新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第二部

ヴァスタ村での現地説明(簡易地図あり)

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 今日はギルド職員と一緒にヴァスタ村に来ている。基本的にやることはこれまでと変わらないから僕は来なくてもよかったんだけど、最初から領地に入っていたのと、後から組み込まれるのでは気分も違うと思うので、様子を自分で見ておきたい。

 説明会の会場は村長の家の前で、今のところは特に問題もなさそうだね。最初から荒れるのは嫌だから。

「みなさん、おはようございます」
「「「「おはようございます」」」」
「今日はこの村の今後について説明に来ました。質問は後からいくらでも聞きますので、まずはこちらの説明を一通り聞いてください」



 簡単に一通りの説明をしたけど、やはり全体的に気落ちしている気がする。それが一番よく表れているのが、ある村人が言った「でも領地の端であることは変わりませんよね」という一言だった。

 以前はもっと向こうにユーヴィ市があった、その向こうにナルヴァ村もあった。それなのにここよりも西が独立して別の領地になった。北に街道が通り、取り残されたように感じた。キヴィオ子爵領の南西の端にあった村が、ユーヴィ男爵領の南東の端にある村になっただけ。経済的な影響は少ないけど、気分的なものはどうしようもない。

 実際は良くないことではあるんだけど、人は自分よりも下がいると思うと安心できるものらしい。下方比較と呼ぶもので、他人を下に見ることで気分を良くするというもの。小学校のころ、養護施設で暮らす子供たちを馬鹿にしている同級生は多かった。僕は背が高かったから暴力を振るわれるような被害はなかったけど、回りくどい嫌がらせはあったね。そんな時はどうしたらいいかと言うと、結局は馬鹿にしてくる相手よりもいい点数を取って、心の中で舌を出すくらいしかないんだよね。

「みなさんはこの村の位置を端だと言いますが、この村は全然端ではありません。端と言えばナルヴァ町ですよ。西には大森林しかありませんから」
「ですがこの村とパダ町は街道からはかなり離れておりますし」
「そうですか? この領地の開発はまだ始まったところです。今後の予定をみなさんにお教えします」

 僕は持ってきた移動式掲示板(コロ付き)にユーヴィ男爵領とキヴィオ子爵領、それとその南北あたりの地図を貼り付けた。



「これがこの領地ができたころの地図です。ユーヴィ市がここ、キヴィオ市がここです。今年の初めから工事していた街道はここです」

 そう言ってその間に線を引く。

「そして来月からになりますが、実はアルメ町の北からレブ男爵領のエレーダ町まで街道を通す工事が始まります。これによってレブ男爵領を通ってさらに北と繋がることができます」

 今度はアルメ町から山の北を迂回してエレーダ町まで線を引いた。

「では今度は南を見てみましょう。たしかにヴァスタ村は今では一番南東の端に思えるかもしれませんが、ここにこのように線を引くとどうなるでしょうか?」

 僕はヴァスタ村から森を通ってサガード市まで斜めに線を引いた。

「この地域はこれまではキヴィオ子爵領だったため、僕にどうこうする権利はありませんでした。勝手に隣の領地のど真ん中に道を作るわけにもいきません。ですがユーヴィ男爵領に組み込まれることによって、ここが南の玄関口になります」
「玄関口……」
「はい。南から来れば、ヴァスタ村、パダ町、そしてユーヴィ市と繋がります。すべて石畳を敷きますので往来も容易になりますね」
「人が増えそうですか?」
「間違いなく増えます。中央街道の開拓が終わってから、以前よりも人が流れてくるようになりました。みんなのお目当てはこの国では作られていない果物などですね。それ以外には砂糖もあります。これがナルヴァ町で作られている砂糖です」
「白い……」

 この国の砂糖は、国内でテンサイから作られたものか、クルディ王国から持ち込まれたもので、色はやや茶色がかっている。まあその分ミネラルがしっかりと残っているんだけどね。ミネラル分を残した方が体には良いんだろうけど、他でも摂ることができるから、うちでは精製してグラニュー糖にしている。

「ナルヴァ町では砂糖作りが行われています。他の町でもクルディ王国で採れるような果物を作っています。この村でも何か名物になるようなものを育ててみませんか?」
「そんなものがあるのですか?」
「あります。これです」

 僕はカカオの実を取り出す。カカオポッドという言い方もある。小ぶりなラグビーボールのような形をしている。

「これはカカオという植物の実です。このままでは使えませんので、この中身を取り出して発酵させます。ちなみに中にはこのような種が三〇個から五〇個ほど入っています」
「それを食べるのですか?」
「いえ、そのままでは殻が付いている上に苦いだけです。途中は省きますが、これを加工して砂糖などを加えることでこのようになります。みなさん、一つずつ口にしてください。噛まずに舐めてくださいね」

 ギルド職員がみんなに配る。うん、みんなの分もあるから、その物欲しそうな顔はやめなさい。住民のみなさんに配るのが先です。

「これは甘いですね」
「少し苦いですけど美味しいです」
「香りがいいですね」

 好評かな? 苦いのが苦手に人向けにミルクチョコレートも作ろうか。ホワイトチョコレートも。おそらくホワイトチョコレートはクルディ王国でも作られていないと思う。王都でも見たことがないからね。

「これはチョコレートという食べ物です。栄養がありますので、疲れた時に食べるといいですね。これはユーヴィ男爵領では銅貨一枚で数個食べられるようにします」
「そうおっしゃるということは、やはり高いのですか?」
「クルディ王国から運ばれているものを王都で買うと、先ほどの一欠片で銀貨数枚はします」
「「「「えっ!」」」」
「クルディ王国でもよく似たものでしょう。銅貨一枚でいくつも食べられるものが、隣の国では銀貨何枚にもなります。もちろん運ぶのに手間がかかるからですけどね。それと希少価値です。この国では作れないものですから」
「この国で作れないものを作るのですか?」

 村長が怪訝な顔をした。まあこの国で作れないといったものを作らされるわけだからね。失敗したら責任を取らされるかもと思ったのかもしれない。

「はい、技術的には問題ありません。そのために温室を使っています。砂糖を始め、クルディ王国では普通に作れてもこの国では作れない作物を育てています」
「そこまでおっしゃるなら大丈夫ですね」
「ええ、育つのは保証しますよ。カカオは当面はこの村だけで育てるつもりです。もしカカオとチョコレートの人気が出たとしましょう。人はどこから来るでしょうか? はい、そちらの男性」

 そう言ってこちらを見ていた男性を指した。

「え、私ですか? ええと……大きな町なら……キヴィオ市とサガード市、ですか?」
「そうです。ありがたいことにこの村からはキヴィオ市にも行けますし、サガード市に行くこともできます。道を一つ通すことで、この村は重要な重要な通商路になります」
「この村が通商路……」
「そうなります。そういうわけで、この村には来年の後半以降はサガード男爵領方面から人がやって来ます。年内は北街道を通す工事で手一杯ですが、来年からは南街道の工事を始め、そして村の拡張なども行います。その前段階として、ここを村から町にしてます。もし何か必要なものがあれば、ギルドの窓口も兼ねる公営商店を設置しますので、何かあればそこに相談してください。ではここから先はギルド職員に説明してもらいます」
「はい、では今から公営商店とギルドの窓口について、私が説明を行います」
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