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第三章 第四部
魔獣の回収方法、そしてアニエッタのグダグダ
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かつて魔獣の暴走によって、五年から一〇年ごとに大きな被害が出ていたのがナルヴァ町周辺。立派な城壁があったから家が壊されたり畑が踏み荒らされたりすることはなかったけど、その間は物流がほとんど止まってしまう。しかも冒険者や兵士には少なくない被害が出ていた。命を落とすことは少なくても、通常の生活に支障が出るような怪我は多かった。
その被害を減らすために大森林の出入り口に壁を作り、魔獣を誘導することによってカタツムリの殻のようなトラップに誘い込み、一番上に達したら地上に落とすというのを考えていたけど、ギルド職員たちから待ったがかかった。素材がもったいないと。
魔獣の素材は高価だ。普段でも僕とリゼッタが狩りに行っているけど、暴走の時は何百何千と出てくる。次は一万を超えるかもしれないと。それならできる限り素材を綺麗なまま確保したい、できれば生きたまま捕まえるように、そう言われた。毒餌を食べさせれば楽だけど、その肉を食べたくないからね。そこで麻痺させればいいと思い付いた。だから麻痺させて生きたまま捕らえるシステムを構築中。
「これはまた……凄惨だな」
「まだ死んでいませんよ。でも生きているわけですから、一応気をつけてくださいね」
目の前には地面に転がったロックボアが一〇匹。大森林で見つけて麻痺させ、トラップの手前に置いたら麻痺を解除してトラップに誘い込み、きちんと機能しているかどうかをルボルさんと一緒に確認している。
僕は大森林のすぐ外側、大きく伸びをしたらリゼッタが肩から落ちそうになって文句を言ったあたり、あのあたり地面に転移のトラップを仕掛けることにした。これは種族ごとに転移先が違い、ハウルベアならハウルベア用、ロックボアならロックボア用、それぞれに用意された異空間に転移させるものだ。そしてその異空間に入った瞬間に麻痺させることにした。
この異空間に入ると魔獣には[麻痺]がかかるようになっている。でも[麻痺]はしばらくすると解けるので、解けたら再度[麻痺]をかけるようになっている。でもどうしても解けてからかけ直すまでにタイムラグがある。麻痺状態でも少しくらいなら体は動くし、外へ持ち出すといずれ麻痺は解ける。暴れて職員が命を落としたら意味がない。
「この状態を保つことはできねえのか?」
「マジックバッグも保存庫も同じですが、生き物には影響しないんですよ。死んでしまえば傷まなくなりますけど」
倒れて麻痺していても生きている。だから少しずつ弱っていく。そうなるといずれ衰弱死する。死んだ時点でそれ以上は悪くならなくなるけど、その時にはすでに肉の味は落ちている。
「入ってきたものを順番に処理していくしかないか。だが何百何千も処理するのは大変だな」
「そこなんですよね。まだまだ改良の余地があります。そもそもできる限り無駄をなくしてほしいって言ったのは冒険者ギルドですから、案を出してくださいね。案があれば対応できる場合もあります」
入ってきた順に処理するのがいいんだろうけどね。でも一度に一〇〇も二〇〇も飛び込んできたら、麻痺していると分かっていても怖いと思うよ。ちなみに、魔獣が重なって潰れることがないようになっている。
僕が魔獣を狩る時はできる限り素材が傷まないように眉間を狙って[氷矢]を撃つ。これを使って入ってきた順に処理できないかなと思ったけど、それぞれ体格も姿勢も違うから、なかなか上手く眉間に当たらない。麻痺した魔獣を固定してベルトコンベアに乗せて順番に眉間を狙うシステムを作ればできなくない。活け締めになると思うけど、倫理的にどう?
「そりゃ考えるがな。ちなみにだが、トラップに引っかからなかった魔獣はどうするんだ?」
「とりあえず前回の暴走の時に見た魔獣についてはそれぞれ個別の異空間に転移させます。猪、熊、兎、獅子、虎、鳥、以上で九九パーセントは超えると思います。それ以外についてはまとめて一か所いいでしょう。そこまで多くないと思います」
「まあそうだな」
前回は蛇はいなかった。あの蛇は地面の上を移動して穴を掘って潜むみたいだけど、森からは出ないみたいだからね。鳥はいることはいたけど少なかったし、止まり木がないから単なる大きな鳥だった。木の枝の反動を使われれば危険だけど、上空を旋回してそこから直滑降してくるならそれほど危険ではない。もう少し奥の方には象がいたけど、次は出て来るかな?
ちなみに大森林の中と外では魔獣の種類が違う。もちろん熊、猪、鳥などは東の方にもいるけど、種類が違うこともあるし、数が少ないしやや弱い。やはり大森林の魔素で強化されているんだろうね。逆に外でよく見る狼、犬、猫、鼬などは大森林では少ない。棲み分けができているのか、それとも大森林では生きていけないのか。
今回の改造によって魔獣を転移させて麻痺させることに決まったので、ぐるぐる回りながら上がって最後は落ちるトラップは使わないことになった。その代わりに魔獣は大森林から出たらすべて転移されるようになっている。だから締めっぱなしにするのもなくなり、入りたい人はいつでもどうぞということになった。壁は残してあるけどね。
そのせいで魔獣を生きたまま持ち帰ることはできなくなったけど、それは仕方ないし、そんなことをする人もいないと思う。逆に言えば、魔獣に追いかけられていても、大森林の外まで逃げれば助かることになる。一長一短かな。
「それにしても、お前が来る前は、いかにして損害を減らすかばっかり考えていたが、損害がないのを前提にして、いかに魔獣を状態良く回収するかを考えられるようにまでなったか」
「血も涙もないと思われるのは嫌ですけど、処分するしかないですからね。魔獣と意思疎通ができれば殺さずに済むのかもしれませんけど、今のところ目処は立っていません」
「ところで魔獣は減りそうなのか? 一年やそこらじゃ変わってないかもしれんが」
「変わっていませんね。放っておけば増えますし、魔素の排出量も減る見込みがありません。延々と吸い出すのみですね」
去年の後半から吸い出し始めて、春の終わりから夏の初め頃にはユーヴィ市で三〇〇年くらいは大丈夫だと思っていたら、冬の初めにユーヴィ市と新旧のキヴィオ市を合わせても三〇〇〇年は大丈夫という計算になった。とりあえず今でも魔素吸引丸太は作っている。いや、魔道具技術者ギルドで作ってもらっている。魔素について分析するには最適な魔道具だからね。見た目は中をくり抜いた丸太だけど。
◆ ◆ ◆
「丸太一〇〇個終わりました」
「はーい、お疲れ様です。しばらく休憩してください」
今日も魔道具技術者ギルドでは魔道具製作で大童です。日常生活で使う魔道具がほとんどですが、領主様から注文を受けている魔素吸引丸太もその合間に作っています。
王都で魔道具を作っていた頃は、日常生活で使う物以外も作っていました。力が強くなったり瞬発力が上がったり。それからユーヴィ市に学びに来ましたが、最初の頃はこれまでやっていたことは何だったのだろうかと、頭を殴られるような毎日でした。
まず領主様から教わったことですが、ちょっとくらい力が強くなっても剣ではなかなか魔獣は切れないので、別にした方がいいということでした。一般的には剣に筋力を高める術式を組み込みますが、そもそも剣自体があまり切れないので、それならむしろ棍棒に組み込む方が攻撃力は高くなるそうです。どうしても切りたければ、術式は指輪などに組み込み、よく研いだ包丁を持って切り付けた方がよく切れるそうです。対人用と対魔獣用は分けて考えた方がいいと。
言われてみればなるほどそうだと思いますが、どうして王都ではそういうことを考えなかったのでしょうか。私もそうでしたが、結局は教わったことをそのままやっていただけなのでしょう。ユーヴィ市で領主様が作った魔道具を分析しながら、なるほどこのようなやり方もあったのかと、毎日目から鱗が落ちるような日々を送っています。
そして気が付いたことは、魔道具は値段を上げない方が人気が出るということでした。それは当然ですね。そして金貨一枚で一個の魔道具を売っても、銀貨一枚で一〇〇個の魔道具を売っても、売り上げとしては同じです。材料費などは違いますが。そして金貨一枚で売ろうとして売れなければ売り上げはゼロですが、銀貨一枚で三〇個売れたとすれば売り上げがあるということです。
魔道具は高価です。だから買い手が少ないのです。裕福な人や一部の冒険者しか手を出さない物と思っていましたが、当然誰もが使いたい物が多かったのです。それは高価な物を高価なままにしておいたのは我々製作者の怠慢というものでしょう。
この町では家庭内で魔石を使わずに魔道具が使える燃料箱と呼ばれる箱が使われ、壁に変換ケーブルと呼ばれる魔道具を挿して反対側に魔道具を繋げれば、魔石を使わなくても魔道具がいくらでも使えます。魔道具と魔道具を繋げるのに魔道具を使うという発想がどこから来たのかは分かりませんが、あれは画期的でした。あのおかげで魔石を頻繁に交換したり充填したりする必要がなく、一か月に一度程度、市民生活ギルドに行けばいいだけですから。
そのための魔力は大森林からやって来ているようで、それを取り出しているのがこの魔素吸引丸太と呼ばれるものです。自然界には魔素と呼ばれるものがあり、それが人や動物、あるいは植物に取り込まれると魔力に変わるようです。そして魔力を使うとまた魔素に戻って自然界に戻る、そのような流れになっているそうです。
魔力の元になるものがあるらしいと聞いていましたが、それが何なのかは誰にも分かりませんでした。見ることはできませんから。でも領主様のこの術式を見る限り、魔力と魔素は違うことが分かります。
「ところでギルド長、ようやく新人の確保が上手くいきそうです」
「そうですか。なかなか適正のある人がいないのでどうなるかと思っていましたが」
魔法についてはかなり適性が重視されます。もちろん訓練次第でいくらでも上達できますが、伸びやすいか伸びにくいかの違いはあります。そして魔道具を作ることができる人は、さらにその中の一部だけです。自分の使える魔法しか魔道具にできないという問題がある以上、できる限りたくさんの魔法が使える人を鍛え上げて魔道具職人にすることが必要になります。
魔道具は専用の術式を刻み込み、そこにその魔法を流し込んで作ります。厳密に言えば、それぞれ別でも問題ないのですが、魔道具を作らない人が術式の勉強をするはずはないので、ほとんどの人は自分で刻んで自分で魔法を使って作るしかありません。ですが、このギルドの職員は優秀なので、分担作業ができるようになっています。
私も含めてここにいる職員はみんな四月にこのユーヴィ市にやって来て、それから半年以上カロリッタ様の下で学びました。カロリッタ様は私と同じ妖精の方です。
お会いした時、まず魔力を増やすようにと言われました。寝る前に目一杯魔力を使って気絶するように眠れば魔力の総量が増えるそうです。気分が悪くなることはあっても死にはしないと。それを信じて弟子一同、毎晩必ず気絶するというのを繰り返した結果、私も大きな体を数日に渡って維持することができるようになりました。
そして気付いたことがあります。大きな体を維持すれば魔力を消費します。つまり体を大きくしているだけで常に魔力を消費する訓練をしているのと同じことになるのです。これぞまさに妖精である利点。なかなか他の種族ではそうはいきません。
体を大きくして妊娠すれば大変なことになりそうだと思うかもしれませんが、なぜか妊娠中は魔力が減らないそうです。天の祝福と呼ばれるそうですが、不思議なものですね。この体はどうなっているのでしょうか?
ところで先ほど廊下を歩いていると同僚のユディタが小さくなって床に落ちていました。急いで魔力回復薬で回復させましたが、魔力切れで倒れると、妖精の場合は踏み潰される可能性があるので油断できません。彼女は最近恋人ができたようで、頑張って大きな体を維持できるように努力しているようですが、時間調整を間違えたようですね。
こんなことを考えている私もお年頃……は過ぎたかもしれませんが、結婚は諦めていません。どこかにいい人が落ちていないでしょうか。
その被害を減らすために大森林の出入り口に壁を作り、魔獣を誘導することによってカタツムリの殻のようなトラップに誘い込み、一番上に達したら地上に落とすというのを考えていたけど、ギルド職員たちから待ったがかかった。素材がもったいないと。
魔獣の素材は高価だ。普段でも僕とリゼッタが狩りに行っているけど、暴走の時は何百何千と出てくる。次は一万を超えるかもしれないと。それならできる限り素材を綺麗なまま確保したい、できれば生きたまま捕まえるように、そう言われた。毒餌を食べさせれば楽だけど、その肉を食べたくないからね。そこで麻痺させればいいと思い付いた。だから麻痺させて生きたまま捕らえるシステムを構築中。
「これはまた……凄惨だな」
「まだ死んでいませんよ。でも生きているわけですから、一応気をつけてくださいね」
目の前には地面に転がったロックボアが一〇匹。大森林で見つけて麻痺させ、トラップの手前に置いたら麻痺を解除してトラップに誘い込み、きちんと機能しているかどうかをルボルさんと一緒に確認している。
僕は大森林のすぐ外側、大きく伸びをしたらリゼッタが肩から落ちそうになって文句を言ったあたり、あのあたり地面に転移のトラップを仕掛けることにした。これは種族ごとに転移先が違い、ハウルベアならハウルベア用、ロックボアならロックボア用、それぞれに用意された異空間に転移させるものだ。そしてその異空間に入った瞬間に麻痺させることにした。
この異空間に入ると魔獣には[麻痺]がかかるようになっている。でも[麻痺]はしばらくすると解けるので、解けたら再度[麻痺]をかけるようになっている。でもどうしても解けてからかけ直すまでにタイムラグがある。麻痺状態でも少しくらいなら体は動くし、外へ持ち出すといずれ麻痺は解ける。暴れて職員が命を落としたら意味がない。
「この状態を保つことはできねえのか?」
「マジックバッグも保存庫も同じですが、生き物には影響しないんですよ。死んでしまえば傷まなくなりますけど」
倒れて麻痺していても生きている。だから少しずつ弱っていく。そうなるといずれ衰弱死する。死んだ時点でそれ以上は悪くならなくなるけど、その時にはすでに肉の味は落ちている。
「入ってきたものを順番に処理していくしかないか。だが何百何千も処理するのは大変だな」
「そこなんですよね。まだまだ改良の余地があります。そもそもできる限り無駄をなくしてほしいって言ったのは冒険者ギルドですから、案を出してくださいね。案があれば対応できる場合もあります」
入ってきた順に処理するのがいいんだろうけどね。でも一度に一〇〇も二〇〇も飛び込んできたら、麻痺していると分かっていても怖いと思うよ。ちなみに、魔獣が重なって潰れることがないようになっている。
僕が魔獣を狩る時はできる限り素材が傷まないように眉間を狙って[氷矢]を撃つ。これを使って入ってきた順に処理できないかなと思ったけど、それぞれ体格も姿勢も違うから、なかなか上手く眉間に当たらない。麻痺した魔獣を固定してベルトコンベアに乗せて順番に眉間を狙うシステムを作ればできなくない。活け締めになると思うけど、倫理的にどう?
「そりゃ考えるがな。ちなみにだが、トラップに引っかからなかった魔獣はどうするんだ?」
「とりあえず前回の暴走の時に見た魔獣についてはそれぞれ個別の異空間に転移させます。猪、熊、兎、獅子、虎、鳥、以上で九九パーセントは超えると思います。それ以外についてはまとめて一か所いいでしょう。そこまで多くないと思います」
「まあそうだな」
前回は蛇はいなかった。あの蛇は地面の上を移動して穴を掘って潜むみたいだけど、森からは出ないみたいだからね。鳥はいることはいたけど少なかったし、止まり木がないから単なる大きな鳥だった。木の枝の反動を使われれば危険だけど、上空を旋回してそこから直滑降してくるならそれほど危険ではない。もう少し奥の方には象がいたけど、次は出て来るかな?
ちなみに大森林の中と外では魔獣の種類が違う。もちろん熊、猪、鳥などは東の方にもいるけど、種類が違うこともあるし、数が少ないしやや弱い。やはり大森林の魔素で強化されているんだろうね。逆に外でよく見る狼、犬、猫、鼬などは大森林では少ない。棲み分けができているのか、それとも大森林では生きていけないのか。
今回の改造によって魔獣を転移させて麻痺させることに決まったので、ぐるぐる回りながら上がって最後は落ちるトラップは使わないことになった。その代わりに魔獣は大森林から出たらすべて転移されるようになっている。だから締めっぱなしにするのもなくなり、入りたい人はいつでもどうぞということになった。壁は残してあるけどね。
そのせいで魔獣を生きたまま持ち帰ることはできなくなったけど、それは仕方ないし、そんなことをする人もいないと思う。逆に言えば、魔獣に追いかけられていても、大森林の外まで逃げれば助かることになる。一長一短かな。
「それにしても、お前が来る前は、いかにして損害を減らすかばっかり考えていたが、損害がないのを前提にして、いかに魔獣を状態良く回収するかを考えられるようにまでなったか」
「血も涙もないと思われるのは嫌ですけど、処分するしかないですからね。魔獣と意思疎通ができれば殺さずに済むのかもしれませんけど、今のところ目処は立っていません」
「ところで魔獣は減りそうなのか? 一年やそこらじゃ変わってないかもしれんが」
「変わっていませんね。放っておけば増えますし、魔素の排出量も減る見込みがありません。延々と吸い出すのみですね」
去年の後半から吸い出し始めて、春の終わりから夏の初め頃にはユーヴィ市で三〇〇年くらいは大丈夫だと思っていたら、冬の初めにユーヴィ市と新旧のキヴィオ市を合わせても三〇〇〇年は大丈夫という計算になった。とりあえず今でも魔素吸引丸太は作っている。いや、魔道具技術者ギルドで作ってもらっている。魔素について分析するには最適な魔道具だからね。見た目は中をくり抜いた丸太だけど。
◆ ◆ ◆
「丸太一〇〇個終わりました」
「はーい、お疲れ様です。しばらく休憩してください」
今日も魔道具技術者ギルドでは魔道具製作で大童です。日常生活で使う魔道具がほとんどですが、領主様から注文を受けている魔素吸引丸太もその合間に作っています。
王都で魔道具を作っていた頃は、日常生活で使う物以外も作っていました。力が強くなったり瞬発力が上がったり。それからユーヴィ市に学びに来ましたが、最初の頃はこれまでやっていたことは何だったのだろうかと、頭を殴られるような毎日でした。
まず領主様から教わったことですが、ちょっとくらい力が強くなっても剣ではなかなか魔獣は切れないので、別にした方がいいということでした。一般的には剣に筋力を高める術式を組み込みますが、そもそも剣自体があまり切れないので、それならむしろ棍棒に組み込む方が攻撃力は高くなるそうです。どうしても切りたければ、術式は指輪などに組み込み、よく研いだ包丁を持って切り付けた方がよく切れるそうです。対人用と対魔獣用は分けて考えた方がいいと。
言われてみればなるほどそうだと思いますが、どうして王都ではそういうことを考えなかったのでしょうか。私もそうでしたが、結局は教わったことをそのままやっていただけなのでしょう。ユーヴィ市で領主様が作った魔道具を分析しながら、なるほどこのようなやり方もあったのかと、毎日目から鱗が落ちるような日々を送っています。
そして気が付いたことは、魔道具は値段を上げない方が人気が出るということでした。それは当然ですね。そして金貨一枚で一個の魔道具を売っても、銀貨一枚で一〇〇個の魔道具を売っても、売り上げとしては同じです。材料費などは違いますが。そして金貨一枚で売ろうとして売れなければ売り上げはゼロですが、銀貨一枚で三〇個売れたとすれば売り上げがあるということです。
魔道具は高価です。だから買い手が少ないのです。裕福な人や一部の冒険者しか手を出さない物と思っていましたが、当然誰もが使いたい物が多かったのです。それは高価な物を高価なままにしておいたのは我々製作者の怠慢というものでしょう。
この町では家庭内で魔石を使わずに魔道具が使える燃料箱と呼ばれる箱が使われ、壁に変換ケーブルと呼ばれる魔道具を挿して反対側に魔道具を繋げれば、魔石を使わなくても魔道具がいくらでも使えます。魔道具と魔道具を繋げるのに魔道具を使うという発想がどこから来たのかは分かりませんが、あれは画期的でした。あのおかげで魔石を頻繁に交換したり充填したりする必要がなく、一か月に一度程度、市民生活ギルドに行けばいいだけですから。
そのための魔力は大森林からやって来ているようで、それを取り出しているのがこの魔素吸引丸太と呼ばれるものです。自然界には魔素と呼ばれるものがあり、それが人や動物、あるいは植物に取り込まれると魔力に変わるようです。そして魔力を使うとまた魔素に戻って自然界に戻る、そのような流れになっているそうです。
魔力の元になるものがあるらしいと聞いていましたが、それが何なのかは誰にも分かりませんでした。見ることはできませんから。でも領主様のこの術式を見る限り、魔力と魔素は違うことが分かります。
「ところでギルド長、ようやく新人の確保が上手くいきそうです」
「そうですか。なかなか適正のある人がいないのでどうなるかと思っていましたが」
魔法についてはかなり適性が重視されます。もちろん訓練次第でいくらでも上達できますが、伸びやすいか伸びにくいかの違いはあります。そして魔道具を作ることができる人は、さらにその中の一部だけです。自分の使える魔法しか魔道具にできないという問題がある以上、できる限りたくさんの魔法が使える人を鍛え上げて魔道具職人にすることが必要になります。
魔道具は専用の術式を刻み込み、そこにその魔法を流し込んで作ります。厳密に言えば、それぞれ別でも問題ないのですが、魔道具を作らない人が術式の勉強をするはずはないので、ほとんどの人は自分で刻んで自分で魔法を使って作るしかありません。ですが、このギルドの職員は優秀なので、分担作業ができるようになっています。
私も含めてここにいる職員はみんな四月にこのユーヴィ市にやって来て、それから半年以上カロリッタ様の下で学びました。カロリッタ様は私と同じ妖精の方です。
お会いした時、まず魔力を増やすようにと言われました。寝る前に目一杯魔力を使って気絶するように眠れば魔力の総量が増えるそうです。気分が悪くなることはあっても死にはしないと。それを信じて弟子一同、毎晩必ず気絶するというのを繰り返した結果、私も大きな体を数日に渡って維持することができるようになりました。
そして気付いたことがあります。大きな体を維持すれば魔力を消費します。つまり体を大きくしているだけで常に魔力を消費する訓練をしているのと同じことになるのです。これぞまさに妖精である利点。なかなか他の種族ではそうはいきません。
体を大きくして妊娠すれば大変なことになりそうだと思うかもしれませんが、なぜか妊娠中は魔力が減らないそうです。天の祝福と呼ばれるそうですが、不思議なものですね。この体はどうなっているのでしょうか?
ところで先ほど廊下を歩いていると同僚のユディタが小さくなって床に落ちていました。急いで魔力回復薬で回復させましたが、魔力切れで倒れると、妖精の場合は踏み潰される可能性があるので油断できません。彼女は最近恋人ができたようで、頑張って大きな体を維持できるように努力しているようですが、時間調整を間違えたようですね。
こんなことを考えている私もお年頃……は過ぎたかもしれませんが、結婚は諦めていません。どこかにいい人が落ちていないでしょうか。
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