新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第四部

閑話:男三人

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「あー、今日も疲れた。いつまで経っても仕事が減らねえな」

 じゃなくてだ。冒険者ギルドのギルド長っていう立場だが、全然冒険者ギルドっぽくねえ。以前は雑用斡旋ギルドだと陰口をたたかれることもあったが、ケネスがやって来たあたりから冒険者ギルドっぽくなり、あいつが領主になってからは何ギルドか全然分からねえ状態だ。

 最初は魔獣の解体ばっかりやっていたからまだ冒険者ギルドの体をなしていたが、次は工事現場の人員整理やら賃金の支払い、さらには農地を広げたいという相談まで持って来やがって、大きな問題はないと言ったら城壁を動かしやがった。全部あいつがやったから問題はないが、とりあえず俺に全部持ってくるのはやめろ。いつもそう言っているがまったく人の話を聞きやしねえ。

 明日は久しぶりの休日だ。たまにはゆっくり休まないとな。今日は飲みたいだけ飲んで、明日は孫の顔を見て癒やされるか。

「あれ? ルボルじゃない?」
「あ? アシルか。久しぶりだな」
「職場が近いわりには会わないねー」
「ほとんど部屋に籠もりっきりだ。仕事が多い多い」
「僕も同じだけど、仕事がなくて暇よりもいいじゃない」
「そりゃそうだがな」

 一年前、ケネスのやつがここの領主になったころはこの町はガタガタだった。すべて代官のせいだったらしいが、金もなければ物もなかった。そこに大量の物資と金を持ち込んで、領地の経済を回してくれたのがあいつだ。あいつが作った服飾美容店は大量の店員を雇い、たしかに一時はかなり町中の金を集めたようだが、結局それは店員の給料という形で町に還元され、手に職を付けた者たちが町中で店をするようになった。以前なら今の状態考えられねえな。

「久しぶりにどう?」

 アシルがジョッキを傾ける仕草をする。どうせ飲んでから帰る予定だったからちょうどいい。

「ああ、今日は飲んで帰るところだった。せっかくだから一緒に行くか。お前の方は遅くてもいいのか?」
「フランシスはケネス君のところに遊びに行っているからねー」


◆ ◆ ◆



「らっしゃい」

 ここは町のやや北部にある料理屋だ。今年に入ってからできた店の一つで、親父は服飾美容店で料理を学んだらしい。料理屋じゃなくて服飾美容店で料理を学ぶっていうのは、余所から来たやつには何のことやら意味が分からないだろうな。とりあえずここに入るのは初めてか。男二人、テーブルに腰を落ち着ける。

「エールを二つとやみつきキャベツ、それとおすすめ三品セット二品追加でよろしく」
「あいよ、喜んで!」

 アシルが注文した。おすすめ三品セット二品追加って何だ?

「何を注文したんだ?」
「そこにあるでしょ? 意味はそのままだけどねー。おすすめ三品セットは店のおすすめ料理が三品セットになっていて、そこにさらに二品おまかせで追加してもらうこともできる。個別で頼むより安いし、何が出てくるか分からないから面白いんだよねー。まあ外れることは絶対にないから安心していいよ」
「どこをどう突っ込めばいいのやら」

 出てきたエールで喉をしめらせる。明らかに以前よりも美味くなった。冷えているのも大きいな。酒造ギルドと魔道具職人ギルドのおかげか。

「それにしてもなかなか飲みに来る機会がなかったねー」
「ああ、ほとんど休みがない。仕事が増える一方だ」
「ケネス君は働き者だからねー。直属の部下は大変だ」

 直属ね……。あいつは俺のことを領主代行とか抜かしやがるからな。このキャベツも美味いな。これは油のせいか。こっちの肉とトウガラシを炒めたものも美味い。これはエールが進む。

「それにしても、ケネスと仲が良いんだな」
「知り合ってからの長さならルボルの方が長いでしょ。僕が会ったのは彼が領主になる少し前だよ。妻同士が仲が良いかな」

 こいつの妻は訓練学校で焼き物を教えている。たしかケネスの妻の……ラクヴィ伯爵の娘だったな、あの白いのと仲が良かったか。世の中どこでどう繋がっているか分かったものじゃない。ケネスだってレオンツィオ殿下の義理の弟になるからな。

「長いか短いかで言えば、俺もそれまでに数回会っただけだ。たいがい面倒なやつだと思ったが、領主になったらさらに面倒なやつだった」
「はっはっは。でもルボルを上手く使える人がいるとはねー。よほどの上司じゃないと使いこなせないと思っていたけど。上司と部下としては相性抜群じゃない?」
「それは暴言だろう」

 あいつが有能か無能かで言えば有能だろう、とびっきりのな。だが上司としてはどうだ? あいつはどんなことでもできるのを前提として話をしてくる。あいつは基本的に断ることをしない。だからまずできる前提で話を進める。森の中に街道を通すのもそう。領内に特産品を作って経済を建て直すのもそう。卵やミルクなんて高級品が普通に手に入るようになったのもそう。挙げ句に大森林の出口を塞ぎやがった。

 あいつの頭の中身はよく分からねえが、こうすればこうなるという成功例が入っていて、そのためには今はこうすればいいという流れが頭の中にできているんだろう。そうでなければあんなにスラスラと対策が立てられるわけがねえ。一体どこでどれだけ学んできたらあれほどの知識が得られるのかは分からねえが、まあ人間とエルフを同じにしちゃダメだろうな。

 ん? これはコンニャク……がっ! 鼻がっ! これがワサビか! ツーンと来た……。

「あー……。まあ、とりあえずやってほしいことをあいつに伝えれば、できることはやってくれるし、できないことは保留になる。作業はこちらに丸投げされることもあるがな」
「それくらいはやらないと。自分の町でしょ」
「そうだな。世話になっている町だからな」

 俺はユーヴィ市の生まれじゃないが、キヴィオ市からラクヴィ市の間を中心に活動していた。大森林に挑戦したのは失敗だったが、あれからも魔獣を狩ったり護衛をしたり、それなりに活躍してギルドを任されるようになった。任されたからには恩は返す。でも、もう十分返してないか? 特にこの一年は人生で最も頑張ったよな? そろそろゆっくりしたいんだが、ダメか?

「僕が彼の立場だったとしたら、経済状態がガタガタな上に定期的に大森林の暴走があるような町の領主を引き受けようとは思わないよ。彼はこの町と縁があったわけじゃないでしょ?」
「そうだな。冒険者でもなかったからな」
「それなら何かこの町に惹きつけるものがあったんじゃないの?」
「惹きつけるものなあ……」

 何かあるか? いや、今ならあるが、去年までは何もなかったぞ。

 あのころ、もし俺があの大森林を抜けてくるほどの実力がある冒険者だったと仮定して、ユーヴィ男爵をしてほしいと国王陛下から頼まれたとしたら……できれば断りたいな。断ったら国を出ていく必要があるかもしれないが。

 結局あいつらだけで暴走を止められることがすべてだ。そうでなければ戦力をどうやって確保すればいいか。戦力を確保するためには近くの領地に兵士の増援を頼む必要があるが、それにはもちろん金が必要だ。冒険者を集めるとしても報酬は必要になる。だがその金も、その金を生み出す手段も、この領内にはなかった。完全に詰んだだろう。

「いい領主なのは間違いないな。それに——」
「いい夫であることも間違いないでしょうな」
「っ⁉ ミロシュ?」
「お久しぶりですな」
「久しぶりー」

 いきなり横から声をかけられたらミロシュだった。お互いに年は取ったが。ケネスから王都の大聖堂で主教をやっていると聞いたが、なんでここにいる?

「あの方が善良な男性、善良な夫であることは間違いありません。他人のために働ける人はそう多くはないでしょう」
「まあ、あいつが悪人なら世の中のほとんどが悪人だな。人使いは荒いが。それよりも、なんでここにいる?」
「今日この町に来たのは単なる挨拶ですが、お隣に引っ越してくることになりました」
「隣ってキヴィオ市かな? あそこは立派な教会があったね」
「領都の移転で、聖職者の多くが新しい町の方へ移動するそうです。旧キヴィオ市の方で総主教をしてくれないかとレオニートから頼まれまして、それでそちらのお世話になることになりました」
「まあ新領都の方が大きいだろうから、普通ならそっちへ行きたがるわな」

 キヴィオ市の主教会も立派なものだが、それでもかなり古くなっている。新領都の方が町も大きくなるそうだし、教会も立派になるだろう。

「教会に大きいも小さいも綺麗も汚いもありません。あるのは信仰心のみです」
「まあ聖職者にとってはそうかもねー。この町の教会も味があっていいけど。あ、親父さん、エールを三つ、それと……やみつきキャベツの追加、フライの盛り合わせ三人前、それと、つくねのタレと塩を三本ずつ」
「あいよ」

 フライの盛り合わせか。揚げ物が美味いのは最近分かったが、あんまり揚げ物ばかりだと太るらしいぞ。アシルは昔から比べるとかなり太ったからな。この体型で斥候だったとは信じられないだろうな。酒場の親父の方が似合いそうだ。

「それで、キヴィオ市の方はどうだった? ケネス君に聞いたら引っ越しで大変らしいけど」
「とりあえず何とかなりそうだという話ですな。ギルドをまとめるという話で少し修正もあったそうですが、新しい領都の方も上手くいきそうだと」
「うちは最初から三つしかなかったが、向こうは一〇以上あったからな。まとめるのも大変だろう」
「一度やってしまえば、それからは楽だと思うけどねー。追加も楽だろうし」
「まあレオニートのことだから上手くやるだろうが」

 フライにソースをかけてかじりつく。美味い。このウスターソースというソースは野菜や果物などを熟成させているようだが、何にかけても美味い。以前から大豆を使った醤油という似たような黒いソースがあるが、フライにかけるなら俺はこっちの方が好みだな。豆腐には醤油の方が合うが。

「親父さん、マヨネーズある?」
「作ってますよ。どうぞ」

 マヨネーズか。これもフライに合う。これも美味いが使いすぎると太るらしい。それと新しい素材でないと腹を壊す場合があるとか。新鮮な卵と酢と植物油。家庭なら卵は少し高価だが、店なら問題ないだろう。それに使い切れるだろうしな。

 しかしあれだ、美味いものは太る。俺も五〇を過ぎて、まあ言っちゃなんだが多少は腹も出てきた。以前なら出るほど食っていなかったが、今は美味いものがいくらでもある。しかも最近は体を動かす時間もねえ。ギルド長というのは休む間もないくらい忙しいが、給料はかなり高いからな、卵だろうがミルクだろうが、家族に買って帰ることができるのはありがたい。甘い菓子もそうだが、孫が喜ぶからな。

「そう言えば、どうしてここにいるのが分かったんだ?」
「男爵殿が、ルボルがこのあたりで飲んでそうだと言っていましてな。それで覗いてみたところ、そこにアシルもいたと」
「どこにいても把握されてそうだな」
「サランのおかげじゃない?」
「ああ、そうかもな。さっきもそこにいたからな」

 あの白いのは俺の執務室にもやって来る。ケネスに伝えたいことを言えば、筆談で返ってくる。何も悪いことはしてねえが、考えようによっちゃ監視されているようなもんだ。だが領内で何が起きているか、聞けばすぐに返ってくる。以前なら一週間も二週間もかかったのが嘘のようだ。

 ん? だが待てよ……一週間かかることが一瞬で終わるということは、以前なら空いていた時間が仕事で埋まったってことだよな? 便利さの裏にはそんな落とし穴もあったのか。

「でも、今度はレオニートも入れて四人で飲みたいねー」
「飲むとすれば向こうでだろう。俺の休みが取れるかどうかだな」
「代行ができそうな人材はいないのですかな?」
「代行なあ……。冒険者ギルドだけなら俺でなくても問題ねえが、厄介なのはケネスが持ち込む案件だ。とりあえず俺に何でも話を持ってくる。農地を増やしたいとかな」
「それは冒険者ギルドの管轄とは違うのではないですかな?」
「農地を管轄する部門がなかったからとりあえず俺のところに話が来た。今は農畜水産物ギルドの管轄だ」

 たしかにそういう話は最近は減ったな。ギルドを増やしたのが原因だろう。

「それだけを聞いていると、ルボルは領主代行や副領主のような立場になっていないですかな?」
「やっぱりミロシュもそう思うよね。ケネス君も言ってたけど」
「やめろ。俺はそろそろのんびりした人生を送りたいんだ」
「ルボルが? 無理無理。面倒面倒嫌だ嫌だと言いながらも自分から苦労に顔を突っ込むライプだよねー。それよりも二軒目に行かない?」
「店を変える意味はあるのか?」
「新しい店にはどんどんお金を落とさないとね。親父さん、お会計を頼むね」
「ありゃした」

 二軒目か……。以前はろくな店がなかった。白い宿木亭は美味かったが、このあたりで美味いのはあの店だけだったな。ほとんどが酸っぱくなったエールに薄いミード。料理もどこも同じで大したものは出てこなかった。それと比べれば、今は美味い店を選ぶほどの余裕がある……か。

「しゃーねー。もう一軒行くか」
「よし行こう。案内するよ。ミロシュも行くでしょ?」
「二人が飲み過ぎないように見ておかなければいけませんからな」
「そう簡単には潰れねえよ」

 いい年したおっさんが三人で並んで通りを歩く。次はレオニートを入れて四人だな。
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