新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第四章 第一部

オライエ市にて(二)

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「ジェナ、別嬪べっぴんだって」
「閣下以外に言われても嬉しくないことがよく分かりました」

 絡んで来た男たちを見ながら、ゲンナリした顔でジェナが言う。

「姉ちゃんだけちーっと顔を貸してくれねえか?」
「そうそう、じーっとしていればすぐに終わるぜ」

 色々とやってそうだから、二度と悪さをしないように少し脅して——

「閣下、少し相手をしてきます。三人をよろしくお願いします」
「大丈夫?」
「はい。後れを取ることは億に一つもあり得ません」
「分かった。任せるよ」
「はい、閣下」

 ジェナは立ち上がると少し離れた建物に指差した。

「そこの四人、向こうの建物の裏にでも行きましょうか」
「おっ、いいねえ、積極的な女は」
「気の強そうなところがそそるねえ」

 ジェナの後に四人がぞろぞろと続いて行った。

「ジェナさん大丈夫ですか?」
「四人はさすがに無理じゃないですか?」

 カリンとリーセが心配するけど、僕は戦いについては心配していない。それよりも感情の問題だね。

「まあ二人がジェナのことを心配するのは分かるけど、問題ないよ。さすがに僕だって何かありそうなら最初に止めるから」
「ジェナお姉ちゃんなら問題ないよ」

 ミシェルが二人に説明してくれる。ちなみにうちの家族の強さは、カローラによる最新版ならこうなる。

 僕>(壁という概念を超えた壁)>カローラ>=カロリッタ>(理論上は越えられない壁)>マリアン>=リゼッタ>=ジェナ>(簡単には越えられない壁)>マノン>>ミシェル>セラ>=キラ>エリー>(やる気という名前の壁)>マイカ

 順位の変動はないけど、リゼッタがやや強くなったかな。ジェナは元々がポテンシャルが高く、魔力量さえ十分ならかなり戦える。しかもカローラに色々と教わっていた。

 タイプ的にはやや魔法寄りの軽戦士タイプで、リゼッタといい勝負ができそうなくらいの位置にいる。下手をすればマリアンとも対等に戦えそう。

 それならマノンとの間の壁がどうなのかと言えば、マノンは基本がおっとりしているから、本来は戦い向きの性格じゃない。仕事としては保育士が向いていると思う。前は武闘家なんてやっていたけどね。

「でも心配です」
「ジェナお姉ちゃんならすぐに戻って来るよ」
「もし何かあったら……あ、お帰りなさい!」
「ただいま戻りました」
「ほら」

 ミシェルが二人を宥めていると、ジェナが眉間に皺を寄せて戻って来た。

「お帰り」

 近付いてそのままジェナを抱きしめる。危険だとは思っていなかったけど、気分的には色々あるだろうからね。

「あ、ありがとうございます」
「怖くもなかったとは思うけど、念のためにね」
「では遠慮なく」
「「「いいなー」」」



 ジェナによると、あれから裏に行ったら案の定飛びかかって来たので、叩きのめして地面に大の字にさせ、焼いて、潰して、焼いたらしい。(麻痺させて動けなくした上でズボンの股のところを)焼いて、(男のシンボルが露出したのでかかとで玉ごと踏み)潰して、(それから二度と再生できないように炭化するまで念入りに)焼いたらしい。

 そこまでされればそう簡単には元には戻らないだろうね。三人はふんふんと頷いていたけど、普通はそこまでしないからね。だから焼いちゃダメ。潰してもダメ。

 肉体回復薬ヒールポーションはカローラが作った物のように質が高ければ欠損ですら治るけど、一般的な物なら古傷は治らないし、欠損を治すのはまず無理。あの四人は盗賊ではなかったけど、特徴に[強姦魔]が付いていたから常習だろうね。さすがに哀れには思わない。

「閣下以外に触れさせることは絶対にありません。触れていただきたいのは閣下だけですので……」
「はいはい」

 今日はミシェルたちがいるから日帰りの予定だからね。まあ屋敷に戻ってからで。

「まあちょっとトラブルもあったけど、買い物の続きをしようか」
「ケネス様、あれは玉焼きではないのですか?」
「あの丸いのです」
「あれって、大判焼きかな?」
「パパ、大判って?」
「大判っていうのはこれくらいの大きさのお金のことで、その形を模した焼いた食べ物だから大判焼き」
「中には何が入っているのですか?」
「普通なら小豆あんかな」

 お子様三人は興味津々。このあたりは何の屋台か分かるように看板が付いている。お祭りの屋台みたいに。でもそれが何か分からないみたいだね。

 名前としては大判焼きや今川焼きが全国的だけど、回転焼きとか太鼓焼き、太閤焼き、天輪焼、まるまる焼、リング焼き、カルチャー焼き、ふーまん、御座候などのバリエーションがある。材料も色々。甘いだけじゃないのが面白い。材料はほぼお好み焼きみたいな物もある。

「いらっしゃい」
「えーっと、種類が色々とありますね」
「うちは美味い物なら何でも入れるからね」

 一応絵と文字で種類が分かるようになっている。これなら子供でも注文できるね。

「みんな、好きな物を注文して」
「私はチョコバナナ」
「それじゃクリジャムでお願いします」
「クルミとハチミツ」
「私はアンズと小豆をお願いします」
「僕はジャガバターチーズで」

 一人だけ浮いてしまった気がするけど美味しいよ?

「さすがに食べ物ばっかり買うのもどうかと思うから、これを食べたら他の物を見に行こうか」
「「「はーい」」」



◆ ◆ ◆



「あれ可愛い」
「どれ?」
「あっちの赤いの」
「あ、本当」
「これは?」

 食後は「ドゥシャンの店」という名前のちょっとした高級店に入ってみた。子供三人が木とガラスを使ったアクセサリーを見ている。単なる賑やかしだと思われたとしても、エルフに貧乏人はいないというのが一般的な受け止められ方だから、僕とジェナがいれば店員には嫌な顔はされない。三人にはそれぞれ一つ買っていいと言っている。

 一方のジェナは一点を見つめている。

「ジェナはこれがいい?」
「え? いえ、綺麗だとは思いますが……」

 ジェナは最初はキョロキョロと周りを見ていたけど、ある瞬間に視線が固まった。彼女が見ていたのは色ガラスと金を使ったペンダントトップ。色ガラスは高いからね。旧キヴィオ市では僕が何種類かの色の出し方を教えたけど、一般的に色ガラスは偶然の産物、あるいは奇跡として扱われている。

 だから作ろうと思ってもなかなか作れる物ではないので高くなる。これは青と赤と黄と緑と透明なガラスが使われたもので、形が直角三角形になっている。

「お客様、そちらはクルディ王国の王都クルドゥスにある工房から買い付けた商品でして、今のところはこの一点しかございません」

 先ほどからにこやかな表情で立っていた年配の店長が、ススッと流れるように近寄ってそう言った。

「色ガラスも立派ですね」
「ええ。私もこの店を長くやっておりますが、なかなかここまで鮮やかな色は目にしたことがございません。奥様への贈り物にいかがでしょうか?」
「そうだね。ジェナ、一度付けてみて」
「よろしいのですか?」

 ジェナは躊躇ためらいながら金色の紐を手に取って付ける。紐の部分は何本もの金糸を撚り合わせている。

「い、いかがでしょうか?」
「奥様、よくお似合いでございます」
「うん、よく似合うよ」
「そ、そうですか?」

 ジェナはまだ一般的な金銭感覚を持っているので、金と色ガラスの組み合わせがどれくらいするかを考えているのかもしれない。

「ではこれを。それと、その三人が持っている物も一緒に。みんな付けて帰るのでいい?」
「うん、付けて帰りたい」
「私も付けます」
「付けて帰ります」
「それならジェナもそのままね」
「はい」

 三人とも髪飾りを選んでいた。どうしてそれにしたのかと聞いたら、三人とも「結婚指輪を貰うから指輪以外で選んだ」らしい。本当にもう。



「お客様、お支払いはどのようになさいますか?」
「ではこれで」

 金貨を二枚取り出して布張りのトレイに乗せる。

「お釣りを用意いたしますのでしばらくお待ちください」
「閣下、今さらですが、こんなに高い物をよろしいのですか?」
「たまには贈り物くらいしてもいいでしょ?」

 うちの妻たちはそれほどアクセサリーは欲しがらない。僕が作るアクセサリーは渡しているけど、僕はあまり華やかなアクセサリーは作らないから、そうしても地味な物ばかり作ってしまう。これは華やかだからジェナにはよく似合っている。

 しばらくすると店主がトレイにお釣りを乗せて戻ってきた。

「こちらがお釣りでございます。本日は当店をご利用いただきありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「最後になりますが、当店を初めてのご利用かと存じます。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 高級店だからね。感じの良いお店だったから、今度みんなを連れて来ようかな。

「ではこれを」
「これは?」
「名刺です」

 紙ではなく、あえてアルミで作っている。つや消しのヘアライン加工を施してからそこに「ユーヴィ男爵ケネス」と名前を彫り、凹んだところにインクを流し込んで固めてある。刺さると危ないので角は取ってあるから、クレジットカードのような形状になっている。

「なるほど、あなたが噂の」
「どんな噂かは分かりませんが、また家族を連れて来ますので」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」

 お店を出て、それからしばらく歩いて町を出る。

「さあ、今日のところはそろそろ帰ろうか。三人とも、また近いうちにどこか途中の町に連れて来るからね」
「はーい」
「「ありがとうございました」」

 転移ドアを出して、順番に通る。みんなが通ったら片付けて僕は[転移]で移動。明日はこの続きからだね。
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