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第一部

連絡網の整備(簡易地図あり)

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 これまで放置してきたこと。それは異空間とこの屋敷の敷地を繋ぐこと。こちらが生活の中心になるとなかなか向こうに行く機会がない。たまにはぼーっと温泉に入るのもいいなあ。



 逃避しかけた。



 繋ぐとは言ってもどうするかだけど、とりあえず屋敷の裏口近くの目立たない場所に、開きっぱなしの出入り口を二つ開く。一つはサランたち、もう一つは蜂たち。サランや蜂しか通れないようにしておく。念のために出入り口はカモフラージュしておこう。

《サラン、通れるか確認してみて》
《了解であります》
《ミツバチたちはどう?》
《……だいじょうぶそう》

 そう言うとサランと蜂たちが飛び出してきた。

「問題なさそうだね」
《はっ。これからはこの領地の警備も行います》
「遅くなって悪かったね」
《いえ、閣下は領主でありますから、忙しくて当然であります》
「ミツバチたちはそっちの木の環境を整えたから、しばらく過ごしてみて」
《わかった》

 とりあえずサランたちはうちの庭の芝生に、ミツバチたちは屋敷の裏にある木の方に連れて行った。

「旦那様、あの時に見たウサギでございますね」
「今後はこの領地のあちこちで警備の仕事をしてもらうことになっているから」
「あまり強くはないとお聞きしましたが」
「戦う力はないけど、足が速くて隠れるのが得意で、どこにでも入り込むからね。それに、一匹が見たものを他の個体と共有できるから、誰かが何かを見たらそれがすぐに僕のところに伝わるようになる。言葉は話せないけど筆談はできるし、[念話]を使えば会話もできるんだけどね」
「たくさんおりますね」
「全部で八〇〇は超えたかな。僕の頭にいるのが一番最初のサラン。マイカの頭の上のがサランA、ミシェルの頭の上のがサランB。アンゴウカウサギという種族だけど、ほとんどサランと呼んでるね。それと、裏の木のところにミツバチたちが巣を作り始めたから、ビックリしないようにみんなに言っておいて」
「かしこまりました」



「それで、サランたちには交代で町の警備をしてもらいたい。だいぶ衛兵の数も増えたけどまだ十分じゃないし、ギルド職員との連絡役もしてもらいたいね」
《了解しました》
「明日各部署を回るから、何匹か着いて来てもらうよ」
《はっ、準備しておきます》



◆ ◆ ◆



「お前はまたおかしなものを……」
「まあ便利な連絡役が現れたと思ってください」
『字には自信があります』

 サランが紙にきれいな字を書いて頭上に持ち上げる。

「お、おう。まあよろしく頼むわ」
「この子たちには勝手に人の家には入らないように言っています。基本的には町から出ませんので、町中の見回りが中心です。仲間同士で情報の共有ができますので、どこかで何かが起きれば衛兵の詰所にいる子にも伝わります。そしてこうやって筆談でどこで何が起きたのか知らせます。言葉は話せませんがこちらの言っていることは理解しています。[念話]が使える人なら会話ができますけど」
「うーん、そいつらを使って連絡網が作れないか?」
「領主邸、ギルド、衛兵の詰所、城門あたりに待機させる感じでしょうか」
「他の町とは繋がるのか?」

 それができれば電話の代わりになるかな? あんまり無茶はさせられないけど。

「サラン、距離はどれくらいまでいける?」
《さすがに他の町までは無理であります。ですが、ある程度遠方まで伝達できますので、安全な拠点を用意していただければ繋がるとは思うのでありますが》
「一定間隔で中継点を用意すればどこまでも伸ばせそう?」
《理屈では。試したことはありませんが》
「俺にも分かるように話してくれないか?」
「ああ、すみません。今のところは無理です。一匹だけなら限度があって、届く範囲は限られています。ただし、途中で中継点を作ることで届く範囲を伸ばすことができそうです。ただ、これまでやったことがないので、試してみてできそうならやってみます」
「ああ、万が一に備えて頼む」

 その後は各所を回ってサランたちを紹介し、今後はこの子たちが常駐すること、どこかで何かが起きれば連絡が入ること、どこかに何かを伝えたい場合はこの子たちに言えば伝えられることを説明した。

 サランたちにはお互いがどこにいるかを常に把握し、伝達の間違いがないようにだけは気を付けてもらう。ようやく任務を与えられたからか、なんとなく張り切っているのが分かる。表情はあまり変わらないけど、いつも以上にフコフコしてる。



◆ ◆ ◆



 サランを使った、という言い方は誤解を与えそうだけど、この連絡網をどのように設置するか。彼女たちは、敵が近付いてくれば「敵が来たぞー!」と叫ぶようにみんなに伝えることもできるし、「ここだけの話だけど」と特定の相手に一対一で伝えることもできる。そしてこの伝達範囲は思ったよりも広い。でもさすがに他の町までは無理だった。

 一番近いアルメ村が三〇キロ先で、これはさすがに無理。通常で一五キロ、無理すれば二〇キロくらいは届けることができる。思った以上に遠くまで届いてビックリした。もちろん近い方が魔力の消費は少ないので、五キロから一〇キロ程度を目安に考える。

 ユーヴィ男爵領は現ユーヴィ市、当時のユーヴィ町、もちろん最初はユーヴィ村が最初にでき、そこを拠点にしてあちこちへ村を作っていった。だからユーヴィ市が一番東になる。



 男爵領を時計に例えて針の中心から見ると、ソルディ村は一時半の位置、アルメ村は二時の少し外側、ユーヴィ市は三時、トイラ村は四時半の少し外側、シラマエ村が七時の少し内側、ナルヴァ町が九時の少し外側になる。

 先日街道に石畳を敷く作業が終わったけど、まずユーヴィ市とナルヴァ町の間を敷いてもらい、その中心から他の四つの村に放射状に伸ばした。それからソルディ村とアルメ村の間、アルメ村とユーヴィ市の間、ユーヴィ市とトイラ村の間、それからトイラ村とシラマエ村の間にも敷いてもらった。

 シラマエ村とナルヴァ町、そしてナルヴァ町からソルディ村の間、時計の七時半から一時半の間に街道がないのは、ここはかなり距離があること、そしていずれはその間に町を作るつもりがあること、この二つが理由。町を作る際にこの部分に街道を通せば、少し潰れた環状の街道ができる。それはもう少し先だね。



 石畳が敷かれて移動しやすくなったので、五キロごとの一里塚を設置することにした。一里塚にそれぞれ番号を付け、ここをサランたちの連絡網の中継点にしてもらう。もちろん全部の一里塚にサランたちがいるわけではなく、一〇キロずつにした。あまり細かくしても手間が増えるだけだからだ。

 サランたちは誰がどこにいるかをみんなで共有できる。連絡を受けたら次の中継点へ伝え、リレー方式で次から次へと伝えていく。内部にはサランたちだけが通れる転移ドアを設置し、水場とセロリ畑を用意する。



 サランたちに伝えたのは以下の通り。

 必ず二匹以上で詰めること。

 一定の時間が経過すれば交代すること。

 次の中継点に連絡をするのはどちらか一匹にすること。

 一里塚の外に出るのはいいけど、人と遊ばないこと。

 一里塚に何かあった場合、以前とは違って意思疎通は断たず、次の一里塚まで逃げること。

 セロリに夢中になって連絡を受けるのを忘れないこと。



 どうもサランたちの頭の中にはレーダー画面のような表示が浮かび、それで伝達相手を選ぶらしい。次の中継点にいる二匹に同時に伝え、その時の連絡係の一匹だけが次の中継点に連絡を入れることで混乱しないようにした。一秒二秒遅れたところで問題になるような世界じゃないから、しばらくこれで運用してみて、改善する部分があるなら改善していこう。

 これによって、僕が頭上のサランに連絡を入れると、ナルヴァ町まで連絡が届くようになった。どうしてもタイムラグがあるけど、リレー方式なので仕方がない。もっとも[暗号]と[通信]で伝えるから、普通に話すよりもよっぽど早いらしい。

 サランたちはギルド職員とセットで働くことを関係者には伝え、決して悪戯をしないように住人に伝えてもらうようにお願いした。サランたちは逃げ足は速い上に[隠密]を使って存在感を消せるから、例えば大森林の魔獣に遭遇したとしても、正面から戦おうと思わなければ問題はないけど。ちなみに最近はトレーニングのおかげで全体的に能力が上がっているようだ。

「領主様、この子は持ち帰ったらダメですか?」
「ダメです」
「変なものは与えませんので、一匹くらいは……」
「この子たちは見たものを共有しますよ。最終的には僕の方に連絡が来ますからね」
「と言うことは、生活が丸見えに?」
「はい。だから家の中に入れてしまえば、食べたものや寝相まで僕に伝わります。伝わっても困りますけど」
「では、『領主様、抱いてください』と書いているところを見せたりすれば……」
「この子たちは戦闘は苦手ですが、破壊工作が大得意です」
「やめておきます」

 ギルド出張所兼公営商店の一角に、分かりにくいようにサラン用の転移ドアを設置。それぞれの町や村には一定数いてもらうことにする。ギルド内だけじゃなく、四方の城壁の上あたりにいてもらえば異変に気付きやすいからね。
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