新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第四章 第一部

閑話:ある店主の疑問

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 オライエ市で宝飾品店を経営しているドゥシャンと申します。このオライエ市で生まれ、若い頃にはクルディ王国に商品を買い付けに行ってはアナージ市、あるいは北に進んでパルニ公爵領で販売するということを繰り返しておりました。道中はそれなりに危険なこともありましたが、運が良かったのでしょう、これまで大きな怪我一つせずに済みました。

 若い頃は売れそうな物なら何でも販売していましたが、資金が十分になった三〇代には、取り扱う商品を宝飾品に限ることにしました。何でも扱うと言えば聞こえは良いかもしれませんが、それぞれの商品に対して適切な知識がなければ商人としては失格でしょう。私の場合、自信を持って説明できるのが宝飾品でした。

 私は子供の頃から手先が器用なこともあり、自分で様々な素材を加工して販売することもありました。ですが専門の知識と技術を持った職人の作った商品を手に取れば、いかに自分の技術が稚拙ちせつかということが分かりました。

 その一方で、たまたま目にする機会のあったクルディ王国で作られた指輪を目にした途端、私が扱うべき商品はこれだと気付かされました。それが宝飾品を専門に扱うことになる切っ掛けだったと思います。

 しばらくは資金を貯めるために奔走し、店を持って店員や職人を雇い入れられるくらいにはなりました。信頼できる商人と知り合ってからは彼に仕入れを頼み、私は店の方で接客を担当するようになりました。



 先日あるお客様がいらっしゃいました。エルフの男性と奥様と思われる同じくエルフの女性、そして一〇歳にはなっていないと思われるお子様が三人。その三人のうち一人はエルフで、もう二人は人間のようでした。人間の子供二人は少々遠慮気味に話をしていたので、娘様の友達だったのかもしれません。

 その男性はお子様たちに好きな物を一つ選んでもいいと言うと奥様の方に向かわれました。奥様は先日当店がクルディ王国で買い付けたペンダントにご興味があるようでした。

 長年店頭に立っておりますと色々と見えてくるものでございます。一見興味なさそうに思わせておきながら実は興味津々であったりとか、お連れ様に合わせて興味津々に見せておきながら実はあまり興味がないとか、身分や年齢に関係なく、商品とお客さまの間には様々な物語が存在するわけです。

 ジェナと呼びかけられた奥様は、当店に足を踏み入れてしばらくすると、それからはじっとそのペンダントに目を向けておられました。金と色ガラスでできた、直角三角形のペンダントトップです。自信を持って販売できる商品です。結果としてお客様はそのペンダントを購入されることになりました。

 このお客様ですが、私はお会いしたことがありません。商人は記憶力が命です。人の顔は一度で覚える、それが次の仕事に繋がるのです。

 お客様に名前を伺ったところ、「名刺です」と一枚の金属の板を渡されました。名刺は訪問先で渡すことはありますが、さすがに金属で作られた物は見たことがありません。そこには「ユーヴィ男爵ケネス」と彫られていました。

 ユーヴィ男爵と言えば、最近は名前をよく聞くようになりました。一昨年まではこの国の一番西にあったのはキヴィオ子爵領で、その中でも一番西にある大きな町がユーヴィ市でした。そこを中心にして新しい領地が作られたそうです。

 大森林の暴走をごく少人数で食い止めた冒険者だと聞いていましたが、やや線が細めの男性で、ぱっと見たところではそうは思えません。ですが本当の実力者とはそのような存在なのかもしれません。

 ユーヴィ男爵様がお帰りになった後、その名刺を改めて見ましたが、これがよく分かりません。これは金属だと思われますが、かなり軽いですね。そして光にかざしても眩しくないようになっています。一体どのようになっているのかとよく調べたところ、表面がうっすらとヤスリをかけたようになっていました。サラサラとした感触は非常に手触りが良く感じます。

 これは宝飾品ではありませんが、少し気になる素材ではあります。私はお抱えの職人に調べさせることにし、同じ物を作ってそれを宝飾品に使えないかと考えました。



「再現は無理です。そもそも素材は何ですか?」

 名刺を見せた職人から数日経って無理だと言われました。できた物を比べれば違いは明らかです。

 まず当店の職人たちは鋼を用いて形を作り、そこに名前を彫ってインクを流し込んで固め、その表面にヤスリをかけました。ですが表面がザラザラになってしまい、とてもサラサラという手触りではありません。

 そもそも重さが違います。男爵様からいただいた名刺は金属のようですが軽すぎます。金属のようで金属でない素材。これは一体何でしょうか。

「旦那様、もしよろしければユーヴィ男爵領に行かせていただけませんか? この名刺について何か分かるかもしれません」

 職人の一人ベルトがそのように話しかけてきました。そうですね……

「何が何でも知りたいわけではありませんが……ベルト、そう言うあなたの方が知りたいのではありませんか?」
「バレましたか。この年までここで働かせていただきましたが、このような金属は見たことがありません。やや白みがあるので偽銀でもありません。何なのかが気になります」

 彼の言う偽銀とは、銀のような金属でありながら銀よりも軽く、しかも放っておいても黒くならない金属のことです。銀食器はすぐに表面が黒くなります。そうならないように磨くのが上級使用人の務めです。黒くならない銀を使うようになれば使用人が不要になってしまいます。そのため偽銀を使わない貴族がほとんどです。

 偽銀は平民用の宝飾品に使われることもあります。銀よりは安いとは言え、それでもそれなりの価格にはなります。そこまでして買うなら、そのお金は他に使うでしょう。

「私があなたを首にすることはありませんよ。私は店を離れることはできませんから、あなたがユーヴィ男爵領に行って調べてみてください」
「ありがとうございます。絶対に何らかの成果を持って帰って来ます」



 翌日、ベルトはユーヴィ男爵領を目指して旅に出ました。単に往復だけでも一年近くかかるでしょう。そう考えれば彼が帰って来るのはそれなりに先のことになるでしょう。二年か三年か、はたまた五年か一〇年か。それまで私が元気に店頭に立っていればいいのですが。

 あるいは息子が店を継いで、私は引退していることもあるかもしれません。もしベルトがあの金属についての情報を持ち帰ったとしたら、それを使った商品を扱うのは息子になるでしょう。
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