新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

文字の大きさ
213 / 278
第三章 第四部

魔獣の回収方法、そしてアニエッタのグダグダ

しおりを挟む
 かつて魔獣の暴走によって、五年から一〇年ごとに大きな被害が出ていたのがナルヴァ町周辺。立派な城壁があったから家が壊されたり畑が踏み荒らされたりすることはなかったけど、その間は物流がほとんど止まってしまう。しかも冒険者や兵士には少なくない被害が出ていた。命を落とすことは少なくても、通常の生活に支障が出るような怪我は多かった。

 その被害を減らすために大森林の出入り口に壁を作り、魔獣を誘導することによってカタツムリの殻のようなトラップに誘い込み、一番上に達したら地上に落とすというのを考えていたけど、ギルド職員たちから待ったがかかった。素材がもったいないと。

 魔獣の素材は高価だ。普段でも僕とリゼッタが狩りに行っているけど、暴走の時は何百何千と出てくる。次は一万を超えるかもしれないと。それならできる限り素材を綺麗なまま確保したい、できれば生きたまま捕まえるように、そう言われた。毒餌を食べさせれば楽だけど、その肉を食べたくないからね。そこで麻痺させればいいと思い付いた。だから麻痺させて生きたまま捕らえるシステムを構築中。

「これはまた……凄惨だな」
「まだ死んでいませんよ。でも生きているわけですから、一応気をつけてくださいね」

 目の前には地面に転がったロックボアが一〇匹。大森林で見つけて麻痺させ、トラップの手前に置いたら麻痺を解除してトラップに誘い込み、きちんと機能しているかどうかをルボルさんと一緒に確認している。

 僕は大森林のすぐ外側、大きく伸びをしたらリゼッタが肩から落ちそうになって文句を言ったあたり、あのあたり地面に転移のトラップを仕掛けることにした。これは種族ごとに転移先が違い、ハウルベアならハウルベア用、ロックボアならロックボア用、それぞれに用意された異空間に転移させるものだ。そしてその異空間に入った瞬間に麻痺させることにした。

 この異空間に入ると魔獣には[麻痺]がかかるようになっている。でも[麻痺]はしばらくすると解けるので、解けたら再度[麻痺]をかけるようになっている。でもどうしても解けてからかけ直すまでにタイムラグがある。麻痺状態でも少しくらいなら体は動くし、外へ持ち出すといずれ麻痺は解ける。暴れて職員が命を落としたら意味がない。

「この状態を保つことはできねえのか?」
「マジックバッグも保存庫も同じですが、生き物には影響しないんですよ。死んでしまえば傷まなくなりますけど」

 倒れて麻痺していても生きている。だから少しずつ弱っていく。そうなるといずれ衰弱死する。死んだ時点でそれ以上は悪くならなくなるけど、その時にはすでに肉の味は落ちている。

「入ってきたものを順番に処理していくしかないか。だが何百何千も処理するのは大変だな」
「そこなんですよね。まだまだ改良の余地があります。そもそもできる限り無駄ロスをなくしてほしいって言ったのは冒険者ギルドですから、案を出してくださいね。案があれば対応できる場合もあります」

 入ってきた順に処理するのがいいんだろうけどね。でも一度に一〇〇も二〇〇も飛び込んできたら、麻痺していると分かっていても怖いと思うよ。ちなみに、魔獣が重なって潰れることがないようになっている。

 僕が魔獣を狩る時はできる限り素材が傷まないように眉間を狙って[氷矢]を撃つ。これを使って入ってきた順に処理できないかなと思ったけど、それぞれ体格も姿勢も違うから、なかなか上手く眉間に当たらない。麻痺した魔獣を固定してベルトコンベアに乗せて順番に眉間を狙うシステムを作ればできなくない。活け締めになると思うけど、倫理的にどう?

「そりゃ考えるがな。ちなみにだが、トラップに引っかからなかった魔獣はどうするんだ?」
「とりあえず前回の暴走の時に見た魔獣についてはそれぞれ個別の異空間に転移させます。猪、熊、兎、獅子、虎、鳥、以上で九九パーセントは超えると思います。それ以外についてはまとめて一か所いいでしょう。そこまで多くないと思います」
「まあそうだな」

 前回は蛇はいなかった。あの蛇は地面の上を移動して穴を掘って潜むみたいだけど、森からは出ないみたいだからね。鳥はいることはいたけど少なかったし、止まり木がないから単なる大きな鳥だった。木の枝の反動を使われれば危険だけど、上空を旋回してそこから直滑降してくるならそれほど危険ではない。もう少し奥の方には象がいたけど、次は出て来るかな?

 ちなみに大森林の中と外では魔獣の種類が違う。もちろん熊、猪、鳥などは東の方にもいるけど、種類が違うこともあるし、数が少ないしやや弱い。やはり大森林の魔素で強化されているんだろうね。逆に外でよく見る狼、犬、猫、いたちなどは大森林では少ない。棲み分けができているのか、それとも大森林では生きていけないのか。

 今回の改造によって魔獣を転移させて麻痺させることに決まったので、ぐるぐる回りながら上がって最後は落ちるトラップは使わないことになった。その代わりに魔獣は大森林から出たらすべて転移されるようになっている。だから締めっぱなしにするのもなくなり、入りたい人はいつでもどうぞということになった。壁は残してあるけどね。

 そのせいで魔獣を生きたまま持ち帰ることはできなくなったけど、それは仕方ないし、そんなことをする人もいないと思う。逆に言えば、魔獣に追いかけられていても、大森林の外まで逃げれば助かることになる。一長一短かな。

「それにしても、お前が来る前は、いかにして損害を減らすかばっかり考えていたが、損害がないのを前提にして、いかに魔獣を状態良く回収するかを考えられるようにまでなったか」
「血も涙もないと思われるのは嫌ですけど、処分するしかないですからね。魔獣と意思疎通ができれば殺さずに済むのかもしれませんけど、今のところ目処は立っていません」
「ところで魔獣は減りそうなのか? 一年やそこらじゃ変わってないかもしれんが」
「変わっていませんね。放っておけば増えますし、魔素の排出量も減る見込みがありません。延々と吸い出すのみですね」

 去年の後半から吸い出し始めて、春の終わりから夏の初め頃にはユーヴィ市で三〇〇年くらいは大丈夫だと思っていたら、冬の初めにユーヴィ市と新旧のキヴィオ市を合わせても三〇〇〇年は大丈夫という計算になった。とりあえず今でも魔素吸引丸太は作っている。いや、魔道具技術者ギルドで作ってもらっている。魔素について分析するには最適な魔道具だからね。見た目は中をくり抜いた丸太だけど。



◆ ◆ ◆



「丸太一〇〇個終わりました」
「はーい、お疲れ様です。しばらく休憩してください」

 今日も魔道具技術者ギルドでは魔道具製作で大童おおわらわです。日常生活で使う魔道具がほとんどですが、領主様から注文を受けている魔素吸引丸太もその合間に作っています。

 王都で魔道具を作っていた頃は、日常生活で使う物以外も作っていました。力が強くなったり瞬発力が上がったり。それからユーヴィ市に学びに来ましたが、最初の頃はこれまでやっていたことは何だったのだろうかと、頭を殴られるような毎日でした。

 まず領主様から教わったことですが、ちょっとくらい力が強くなっても剣ではなかなか魔獣は切れないので、別にした方がいいということでした。一般的には剣に筋力を高める術式を組み込みますが、そもそも剣自体があまり切れないので、それならむしろ棍棒に組み込む方が攻撃力は高くなるそうです。どうしても切りたければ、術式は指輪などに組み込み、よく研いだ包丁を持って切り付けた方がよく切れるそうです。対人用と対魔獣用は分けて考えた方がいいと。

 言われてみればなるほどそうだと思いますが、どうして王都ではそういうことを考えなかったのでしょうか。私もそうでしたが、結局は教わったことをそのままやっていただけなのでしょう。ユーヴィ市で領主様が作った魔道具を分析しながら、なるほどこのようなやり方もあったのかと、毎日目から鱗が落ちるような日々を送っています。

 そして気が付いたことは、魔道具は値段を上げない方が人気が出るということでした。それは当然ですね。そして金貨一枚で一個の魔道具を売っても、銀貨一枚で一〇〇個の魔道具を売っても、売り上げとしては同じです。材料費などは違いますが。そして金貨一枚で売ろうとして売れなければ売り上げはゼロですが、銀貨一枚で三〇個売れたとすれば売り上げがあるということです。

 魔道具は高価です。だから買い手が少ないのです。裕福な人や一部の冒険者しか手を出さない物と思っていましたが、当然誰もが使いたい物が多かったのです。それは高価な物を高価なままにしておいたのは我々製作者の怠慢というものでしょう。

 この町では家庭内で魔石を使わずに魔道具が使える燃料箱バッテリーと呼ばれる箱が使われ、壁に変換ケーブルと呼ばれる魔道具を挿して反対側に魔道具を繋げれば、魔石を使わなくても魔道具がいくらでも使えます。魔道具と魔道具を繋げるのに魔道具を使うという発想がどこから来たのかは分かりませんが、あれは画期的でした。あのおかげで魔石を頻繁に交換したり充填したりする必要がなく、一か月に一度程度、市民生活ギルドに行けばいいだけですから。

 そのための魔力は大森林からやって来ているようで、それを取り出しているのがこの魔素吸引丸太と呼ばれるものです。自然界には魔素と呼ばれるものがあり、それが人や動物、あるいは植物に取り込まれると魔力に変わるようです。そして魔力を使うとまた魔素に戻って自然界に戻る、そのような流れになっているそうです。

 魔力の元になるものがあるらしいと聞いていましたが、それが何なのかは誰にも分かりませんでした。見ることはできませんから。でも領主様のこの術式を見る限り、魔力と魔素は違うことが分かります。

「ところでギルド長、ようやく新人の確保が上手くいきそうです」
「そうですか。なかなか適正のある人がいないのでどうなるかと思っていましたが」

 魔法についてはかなり適性が重視されます。もちろん訓練次第でいくらでも上達できますが、伸びやすいか伸びにくいかの違いはあります。そして魔道具を作ることができる人は、さらにその中の一部だけです。自分の使える魔法しか魔道具にできないという問題がある以上、できる限りたくさんの魔法が使える人を鍛え上げて魔道具職人にすることが必要になります。

 魔道具は専用の術式を刻み込み、そこにその魔法を流し込んで作ります。厳密に言えば、それぞれ別でも問題ないのですが、魔道具を作らない人が術式の勉強をするはずはないので、ほとんどの人は自分で刻んで自分で魔法を使って作るしかありません。ですが、このギルドの職員は優秀なので、分担作業ができるようになっています。

 私も含めてここにいる職員はみんな四月にこのユーヴィ市にやって来て、それから半年以上カロリッタ様の下で学びました。カロリッタ様は私と同じ妖精フェアリーの方です。

 お会いした時、まず魔力を増やすようにと言われました。寝る前に目一杯魔力を使って気絶するように眠れば魔力の総量が増えるそうです。気分が悪くなることはあっても死にはしないと。それを信じて弟子一同、毎晩必ず気絶するというのを繰り返した結果、私も大きな体を数日に渡って維持することができるようになりました。

 そして気付いたことがあります。大きな体を維持すれば魔力を消費します。つまり体を大きくしているだけで常に魔力を消費する訓練をしているのと同じことになるのです。これぞまさに妖精フェアリーである利点。なかなか他の種族ではそうはいきません。

 体を大きくして妊娠すれば大変なことになりそうだと思うかもしれませんが、なぜか妊娠中は魔力が減らないそうです。天の祝福と呼ばれるそうですが、不思議なものですね。この体はどうなっているのでしょうか?

 ところで先ほど廊下を歩いていると同僚のユディタが小さくなって床に落ちていました。急いで魔力回復薬マジックポーションで回復させましたが、魔力切れで倒れると、妖精フェアリーの場合は踏み潰される可能性があるので油断できません。彼女は最近恋人ができたようで、頑張って大きな体を維持できるように努力しているようですが、時間調整を間違えたようですね。

 こんなことを考えている私もお年頃……は過ぎたかもしれませんが、結婚は諦めていません。どこかにいい人が落ちていないでしょうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

処理中です...