新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

文字の大きさ
267 / 278
第四章 第三部

雲行き

しおりを挟む
 今年に入ってからはジェナの実家には挨拶に行き、それからクルディ王国で手に入れた豚を飼い始めたり、魚を海から手に入るようにしたり、昆布の養殖を始めたり、そこそこ忙しく過ごしていた。ところが急に雲行きが怪しくなった。何が怪しいかと言うと、ユーヴィ市のお隣、旧キヴィオ市に関すること。

 かつて今の旧キヴィオ市の場所には領都のキヴィオ市があった。去年の夏、そこから二〇〇キロほど東南東へ領都が移転すると、新しくなった領都の名前はキヴィオ市になった。新キヴィオ市とも呼ばれる。領都が移転しても名前はそのままというのはこの国の決まりになっている。キヴィオ子爵領の領都は常にキヴィオ市になる。

 そうなると前のキヴィオ市は旧キヴィオ市として別の町になり、領主の代官が置かれるようになった。代官になったのが冒険者ギルドのギルド長だったレオニートさん。一時期はワタワタしていたけど、今では落ち着きを取り戻している。そして何が問題になっているかと言えば、町の名前について。

 そろそろ旧キヴィオ市という通称から新しい名前にしようということになったそうだ。それは当然だと思う。本来なら機能の移転を始めれば新しい名前にするらしいんだけど、去年はバタバタしていたからそのような余裕はなく、これまで一年近く旧キヴィオ市で通していた。

 実のところ、名前が変わっても変わらなくても住民にはそれほど影響がない。町から出ないからね。でも一年近くが過ぎ、そろそろ名前を決めようと思って名前の候補を募集したら、一番多かったのがこれだった。



 東ユーヴィ市



 あかんやろ。

 聞いた瞬間に思わずツッコミを入れてしまったけど、うちの領地のように聞こえてしまう。それなら他にはどんな名前があるのかと聞いたら、二番目がこうだった。



 新ユーヴィ市



 あかんて。領都がお隣の領地内に移転してるって。それに東とか新とか、駅の名前じゃないんだから。

 どうしてこうなったかと聞いたら、うちが派遣していた職員たちがバリバリ働いて新旧キヴィオ市の立て直しと移転を進め、住民レベルでは魔化住宅の普及で生活が便利になったり、安価な魔道具や目新しい物が手に入るようになったりしたのが評価され、いっそのことユーヴィ男爵領になってもいいんじゃないかという雰囲気になったらしい。勝手にそんな雰囲気になられても困る。

 どうしてうちの職員がしたのが分かったかと言えば、うちは制服を導入しているからすぐに分かるんだよね。そういう点も関係している。早い話がよく働く上に目立つ。

「そうなるのではないかと思っていましたが、やっぱりそうなりましたか、というのが正直なところです」
「そうなると思わないでいただきたいんですけどね、揉めたくないので」

 レオニートさんは前と同じように苦笑しながら説明してくれた。

「揉めることはないと思いますよ。ディルクも納得していますから」
「領主として褒められることではないでしょう。旧領都が隣の領地の名前を使うんですよ?」
「それはそうなのですが、ケネス殿とカロリッタ殿の情報がなければ、おそらく領地としては潰れていたと思います。よくまあ領都が移転するほどの体力が残っていたと思います」
「まあ予算は厳しかったでしょうね」

 僕はあくまで隣の領主だから、その後の細かな経過は聞いていない。でも僕が知っているだけでも、金庫に開いた大きな穴、荷物を積んだはずなのになぜか何も乗っていない荷馬車、なぜか高価な物を運んでいる時に限って襲ってくる盗賊などがある。不正使用、横領、横流し、略奪。役人、ギルド長、ギルド職員、そして一部の町の領主が一体となり、どれほどの資金が流出していたか。

 僕が新キヴィオ市の城壁を作る仕事を請け負ったのは、実はキヴィオ市に予算が残っていなかったからだった。僕なら依頼料の支払いが遅れても影響がないからね。でもさすがに無料にはできない。そんなことをすれば労働に対して報酬を支払うというシステムが崩壊する。

 僕が領内で好き勝手やっているのは僕が領主だから。キヴィオ子爵領はあくまで他の貴族の領地。安くはするけど無料じゃない。つまりキヴィオ子爵領は僕個人に対して大きな借金が残っている。ある時払いの催促なしだけど。さらにうちがギルド職員を派遣しているし、ある意味では小さなユーヴィ男爵領が大きなキヴィオ子爵領を牛耳っているとも言える。

「ディルクは移転の予算を組んでいる時など、『いっそのこと領地全部をケネス殿に差し出したら上手くやってくれると思うようになってしまった』とぼやいていましたから。さすがにそれは自分でも恥ずかしいと分かって思いとどまったようですが」
「丸投げされても困りますよ」

 領地を投げ出してどうするのって思う。少し違うかもしれないけど、「愛さえあればお金なんていらない」とか言って身分を捨てる話があるじゃない。あれってある程度のお金があってのことだと思うんだよね。お金がないと気分がすさむよ。すさんだからと言って領地は捨てていいものではないと思うけど。

「ただまあ、領主の後任を探さなければいけないのは決まっています」
「なるほど」

 ん? 後任?

「サラッと色々な情報を突っ込んでいるようですが、僕に聞かせてもいい話ですか?」
「それはもちろん。ケネス殿が来たら説明しておいてほしいと頼まれましたので」
「説明って……」
「まあ、あの一連の流れで、二重都市群のかなりの領主が変わったことはご存じでしょう」
「ええ、年末に聞いたところでは七つも八つも変わったそうですね」
「どうもまだいくつかあるようですね。その一つの候補としてディルクの名前が挙がったそうです」
「なぜディルク殿なのですか?」

 代々キヴィオ子爵のはずだけど。

「キヴィオ子爵家は男爵家から大きくなりましたが、もっと評価されてもいいはずなのです。本来であれば直轄領にある町の領主として招かれてもいいくらいなのですが、王都周辺があのような状況だったので、話が出る度に潰されていましてね」

 建国当時は西はラクヴィ伯爵領までしかなかった。西には国境がないから、あまり重要視されていなかった。キヴィオ男爵領ができたのは国ができてから何百年も経ってからで、ラクヴィ伯爵領の住人の一人が作ったそうだ。その頃はキヴィオ市とその周辺のいくつかの村だけで、それからずっとこの国の一番西の端だった。

 それで代々のキヴィオ男爵は村を増やし町を増やし、男爵は子爵になり、ユーヴィ町はユーヴィ市になった。そしてある頃からは西へ領地を広げ始め、それからは大森林の暴走に悩まされつつも領地をさらに大きくし、いずれは直轄領に呼ばれたい、そう思っていたらしい。結果を残して直轄領へ招かれるというのは代々の当主の悲願だったらしい。

「本来なら爵位と領地を息子に譲って直轄領へ行きたいところですが、パトリク殿は若くてまだ一四。物静かな性格ですから親としては心配なようですね」

 まあ一四歳でこの広い領地の領主か。日本なら中学生。僕なら逃げたかも。

「ゴタゴタが続いた上に領都もできたばかりで、しかも領地はかなり広いですから。お隣がラクヴィ伯爵……いや、侯爵ですから、領主の器の点でもどうかと思っているようです」
「長男は旅人、次男は婿入りでしたか」
「ええ。ディルクとしてもとりあえずこの領都の移転作業は責任を持って進め、その後は別の人に託すというのをしたいそうです」
「なるほど」
「それで、どなたに次の領主をお願いするかを考えた時、直轄領にある町の領主になるのをやんわりと断った方がいたそうです。その方は僻地の領主の方が向いていると言っているようです。ちょうど領地が隣同士でもありますので、その方に任せようということになりました」
「……」

 僕だ。最初殿下は僕をパルツィ子爵にというつもりだったそうだけど、僕は当時はまだ男爵じゃなかった。直轄領の町の領主には貴族としての格も必要だということで、スーレ子爵の次男のヴァルト殿が継ぐことになった。

 それからも直轄領の領主に空きができた時など、殿下経由で実は何度も話をもらっているけど、すべてやんわりと断っていた。諦めてくれたみたいだけど、まさかその余波がここまで来るとは……。

 僕なら[転移]が使えるから、仮に領地が飛び地になってもそれほど困らないというのが直轄領の町の一つを持ってみないかと言われた理由だ。やろうと思えばできるんだけどね。

 でも領民の立場で考えると、領主がこっちにいるのか向こうにいるのか分からないし、どちらに軸足を置いているかを気にすると思うよ。ユーヴィ市の住民たちから、しばらく姿を見せないのはどうせ直轄領の方がいいんだろう、とか思われるのもねえ。

「ディルクとしても、一年かけてようやく領地の立て直しが終わったところなので悩んでいましたが、二重都市群の領主というのは同じ子爵でも雲泥の差ですから。彼としては息子を中央に行かせたいのでしょう。それならこのタイミングしかありません」
「親としては分かりますけどね。ちなみにディルク殿はもう?」
「はい、向こうへ行っています。こちらがケネス殿への手紙になります」
「……」

 ええっと、まさか隣の領地を吸収しようという気なんてなかったんだけど。ええっと、どうする?

 …………!

「レオニート殿が授爵すればいいのでは? 私から一言添えれば問題ないはずですよ。そうしましょう」
「いえ、私は一番上は向いていません。淡々と言われた仕事をこなす方が得意ですから。それは殿下にもお伝えしています」
「……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!

ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!? 夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。 しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。 うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。 次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。 そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。 遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。 別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。 Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって! すごいよね。 ――――――――― 以前公開していた小説のセルフリメイクです。 アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。 基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。 1話2000~3000文字で毎日更新してます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...