新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第四章 第三部

雲行き

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 今年に入ってからはジェナの実家には挨拶に行き、それからクルディ王国で手に入れた豚を飼い始めたり、魚を海から手に入るようにしたり、昆布の養殖を始めたり、そこそこ忙しく過ごしていた。ところが急に雲行きが怪しくなった。何が怪しいかと言うと、ユーヴィ市のお隣、旧キヴィオ市に関すること。

 かつて今の旧キヴィオ市の場所には領都のキヴィオ市があった。去年の夏、そこから二〇〇キロほど東南東へ領都が移転すると、新しくなった領都の名前はキヴィオ市になった。新キヴィオ市とも呼ばれる。領都が移転しても名前はそのままというのはこの国の決まりになっている。キヴィオ子爵領の領都は常にキヴィオ市になる。

 そうなると前のキヴィオ市は旧キヴィオ市として別の町になり、領主の代官が置かれるようになった。代官になったのが冒険者ギルドのギルド長だったレオニートさん。一時期はワタワタしていたけど、今では落ち着きを取り戻している。そして何が問題になっているかと言えば、町の名前について。

 そろそろ旧キヴィオ市という通称から新しい名前にしようということになったそうだ。それは当然だと思う。本来なら機能の移転を始めれば新しい名前にするらしいんだけど、去年はバタバタしていたからそのような余裕はなく、これまで一年近く旧キヴィオ市で通していた。

 実のところ、名前が変わっても変わらなくても住民にはそれほど影響がない。町から出ないからね。でも一年近くが過ぎ、そろそろ名前を決めようと思って名前の候補を募集したら、一番多かったのがこれだった。



 東ユーヴィ市



 あかんやろ。

 聞いた瞬間に思わずツッコミを入れてしまったけど、うちの領地のように聞こえてしまう。それなら他にはどんな名前があるのかと聞いたら、二番目がこうだった。



 新ユーヴィ市



 あかんて。領都がお隣の領地内に移転してるって。それに東とか新とか、駅の名前じゃないんだから。

 どうしてこうなったかと聞いたら、うちが派遣していた職員たちがバリバリ働いて新旧キヴィオ市の立て直しと移転を進め、住民レベルでは魔化住宅の普及で生活が便利になったり、安価な魔道具や目新しい物が手に入るようになったりしたのが評価され、いっそのことユーヴィ男爵領になってもいいんじゃないかという雰囲気になったらしい。勝手にそんな雰囲気になられても困る。

 どうしてうちの職員がしたのが分かったかと言えば、うちは制服を導入しているからすぐに分かるんだよね。そういう点も関係している。早い話がよく働く上に目立つ。

「そうなるのではないかと思っていましたが、やっぱりそうなりましたか、というのが正直なところです」
「そうなると思わないでいただきたいんですけどね、揉めたくないので」

 レオニートさんは前と同じように苦笑しながら説明してくれた。

「揉めることはないと思いますよ。ディルクも納得していますから」
「領主として褒められることではないでしょう。旧領都が隣の領地の名前を使うんですよ?」
「それはそうなのですが、ケネス殿とカロリッタ殿の情報がなければ、おそらく領地としては潰れていたと思います。よくまあ領都が移転するほどの体力が残っていたと思います」
「まあ予算は厳しかったでしょうね」

 僕はあくまで隣の領主だから、その後の細かな経過は聞いていない。でも僕が知っているだけでも、金庫に開いた大きな穴、荷物を積んだはずなのになぜか何も乗っていない荷馬車、なぜか高価な物を運んでいる時に限って襲ってくる盗賊などがある。不正使用、横領、横流し、略奪。役人、ギルド長、ギルド職員、そして一部の町の領主が一体となり、どれほどの資金が流出していたか。

 僕が新キヴィオ市の城壁を作る仕事を請け負ったのは、実はキヴィオ市に予算が残っていなかったからだった。僕なら依頼料の支払いが遅れても影響がないからね。でもさすがに無料にはできない。そんなことをすれば労働に対して報酬を支払うというシステムが崩壊する。

 僕が領内で好き勝手やっているのは僕が領主だから。キヴィオ子爵領はあくまで他の貴族の領地。安くはするけど無料じゃない。つまりキヴィオ子爵領は僕個人に対して大きな借金が残っている。ある時払いの催促なしだけど。さらにうちがギルド職員を派遣しているし、ある意味では小さなユーヴィ男爵領が大きなキヴィオ子爵領を牛耳っているとも言える。

「ディルクは移転の予算を組んでいる時など、『いっそのこと領地全部をケネス殿に差し出したら上手くやってくれると思うようになってしまった』とぼやいていましたから。さすがにそれは自分でも恥ずかしいと分かって思いとどまったようですが」
「丸投げされても困りますよ」

 領地を投げ出してどうするのって思う。少し違うかもしれないけど、「愛さえあればお金なんていらない」とか言って身分を捨てる話があるじゃない。あれってある程度のお金があってのことだと思うんだよね。お金がないと気分がすさむよ。すさんだからと言って領地は捨てていいものではないと思うけど。

「ただまあ、領主の後任を探さなければいけないのは決まっています」
「なるほど」

 ん? 後任?

「サラッと色々な情報を突っ込んでいるようですが、僕に聞かせてもいい話ですか?」
「それはもちろん。ケネス殿が来たら説明しておいてほしいと頼まれましたので」
「説明って……」
「まあ、あの一連の流れで、二重都市群のかなりの領主が変わったことはご存じでしょう」
「ええ、年末に聞いたところでは七つも八つも変わったそうですね」
「どうもまだいくつかあるようですね。その一つの候補としてディルクの名前が挙がったそうです」
「なぜディルク殿なのですか?」

 代々キヴィオ子爵のはずだけど。

「キヴィオ子爵家は男爵家から大きくなりましたが、もっと評価されてもいいはずなのです。本来であれば直轄領にある町の領主として招かれてもいいくらいなのですが、王都周辺があのような状況だったので、話が出る度に潰されていましてね」

 建国当時は西はラクヴィ伯爵領までしかなかった。西には国境がないから、あまり重要視されていなかった。キヴィオ男爵領ができたのは国ができてから何百年も経ってからで、ラクヴィ伯爵領の住人の一人が作ったそうだ。その頃はキヴィオ市とその周辺のいくつかの村だけで、それからずっとこの国の一番西の端だった。

 それで代々のキヴィオ男爵は村を増やし町を増やし、男爵は子爵になり、ユーヴィ町はユーヴィ市になった。そしてある頃からは西へ領地を広げ始め、それからは大森林の暴走に悩まされつつも領地をさらに大きくし、いずれは直轄領に呼ばれたい、そう思っていたらしい。結果を残して直轄領へ招かれるというのは代々の当主の悲願だったらしい。

「本来なら爵位と領地を息子に譲って直轄領へ行きたいところですが、パトリク殿は若くてまだ一四。物静かな性格ですから親としては心配なようですね」

 まあ一四歳でこの広い領地の領主か。日本なら中学生。僕なら逃げたかも。

「ゴタゴタが続いた上に領都もできたばかりで、しかも領地はかなり広いですから。お隣がラクヴィ伯爵……いや、侯爵ですから、領主の器の点でもどうかと思っているようです」
「長男は旅人、次男は婿入りでしたか」
「ええ。ディルクとしてもとりあえずこの領都の移転作業は責任を持って進め、その後は別の人に託すというのをしたいそうです」
「なるほど」
「それで、どなたに次の領主をお願いするかを考えた時、直轄領にある町の領主になるのをやんわりと断った方がいたそうです。その方は僻地の領主の方が向いていると言っているようです。ちょうど領地が隣同士でもありますので、その方に任せようということになりました」
「……」

 僕だ。最初殿下は僕をパルツィ子爵にというつもりだったそうだけど、僕は当時はまだ男爵じゃなかった。直轄領の町の領主には貴族としての格も必要だということで、スーレ子爵の次男のヴァルト殿が継ぐことになった。

 それからも直轄領の領主に空きができた時など、殿下経由で実は何度も話をもらっているけど、すべてやんわりと断っていた。諦めてくれたみたいだけど、まさかその余波がここまで来るとは……。

 僕なら[転移]が使えるから、仮に領地が飛び地になってもそれほど困らないというのが直轄領の町の一つを持ってみないかと言われた理由だ。やろうと思えばできるんだけどね。

 でも領民の立場で考えると、領主がこっちにいるのか向こうにいるのか分からないし、どちらに軸足を置いているかを気にすると思うよ。ユーヴィ市の住民たちから、しばらく姿を見せないのはどうせ直轄領の方がいいんだろう、とか思われるのもねえ。

「ディルクとしても、一年かけてようやく領地の立て直しが終わったところなので悩んでいましたが、二重都市群の領主というのは同じ子爵でも雲泥の差ですから。彼としては息子を中央に行かせたいのでしょう。それならこのタイミングしかありません」
「親としては分かりますけどね。ちなみにディルク殿はもう?」
「はい、向こうへ行っています。こちらがケネス殿への手紙になります」
「……」

 ええっと、まさか隣の領地を吸収しようという気なんてなかったんだけど。ええっと、どうする?

 …………!

「レオニート殿が授爵すればいいのでは? 私から一言添えれば問題ないはずですよ。そうしましょう」
「いえ、私は一番上は向いていません。淡々と言われた仕事をこなす方が得意ですから。それは殿下にもお伝えしています」
「……」
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