新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第四章 第一部

アナージ市とおかしな習慣

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 今日は昨日の続きでアナージ市へ向かう。やはり海が近いからか風が潮を含んでいる。匂いで分かるね。

 今日はジェナ一人だけだから前と同じくお姫様抱っこ。ずっとその姿勢で空を飛んでいると腕や足の感覚がおかしくなるから、たまには地上に降りて歩く。

 どれだけステータスが高くても、同じ姿勢を維持するのは疲れるから、たまに休憩する。そうして地上を歩いていると、山が近いこともあって魔獣や野獣が出ることもある。僕が体をほぐしている間はジェナが魔獣の相手をしてくれる。

「やはり何かおかしい……」

 サイレントベアを倒したジェナが隣でボソッと呟いた。

「ん? 何か気になる?」
「あ、はい。実は以前は……まあ冒険者として未熟だったというのはあるでしょうが、熊や狼にはかなり手を焼いた記憶があります。ですが、先日から気になっていたのですが、動かない人形を狙うくらいにあっさりと倒せてしまいました」
「おそらくステータスが上がってるんだろうね」
「そんなことがあるのですか?」
「ジェナには言ったことはなかったかな?」

 ステータスを見る方法はこの世界の人たちにはない。そのための魔法やスキルはないから。あるのは管理者専用。これを使った魔道具などを作って、誰にでもステータスが見れるようにするのはさすがにダメらしい。

 ステータスは自分の筋力や俊敏さなどを数値として示すことができる。それ以外にも持っている能力についても表示されるようになっている。普通ならスキルは遺伝もしないし他人に移ることはない。でも僕が絡むと少し違ってくる。

「僕とと数値やスキルがおかしくなることがあるんだよ」
「では昨日の夜のことも影響しているのでしょうか。ちなみにそれはどのような理屈なのですか?」
「詳しいことは誰にも分からないみたいなんだけどね」

 僕の種族が[エルフ?]になっていることからも分かるように、持っている力があまりにも異常すぎて普通に表示されない。子供たちにもそれが引き継がれてしまっている。とりあえずそういう関係になると[不老]が移ることが分かった。そしてステータスの上がり具合もかなりおかしくなる。

 エリーもマイカも戦いは苦手だけど、腕力の数値はこの国のトップレベルと渡り合えるくらいには強い。だからお菓子を作るのに泡立て器をどれだけ使っていても疲れない。ハンドミキサー以上だから。マイカの面倒くさがりはステータスが上がっても治らないけど。

 ただ腕力がどれだけ上がっても魔獣を真っ二つにすることはなかなかできない。その前に剣が折れるから。腕力が上がるということは、剣にかかる負担も大きくなる。

 例えば、子供がナイフで肉の塊に切り付けるのと、大人がバターナイフで切り付けるのを考えれば、子供の方がスッパリと切ることができるのは分かる。

 このことを考えると、腕力よりも剣がどれだけよく切れるかの方が大切。ジェナの愛剣はずっと同じだそうだから、腕力よりも動体視力が上がった影響の方が大きいんだと思う。

 僕くらい腕力の数値が上がると、間違いなく剣の柄が持っているところから折れる。だから剣はあまり使わないけど、どうしても使う時は刺身包丁のように刃筋を立ててスッと引くようにしている。

 正直なところ、ステータスが高いなら丸太か何かで殴る方がダメージを与えられるよ。

「ジェナはユーヴィ市に来てからは魔獣と戦ったことはなかったでしょ?」
「はい」
「だから変化に気が付かなかったんだと思うよ」
「では私も閣下のおかげで強くなれたということですね?」
「強くなったというか数値がおかしくなっただけなんだけどね」

 下手すると文字化けするから。バグではないと思うけど、楽しい話でもないんだよね。

「ではもっと頑張らないといけませんね。今夜もよろしくお願いいたします」
「いや、もう十分強いと思うよ」



◆ ◆ ◆



 海沿いのアナージ市までやって来た。ジェナが魔獣との戦いをもう少し経験したいというので、何度か地上に降りて山の中に入った。[地図]があってよかった。

 このアナージ市だけど、ここはやはり海産物が豊富らしい。これは期待せずにはいられない。

「私は地峡を渡って東の方から王都に向かいましたのでこのあたりは詳しくありませんが、ロッジーヤ市とアナージ市の間には船の定期便もありました。当時も賑わっていましたね」
「やっぱり北の方とは服装も違うね」
「海を渡った向こう側のロッジーヤ市もよく似た感じでした。港で働く人たちはどの国でも同じようなものでしょうね」
「暑いし汗もかくだろうからね」

 今は一月。とても暑いと言う時期ではないはずだけど、ここは王都からだいたい二〇〇〇キロほど南。惑星自体が地球よりもかなり大きそうだからはっきりとは分からないけど、おそらく南国に近いと言ってもいいと思う。ユーヴィ市が西岸海洋性気候に近いとすれば、このあたりは熱帯モンスーン気候くらいになるんじゃないかな。

 男女とも、上は薄手の長袖Tシャツのようなものを着て、下はスカートのようなものを履いている。風通しは良さそうだね。多少透けているのが目の毒だけど。どうしても海沿いの地域は開放的だからね。もちろん太平洋側と日本海側でも違うけど。

「下に履いているスカートはクルディ王国でも見たことがあります。かなり……前のことですし、国が違うと言えばそれまでですが、ここの人たちは上は長袖を着ていますね。暑くないのでしょうか?」
「直射日光にずっと当たると疲れるからね。汗はかくけど肌を隠す方が疲労は少ないんだよ」
「なるほど。もしかしたら閣下のような知識を持つ人が教えたということもあり得るのでしょうか」
「うーん、どうだろう。経験によって知ったのかもしれないけどね」

 暑さの感覚は地域によって全然違うと思う。日本の暑いのとカリブ海地域の暑いのは違うだろうから。湿度も関係するから。

「私が見たことがあるのは、男性は上半身が裸、女性は薄い肌着を着るか胸に軽くサラシを巻くかするくらいでした。下は同じようなスカートですね。風通しがよくて涼しいそうです」
「海の男と海の女って感じがするね」
「はい。仕事が終わればその場で強い蒸留酒をグッと一杯喉に流し込んで気分を高め、そのまま物陰で事に及ぶためだとか。終わった後もスカートを下ろせばいいだけなので楽なんだそうです」

 脱いで着るのも面倒なの?

「それって偏見じゃないの? 港で働く人たちに怒られるよ」
「実際に色々な人たちから聞きましたので間違いありません」
「あ、そう……」
「ところで閣下、先ほど市場の露店で二人分買っておいたのですが、ちょうどそこにいい感じの茂みがありますね」

 ジェナがさっき見たようなスカートを取り出しながらそんなことを言う。まだ昼過ぎなんだけどね。

「もうちょっと待てないの?」
「文化というものは現地で体験してこそ意味があるとおっしゃったのは閣下です」
「……まあね。異文化体験というのはそういうものだけど、ちょっと意味が違うと思うよ。性風俗は話が別じゃない?」
「いえ、まさに今ここでしか体験できない文化です!」



◆ ◆ ◆



 夕方になり、僕はジェナをお姫様抱っこをしたまま宿屋に入った。受付の女性の表情が少々微妙だったのは見間違いではないはずだ。とりあえずあれからは目一杯頑張ったということだけは言っておこう。ジェナが立てなくなるほどに。

 部屋に入ってベッドにジェナを下ろして一息つく。

「それで、明日からはどう進む? 船で渡るか東へ進むかなんだけど」
「船で渡る方がクルディ王国に入るのは早いですが、サニティまで行こうと思えばかなり遠回りになりますので、地峡の方から回ってもいいかと思います」

 サニティはジェナが生まれ育った森の中にある町の名前。エルフを中心に長命種が多いらしい。そこに行くにはこのまま東へ向かって、シグルド市から王都方面に向かって船で運河を進み、途中で降りて森に入るのが早いのだとか。

 今いるアナージ市から『フ』のように移動するか、海を渡ってから『レ』のように移動するかの違いなんだけど、先にジェナの故郷で、王都はそれから後でもいい。とりあえず『フ』のように、まずは東に向かってシグルド市に向かい、そこから地峡を渡ることにした。

 空を飛んで行けば早いんだけど、それは無粋だから口にしない。それよりも時間をかけてジェナがもっと僕に慣れるようにするんだとか。そんなことを言ったのはリゼッタ。

 こういうことは普通なら妻の間で問題になりそうだけど、そもそも寿命がなくなったわけだから、細かなことは気にしないらしい。「それじゃ次は」って感じで。そういうわけで、クルディ王国には基本的にジェナと二人で向かうことになっている。たまにミシェルとカリンとリーセも一緒に行く。他にも誰かが参加することはありそう。

「閣下、帰省というものはいいものですね。魔獣を狩りつつ故郷に戻る。しかも閣下に抱かれて強くなれる。これほど心が震えるものはありません」
「本来はそういうものじゃないんだけど、これも新しい帰省でいいのかな?」
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