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36.キャラメルソース
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通されたのはこぢんまりとした個室だった。
とはいえ、完全な密室ではない。扉は薄く開かれており、廊下を歩く給仕の足音が席に着いたカレンの耳にも届く。
レグデンバーに案内された職人街の一角にある無骨な石造りの店。この通りは劇場からの帰りに歩いた記憶がまだ新しい。てっきり工房だけが並ぶ通りだと思っていたので少し驚いた。
「職人が仲間と打ち合わせたり顧客と会合するために使用する隠れた名店ですよ」
そう説明するレグデンバーに案内役の店員がにこりと笑ってメニューを置いていく。職人が多く利用する店とケーキの組み合わせに疑問を抱きつつもメニューを開くと、意外にも菓子類の種類が豊富でまた驚かされた。
「色々あるのですね……」
「顧客には貴族の関係者も含まれていますから、用意せざるを得ないのでしょうね」
なるほど、と頷きながらもメニューに目を走らせる。お好きなものをどうぞ、と言われているのだがカレンは敢えて尋ねてみた。
「おすすめを教えていただけますか?」
「クリームの乗ったものだとこちらのキャラメルソースのケーキが人気ですよ。私も団員たちも好きな味です」
対面に座るレグデンバーの長く節くれ立った指がメニューの一点を指す。彼らが好んで食べる味に興味を引かれたカレンはそのケーキと紅茶のセットに決めた。
テーブルに置かれたベルを鳴らしたレグデンバーが給仕に注文を伝えると室内はまた二人きりになった。
「任務中にこちらにいらっしゃっているのですよね?」
カレンから切り出したことに藍色の瞳を煌めかせたレグデンバーが首肯した。
「えぇ、この付近で任務があればよく世話になっています」
「騎士様はどんなお仕事をされているのですか? 恥ずかしながら疎いもので教えていただけると嬉しいです」
数ヶ月前に王都に来たばかりで、領地にいた頃は屋敷に籠もりきりだった。
日頃食堂で接しているものの、武器を持つ騎士たちの姿を見たのは合同訓練が初めてのこと。街中でレグデンバーやカッツェに助けられたこともあるが、具体的な任務はソフィアの護衛以外にはわからない。
質問したのはこちらの方なのにレグデンバーは興味深げな、しかしどこか喜色を滲ませた眼差しでカレンを見つめていた。
「一言で言い表すのは難しいのですが……例えば第一騎士団であれば王城にまつわる仕事の多くを受け持っています」
「お城の警護ですか?」
「えぇ、王族護衛や王城の警護です」
そういえば、と思い出す。夜会で国王陛下の傍らには第一騎士団の象徴とも言える真紅の制服を纏った騎士がいた。
「第三騎士団は城下での任務を、第四騎士団は国境付近の任務を主としています。第五騎士団は……そうですね、実働部隊とでも言っておきましょうか」
詳細は明かせないのかもしれない。
それよりも気になるのは。
「では第二騎士団は?」
「貴族や諸外国に関わる任務を多く扱っています」
「貴族……」
「はい、そういうわけです」
ミラベルトを思い浮かべたことを察したように言い添えられた。
そこで扉を叩く音が響き、会話は一旦途切れる。
「お待たせいたしました」
ワゴンを押した給仕が入室する。慣れた手つきでカレンの前にケーキと空のカップを、レグデンバーの前に皿に盛ったクッキーと空のカップを置くと、次にティーポットを持ち上げてそれぞれのカップに紅茶を注いでいく。そして流れる動作で「ごゆっくりお過ごし下さい」と一礼して部屋を辞していった。
「カレンさん、まずはそのまま召し上がって下さい」
ケーキにはキャラメルソースのピッチャーが添えられているが、これを掛けずにということらしい。
「では、いただきますね」
口に含んだケーキはたっぷりのミルククリームで包まれており、その甘さが絶妙だった。漂う紅茶の香りと舌に伝わる甘みがカレンの心を満たしていく。
「今度は少量のソースを掛けて食べてみて下さい」
「はい」
思わず弾んだ声になってしまったが、言われた通りにピッチャーを緩く傾ける。琥珀色のソースがとろりと垂れた。
「!」
上げそうになった声を既のところで耐える。しっかりと味わい嚥下してからカレンは感想を口にした。
「随分味が変わるのですね」
「キャラメルソースを掛けると塩気を感じるでしょう?」
「はい。キャラメルの甘さとほろ苦さを予想していたので驚きました。でも甘みと塩気が合わさっても、とても美味しいです」
初めての味わいについつい饒舌になってしまう。
「『甘いケーキに塩を掛ければ頭も身体も回復するんじゃないか』という職人たちの雑談がこのソースが作られるきっかけになったそうです」
「面白い発想ですね」
「我々も職人たちに教えられて注文するようになりました。任務中には特に美味しくいただいています」
そこで言葉を切ったレグデンバーはクッキーを口に運ぶ。彼の食事風景は何度も見掛けているけれど、こうして真正面から見る機会はなかった。美しい所作に意識を奪われかけたところで視線を上げたレグデンバーと目が合ってしまい、慌てて会話の糸口を手繰り寄せた。
「あの、先程のお話ですけれど、諸外国に関わると仰っていましたが団員の皆様も外国に赴かれるのですか?」
「他国で任務に就いている者もいますし、残っている我々が出向くこともあります。とはいえ、主立った任務は国内ですね。私や団長が城を長く空けることはそうそうありません」
「いつも食堂でお見掛けしているので外国に繋がりがあるだなんて意外でした」
「諸国の要人をお迎えするときなどは団員総出で大忙しですよ」
朗らかな笑みにつられてカレンの頬も緩む。王城で働き続けていれば、そんな日に遭遇することもあるのかもしれない。
「カレンさんは外国に興味がおありなのですか?」
「外国に、というよりも騎士団の皆様に関わるお話が興味深いです。私は王都のことすら明るくありませんから、とても勉強になります」
満足な外出も社交デビューも叶わなかったから、今になって得られる知識が山とある。
レグデンバーの眉尻がごく僅かに下がったのは、きっと言葉の裏側からカレンの過去を読み取ったに違いない。
「王都には慣れてきましたか?」
「はい、皆様が助けて下さるお陰で」
その答えは彼を安心させたらしい。眼差しが一層優しさを増した。
「レグデンバー副団長は王都には長くいらっしゃるのですか?」
「十六で王都の士官学校に入ってからなので、かれこれ九年ほどはこちらにおります」
「ということは……」
独り言のような呟きにレグデンバーが何かを問いたげな表情を浮かべたので思ったことをそのまま言葉にした。
「お歳を初めて知りましたので、若くして副団長の座に就かれているのだと驚きました」
「……そうか、そこからでしたか」
今度は遠い目をしたレグデンバーが呟く番だった。
「現在二十五歳、副団長の任に就いたのは二年前からです。国外に出る第二団や国境付近まで赴く第四団は家庭を持たない若齢層が多いので若いと思われるのかもしれません」
「そのような事情がおありだったのですね」
「出身はレグデンバー領で上には兄が二人おります。王都からさほど遠くなく、幼少時は専ら領地で過ごしていました」
整然と言葉を続けるレグデンバーに気圧されて頷くだけの聞き手に回る。
「士官学校に二年間通い、騎士見習いとなりました。団長……レオとは士官学校からの付き合いです。一年間の見習い期間を経て第二騎士団に配属されました」
カレンの年頃には騎士として身を立てていたことになるのだろうか。
職務に従じ、重要な職位にまで就いている。屋敷でじっと息を潜めていたカレンには眩しいものを見るような気分だった。
「その後は先述の通りです。副団長の任をいただき、カレンさんに出会い、今に至ります」
言い結んだレグデンバーは紅茶で喉を潤す。そしてテーブルの上で両の手を組み、真っ直ぐな眼差しを向けてきた。
「当然のことながら婚約者も恋人もおりません。不明な点があれば何なりとお尋ね下さい。差し支えのない問いにはきちんとお答えします」
唐突に会話の主導権を手渡されて面食らうが、彼に関して密かに気になっていることがあった。
「では、ひとつよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「騎士を志した理由をお訊きしても構いませんか?」
虚を突かれたようにレグデンバーは瞠目した。
かつての夜会で図らずも垣間見た、彼と彼の父であるレグデンバー侯爵の曖昧な親子関係。不仲とはまた違う印象ではあったが、年若の少年が早々にこれからの生き方を決める理由はどんなものだったのだろうか。
思案した様子のレグデンバーは一呼吸置いて話し出した。
「少年時代、冒険小説に夢中になっていた時期がありました。特にお気に入りの連作があり、ボロボロになるまで読み込むほどでした」
「あっ、その主人公の騎士に憧れたのですね?」
「……いえ、主人公は海賊でした。そんな彼を捕まえようと躍起になっている脇役の騎士が全作に登場するんですけどね、なかなかに鈍くて一向に捕まえられないのですよ」
そこでレグデンバーはカップに視線を落とす。藍色の瞳が濃い睫毛に遮られて物憂げな雰囲気を醸し出している。
「……ならば代わりに捕まえてやる、と思ってしまったわけです、少年時代の私は。それが騎士の道を歩み始めた第一歩でした」
いつもの彼らしくない諦念を滲ませたような声音。
ちらりと窺うような視線を送るレグデンバーの目元は心なしか薄赤く染まっている。
「誤解なきようにお伝えしますが、士官学校に入る頃には物語と現実の区別はちゃんとついていましたから。あくまで騎士という職業に興味を抱いたきっかけがそうだったというだけですから」
「は、はい」
カレンからすれば特段変な理由ではないと思うのだが、バツの悪そうな様子を見ると触れられたくなかったような気配だ。
「あの、何だか申し訳ありません……?」
「いえ、士官学校時代にレオに同じ話をしたら大笑いされたので、どうも気恥ずかしくて。大した話じゃなくてすみません」
「そんなこと。聞かせていただけて嬉しいです」
今のレグデンバーからは想像もつかない少年時代。副団長にまで登り詰めた騎士が冒険小説の海賊を捕らえることを夢見ていただなんて、こうして聞かなければ絶対に知り得なかった。
(随分早口でいらっしゃったわね)
日頃の毅然とした態度とはまるで違う慌てたような、照れたような、感情を覗かせた一面。
聞かされた話の内容だけでなく、ふと見せるレグデンバーの一挙一動がカレンにとっての新発見となる。
ミルククリームの白に琥珀の曲線を描く。
クリームの素朴な甘さを味わってからキャラメルソースを絡ませて再度口に運べば、また違った味わいが顔を覗かせる。
目の前の男性もこのキャラメルソースのようだ、とカレンは思った。
とはいえ、完全な密室ではない。扉は薄く開かれており、廊下を歩く給仕の足音が席に着いたカレンの耳にも届く。
レグデンバーに案内された職人街の一角にある無骨な石造りの店。この通りは劇場からの帰りに歩いた記憶がまだ新しい。てっきり工房だけが並ぶ通りだと思っていたので少し驚いた。
「職人が仲間と打ち合わせたり顧客と会合するために使用する隠れた名店ですよ」
そう説明するレグデンバーに案内役の店員がにこりと笑ってメニューを置いていく。職人が多く利用する店とケーキの組み合わせに疑問を抱きつつもメニューを開くと、意外にも菓子類の種類が豊富でまた驚かされた。
「色々あるのですね……」
「顧客には貴族の関係者も含まれていますから、用意せざるを得ないのでしょうね」
なるほど、と頷きながらもメニューに目を走らせる。お好きなものをどうぞ、と言われているのだがカレンは敢えて尋ねてみた。
「おすすめを教えていただけますか?」
「クリームの乗ったものだとこちらのキャラメルソースのケーキが人気ですよ。私も団員たちも好きな味です」
対面に座るレグデンバーの長く節くれ立った指がメニューの一点を指す。彼らが好んで食べる味に興味を引かれたカレンはそのケーキと紅茶のセットに決めた。
テーブルに置かれたベルを鳴らしたレグデンバーが給仕に注文を伝えると室内はまた二人きりになった。
「任務中にこちらにいらっしゃっているのですよね?」
カレンから切り出したことに藍色の瞳を煌めかせたレグデンバーが首肯した。
「えぇ、この付近で任務があればよく世話になっています」
「騎士様はどんなお仕事をされているのですか? 恥ずかしながら疎いもので教えていただけると嬉しいです」
数ヶ月前に王都に来たばかりで、領地にいた頃は屋敷に籠もりきりだった。
日頃食堂で接しているものの、武器を持つ騎士たちの姿を見たのは合同訓練が初めてのこと。街中でレグデンバーやカッツェに助けられたこともあるが、具体的な任務はソフィアの護衛以外にはわからない。
質問したのはこちらの方なのにレグデンバーは興味深げな、しかしどこか喜色を滲ませた眼差しでカレンを見つめていた。
「一言で言い表すのは難しいのですが……例えば第一騎士団であれば王城にまつわる仕事の多くを受け持っています」
「お城の警護ですか?」
「えぇ、王族護衛や王城の警護です」
そういえば、と思い出す。夜会で国王陛下の傍らには第一騎士団の象徴とも言える真紅の制服を纏った騎士がいた。
「第三騎士団は城下での任務を、第四騎士団は国境付近の任務を主としています。第五騎士団は……そうですね、実働部隊とでも言っておきましょうか」
詳細は明かせないのかもしれない。
それよりも気になるのは。
「では第二騎士団は?」
「貴族や諸外国に関わる任務を多く扱っています」
「貴族……」
「はい、そういうわけです」
ミラベルトを思い浮かべたことを察したように言い添えられた。
そこで扉を叩く音が響き、会話は一旦途切れる。
「お待たせいたしました」
ワゴンを押した給仕が入室する。慣れた手つきでカレンの前にケーキと空のカップを、レグデンバーの前に皿に盛ったクッキーと空のカップを置くと、次にティーポットを持ち上げてそれぞれのカップに紅茶を注いでいく。そして流れる動作で「ごゆっくりお過ごし下さい」と一礼して部屋を辞していった。
「カレンさん、まずはそのまま召し上がって下さい」
ケーキにはキャラメルソースのピッチャーが添えられているが、これを掛けずにということらしい。
「では、いただきますね」
口に含んだケーキはたっぷりのミルククリームで包まれており、その甘さが絶妙だった。漂う紅茶の香りと舌に伝わる甘みがカレンの心を満たしていく。
「今度は少量のソースを掛けて食べてみて下さい」
「はい」
思わず弾んだ声になってしまったが、言われた通りにピッチャーを緩く傾ける。琥珀色のソースがとろりと垂れた。
「!」
上げそうになった声を既のところで耐える。しっかりと味わい嚥下してからカレンは感想を口にした。
「随分味が変わるのですね」
「キャラメルソースを掛けると塩気を感じるでしょう?」
「はい。キャラメルの甘さとほろ苦さを予想していたので驚きました。でも甘みと塩気が合わさっても、とても美味しいです」
初めての味わいについつい饒舌になってしまう。
「『甘いケーキに塩を掛ければ頭も身体も回復するんじゃないか』という職人たちの雑談がこのソースが作られるきっかけになったそうです」
「面白い発想ですね」
「我々も職人たちに教えられて注文するようになりました。任務中には特に美味しくいただいています」
そこで言葉を切ったレグデンバーはクッキーを口に運ぶ。彼の食事風景は何度も見掛けているけれど、こうして真正面から見る機会はなかった。美しい所作に意識を奪われかけたところで視線を上げたレグデンバーと目が合ってしまい、慌てて会話の糸口を手繰り寄せた。
「あの、先程のお話ですけれど、諸外国に関わると仰っていましたが団員の皆様も外国に赴かれるのですか?」
「他国で任務に就いている者もいますし、残っている我々が出向くこともあります。とはいえ、主立った任務は国内ですね。私や団長が城を長く空けることはそうそうありません」
「いつも食堂でお見掛けしているので外国に繋がりがあるだなんて意外でした」
「諸国の要人をお迎えするときなどは団員総出で大忙しですよ」
朗らかな笑みにつられてカレンの頬も緩む。王城で働き続けていれば、そんな日に遭遇することもあるのかもしれない。
「カレンさんは外国に興味がおありなのですか?」
「外国に、というよりも騎士団の皆様に関わるお話が興味深いです。私は王都のことすら明るくありませんから、とても勉強になります」
満足な外出も社交デビューも叶わなかったから、今になって得られる知識が山とある。
レグデンバーの眉尻がごく僅かに下がったのは、きっと言葉の裏側からカレンの過去を読み取ったに違いない。
「王都には慣れてきましたか?」
「はい、皆様が助けて下さるお陰で」
その答えは彼を安心させたらしい。眼差しが一層優しさを増した。
「レグデンバー副団長は王都には長くいらっしゃるのですか?」
「十六で王都の士官学校に入ってからなので、かれこれ九年ほどはこちらにおります」
「ということは……」
独り言のような呟きにレグデンバーが何かを問いたげな表情を浮かべたので思ったことをそのまま言葉にした。
「お歳を初めて知りましたので、若くして副団長の座に就かれているのだと驚きました」
「……そうか、そこからでしたか」
今度は遠い目をしたレグデンバーが呟く番だった。
「現在二十五歳、副団長の任に就いたのは二年前からです。国外に出る第二団や国境付近まで赴く第四団は家庭を持たない若齢層が多いので若いと思われるのかもしれません」
「そのような事情がおありだったのですね」
「出身はレグデンバー領で上には兄が二人おります。王都からさほど遠くなく、幼少時は専ら領地で過ごしていました」
整然と言葉を続けるレグデンバーに気圧されて頷くだけの聞き手に回る。
「士官学校に二年間通い、騎士見習いとなりました。団長……レオとは士官学校からの付き合いです。一年間の見習い期間を経て第二騎士団に配属されました」
カレンの年頃には騎士として身を立てていたことになるのだろうか。
職務に従じ、重要な職位にまで就いている。屋敷でじっと息を潜めていたカレンには眩しいものを見るような気分だった。
「その後は先述の通りです。副団長の任をいただき、カレンさんに出会い、今に至ります」
言い結んだレグデンバーは紅茶で喉を潤す。そしてテーブルの上で両の手を組み、真っ直ぐな眼差しを向けてきた。
「当然のことながら婚約者も恋人もおりません。不明な点があれば何なりとお尋ね下さい。差し支えのない問いにはきちんとお答えします」
唐突に会話の主導権を手渡されて面食らうが、彼に関して密かに気になっていることがあった。
「では、ひとつよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「騎士を志した理由をお訊きしても構いませんか?」
虚を突かれたようにレグデンバーは瞠目した。
かつての夜会で図らずも垣間見た、彼と彼の父であるレグデンバー侯爵の曖昧な親子関係。不仲とはまた違う印象ではあったが、年若の少年が早々にこれからの生き方を決める理由はどんなものだったのだろうか。
思案した様子のレグデンバーは一呼吸置いて話し出した。
「少年時代、冒険小説に夢中になっていた時期がありました。特にお気に入りの連作があり、ボロボロになるまで読み込むほどでした」
「あっ、その主人公の騎士に憧れたのですね?」
「……いえ、主人公は海賊でした。そんな彼を捕まえようと躍起になっている脇役の騎士が全作に登場するんですけどね、なかなかに鈍くて一向に捕まえられないのですよ」
そこでレグデンバーはカップに視線を落とす。藍色の瞳が濃い睫毛に遮られて物憂げな雰囲気を醸し出している。
「……ならば代わりに捕まえてやる、と思ってしまったわけです、少年時代の私は。それが騎士の道を歩み始めた第一歩でした」
いつもの彼らしくない諦念を滲ませたような声音。
ちらりと窺うような視線を送るレグデンバーの目元は心なしか薄赤く染まっている。
「誤解なきようにお伝えしますが、士官学校に入る頃には物語と現実の区別はちゃんとついていましたから。あくまで騎士という職業に興味を抱いたきっかけがそうだったというだけですから」
「は、はい」
カレンからすれば特段変な理由ではないと思うのだが、バツの悪そうな様子を見ると触れられたくなかったような気配だ。
「あの、何だか申し訳ありません……?」
「いえ、士官学校時代にレオに同じ話をしたら大笑いされたので、どうも気恥ずかしくて。大した話じゃなくてすみません」
「そんなこと。聞かせていただけて嬉しいです」
今のレグデンバーからは想像もつかない少年時代。副団長にまで登り詰めた騎士が冒険小説の海賊を捕らえることを夢見ていただなんて、こうして聞かなければ絶対に知り得なかった。
(随分早口でいらっしゃったわね)
日頃の毅然とした態度とはまるで違う慌てたような、照れたような、感情を覗かせた一面。
聞かされた話の内容だけでなく、ふと見せるレグデンバーの一挙一動がカレンにとっての新発見となる。
ミルククリームの白に琥珀の曲線を描く。
クリームの素朴な甘さを味わってからキャラメルソースを絡ませて再度口に運べば、また違った味わいが顔を覗かせる。
目の前の男性もこのキャラメルソースのようだ、とカレンは思った。
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