新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

文字の大きさ
156 / 278
第三章 第三部

出張

しおりを挟む
 目の前ではうちから来た女性職員たちが、キヴィオ市のギルド職員たちに総合ギルドの仕事の流れなどを説明している。増えたね。出張は二〇人じゃなかったっけ?

「ルボルさんの指示で増員しました。二〇人よりも三〇人の方が仕事がはかどるのが一点、キヴィオ市で相手を見つけてキヴィオ市のギルドでの勤務を続ける希望が増えれば恩が売れるだろうというのが一点」
「ルボルさんらしい言い方だね。正直に力を貸したいと言えばいいのに」
「実際にアタックを開始している職員もいます」
「それは仕事が終わってからだときちんと言ってください」



 大きな仕事は一段落したので家でゆっくりできるようになったと思ったけど、今日は出張でキヴィオ市に来ている。僕は今日だけで、職員たちはしばらくこちらに滞在することになる。

「これほど人が足りないというのが大変だとは……。ケネス殿には手間をかけますが、よろしく頼みます」
「いえいえ、ディルク殿、困った時はお互い様です」

 カロリッタから大まかには聞いていたこととレオニートさんから手紙で教えてもらったことに加えて、もう少し詳しいことをキヴィオ子爵から説明された。今回の件は基本的には隣の貴族領のことだから、ここに来るまで僕の方から詳しいことを聞こうとはしなかった。

 今回あらためて聞いたところ、パダ町とヴァスタ村の件では商人ギルドを中心にして役人やギルド職員の不正がかなりひどかったそうだ。他のギルドも含めて最初に七〇人以上が処分され、そこからさらに他の不正もぞろぞろと見つかったと。カロリッタが告白酒の使い方を教えたことで見つかった不正が増えたそうだ。

 それで徹底的に調査したところ、冒険者ギルドと製パンギルドはほぼ白だったらしいけど、商人ギルドはほぼ黒で、残りのギルドは四分の三から五分の四が黒といったところ。冒険者ギルドや製パンギルドで黒だと判断されたのは今回の不正とは関係なく、単なる着服だったそうだ。それはそれで問題だけど、横の繋がりはなかったらしい。

 冒険者ギルドは代々のギルド長がしっかりしていているらしい。製パンギルドはキヴィオ子爵領の屋台骨だったから、こちらは領主がしっかりと管理していたそうだ。

 それ以外のギルドは文字通りガタガタになってしまったため、とりあえず今は冒険者ギルドの近くに仮の総合ギルドを建て、一度そこに全員に集まってもらった。



「最初に話を聞いた時は、各ギルドの一部の職員を商人ギルドに移すか、あるいは他の町からしばらく呼ぶか、どちらかにしようと思いました。とりあえずそれで凌げばいいと。ケネス殿のやり方を提案してくれたのはレオニートでした。どうしても人手が足りなければギルドをまとめればいいのではないかと」
「そうですね。うちよりも町の数も多いですし、他の町から職員を移すのもありですね」

 商人ギルドの方はカロリッタがチクったせいで不正が露見したけど、他のギルドはほとんどが内部告発だったらしい。商人ギルドのギルド長と副ギルド長が処分されたと聞いて、うちのギルド長も処分してもらおうと動いた結果、不正の原因は取り除かれたけど、ギルドの上の方がごっそりといなくなった。ほとんどのギルドが役職なしの職員だけになってしまった。

 ギルド長は内部昇格の形でとりあえず埋めたものの、その状態で新キヴィオ市と旧キヴィオ市の二つに分けるとギルド職員がどう考えても足りなくなりそうなのでうちのやり方を導入しようとした。その準備をしていたところ、本来はそれを仕切るはずの役人たちも不正に関わっていたことが判明したので処分することになった。キヴィオ市の移転を目論んでいたサミ町周辺の町長たちも処分されたので、それも埋めなければならない。そちらにも信用できる人を回さなくてはならなくなり、どうしようもないほど人手不足になった。

 うちとキヴィオ子爵領は町の数が一桁違う。ギルドが置かれている町も多い。だからキヴィオ市にはそれぞれの町のギルドをまとめるための役人がたくさんいる。その役人たちが不正を仕切っていたせいでディルク殿の耳にもまったく不正の話が入っていなかった。

「本当に情けない話です。ただ、息子が継ぐ頃には町がきれいになっていると思えば、なんとかもう少し頑張ろうかと」
「引退する年齢でもないでしょう。ここでひと踏ん張りして町の立て直しが終わればまた気分が変わりますよ」

 結局のところ、ユーヴィ市がキヴィオ子爵領だったころから、子爵の甥を中心にして様々な不正が行われていた。キヴィオ子爵領はラクヴィ伯爵領よりも西側では一番大きな貴族領だけど、今は成長が横ばいだと子爵は言っていた。つまり色々とちょろまかされていたようで、それが続けば成長しようがない。その主犯格だった子爵の甥——今さらだけどアレシュという名前だそうだ——が国外に逃げたことで、どうもその不正が上手くいかなくなったようだ。

「昔から頭のいい甥でしたが、まさかそこまで悪知恵を働かせて不正をしていたとは思いませんでした。分かっていたら牢屋に放り込んだのですが……」
「国外に出たのなら慣れない土地で悪さをする地盤もないでしょうし、それなりに苦労するでしょう」

 役人や町長、ギルドの上の方、それに盗賊、このあたりが結託して不正をしていた上に、さらに東の方とも繋がっていて、大変なことになっていたようだ。僕が知っている話と合わせると、東の方のまとめ役が前パルツィ子爵なら、西のまとめ役がキヴィオ子爵の甥だったと。二人に繋がりがあったかどうかは今のところは分からない。それと、王都から遠く離れた場所だからから、甥としては権力的にどうこうすることはできなかったので、街道を荒らしたりして稼いでいたようだ。

 遡って調べてみたところ、以前はそこまでの不正はなかったようで、つまりその甥がそもそもの原因だったと。とりあえず一度膿を出し切ったところで人手も足りなくなったことだし、それなら新しい体制でやっていこうということになったらしい。



「それにしても、ユーヴィ市のギルド職員は優秀ですね」
「うちはちょっと特殊な育て方をしましたので」
「特殊ですか?」
「ディルク殿には以前私が店をしていると言ったと思いますが、その店でまず読み書き計算と礼儀作法を叩き込んでから仕事を覚えさせました。一部はギルド職員として採用しました。ユーヴィ市は働く場所が少なかったので、手に職を付けさせる一環ですね。ギルド職員になるかならないかは別として、読み書き計算ができて礼儀作法がきちんとしていれば、もしユーヴィ市を出て他の町に行っても仕事が見つかるのではないかと」
「外へ出ることを推奨しているのですか?」
「どこで働いてもいいと思うんですよ。ユーヴィ市にはとにかく仕事がなかったので、まずは受け皿を作って仕事を与えたり、それを発展させて職人を育てています。現在はそういう人たちが独立して店を開き始めています。ですがそのうち店もそんなには必要なくなると思いますので、そうすれば外へ出るしかなくなります」
「そもそもの考え方がやはり違いますね」

 キヴィオ市に限った話じゃないけど、技術のある人はその領地内で大切にして外には出さないことが多い。それは全然間違いではなくて、領主としては本当はそうあってほしいと思う。でもユーヴィ市のキャパを考えれば、そこまで職人ばっかり増やしてもどうしようもないという考えもある。人口六〇〇〇人程度の領地に、例えば仕立て屋が五〇〇人も必要ない。結局食べられなくなるだけ。それなら外で仕事を見つけた方がまだいい。そのためにはできるだけ高い技術を身に付けてほしいので職業訓練学校がある。

「技術は秘匿するものだと思っていましたが、何でも知っているケネス殿からすれば、秘匿する意味がないのでしょうね」
「何でも知っているわけではありませんが、他の人よりは知っている自信はあります。それで技術の話ですが、あまり秘匿しすぎるとそこで利権が発生してしまいますので、ある程度の時間が経てば公開することも考えなければならないと思うんですよ」
「それはレオニートに伝えた色ガラスの話ですか?」
「ああ、もう聞いたんですね。それも一つです。色ガラスを作り始めたとして、最初はみんなが欲しがるでしょう。そしてその技術を知りたいと思うはずです」
「それは当然でしょうね」
「仲間になりたい人たちは仲間に引き込んだらいいと思います。いずれは漏れるからです。技術が漏れるまでにしっかりとを周囲に名前を売り、色ガラスと言えばキヴィオ市、と呼ばれるようになっていれば成功ですね」
「なるほど。模倣されてもそれより上に行けばいいと」
「はい。粗悪な模倣品も出るかもしれませんが、明らかにが違えばすぐに分かります。差を広げておくことは必要ですね」

 ブランド戦略というのは他との差別化。それができないとどこも同じになってしまう。種なしのバナナやパイナップルはある意味ではブランド戦略。ユーヴィ男爵領では南国でしか育たない果物が採れるというのがそれ。そのための技術は今のところ外には出していないけど、商人たちが買い付けに来ているわけだから、温室は見られている。その情報を持ち帰って自分のところで再現できるかどうか。いずれは技術を広めたいとは思うけど、それはもう少し先になると思う。

 まず温室に使うガラスが高いこと。石油から作られる合成樹脂がないから、使うならガラスしかない。マリアンの鱗はプラスチックのような素材だから代わりになると思うけど、さすがに温室には使わない。そもそも竜の鱗は非常に高価らしいからね。

 次に魔道具が高いこと。温室で南国の果物を栽培するには、温室内の温度を高めにし続ける必要がある。もちろん火を焚いて温度を上げることもできるけど、寒暖差が必要なので上げたり下げたりする必要があり、火を焚いて調節するのはなかなか難しい。薪が大量に必要になるし、温室の中で火を焚くと一酸化炭素中毒になる可能性もあるので、魔道具を使わないとかなり大変。だから温度調節の魔道具もあった方がいい。

 いずれはそうやってうちの真似をする場所が出てくるかもしれないから、魔道具の販売を始めることにした。ジェナと一緒にユーヴィ市に来た留学生たちがみんな一定の基準に達したということで、来月あたりに魔道具技術者ギルドを立ち上げることにした。技術者を育てるということになっているけど、しばらくの間は製造が中心になりそう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

処理中です...