新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第三部

ミルクを確保せよ

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 先日養鶏場を作ったけど、そう簡単にニワトリは増えたりはしない。ニワトリ以外の鳥も集めたけど、そちらも急には増えない。卵が増えるのはもう少し先になる。

 そしてもう一つ、牛乳の件。こちらも牛を始めとして何種類かの家畜を育てることにした。

 豆乳の作り方はギルドにも教えている。でも豆乳は日持ちがしない。冷蔵庫がなければ使えるのはその日中くらい。それに煮立てると分離してしまう。体に良いのは分かるけど、料理のためにまず豆乳から作るのは現実的とは思えない。だから牛や山羊などを飼って乳搾りをしようと。効率よくやろうと思えば牛の考えが分かる人がいるといいんだけど、なかなかいないんだよね。

「まあ、同じ種族でも分かる人はほとんどいませんでしたね。私は分かりません!」
「一つの才能だから仕方ないですね」

 牛人のミリヤさんは牛の考えていることは分からないようだった。獣人でも簡単ではないらしい。

 厩舎係をしている馬人のシーラは馬の考えていることが分かる。それはうちの特殊な馬たちだけじゃなくて、ごく普通の馬でもなんとなく分かるそうだ。だからもしかしてと思ってミリヤさんに聞きにきたんだけど、なかなかそういう人はいないらしい。

「来てくれるかどうかは分かりませんが、北部は酪農が盛んですので、いるとすればそのあたりでしょうね」
「買い付けついでに聞いてみますね」



 牛や山羊などの酪農で有名なのは北部が中心になっている。ヴェリキ王国との間にあるペレクバ湖の南岸には男爵領を中心にいくつも貴族領がある。そのあたりは領地の南の方に山があり、全体として傾斜地になっている。

 マリアンが暮らしていたシムーナ子爵領から山を越えてずっと北へ行くとティーダ男爵領に着く。あの山は三〇〇〇メートルを超えるけど、ペレクバ湖まではかなり距離があるので、湖の側にあるティーダ市あたりは傾斜は緩い。見通しが良くて魔獣が少ないので放牧向きなんだそうだ。

 通りかかったついでに、前に殿下から聞いた泉を確認する。山の近くにいくつか泉があって、そこから湧いていたと。たしかにプチプチしてるね。微炭酸だけど使おうと思ったら使えそう。もしシムーナ市の関係者に会ったら伝えてみよう。最初はなかなか難しいと思うけど。



 ティーダ市に来ている。土地が広いから一見そうは見えないけど、かなりの数がいるのが分かる。毛色は茶色がほとんどかな。早く購入したいのはやまやまだけど、まずは挨拶からか。領主として来ているから。最初は体面を気にして護衛付きの馬車で移動していたけど、最近は一人で移動するようにしている。ソプラノとアルトのお腹がかなり大きくなってきたからそろそろっぽくて、テノールとバスも気が気でないようだ。

「初めまして、ユーヴィ男爵のケネスです」
「これはこれは、初めまして。ティーダ男爵のボジェクです。話は聞いています。牛の購入はお好きなようにどうぞ」
「それは助かります。うちのあたりではなかなか買えるものではありませんので」

 やはり土地が影響を耐えるのか、非常に穏やかな人だった。

「それにしても、かなりの数を飼育しているようですね」
「ここのところ増えましてね、これまでで今が一番多いのではないでしょうか。先に言いますと、カルース男爵から安くするので買わないかと話が来ました。向こうならうちよりも安くなると思いますよ」
「それはそれですね。まあ向こうは向こうでまた見てきますよ」

 購入は問題なかったようなのでそのまま牧場まで行って牧場の責任者と購入の話をする。この人は牛人だった。とりあえず雄を四頭と雌を八頭。雌は乳が出るのがいればそれを買いたいと頼んで集めてもらう。

「一つお聞きしたいのですが、牛の考えていることが分かる人はいませんか?」
「この町では私くらいですね」
「やはりそうなりますか」
「畜産ならカルース男爵領が一番盛んだそうですので、そちらで聞いてみてはいかがでしょうか」
「そうですね。ありがとうございます」

 牛は異空間の家の裏に用意した牧場に移動させておく。



 ティーダ男爵領の次はもう一つ東のラネール男爵領。こちらも似たようなものだった。

「ええ、購入してくれないかと頼まれました。うちやティーダ市はそこまで大規模ではありませんが、カルース男爵領はかなり牧畜が盛んですからね。牛や羊の販売が経済の中心ですから、かなり経営が厳しいのでしょう」

 ラネール男爵とも話をしたけど、やはりカルース男爵から牛の購入を頼まれたそうだ。困っている時はお互い様と思って購入したらしい。こちらでも牛を購入する。



 次は問題のカルース男爵領。こちらでは牛だけではなく山羊も買いたい。

「一番の取引先がなくなってしまいまして、買ってくれるところを探しているところなんです」

 カルース男爵領の南にはタルティ公爵領があり、そこが最大の取引先。だったというのはタルティ公爵領がもうないから。そう、スーレ市に挨拶に行った時に分割の噂があると聞いたけど、気が付いたら分割されていた。

 タルティ公爵領にはタルティ市も含めて元々八つの市があった。もう少しで一〇〇〇人に届きそうな町もいくつかあったので、それらも市になった。そしてタルティ市は新しいタルティ子爵領の領都になり、その周辺に一二の男爵領ができたそうだ。

 そうやって新しい貴族領ができたのでそれぞれの貴族と取引をしなければならなくなり、しかもタルティ子爵領を除けば小さな男爵領ばかりなので、売れる頭数も限られると。

「今年に入ってから注文が来ないと思っていたらそういうことになりまして。不正に入手した金で購入されていたと考えると色々と考えるところはあるのですが……育てても売れなければ困りますから」
「それなら、こういう保存食を作ってみてはどうでしょうか?」
「それは干し肉ですか?」
「これは燻製です。燻製そのものは色々な場所で作られているでしょうが、うちでは種類を増やしています」
「そんなにも種類が……」
「これは魔獣の肉を使ったものですが、牛や山羊でももちろんできます」

 お節介かもしれないけど、燻製の作り方などを伝えた。うちは魔獣の肉で作っているけど、ここなら牛や山羊で作ればいいだけだからね。魔道具がなければ完成に時間はかかるかもしれないけど、本来は時間をかけて作るもの。

 保存庫がない場合、一般的に肉は新鮮なうちに食べる。少し古くなって臭いが出たらよく洗って香辛料で誤魔化す。干し肉は冒険者などが持ち運んで食べるのが大半で、肉の薄切りに塩をまぶして干して作るのがほとんどだ。作るのに手間がかかるから生肉の方が安い。さらに燻製は嗜好品。干したりつけ込んだり熟成させたりするのに時間がかかる。

 ソーセージだけでも中に入れる肉の種類、挽きの違い、香辛料の違いで種類がいくつもある。うちではソーセージ以外にハム、パストラミ、ベーコン、サラミなどを作っている。元々が牛や豚の肉を使っていないから本来は正しい名前じゃないけど、そこは異世界なので細かいことは気にしない方向で。

 牛乳というのは手に入りにくいから高価な食材になっている。それは間違いないけど、酪農が盛んな地域では牛乳はそれほど高くない。むしろ肉の方が高い。肉は牛を解体すればその分だけしか手に入らないけど、牛乳は毎日搾れるわけだからね。

 でも牛乳を飲む習慣はこの国ではそれほどはなくて、一般的には病人に与えたり、乳の出ない女性が赤ん坊に与えたりするくらい。栄養があると思われているようだけど、結局はエールの方が好まれている。そういう事情だそうで、食肉用の雄牛を育てるために雌牛は必要で、牛乳を搾る目的ではあまり飼われていないそうだ。

 殿下の離宮でもクリームは何種類かあった。だから乳製品はあることはあるけど、保存の問題が大きいから、現地で消費するか、あるいは上流階級が購入するだけなんだよね。たくさん作れば値段が下がって庶民にまで行き渡るってことがないのがこの国の問題。高いものは高いまま。

「肉よりもミルクですか」
「ええ、うちは肉はありますので、ミルクの方が必要でしてね。私の作る料理にはそれなりに必要で」
「なるほど、そこからしてうちとは違いますね。私の知る限り、料理にミルクを使うことはないわけではないですが、それほど多くはないですね。せいぜいソースに少し加えるか、スープに使うくらいでしょうか。チーズもバターもそこまで多くはありませんね。分かりました。では一定量を用意するということでよろしいでしょうか?」
「よろしくお願いします」

 カルース男爵は牛乳を使った料理に興味を持ったようなので、トルティージャ、いわゆるスペイン風オムレツと、卵と牛乳と砂糖だけで作ったカルタードプリンのレシピを現物と一緒に渡した。牛乳に砂糖を入れるのは病人食としてあるそうだけど、牛乳に卵を入れて焼いたり蒸したりするのはなかったそうだ。



 今回カルース男爵と提携することで、牛を購入するのとは別に、牛乳も定期購入することにした。マジックバッグを渡し、その中に入ったバケツ([浄化]と[殺菌]を使用済み)に搾乳してもらう。搾った後はまたマジックバッグに入れる。回収と同時に新しいマジックバッグを渡し、引き続きまた搾乳を続けてもらう。バケツの数自体はかなり入れておくので、無理して全部をいっぱいにする必要はない。

 しばらくはどれくらい搾れるのかの確認もあるし、移動の手間も考えて僕が回収に行くことになると思うけど、そのうち公用馬車に北部を入るルートを設定して回収してもらうようにしようか。北の方を回ってカルース男爵領から南下して王都へ、そこから西へ戻るルートと、それを逆に走るルート。

 カルース市でも雌を多めに牛と山羊を購入した。あまり買いすぎて迷惑をかけてもいけないからほどほどに。
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