新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

文字の大きさ
250 / 278
第四章 第二部

エルフとオーク

しおりを挟む
「魔物が言葉を理解している?」
「はい。言葉は話せませんが、こちらが言っていることは理解しています」

 先ほどの広間に戻ると、この森にいる魔物たちが言葉を理解できるようになっていることをアランさんたちに説明した。当然だけど「はいそうですか」と受け入れてもらうことも難しいだろう。そんなにすんなりと受け入れてもらえるのならもう少し状況は違っただろうからね。

「魔物がそこまで頭がいいとは聞いたことがない」
「何か別の存在と見間違えたとかではないのか?」
「冒険者が獣を狩るために動物の皮を被っていただけでは?」

 やっぱりそう思われるよね。だからこそきちんと説明しないといけない。

「ここに来るまでに出会ったオーク、ゴブリン、コボルドは、もちろん話すことはできませんが聞いて理解することができました。それも一人や二人ではなく、全部で五〇〇人を超えます」

 人数にばらつきはあるけど、ここに来るまで五人から二〇人ずつほど出会った。今は専用の異空間に家を建ててそこで暮らしている。こちらの言っていることは理解しているし、手を挙げて挨拶してくれる。匹とか体とかで数えていいのかどうか分からなくなったから、人と同じ数え方をしている。

 オークがおよそ二五〇と一番多く、次がコボルドでおよそ一五〇、ゴブリンがおよそ一〇〇。今後はどうなるか分からない。

「それで、一度彼らの代表に会ってもらえませんか? そうすれば、知能の高い魔物は危険ではないということが分かるはずです」
「うむ、危険がないなら会ってもいいが、どこに行けば会えるのかな?」
「ここに呼びますよ。ジミー、ちょっと出て」
「ブフッ」

 異空間の入り口を出して中に話しかけると、中から一人のオークが出てきた。そしてジミーを見た長老たちがぽかーんと口を開けている。これなら大丈夫そうだね。

「これが……あのオーク?」
「ええ、オークたちの代表を任せているジミーです」
「フゴッフ」

 Tシャツにダボダボのオーバーオールに麦わら帽子という出で立ちのジミーは鼻を鳴らすと帽子を取り、その帽子を胸に当てながらみんなに向かって頭を下げた。異空間にいる三種族には、雄雌や種族に関係なく、オーバーオールを着せている。

 まさに百聞は一見にしかず。しかもいい意味で強烈な印象を与えられる。ジェナが毒気を抜かれたのもこの服装を見たからだった。ピッチフォークを持たせれば農民そのもの。

「たしかに顔はオークだが……普通に服を着ているのか。我々のものとは少し違うようだが」
「これは私が彼らに用意したものです。実は彼らは森にあるものでこのような服を作って着ていましたが、これではなかなか気付いてもらえないようで……」

 そう言って彼らが着ていた服を見せる。わりと上手だと思うけどね。素材には葉っぱや木の皮などを使って、それを木のツタで繋げて形にしている。

 でも遠目に見たら服だとは分からないし、エルフには理解してもらえなかった。でもさすがに今の格好なら普通の魔物じゃないというのは理解してもらえるだろう。

 シャツにズボンの方がたしかに人に近いとは思うけど、オークやコボルドの指ではボタンをかけるのが少々難しい。それならTシャツを着てからオーバーサイズのオーバーオールを履いたらいいんじゃないかと思って履かせてみた。

 オーバーサイズにしたのには理由がある。一つはコミカルに見えること。そして細かなサイズ調整が必要ないこと。

 オークは二足歩行の猪だから手と足がやや短くて細く、胴が太い。ゴブリンは全体的に小柄で、人間の子供くらいの身長。コボルドは二足歩行の犬だから足が細めなのはオークと同じだけど、手足は長めで胴は太くはない。

 それ以外には、オークとコボルドには尻尾がある。オークとコボルドの耳は頭の上にあるけど、ゴブリンは細い耳が人間と同じ位置から横に伸びている。だからオークとコボルドの麦わら帽子には耳を出す穴を開けている。

 それにオーク、ボブリン、コボルドと言っても一人一人体格は少しずつ違う。もちろんゴブリンやコボルドも。だからそれぞれの種族でTシャツもオーバーオールはXXSからXXLまで七種類ずつ、合計二一種類パターンずつ作った。

 肩の部分はゴムになっているから、脱ぎ着は簡単になっている。素材自体は服飾ギルドに個人的に注文した布地などを使っている。縫ったのは僕だけど。

「この姿を見れば、我々としても無闇に殺生をしたいとは思わなくなるなあ……」
「さすがに急に仲良くというのは無理だと分かっています。それでも彼らが安全な場所に移動するくらいは認めていただきたいと」
「安全な場所へ移動?」

 そう疑問に思うのは当然だろうね。仮にも自分たちが倒していた魔物たちを保護するために移動させるというのは考えが及ばないと思うし、どうやって移動させるかという問題もある。

「はい。この森とは関係のない遠い場所に彼らの集落を作っています。そこへ移動するためのドアの形をした魔道具を町の外に置きますので、もしこの森に住む魔物たちが町へ近づいてきた場合、そこへ行けば仲間がいると声をかけてあげてほしいんです」
「なるほど。呼びかけてみて判断すると」
「ええ、彼らは言葉を理解していますので、それを聞いて反応するかどうかで判断できます。聞こえればそちらに目をやるでしょう。声かけは城壁の上からで大丈夫です。そのドアをくぐりなさい、そうすればそこに仲間たちがいる。まずはそこへ生きなさいと」
「なるほど、それならば大丈夫だろう。様子を見ながらになるとは思うが」
「はい、それで構いません。無茶を言っているのは承知していますので」

 僕が長老たちにお願いしたのは、一定の知能を持った魔物たちには手を出さないこと。エルフが積極的に外に出ることはないけど、それでも町の近くに寄ってきたら攻撃するかもしれない。

 もし魔物たちが町に近づいたら、町の外に設置した転移ドアから魔物たちの町へ行くことを口頭で伝えること。

「このジミーを見たら分かるかと思いますが、一定の知能を持つ魔物は人の言葉を聞いて理解することができます。まだ読むことも書くことも話すこともできませんが、いずれは読み書きはできるかもしれませんね。話すのは難しいかもしれませんが、そこは上手く魔道具を使えば何とかなりそうです」
「ケネス殿にかかれば、魔物も仲間か」
「言葉が分かる相手を殺すことに抵抗があるだけです。こちらを殺しにくる魔獣ならいくらでも狩りますし、実際に数え切れないほど食材にしてきましたが。好意的に接することができる可能性がある相手を攻撃したくないだけですよ」

 長老のアランさんは頷いている。どうやら理解してくれたようだ。すると隣にいた人が手を上げた。手を上げる必要はないと思うけど。

「私はアイヴァンという。ケネス殿、そのジミーたちはどのような生活をしているのだ?」
「そうですね。今は田舎の農民と言ったらいいでしょうか。畑を耕してもらっています」

 話を聞いていたジミーがうなずく。

「ほほう、畑をね。それでは五〇〇匹……いや君からすると五〇〇人か、それだけ働き手がいれば、麦にせよ野菜にせよ、かなり余らないか?」
「それは僕が領主をしている領地の収穫物に足している感じですね。その売り上げ分は彼らに何らかの形で還元しようと思っていますが、今のところは食事を提供するくらいしか思いつきません」

 ジミーは「十分してもらってます」のようなジェスチャーをするけど、今のままなら作ってもらうだけだからね。衣食住以外で何かないかなと考えているけど、それがなかなかね。

 このアイヴァンさんという重鎮の一人は、僕の考えを面白がってくれているように思える。会議ではこういう人が一人いてくれると助かる。いい方向に会議を誘導してくれたり、みんなが聞きたいことを質問してくれたり、進行役としては非常に助かる。



 結局ここでの話し合いの結果、アランさんたちは一部の魔物は人の言葉を理解できるようになっているということを住民たちに伝えることを約束してくれた。それでしばらく様子を見ると。もし魔物の側から攻撃してくるなら反撃はするけど、そうでなければ転移ドアを通って向こうに行くまで見守ってくれると。

 いきなりやって来て意味が分からないことを言い始めたんだから、「はいそうですか」と一から十まで理解してもらえるとは思わない。でもこの町の周囲で、コミュニケーションを取りたいのに取れずに殺される魔物が減れば、ここまで来た甲斐がある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

処理中です...