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26.ミラベルト卿
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夜会の翌日、重たい頭で目覚めたカレンが一日の予定を立てるよりも先に自室の扉を叩く者がいた。
訪れたのは寮監だった。まだまだ昼には早い時間帯であるにも関わらず、カレンに来客があるので支度をして応接室に来るように、と言い置いて去っていく。
心当たりはまるでなかったが客と言われてしまえば待たせるわけにもいかず、慌てて準備に取り掛かった。
◇◆◇
応接室の扉を開けた瞬間にカレンはぎくりとした。
設えられた長椅子の傍らで待ち構えていたのは明らかに高貴な人に仕える者の装いで、母の差し金ではと疑ってしまったからだ。
しかし従者と思われる男性はカレンに向き直ると、恭しく頭を下げて別の名を口にした。
「突然の訪問、それもこのような時間に申し訳ございません。我が主ミラベルト・ポーリアムより言伝を預かって参りました」
その名前に思わず首を傾げる。
たったの半日も経っていない昨晩に言葉を交わしたばかりの彼が、一職員に過ぎないカレンに何の用件があるのだろうか。
「こちらをお読みいただき、お返事を伺ってくるようにと主人から言い含められております」
慇懃な態度で差し出された封筒を思わず受け取ってしまう。ローテーブルには筆記用具一式とペーパーナイフが用意されており、仕方なくカレンは腰を下ろして封を切ることにした。
――本日、ポーリアム邸に来られたし
真っ白な便箋にはその一行とミラベルトのサインのみが記されていた。
ますます混乱に陥る。二度ほど会っただけの高位貴族の屋敷に何故赴かなければならないのか、と。
じっと紙面を見つめるだけのカレンに向けて、そっと便箋が押し出された。この一方的な手紙に返事を書けということらしい。
「ポーリアム様はどのようなご用件で私をお呼びなのでしょうか?」
答えにさほどの期待はなくとも疑問が口をついてしまう。
肝心要の目的が明かされていない以上、今や一市民として生きているカレンがおいそれと貴族の屋敷を訪問出来るはずもなかった。
「わたくしには理由までは聞かされておりませんが、是非にでもお越しいただくようにと仰せつかっております」
どうやら断る道はないようで。
更に重みを増す頭で何とか返信文を捻り出し、目の前の従者に託したカレンはこの後の支度を思って小さな溜息を零した。
◇◆◇
迎えの馬車からポーリアム家の敷地に降り立ったカレンを迎えたのは、荘厳にして美麗な白亜の屋敷だった。生家であるイノール家の屋敷とは庭の手入れでさえも格段の差を感じる。
まだ昼前にも関わらず、急かされるように身支度を整えたカレンを迎えに来たのはミラベルトからの手紙を携えてきた従者だった。主人にカレンの手紙を渡しに戻ったかと思えば、すぐさま職員寮に姿を現して馬車に同乗していくようにと申し付けられた。
カレンとしては今日はゆっくりとした時間が欲しかった。
昨夜遅くまでの仕事で疲れていたのもあるし、自らの目で捉えたものがどんな意味を孕んでいるのかを解明したかった。
しかしそんな思惑とは裏腹に、縁がないに等しい上位貴族の屋敷に招き入れられている。従者の後に続いて真紅の絨毯を踏みしめるカレンの装いはかつて給金で購入した質素な鼠色のワンピースで、見事に磨き上げられた調度品たちの横を歩くには地味で場違いな印象しか与えない。
肩を縮こませて通り抜ける広い廊下の先、重厚な扉の前で従者は足を止めた。
「旦那様、お客様をお連れいたしました」
「ご苦労、入りなさい」
薄く開いた扉の向こうから昨晩も聞いた声が届く。
脇に下がった従者が扉を押し開けたため、カレンは意を決して足を踏み入れることにした。
「やぁ、お嬢さん。いらっしゃい」
部屋の奥、庭に面した大きな窓の前で陽光を浴びたミラベルトが朗らかに笑っている。その表情と口ぶりから歓迎されているように感じられた。
「本日はお招きに与りまして、ありがとうございます」
膝を折って謝意を述べる。
この形式の挨拶をするのは修道院に駆け込んだ日以来だろうか。イノール家を離れてから昨日の夜会まで女性の挨拶は簡素なものしか見ていないため、市民の間でカーテシーを行うのが一般的であるかはわからない。
特別な意識もなく身体が動いてしまったのは、やはり眼前の男性が上位貴族であるが故なのだろうか。
「名乗り遅れて申し訳ないね。私はミラベルト・ポーリアム。ポーリアム侯爵家の先代当主と覚えてくれれば良い」
昨晩の周囲の対応、そして今いる屋敷の造りからも上位貴族であることは明らかであったが、さらりと告げられた侯爵位に一層緊張感が高まる。
「承知いたしました、ポーリアム様。私はカレンと申します」
「ふふ、家名で呼ばれるのはいつぶりかな。ポーリアムの名は今は倅が負っているのでね、どうかミラベルトと。さて立ち話というのもよろしくないな、そこにお掛けなさい」
「はい。失礼します」
指し示された長椅子にスカートを捌いて腰を落ち着ける。焦りを見せないように心掛けてはいるが、内心では先の見えないこれからの時間が不安で仕方なかった。
「お茶を淹れさせよう。エンペースの茶葉は好きかい?」
「……いえ、私は口にした機会がございません」
「そうかい。美味しいから是非味わってもらおう」
扉脇に控えていたメイドが静かに動き出す。
時折聞こえる茶器の音は控えめで、カレンは胸を打つ鼓動が聞こえてしまわないかと不安だった。
ミラベルトが口にしたエンペースは農業の盛んな土地で、深い香りの紅茶は名産品のひとつだ。地方の広い範囲で茶葉が栽培されており、近年高まりつつある需要に益々生産に力を入れているという。
しかし農地を多く抱えているため、摘んだ茶葉の加工が追い付かなくなっていった。その作業場と人員を貸し出すことになったのがエンペース地方に隣接する他領主の治める土地。カレンの生家があるイノール領だった。
加工した茶葉は再びエンペース地方に戻り、そこから名産品として売り出されているため、イノール領の名が表立つことはない。しかしイノール領に住む者にとっては当然知り得る知識で、こんな形で生家に縁深い名を聞くとは思ってもいなかった。
流れるような動きで茶を淹れ終えたメイドが再び扉脇へと戻っていく。
馴染みある地方の名に未だ落ち着かないカレンの前には、芳醇な香りを漂わせた紅茶が見事な琥珀色を輝かせていた。
「さぁ、冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
そっと持ち上げたティーカップもまた屋敷に見劣りしない絢爛な一品で、香り高い紅茶にとても合っている。
エンペース地方の茶葉は高級嗜好品としても有名だ。いない者として扱われていたカレンは土地貸しをしている領主の娘であるにも関わらず、彼の地の紅茶を口にするのは正真正銘初めてのことだった。
「とても美味しいです」
「そうだろう? 私も気に入っているんだ。こっちの焼き菓子は孫が贔屓にしているから、お嬢さんの口にも合うんじゃないかな」
感想を求められている気がして率直に伝えれば、ミラベルトは一層笑みを深めて菓子の盛られた皿を指し示す。勧められるがままに食んだ焼き菓子の優しい甘みは朝から重たい頭を和らげてくれるようだった。
「私は早々に引き上げたんだが、君たち職員は随分遅くまで励んでいたようだね」
優雅な所作で茶を啜ったミラベルトはカップを置くなりそう切り出した。
(お招きいただいた理由はお仕事のこと……かしら?)
そう推察して居住まいを正す。
昨晩とは違い、今日は後押しをしてくれる者がいない。
「はい、食堂に戻った頃には十一時を回っていました」
「いつも遅くまで仕事を?」
「食堂は八時で終わりますし、遅番の多くは男性が入って下さいます。昨晩のように遅くまで王城内にいたのは初めてです」
「そう。良い環境で働けているようだね」
「はい、周囲の方々にいつも助けていただいております」
ふむふむと頷きながら焼き菓子を頬張っていたミラベルトは、また一口茶を飲み下した。
「職員としての参加だったけれど、社交の場は初めてかい?」
「縁遠い世界ですから、初めてのことです」
嘘は吐きたくないので、どうとでも取れるような答えを返す。事実、社交場はカレンにとって遠い世界の存在だったし、イノール家の一員でい続けたなら踏み入れることのない場所だったように思う。
「なかなか立派な立ち居振る舞いだったよ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
高位貴族のミラベルトに差し向かいでそう言われては面映ゆい。しかし仕事ぶりを認められたようでじんわりと胸が温まっていく心地がした。
「さて。実はね、お嬢さんに話しておきたいことがあるんだ」
ゆったりと流れる空気を一変させるように言葉が紡がれた。
両膝に腕をついて前のめりになったミラベルトの表情は明るいままだが、どこか有無を言わせぬ厳格さを醸し出している。自然とカレンの緩みかけた気持ちが引き締まる。
「急ぐあまり、こんな時間に呼び出してしまった。昨晩の疲れが残っているだろうに申し訳ないね」
小さく首を横に振ってはみたが、仕事についての聴取が本題だと思い込んでいたため、彼の言う話しておきたいことに見当がつかない。
「顔に似合わず、倅が浮かれていたようでね。お陰で急を要するはめになった」
カレンの頭の中を疑問符が飛び交った。
一体、何を話しているのだろう?と。
「不本意な形で噂が飛び交ってしまっては色々と厄介だ。何事も手順を踏まなくてはならないのが貴族の不便なところだね」
大袈裟に首を揺らして紡がれる言葉はまるで小説の一節でも読み上げているかのようで、どこか作り物めいて見える。カレンには打てる相槌が見つからない。
「ああ、すまない。詳しい話をする前にお嬢さんに会ってもらいたい人物がいるんだ。呼んで構わないかい?」
断れるはずもなく「はい」と返事をすればミラベルトが入り口近くに立つ使用人に目配せをした。主人の合図を受け取った使用人は心得たとばかりに一礼すると静かに取手に手を掛ける。
重厚な扉がゆっくりと開かれていく。
息を潜めて成り行きを見守るカレンの瞳に飛び込んできたのは、燃えるような真っ赤な髪だった。
訪れたのは寮監だった。まだまだ昼には早い時間帯であるにも関わらず、カレンに来客があるので支度をして応接室に来るように、と言い置いて去っていく。
心当たりはまるでなかったが客と言われてしまえば待たせるわけにもいかず、慌てて準備に取り掛かった。
◇◆◇
応接室の扉を開けた瞬間にカレンはぎくりとした。
設えられた長椅子の傍らで待ち構えていたのは明らかに高貴な人に仕える者の装いで、母の差し金ではと疑ってしまったからだ。
しかし従者と思われる男性はカレンに向き直ると、恭しく頭を下げて別の名を口にした。
「突然の訪問、それもこのような時間に申し訳ございません。我が主ミラベルト・ポーリアムより言伝を預かって参りました」
その名前に思わず首を傾げる。
たったの半日も経っていない昨晩に言葉を交わしたばかりの彼が、一職員に過ぎないカレンに何の用件があるのだろうか。
「こちらをお読みいただき、お返事を伺ってくるようにと主人から言い含められております」
慇懃な態度で差し出された封筒を思わず受け取ってしまう。ローテーブルには筆記用具一式とペーパーナイフが用意されており、仕方なくカレンは腰を下ろして封を切ることにした。
――本日、ポーリアム邸に来られたし
真っ白な便箋にはその一行とミラベルトのサインのみが記されていた。
ますます混乱に陥る。二度ほど会っただけの高位貴族の屋敷に何故赴かなければならないのか、と。
じっと紙面を見つめるだけのカレンに向けて、そっと便箋が押し出された。この一方的な手紙に返事を書けということらしい。
「ポーリアム様はどのようなご用件で私をお呼びなのでしょうか?」
答えにさほどの期待はなくとも疑問が口をついてしまう。
肝心要の目的が明かされていない以上、今や一市民として生きているカレンがおいそれと貴族の屋敷を訪問出来るはずもなかった。
「わたくしには理由までは聞かされておりませんが、是非にでもお越しいただくようにと仰せつかっております」
どうやら断る道はないようで。
更に重みを増す頭で何とか返信文を捻り出し、目の前の従者に託したカレンはこの後の支度を思って小さな溜息を零した。
◇◆◇
迎えの馬車からポーリアム家の敷地に降り立ったカレンを迎えたのは、荘厳にして美麗な白亜の屋敷だった。生家であるイノール家の屋敷とは庭の手入れでさえも格段の差を感じる。
まだ昼前にも関わらず、急かされるように身支度を整えたカレンを迎えに来たのはミラベルトからの手紙を携えてきた従者だった。主人にカレンの手紙を渡しに戻ったかと思えば、すぐさま職員寮に姿を現して馬車に同乗していくようにと申し付けられた。
カレンとしては今日はゆっくりとした時間が欲しかった。
昨夜遅くまでの仕事で疲れていたのもあるし、自らの目で捉えたものがどんな意味を孕んでいるのかを解明したかった。
しかしそんな思惑とは裏腹に、縁がないに等しい上位貴族の屋敷に招き入れられている。従者の後に続いて真紅の絨毯を踏みしめるカレンの装いはかつて給金で購入した質素な鼠色のワンピースで、見事に磨き上げられた調度品たちの横を歩くには地味で場違いな印象しか与えない。
肩を縮こませて通り抜ける広い廊下の先、重厚な扉の前で従者は足を止めた。
「旦那様、お客様をお連れいたしました」
「ご苦労、入りなさい」
薄く開いた扉の向こうから昨晩も聞いた声が届く。
脇に下がった従者が扉を押し開けたため、カレンは意を決して足を踏み入れることにした。
「やぁ、お嬢さん。いらっしゃい」
部屋の奥、庭に面した大きな窓の前で陽光を浴びたミラベルトが朗らかに笑っている。その表情と口ぶりから歓迎されているように感じられた。
「本日はお招きに与りまして、ありがとうございます」
膝を折って謝意を述べる。
この形式の挨拶をするのは修道院に駆け込んだ日以来だろうか。イノール家を離れてから昨日の夜会まで女性の挨拶は簡素なものしか見ていないため、市民の間でカーテシーを行うのが一般的であるかはわからない。
特別な意識もなく身体が動いてしまったのは、やはり眼前の男性が上位貴族であるが故なのだろうか。
「名乗り遅れて申し訳ないね。私はミラベルト・ポーリアム。ポーリアム侯爵家の先代当主と覚えてくれれば良い」
昨晩の周囲の対応、そして今いる屋敷の造りからも上位貴族であることは明らかであったが、さらりと告げられた侯爵位に一層緊張感が高まる。
「承知いたしました、ポーリアム様。私はカレンと申します」
「ふふ、家名で呼ばれるのはいつぶりかな。ポーリアムの名は今は倅が負っているのでね、どうかミラベルトと。さて立ち話というのもよろしくないな、そこにお掛けなさい」
「はい。失礼します」
指し示された長椅子にスカートを捌いて腰を落ち着ける。焦りを見せないように心掛けてはいるが、内心では先の見えないこれからの時間が不安で仕方なかった。
「お茶を淹れさせよう。エンペースの茶葉は好きかい?」
「……いえ、私は口にした機会がございません」
「そうかい。美味しいから是非味わってもらおう」
扉脇に控えていたメイドが静かに動き出す。
時折聞こえる茶器の音は控えめで、カレンは胸を打つ鼓動が聞こえてしまわないかと不安だった。
ミラベルトが口にしたエンペースは農業の盛んな土地で、深い香りの紅茶は名産品のひとつだ。地方の広い範囲で茶葉が栽培されており、近年高まりつつある需要に益々生産に力を入れているという。
しかし農地を多く抱えているため、摘んだ茶葉の加工が追い付かなくなっていった。その作業場と人員を貸し出すことになったのがエンペース地方に隣接する他領主の治める土地。カレンの生家があるイノール領だった。
加工した茶葉は再びエンペース地方に戻り、そこから名産品として売り出されているため、イノール領の名が表立つことはない。しかしイノール領に住む者にとっては当然知り得る知識で、こんな形で生家に縁深い名を聞くとは思ってもいなかった。
流れるような動きで茶を淹れ終えたメイドが再び扉脇へと戻っていく。
馴染みある地方の名に未だ落ち着かないカレンの前には、芳醇な香りを漂わせた紅茶が見事な琥珀色を輝かせていた。
「さぁ、冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
そっと持ち上げたティーカップもまた屋敷に見劣りしない絢爛な一品で、香り高い紅茶にとても合っている。
エンペース地方の茶葉は高級嗜好品としても有名だ。いない者として扱われていたカレンは土地貸しをしている領主の娘であるにも関わらず、彼の地の紅茶を口にするのは正真正銘初めてのことだった。
「とても美味しいです」
「そうだろう? 私も気に入っているんだ。こっちの焼き菓子は孫が贔屓にしているから、お嬢さんの口にも合うんじゃないかな」
感想を求められている気がして率直に伝えれば、ミラベルトは一層笑みを深めて菓子の盛られた皿を指し示す。勧められるがままに食んだ焼き菓子の優しい甘みは朝から重たい頭を和らげてくれるようだった。
「私は早々に引き上げたんだが、君たち職員は随分遅くまで励んでいたようだね」
優雅な所作で茶を啜ったミラベルトはカップを置くなりそう切り出した。
(お招きいただいた理由はお仕事のこと……かしら?)
そう推察して居住まいを正す。
昨晩とは違い、今日は後押しをしてくれる者がいない。
「はい、食堂に戻った頃には十一時を回っていました」
「いつも遅くまで仕事を?」
「食堂は八時で終わりますし、遅番の多くは男性が入って下さいます。昨晩のように遅くまで王城内にいたのは初めてです」
「そう。良い環境で働けているようだね」
「はい、周囲の方々にいつも助けていただいております」
ふむふむと頷きながら焼き菓子を頬張っていたミラベルトは、また一口茶を飲み下した。
「職員としての参加だったけれど、社交の場は初めてかい?」
「縁遠い世界ですから、初めてのことです」
嘘は吐きたくないので、どうとでも取れるような答えを返す。事実、社交場はカレンにとって遠い世界の存在だったし、イノール家の一員でい続けたなら踏み入れることのない場所だったように思う。
「なかなか立派な立ち居振る舞いだったよ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
高位貴族のミラベルトに差し向かいでそう言われては面映ゆい。しかし仕事ぶりを認められたようでじんわりと胸が温まっていく心地がした。
「さて。実はね、お嬢さんに話しておきたいことがあるんだ」
ゆったりと流れる空気を一変させるように言葉が紡がれた。
両膝に腕をついて前のめりになったミラベルトの表情は明るいままだが、どこか有無を言わせぬ厳格さを醸し出している。自然とカレンの緩みかけた気持ちが引き締まる。
「急ぐあまり、こんな時間に呼び出してしまった。昨晩の疲れが残っているだろうに申し訳ないね」
小さく首を横に振ってはみたが、仕事についての聴取が本題だと思い込んでいたため、彼の言う話しておきたいことに見当がつかない。
「顔に似合わず、倅が浮かれていたようでね。お陰で急を要するはめになった」
カレンの頭の中を疑問符が飛び交った。
一体、何を話しているのだろう?と。
「不本意な形で噂が飛び交ってしまっては色々と厄介だ。何事も手順を踏まなくてはならないのが貴族の不便なところだね」
大袈裟に首を揺らして紡がれる言葉はまるで小説の一節でも読み上げているかのようで、どこか作り物めいて見える。カレンには打てる相槌が見つからない。
「ああ、すまない。詳しい話をする前にお嬢さんに会ってもらいたい人物がいるんだ。呼んで構わないかい?」
断れるはずもなく「はい」と返事をすればミラベルトが入り口近くに立つ使用人に目配せをした。主人の合図を受け取った使用人は心得たとばかりに一礼すると静かに取手に手を掛ける。
重厚な扉がゆっくりと開かれていく。
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