新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

文字の大きさ
212 / 278
第三章 第四部

公営牧場

しおりを挟む
 ユーヴィ市のすぐ外側に公営牧場を作ることになった。城壁の中の方が仕事は楽だと思うけど、十分な広さを確保するとなると中では難しいとなった。部屋なら空間を広げるというやり方もあるけど、屋外は無理だから、まあ仕方ない。できなくはないけど気持ち悪いんだよ。

 部屋の中の空間を拡張するなら壁をグッと押す感じで広げればいい。そうすれば部屋の外はそのままで、中に入ればものすごく広く感じる空間になる。ドアのところに立つとものすごく広い部屋に見える。でも屋外で空間を広げようとするなら、部屋の中以上に空間をねじ曲げる必要がある。基準がないからね。

 例えば庭の中央で一〇メートル四方の空間を一〇〇メートル四方に拡張したとする。その一〇メートル四方の空間に踏み込むまでは普通なんだけど、一歩踏み込んだら急に向こうまでの距離が急に伸びる。その境目がものすごく気持ち悪くて酔う。だから技術的にはできるけど、空間拡張なら屋内の方がいい。健全な平衡感覚のために。



 牧場の話に戻すと、牛と山羊はこれまで異空間の方で育てていたけど、北部地域で少しずつ何度も買っていたので、それなりの数になってきた。シーラだけでは世話が難しくなってきたので、シーラには本来の馬の世話に戻ってもらい、牛と山羊に関しては人を雇うことになった。

 放牧なのでそれなりに広い場所が必要で、それでも安全は確保しなければならない。だから城壁ほどの威圧感はなくてもそれなりにしっかりとした二重のフェンスを作った。外側のフェンスは魔獣避けのつもりで、触れれば危険。内側は人や家畜が触っても問題はない。

 正直になところ、壁にした方がずっと簡単だけど、そうするとどうしても見た目がね。動物を入れるならなるべく開放的な方がいいじゃない。外側から人が触る可能性も考えて、下の方は危なくはしていないけど、上を越えるのは明らかに何かの意図を持ってそうするんだろうから、そこは容赦はしない。というわけで、これが完成したら、またまた時期としてはどうかと思うけど、牛と羊はこちらに移すことになっている。

 牛と山羊はそれぞれ自由に出入りできる厩舎を用意し、搾乳機も備え付けた。近付けば自動で吸い付くようになっているので、職員の負担も減る。集めたミルクを加工するのは職員や雇われた人たちの仕事。

 この国では牛は肉のために育てる。ミルクはあまり使われない。使うとすれば病人や高齢者の栄養のためで、健康な人が飲むことはほとんどない。そして肉は値段が高いので、庶民の口にはあまり入らない。だから庶民が口にするタンパク質は麦や芋や豆がほとんどだった。

 そして去年から今年にかけて王都周辺の貴族の数が減った影響で肉が売れなくなった。特にタルティ公爵領は解体され、タルティ子爵領と一二の男爵領ができたけど、できたばかりの小さい領地ばかりだから、しばらくは贅沢はできないだろう。だから販売数が回復する目処は立っていない。そうなると子牛を産む雌牛もこれ以上は必要なくなるので、余った分を僕が購入することになった。実際の話はそこまで単純ではないけど、枝葉を取り払ってしまえばそういうことになる。

 とりあえず広さとしては、後から広げるよりも最初から広めにしておいた方がいいから、なんだかんだでユーヴィ市より一回りくらい小さなだけ。ちょっと広いかなと思ったけど、牛だって厩舎の方が暖かいと分かれば帰ってくるでしょ。山羊も一緒だから、それなりに広くないといずれは窮屈になるかもしれない。

 それとニワトリやアヒモ、ガチョウンのこともある。これらの鳥はユーヴィ市内の養鶏場で飼っているけど、少しずつ増えているので、いずれは手狭になると思う。そうしたら引っ越しをしなければいけない。引っ越すならここだろう。

「中から外が見えるのですね」
「牛だって山羊だって、壁しか見えないよりは外が見えた方がいいでしょう。彼らにとっての家だからね」
「たしかにそうですね」

 このあたりの魔獣はずいぶん減ったとは言ってもいないわけじゃない。大森林にいるような凶悪な魔獣はいないけど、犬だの狼だのいたちだの、弱い魔獣はいる。商人の護衛で対処できるものばかり。弱い魔獣と野獣の違いは微妙だけどね。魔石があれば魔獣、それでなければ野獣、つまり単なる動物。言い方はおかしいけど、弱い魔獣の中でもかなり強いのがこっそり忍び寄ってくるサイレントベア。不意を突かれるから休憩中に襲われたら一溜まりもない。

「とりあえず今は牛と山羊だけを移すとして、ニワトリたちはどうします? あれからかなり増えたと思うけど、ギルドとしてはどうですか?」
「数としてはまだ大丈夫です。今はやかましいという苦情はありませんが、数が増えてそれなりに鳴くようになりましたからね。特に朝は」

 日本でもこの国でも、ニワトリは朝は鳴く。リーダーが鳴けば他も一斉に鳴く。周囲に音を軽減するための壁を建ててはいるけど、完全に無音にしてしまうといざという時に異変に気付かないから、鳴き声を小さくするくらいしかできない。

「でも気になるようならそろそろ移した方がいいでしょうね。問題になってからでは遅いので。その場所だけは十分に確保しておきましたから」
「そうですね、どうせなら好きなことを好きなだけさせてあげたいですね」
「ニワトリは好きなだけ地面をつつけるようにしますよ」

 ニワトリたちはすぐでなくてもいいけど、いつでも移せるように町中にある養鶏場と同じものを作っておく。ニワトリはとにかく何でもつつく。地面だろうが何だろうが。そしてミミズなどを探すためにひたすら地面を足で引っかき回す。だから牧草地だけじゃなくて砂地も用意する必要がある。

「さて、これで牧場部分はいい。次は外か」
「やはり堀ですか?」
「邪魔者が入らないようにするなら堀が一番でしょう。あの川は使われていないようなので」

 ユーヴィ市の近くを流れている川から堀に水を流す。ユーヴィ市は山が近いので、少し掘れば地下水が出る。あまり大きな川がないので、おそらく地下水脈になっているんだろう。だからこの狭い川は釣りくらいにしか使われていない。のんびり釣りをしていると魔獣に追いかけられることもあるから大変だけど。この川は飲用水としては使われていないから、少し流れを変えて堀に流れ込むようにして、堀の反対側から元の川に戻す。

 堀の幅は三〇メートル、深さは一〇メートルくらいにしておこうか。柵を付けて中に人が入らないようにするけど、それでも入る人がいないとは限らない。勝手に入って溺れるのは自己責任だけど、何かの間違いで落ちる可能性がゼロとは言えない。念のために這い上がれるように階段のようなものを用意しておこうか。

 でも牧場側には上がれないようにしておく。手前に向かって反るようにしたから、濡れた手足ではどうやってもよじ登るのは無理。

「それは罠ですか?」
「いや、罠ならその先に財宝を用意するでしょ。家畜だけでは惹き寄せるには弱いですよ」

 目指すはあまり敵が来ない上に絶対に突破できないタワーディフェンス。タワーじゃないけど。

 柵を越えて堀に入って牧場側に辿り着いても、壁が手前に反っているので登ることはできない。仮に粘着剤などを使って登ることができてフェンスまで辿り着いたとする。フェンスは強化してあるから切ったり壊したりはできないので中に入ることはできない。だからそのままフェンスを登って上まで行こうとすると途中でねずみ返しがあるからつっかえる。

「念のために聞きますが、万が一にでも故障したりすることはないのですか?」
「うーん……何かがぶつかったくらいで壊れることはありません。あのフェンス自体、ロックボアが一〇〇回ぶつかってもヒビすら入らないくらいにしてあります。経年劣化の点でも一〇〇〇年くらいは問題ありませんよ。それに僕が生きている間ならいくらでも直しますし」
「領主様が不在の場合は大丈夫でしょうか?」

 フェンスは屋敷と同じく[強化]でガチガチに固めてあるから壊れることはないはず。でも太さは五ミリくらいだから、見た目には脆そうに見えるのも仕方がない。もっとも素材自体はステンレスだからそう簡単に切れないでしょ。

 結局のところ、ギルド職員であっても町の外というのは今でも危険を感じるらしい。だから家畜であっても町の外で問題ないのかと心配している。それに世話のために町を出る必要があるわけだから。職員でもそうなら普通の人は尚更だよね。もっと町の外に出ることを覚えてもらわないといけないと思うけど、そもそも外から出る機会がないし、その必要もない。結局は町の外に何もないのが原因。だから手近なところから始めようと思う。

 どこまでやれるかは分からないけど、城壁から少し離れたところにあるこの牧場で、牛や山羊の乳搾り、チーズ作り、鶏の卵拾いなどを子供たちに体験してもらって、それをきっかけとして、安全になった領内を好きに移動してほしいと思う。安全確保のためにはできるだけのことはするつもりだから。

「もちろん仕様はギルドにも伝えますよ。それに息子が一人前になったら一通り叩き込みますし、その頃にはもっといい牧場がどこかにできているかもしれませんから」
「でも領主様、怖さで震えが止まりません。抱きしめてもらえませんか?」
「それは寒さのせいです。手に持っている外套を羽織りなさい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!

ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!? 夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。 しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。 うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。 次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。 そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。 遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。 別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。 Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって! すごいよね。 ――――――――― 以前公開していた小説のセルフリメイクです。 アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。 基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。 1話2000~3000文字で毎日更新してます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...