新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第四章 第一部

フロレスタと外の世界

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「なるほど、それで私ですか」
「これまでほとんど大森林から出なかったみたいだから、この機会に一度遠くまで行ってみるのはどうかと思ってね。海を見てみない?」
「私でよろしければご一緒させていただきます」

 そのようなやりとりがあって、しばらくははジェナの代わりにフロレスタと一緒に行くことに決まった。これはジェナの提案。

 ジェナとしては自分は乗れなくてもぜひ僕に船に乗ってもらいたいということだった。それにフロレスタは去年まで大森林から出たことがなかったから、一度遠くまで連れて行くのもいいだろうね。



◆ ◆ ◆



「いきなり船に乗ってもいいんだけどね」
「たしかにこれほどの高さは経験したことがありません。高くても数十メートルくらいでしたから」

 運河をシグルド市の真上から見下ろす。ここからクルディ王国の王都クルドゥスまで一直線の運河。

「なるほど、この運河のようにまっすぐなあなた様のアレを、今からベッドで私の奥深くに突き刺したいということですね?」
「どうしてそうなるの?」
「遠慮なさらなくてもよろしいのですよ?」
「遠慮じゃないから」

 木の精ドライアドであるフロレスタは発言がそっち寄りなことが多い。カロリッタの親父ギャグとはまた一味違う。

「男性を虜にすることこそが木の精ドライアドの本分ですので」
「いつも思うけど、それってサキュバスの領分じゃないの?」
「サキュバスですか?」
「こっちにはいないのかな?」

 サキュバスは……[地図]で見た限りでは、少なくともこの周辺にはいないね。

「ははあ、淫魔と呼ばれる存在ですか。たしかに異性をたぶらかす点では私たちと近いものがありますが。人にも色々いるように、精を糧にする者も色々いるのですね」

 フロレスタは木の精ドライアドだけど、僕の思っていた木の精ドライアドとは少し違った。

 僕のイメージとしては精霊だから普段は姿が見えないはずだと思っていたら、むしろ姿を消すことはできない。木に宿ることはできるけど、宿ると言うか吸い込まれる感じ? そして木と一体化する。

 外にいる時は緑色の長い髪の中に何本かツタが生えていて、そのツタに小さな葉っぱがたくさん付いている。その姿のままなら強さの点では普通の人間くらいで、魔法は使えるけど体は弱い。とにかく戦闘向きではないのは間違いない。

 そして木の精ドライアドだから木に宿れるのは当然として、実は屋敷にも宿ることができた。



◆ ◆ ◆



「あなた様、あなた様」
「……え? フロレスタ?」
「はい。少しお邪魔します」
「どこから入ったの?」
「実は……」

 彼女は大森林にいたから、これまでは何百本もの木に宿った経験がある。そしてユーヴィ市に来てからは屋敷の敷地にある一番高い木に宿っていた。

 そこから僕の部屋を覗いたりしていた訳だけど、たまたま「木に宿れるなら他の物にも宿れるのでは?」と思ったらしい。どこからその発想が出たのか分からないけど、試しにやってみたらできたと。

「このお屋敷に宿ったところ、お屋敷の中で移動ができるようになりました」
「それって別の精霊じゃないの?」

 家妖精シルキーって名前を聞いたことがある。

「便利になったのは良いのですが、少し困ったと言うべきか嬉しいと言うべきか、色々なことがありまして」
「覗き見できてしまうとか?」
「いえ、誰かが床や壁を触っているのが、私の体を撫で回しているように感じるのです」
「屋敷に宿るのはやめなさい」

 木が一番楽に宿れるらしいけど、地面に繋がっている物なら何にでも宿れたらしい。だから屋敷に宿って僕の部屋に現れた。

「それはそれで興奮するのですが、木の精霊ドライアドとしては、やはりあなた様と一緒にベッドにいることが一番お役に立てるでしょう」
「それだと僕がフロレスタの役に立っているのか、それともフロレスタが僕の役に立っているのか、微妙なところだね」
「あなた様にはこの上なく気持ち良くなっていただき、私は極上の精を心ゆくまでいただく。これぞまさに支え合い」
「できれば限界まで搾り取るのはやめてほしいんだけど」



 部屋で一人で寝ていたらいきなり現れ、それから襲われた。さすがに敵意がなければ体も反応しないから、乗られるまで気が付かなかった。そして搾り取られた。

 勝手に誰かが入ってきたら警報が鳴るようにとかできるけど、屋敷にいてそこまで警戒しないからね。隙を突かれるとそういうこともある。

 フロレスタは屋敷に宿ると屋敷が体と同じ扱いになる。それは家妖精シルキーじゃないかと思うけど、やはり違うようだ。

 それなら内部は覗き放題じゃないだろうかと思ったらそうではなかった。人が自分の体の中を覗けないのと同じ。外しか見えないらしい。でもどこにでも移動ができるようになるので、勝手に他の部屋には入らないように言ってある。



◆ ◆ ◆



「歩くよりも手っ取り早いですので」
「マイカみたいな発想だね」
「マイカさんには、どうすれば屋敷に宿れるかと聞かれたことがあります」
「種族的に無理だと思うけど」
「私もそう言ったのですが、壁に頭を打ち付けて頑張っていたようです」
「それで頭が痛いと言ってたのか。その労力を歩く方に使えばいいのに」

 マイカの面倒くさがりは筋金入り。でも好きなことには労力を惜しまない。自分の部屋から図書室に移動するのが面倒だから、フロレスタが屋敷に宿って移動するのを真似ようとしているんだと思うけどね。一応[転移]の指輪は渡したんだけど、そのことを忘れてるんじゃない?

「とりあえずこれから船に乗るよ」
「分かりました」



 前回ジェナと一緒に乗った時は数分で降りたけど、フロレスタは大丈夫そう。

「これが海の匂いですか」
「このあたりは汽水域になっていて川の水と海の水が混ざっているからそこまでは強い匂いはしないけどね。それでも森とは全然違うでしょう」
「そうですね、塩分を含んでいます。それと魔素は少ないようですね」
「あ、それも分かる?」
「はい。ユーヴィ市の周辺は大森林が近いからかもしれませんね」
「魔道具が多くて魔力が使われているからっていうのはあるけどね」

 魔素は魔力の元。魔素を体に取り込んで魔力に変えて魔法を使う。でもユーヴィ男爵領では大森林から吸い出した魔素を魔力に変え、それを燃料箱バッテリーに充填させて色々なところで使っている。

 使用済みの魔力は魔素に戻る。つまりユーヴィ市は魔素が多くなる。もちろん空気に含まれている物質なのでそのうちどこかへ流れていくことになるけど、他の地域と比べれば多いんじゃないかな。あまりにも濃度が高すぎれば大森林のようにおかしな状況になるけど、今のところは特に変化はない。

「あなた様の隣の方が魔素は多いようですが」
「魔力が多すぎるからね。普段から色々と使っているのもあるし」

 僕は自分に様々な制限をかけている。両手両足に重りを付けて体の動きを悪くするような感じで。実際にはデバフ系の魔法を自分に使う指輪がそれになる。だからどうしても周りに魔素が多くなってしまう。フロレスタがいれば身に付けたアクセサリーで吸ってくれるけど。

「そのお陰で私は二人目が授かるかもしれませんのでありがたく思っています」
「魔素の方だけどね」
「お腹の方で授かってもよろしいのですが」
「いや、僕は普通にしていたらまだ子供はできないから」

 一応この体はまだ二〇代。今年でよそ向けの年齢は二六……になるのかな? 日本人時代と混乱することもあるし、年を取ることもないから正直年齢を忘れがちなんだけど。

 日本人時代は五月の頭が誕生日、そこで死んでしまってこちらに来た時が二月の頭だった。その時点で二三歳になっていた。ちなみに[不老]が付くと老化が止まるけど、生まれてからどれだけ経ったかというカウントは続いている。

 僕は年齢表記は二三で固定になっているけど、特徴の方に[実年齢:+二]とある。つまり今は本来なら二五歳で、五月で二六歳になる。一〇〇歳まではまだ七〇年以上あるので、その間は自然には子供ができることはほとんどない。作るためには『一発必中』や『百発百中』など、子作りのためのお酒が必要になる。

 フロレスタとの間にいつの間にかできていたフォレスタは異空間で生まれた子供。特にフォレスタが宿っていた木のうろに魔素吸引丸太がはまり込んでいて、それがいい感じに木と一体化したフォレスタの大事な部分を刺激していたようで、そのピンク色の魔素が吸い込まれて僕の魔力の影響を受けて生まれて来た。娘がおかしな性格にならなければいいけどね。

「私も他のみなさんも同じように寿命がありませんので、まあいずれ授かればというくらいでお待ちしております」
「まあそのうちね」
「ですが子作りと関係なく、いつでもどこでも抱いていただいてかまいません。このような物をジェナさんからお預かりしましたので、下船後にさっそくいたしましょう」

 そう言って取り出したのはジェナが買っていたスカートね。これは見たことのないデザインだけど、一体何種類買ってたの?

「下りてすぐでなくてもいいよ」
「では今からなさいますか?」
「そういう意味じゃないって」
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