新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第三章 第四部

公営牧場

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 ユーヴィ市のすぐ外側に公営牧場を作ることになった。城壁の中の方が仕事は楽だと思うけど、十分な広さを確保するとなると中では難しいとなった。部屋なら空間を広げるというやり方もあるけど、屋外は無理だから、まあ仕方ない。できなくはないけど気持ち悪いんだよ。

 部屋の中の空間を拡張するなら壁をグッと押す感じで広げればいい。そうすれば部屋の外はそのままで、中に入ればものすごく広く感じる空間になる。ドアのところに立つとものすごく広い部屋に見える。でも屋外で空間を広げようとするなら、部屋の中以上に空間をねじ曲げる必要がある。基準がないからね。

 例えば庭の中央で一〇メートル四方の空間を一〇〇メートル四方に拡張したとする。その一〇メートル四方の空間に踏み込むまでは普通なんだけど、一歩踏み込んだら急に向こうまでの距離が急に伸びる。その境目がものすごく気持ち悪くて酔う。だから技術的にはできるけど、空間拡張なら屋内の方がいい。健全な平衡感覚のために。



 牧場の話に戻すと、牛と山羊はこれまで異空間の方で育てていたけど、北部地域で少しずつ何度も買っていたので、それなりの数になってきた。シーラだけでは世話が難しくなってきたので、シーラには本来の馬の世話に戻ってもらい、牛と山羊に関しては人を雇うことになった。

 放牧なのでそれなりに広い場所が必要で、それでも安全は確保しなければならない。だから城壁ほどの威圧感はなくてもそれなりにしっかりとした二重のフェンスを作った。外側のフェンスは魔獣避けのつもりで、触れれば危険。内側は人や家畜が触っても問題はない。

 正直になところ、壁にした方がずっと簡単だけど、そうするとどうしても見た目がね。動物を入れるならなるべく開放的な方がいいじゃない。外側から人が触る可能性も考えて、下の方は危なくはしていないけど、上を越えるのは明らかに何かの意図を持ってそうするんだろうから、そこは容赦はしない。というわけで、これが完成したら、またまた時期としてはどうかと思うけど、牛と羊はこちらに移すことになっている。

 牛と山羊はそれぞれ自由に出入りできる厩舎を用意し、搾乳機も備え付けた。近付けば自動で吸い付くようになっているので、職員の負担も減る。集めたミルクを加工するのは職員や雇われた人たちの仕事。

 この国では牛は肉のために育てる。ミルクはあまり使われない。使うとすれば病人や高齢者の栄養のためで、健康な人が飲むことはほとんどない。そして肉は値段が高いので、庶民の口にはあまり入らない。だから庶民が口にするタンパク質は麦や芋や豆がほとんどだった。

 そして去年から今年にかけて王都周辺の貴族の数が減った影響で肉が売れなくなった。特にタルティ公爵領は解体され、タルティ子爵領と一二の男爵領ができたけど、できたばかりの小さい領地ばかりだから、しばらくは贅沢はできないだろう。だから販売数が回復する目処は立っていない。そうなると子牛を産む雌牛もこれ以上は必要なくなるので、余った分を僕が購入することになった。実際の話はそこまで単純ではないけど、枝葉を取り払ってしまえばそういうことになる。

 とりあえず広さとしては、後から広げるよりも最初から広めにしておいた方がいいから、なんだかんだでユーヴィ市より一回りくらい小さなだけ。ちょっと広いかなと思ったけど、牛だって厩舎の方が暖かいと分かれば帰ってくるでしょ。山羊も一緒だから、それなりに広くないといずれは窮屈になるかもしれない。

 それとニワトリやアヒモ、ガチョウンのこともある。これらの鳥はユーヴィ市内の養鶏場で飼っているけど、少しずつ増えているので、いずれは手狭になると思う。そうしたら引っ越しをしなければいけない。引っ越すならここだろう。

「中から外が見えるのですね」
「牛だって山羊だって、壁しか見えないよりは外が見えた方がいいでしょう。彼らにとっての家だからね」
「たしかにそうですね」

 このあたりの魔獣はずいぶん減ったとは言ってもいないわけじゃない。大森林にいるような凶悪な魔獣はいないけど、犬だの狼だのいたちだの、弱い魔獣はいる。商人の護衛で対処できるものばかり。弱い魔獣と野獣の違いは微妙だけどね。魔石があれば魔獣、それでなければ野獣、つまり単なる動物。言い方はおかしいけど、弱い魔獣の中でもかなり強いのがこっそり忍び寄ってくるサイレントベア。不意を突かれるから休憩中に襲われたら一溜まりもない。

「とりあえず今は牛と山羊だけを移すとして、ニワトリたちはどうします? あれからかなり増えたと思うけど、ギルドとしてはどうですか?」
「数としてはまだ大丈夫です。今はやかましいという苦情はありませんが、数が増えてそれなりに鳴くようになりましたからね。特に朝は」

 日本でもこの国でも、ニワトリは朝は鳴く。リーダーが鳴けば他も一斉に鳴く。周囲に音を軽減するための壁を建ててはいるけど、完全に無音にしてしまうといざという時に異変に気付かないから、鳴き声を小さくするくらいしかできない。

「でも気になるようならそろそろ移した方がいいでしょうね。問題になってからでは遅いので。その場所だけは十分に確保しておきましたから」
「そうですね、どうせなら好きなことを好きなだけさせてあげたいですね」
「ニワトリは好きなだけ地面をつつけるようにしますよ」

 ニワトリたちはすぐでなくてもいいけど、いつでも移せるように町中にある養鶏場と同じものを作っておく。ニワトリはとにかく何でもつつく。地面だろうが何だろうが。そしてミミズなどを探すためにひたすら地面を足で引っかき回す。だから牧草地だけじゃなくて砂地も用意する必要がある。

「さて、これで牧場部分はいい。次は外か」
「やはり堀ですか?」
「邪魔者が入らないようにするなら堀が一番でしょう。あの川は使われていないようなので」

 ユーヴィ市の近くを流れている川から堀に水を流す。ユーヴィ市は山が近いので、少し掘れば地下水が出る。あまり大きな川がないので、おそらく地下水脈になっているんだろう。だからこの狭い川は釣りくらいにしか使われていない。のんびり釣りをしていると魔獣に追いかけられることもあるから大変だけど。この川は飲用水としては使われていないから、少し流れを変えて堀に流れ込むようにして、堀の反対側から元の川に戻す。

 堀の幅は三〇メートル、深さは一〇メートルくらいにしておこうか。柵を付けて中に人が入らないようにするけど、それでも入る人がいないとは限らない。勝手に入って溺れるのは自己責任だけど、何かの間違いで落ちる可能性がゼロとは言えない。念のために這い上がれるように階段のようなものを用意しておこうか。

 でも牧場側には上がれないようにしておく。手前に向かって反るようにしたから、濡れた手足ではどうやってもよじ登るのは無理。

「それは罠ですか?」
「いや、罠ならその先に財宝を用意するでしょ。家畜だけでは惹き寄せるには弱いですよ」

 目指すはあまり敵が来ない上に絶対に突破できないタワーディフェンス。タワーじゃないけど。

 柵を越えて堀に入って牧場側に辿り着いても、壁が手前に反っているので登ることはできない。仮に粘着剤などを使って登ることができてフェンスまで辿り着いたとする。フェンスは強化してあるから切ったり壊したりはできないので中に入ることはできない。だからそのままフェンスを登って上まで行こうとすると途中でねずみ返しがあるからつっかえる。

「念のために聞きますが、万が一にでも故障したりすることはないのですか?」
「うーん……何かがぶつかったくらいで壊れることはありません。あのフェンス自体、ロックボアが一〇〇回ぶつかってもヒビすら入らないくらいにしてあります。経年劣化の点でも一〇〇〇年くらいは問題ありませんよ。それに僕が生きている間ならいくらでも直しますし」
「領主様が不在の場合は大丈夫でしょうか?」

 フェンスは屋敷と同じく[強化]でガチガチに固めてあるから壊れることはないはず。でも太さは五ミリくらいだから、見た目には脆そうに見えるのも仕方がない。もっとも素材自体はステンレスだからそう簡単に切れないでしょ。

 結局のところ、ギルド職員であっても町の外というのは今でも危険を感じるらしい。だから家畜であっても町の外で問題ないのかと心配している。それに世話のために町を出る必要があるわけだから。職員でもそうなら普通の人は尚更だよね。もっと町の外に出ることを覚えてもらわないといけないと思うけど、そもそも外から出る機会がないし、その必要もない。結局は町の外に何もないのが原因。だから手近なところから始めようと思う。

 どこまでやれるかは分からないけど、城壁から少し離れたところにあるこの牧場で、牛や山羊の乳搾り、チーズ作り、鶏の卵拾いなどを子供たちに体験してもらって、それをきっかけとして、安全になった領内を好きに移動してほしいと思う。安全確保のためにはできるだけのことはするつもりだから。

「もちろん仕様はギルドにも伝えますよ。それに息子が一人前になったら一通り叩き込みますし、その頃にはもっといい牧場がどこかにできているかもしれませんから」
「でも領主様、怖さで震えが止まりません。抱きしめてもらえませんか?」
「それは寒さのせいです。手に持っている外套を羽織りなさい」
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