新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第四部

児童館の稼働と劇団

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 準備期間が長かったのか短かったのか分からないけど、無事に児童館がオープンした。今年ももう最後の月、中途半端な時期だけど、集まった子供は六人で、集めた保育士は一八人。今のところは多すぎるけど、いずれはこれくらいは必要になるだろうと期待する。

 一歳以下は今のところ希望はなし。二歳から上なので、紙芝居を見ても理解できると思う。盛り上げるのは保育士たちに頑張ってもらおう。でも投げっぱなしで終わりじゃない。そこはある程度ネタを提供するようにしている。

 王都で貰ってきた大量の芝居の台本がある。あれをまとめているマリアンとポリーナさんに、いくつかの作品を元に翻案して、子供向きの作品を作ってもらっている。もちろん芝居は長いから、その一部だけとかになるけど。

 さらにマイカとカロリッタが少女漫画や童話などを元にした話などを加え、レパートリーとしてはすでに五〇作品近くになった。イソップ、グリム兄弟、アンデルセンなどの作品が多いらしい。寓話や童話の多くは道徳的な内容が多いから、子供たちの教育にはちょうどいいかもね。

 ただ、動物などに関してはそのままでは難しいことが多くて、例えば豚は使えない。この国には豚はいないから。別の国にはいるらしいんだけど、馴染みがなさすぎるから使えない。猪を家畜にしたのが豚だから、そこは猪と置き換えてもいいけど、猪もそれほど頻繁には見かけない。だからそこを猫とか犬とか、もう少し馴染みの深い動物に変更している。



◆ ◆ ◆



 目の前では高さ三〇センチくらいの人形が手を動かしながら台詞を口にしている。この前は紙芝居の準備をしていたけど、いつの間にか人形劇になっていた。

「人形劇になったの?」
「はい。本当に小さな子供だけなら絵だけでも問題ありませんでしたが、もう少し大きくなると、ある程度の動きがないと退屈してしまうようで……」

 もちろん絵と言葉だけでも話は分かるけど、子供たちを惹き付けようと思えば、そうしても動きが必要になるということだった。だから巨大紙芝居と人形劇の二本立てでやっていくようだ。

「人形劇のアイデアはマイカ様からいただきました」
「このままだと着ぐるみも出てきそうだね」
「その話も出ましたが、そこまでするならもうお芝居でいいのではないかという話になりました」
「それもそうか。劇場に連れて行けばいいからね」
「はい。ですが劇場で上演されるお芝居は子供たちには難しいかもしれませんので、こちらの人形劇で慣らしてから向こうに、という流れにしたいと思います」

 まあじっと座りっぱなしも難しいからね。

「子供が声を出してもいいように、歌って踊るような芝居ならどうですか?」
「歌って踊るのですか?」
「ええ、芝居は台詞を話すだけですが、役者が舞台の上で歌を歌ったり、あるいは歌うように台詞を話すような芝居もあります」
「たしかに子供ならその方が好きそうですね」

 要するにミュージカルのこと。演劇の中に歌を入れるだけではなく、台詞と歌と踊りが一体になったもの。いきなりそれは難しいかもしれないけど、座長のポリーナさんが最終的に目指しているのはミュージカル。まずは台詞と歌とか、台詞と踊りとか、そのあたりから始めて、いずれは宝塚歌劇団並みのステージにできればいいんじゃないかな。

 ここの保育士さんたちも小さな子供を相手に紙芝居をしたり人形劇をしたりするのが意外にも楽しいらしく、積極的に色々なやり方を取り入れているようだ。だから僕が台詞と歌や踊りを混ぜると言ったことがすぐに理解できたらしい。

 僕はみんなと話しながら作業を眺める。

 ここで使われている人形は、中心に芯棒が通り、両手を針金で操作するもの。人形劇と言っても、単なる人形に棒を付けたもの、それの両手に針金を付けたもの、パペット、マリオネット、あるいは文楽のように手で操作するもの。そして人形を直接見せるのではなく、影絵のようにして客に見せるインドネシアのワヤン・クリのようなものもある。

「やる方は大変かもしれないですけど、子供たちが喜んでくれるのが一番だから……って、その人形は?」
「これは領主様ですね。それとこちらがマイカ様です」
「ひょっとして僕の話?」
「はい。これがマイカ様のご家族の人形です」

 エリアスさんは一回り大きくグワッと口を開いている。ファビオさんはニヤニヤと何かを企んでいるような顔になっている。あ、顔が変わるんだ。

「ほどほどにね。一応マイカの父親と兄だから」
「はい、それはもうマイカ様に確認していただいて、ギリギリを狙っています」

 ギリギリってわざわざ言うのなら、おそらくマイカに確認は取っているし、むしろマイカの方から話のネタが提供されてそう。絶対悪ノリが入るね。

 後ろでは他の保育士さんたちが人形を作ったり服を縫ったりしている。もちろん女性だけではなく男性もいる。最後に入った男性四人は、先日の劇場での芝居を見て、声の演出というものに興味を持った人たちだ。その人たちが人形劇や紙芝居の準備を進めている。木を切ったりするのは力仕事だから。



 実は先日のこけら落とし公演以降、芝居に興味を持つ人が増えている。それに伴って劇団ヅカが追加オーディションを行っている。際限なく採用することはできないから数人だけね。そのあたりはもうポリーナさんが中心になって動いているので、僕は技術的に何かを求められたらそれに応じるだけ。マリアンの幻影とかスポットライトとか拡声器とか。

 今のところこの町で劇団と呼べるようなものはポリーナさんが座長を務める市立劇団ヅカしかない。そして唯一の劇場は市が運営し、劇団ヅカも市立にしている。所属する役者は一年単位の契約になっているけど。これは経費削減とかそういうことではなく、どのように運営するか、まだ劇団の方でも方針が決まっていないから。できたばっかりだからね。そうは言っても、基本的には継続雇用する方針で、人数も少しずつ増やすつもり。

 市民生活が向上してきたから今後は娯楽方面にも力を入れたいけど、他にも劇団ができてもいいと思う。今はまだ難しいかもしれないけど、趣味で集まったりして上演するのもいい。でもそのためには劇場を貸し出す方法も決めなければならない。

 今のところ劇場を使いたいというようなリクエストはないけど、いずれは歌などのコンテストとか、色々な使い方は出て来てほしいと思う。そうなった時に「いや、貸し方が決まってないから」と断るわけにはいかない。動き出すのは年明けからとしても、年内に大まかな方針は決めておかないとね。

 おそらく劇場の事務所——劇団ヅカの方ではなく劇場の方——でスケジュールの確認をしながら貸し出す方法になると思うけど、他にいい案があればそれでもいい。

 劇団ヅカはあの劇場の専属劇団という位置づけだから、ヅカが優先させるのは仕方ないとして、それ以外は希望に応じて一日単位で貸し出すようにする。気になるのは貸し出しの費用をどうするか、かな。



◆ ◆ ◆



「よろしいのですか?」
「ええ、楽器や歌が上手な人を探しましょう。そこからミュージカルへの流れを作れば、意外に早く流行るかもしれませんよ。歌って踊る方が見た目にも楽しいですから」
「ありがとうございます。わたくしの全人生をかけて成功させてみせます」

 あれから他の保育士さんたちとも話をして、児童館で紙芝居や人形劇をしつつ、場合によっては劇場の方で歌や踊りを見せれば子供たちも喜ぶだろうという話になった。子供なら座席から舞台が遠いから、そのような場合には最前列に特別席を用意してもいい。

 舞台芸術と言えば、オペラやバレエ、ミュージカル、音楽劇、歌芝居から、能に浄瑠璃、歌舞伎、日本舞踊、京劇はたまた浅草オペラなどの大衆演劇など色々あるけど、この際ごちゃ混ぜでもいいじゃない。ということで、台詞、歌、踊りを入れた芝居も劇団ヅカで上演してみないかということを伝えた。

 劇団ヅカにはまだ音楽の演出がない。だから来年は専属の楽団を作り、また歌を歌える人を集めてミュージカルの土台を作ろうということをポリーナさんと話している。僕も色々な舞台は見たことがあるけど運営については分からないし、ポリーナさんとしても今の状態でどこまでやれるかが分かっていない。

 とりあえず芝居としては今の演劇を中心にしながらも楽団によって音楽を流し、演目によっては歌や踊りを入れる。そんなぼんやりとした方向性が一二月も半ばに近付きつつあるこんな時期にようやく決まった。
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