新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第四章 第一部

アナージ市から東へ向かう

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「この先で一番大きな町がシグルド市でしょうね」
「このあたりは漁師町が多かったけど、やっぱりそうなのかな?」
「国境の町ですので、あまりそのような印象はありませんでした。どちらかと言えばヴァリガ市に近いでしょうか」
「ああ、多国籍なんだね」

 ヴァリガ市は色々な国の特徴が混じっていた。服装や町の雰囲気にも。

「フェリン王国とレトモ王国とクルディ王国の三か国かな? もしかしたらヴェリキ王国も入ってる?」
「それもありますが、クルディ王国は別の大陸の国とも交易をしていますので、このあたりの国にはない物もあることがあります」
「へえ、例えば?」
「家畜ですが、豚とか——」
「豚がいるの⁉⁉」
「ひゃいっ!」

 あまりに驚いて思いっきり聞いてしまった。

「ごめん。ちょっと興奮しすぎた」
「申し訳ありません。もっと早く言った方がよかったでしょうか?」
「いやいや、フェリン王国にはいなかったけど、どこかにいるんじゃないかと思ってたんだよ。そうか、クルディ王国にはいたのか」
「別の大陸から連れて来たそうで、少しですが育てられていました。さすがに国外に出すほどはいなかったようです。当時の話ですが」

 そうか、豚か。本当のトンカツができるね。いや、最初の頃はカローラが食材を買って入れてくれて、その後はヴァウラさんがその仕事を引き継いでくれたそうなんだけど申し訳なくて。それでもどんどん追加されてるから使ってるけど、肉はこちらのものを使うからね。

 ロックボアは猪の魔獣だから肉は豚よりはしっかりと弾力があって旨味も十分。でも家畜として飼うことはできないからね。

 豚は牛と違って一度にたくさん産むし育つのも早いから、食肉にするのに一番向いている。エサには気を使うけど、豚が手に入れば農場で育てるのもありかな。

 魔獣の肉が手に入らなくなったとしても、食肉が確保できるようになるのは大きい。おそらくあの倉庫にあるだけで何十年も肉には困ることはないと思うけど、代替手段があるに越したことはない。

「豚が手に入ればユーヴィ市で育てたいね。家畜としては優秀だから」
「肉なら魔獣で十分ではありませんか?」
「可能性はゼロに近いと思うけど、もし魔獣の肉が手に入らなくなったとしたらどうする?」
「それなら……山で野獣を狩るか、もしくは家畜しかないですね」
「肉が高価なのは手に入りにくいのもあるからね。王都周辺で手に入るのは家畜が多いでしょ? 山が遠いから野獣の肉は少ない。だからどうしても量が限られるから高くても売れる。それに飼育しているのは北部が多い。それを運ぶ必要もある」

 北部で牧畜が盛んな理由は、育てる環境が良かったのが理由としては一番大きいけど、一部の貴族から積極的に育てるように言われていたのもある。そして買い取る貴族がいなくなると同時に経営が苦しくなった。

 この山の東側の地域も牧畜はされているけど、そこまで大規模ではないらしい。どちらかと言えば酪農が中心。

「お金がかかる要素が多かったのですね」
「そう。ユーヴィ市なら自分たちで育てて自分たちで食べればいい。無理に売る必要はない。これまで外で売っていた物が売れなくなると経営的には大打撃になる。だからその土地で採れたものをその土地で消費する地産地消が一番いいと言われるのはそのような理由がある」
「ではパイナップルやバナナなどは大丈夫でしょうか。あれもかなり売れていますが、売れなくなったらどうなりますか?」
「うちの特産品は他では育てられていないからね。頑張れば他でも作れると思うけど、なかなか大変だよ。全く新しい技術は使ってないけど、うちでは温室を始め、それなりの技術を導入しているから。それに本家クルディ王国の物よりも種がなくて食べやすいからね」
「そうですね。家畜は他でも手に入れることはできますね」

 牛や山羊の買い付けを行ったときにカルース男爵とも話をしたけど、できれば商品になる物は複数用意した方がリスク回避に繋がる。

 あそこには色々な燻製や肉酒を元にした固形スープの素を教えたので、今後は家畜を使った商品を開発すると言っていた。湖で獲れる魚を使った固形スープの素から鰹出汁っぽいスープを作っていた。とりあえず底は抜けたらしい。

「あらかじめ名前が売れていれば問題ないんだよ。例えばカルース男爵領の牛肉は最高級品という評判がもっと広まっていれば、タルティ公爵領がなくなっても他が買ってくれた。でも他との差別化ができていなかったからその他大勢と変わらなかった。それに他の販路もなかったからね」

 北部地域の中でも、カルース男爵領の西側にあるティーダ男爵領やラネール男爵領はそこまで盛んではないし、しかも売る場所は他にもあった。東側のコリカ男爵領も同じ。でもカルース男爵領の南にはタルティ公爵領がドンと存在していたから、言われるがままに卸していた。

 それでタルティ公爵領がなくなり、慌てて新しい売り先を探してもそう簡単には見付からない。ティーダ男爵やラネール男爵が頼まれて買っていたけど、彼らが買っていなければ危なかったんじゃないかな。

 企業と違って不渡りを出していきなり倒産ということはないと思うけど、信用で買うことがない国だから、現金が尽きると詰んでしまう。

 何でもかんでも導入すればいい訳ではないけど、万が一に備えて対策をしておきたい。魔獣だけでもダメ。家畜だけでもダメ。できれば両方。

「牛や山羊ではダメなのですか?」
「悪くはないよ。でも牛は一度に一頭しか産まないでしょ。山羊でも三頭くらいかな。でも豚は一〇頭くらい産むし成長が速いから、食肉のための家畜としては一番優秀だと言えるね」

 無理をして家畜の肉を食べる必要はないんだけど、仕事を増やすという意味もある。

 領内にいるのはニワトリ、アヒモ、ガチョウンなどの卵を産む鳥、牛や山羊などの乳を搾る家畜、そして馬。馬は屋敷にいる頭のいい馬じゃなくて、巡回兵や乗る馬や公営馬車を引く馬。これらの世話をする仕事もある。そこに豚の世話や屠殺の仕事が入れば、さらに仕事が増える。

「やはり万が一のことを考えないといけないのですね」
「何かあった時のためにあらかじめ準備しておけば、もしトラブルが起きれば『ああよかった』と思うし、もし何もトラブルがなければ『準備が無駄になったけど何もなくてよかった』と思える。つまり安心代も含まれる」
「私ではさすがにそこまで先を考えるのは難しいですね」



◆ ◆ ◆



「えーっと、あれは位置的にトレマン市でいいのかな?」
「はい、アナージ子爵領の一番東にあるトレマン市ですね」
「時間的に飛ばそうか」
「そうですね。姿を消したまま中に入って踏んで、そのまま出るのでいいのではないでしょうか」
「そうしようか」

 トレマン市に罪はないけど、今回は飛ばしてしまおう。ちょうど食事や宿泊の時間に合えば入るけど、そうでなければ足を踏み込んでそれですぐに出る。面倒だけど。

 これは[転移]がそのような仕組みになっているから。上空を通過しただけではダメで、ちゃんと地面を足で踏まないと記録されないらしい。[瞬間移動]という魔法と組み合わせて、ささっと入ってささっと出る。

 この[瞬間移動]はに瞬時に移動できる魔法。だから魔力があればどこまででも移動できる。試しに[結界]を使った上でどこまで行けそうか試してみたけど、一万メートルくらいまでは軽く行けたので、使い方を間違えたら危ない。

 いくら[結界]のお陰で安全だとしても、生身で大気圏を飛び出すつもりはないからね。ちゃんと移動先を確認したいと危ない。

 そういうわけで、宿泊も滞在もしないけど足を踏み入れたいと思ったら、[隠密]を使って姿を消し、町の上から[瞬間移動]で一度着地してそのまままた空へ、そんな手抜きの移動もしている。

 この先にはラーシ男爵領の領都ラーシ市があって、もう少し東に進むとシグルド辺境伯領。とりあえず今日のとことはラーシ市まで行ってからどうするかを考えよう。
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