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44.真相
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「こちらの団長に呼ばれたのだが」
入室するなり切り出したのは第四騎士団の紫苑色の制服を纏った男だった。
カレンにはこの男に見覚えがあった。しかし食堂で直接接客したわけではない。正確には面影に見覚えがあった。
「ユヴェン、今のはあなたが?」
「ドニ? お前もいたのか」
レグデンバーをドニと称した男は明るい茶色の髪をふわふわと揺らしてこちらに顔を向けた。その拍子に黒い瞳が室内のもう一人の騎士を捉え、大袈裟に眉を上げる。
「ゼーラ嬢、あなたもこちらに?」
「えぇ、私もカッツェ殿の要請で参じました」
どうやら三人は顔見知りらしい。
「先程の衝撃はあなたの仕業ですか? ユヴェン」
「あぁ、すまない。ノックのつもりが力が入り過ぎた」
「備品を損傷したら第四騎士団に請求しますから、そのつもりで」
「わかった、気を付ける」
そこはかとなく気安さを感じさせるやりとりにカレンはまた疎外感に襲われる。
そもそも騎士たちの談話の場に自分がいて良いものなのだろうか。思いがけない事態の連続で精神的な疲労が積み重なっていて、一刻も早く立ち去りたかった。
「ところで、そちらのお嬢さんは?」
しかしユヴェンと呼ばれた騎士は目敏くカレンを見つけ出す。レグデンバーの影からこっそり成り行きを見守っているだけのカレンを。
「あぁ、あなたはご存じありませんね。彼女は」
「何だ、もう来ていたのか」
レグデンバーの語尾に重なったのは開いたままの扉から姿を現したカッツェの声だった。
後ろ手に扉を閉じようとしているのを察し、カレンはレグデンバーの背後から慌てて飛び出す。
「カッツェ団長、配膳は済ませましたので失礼させていただきます」
「いや、少し待ってくれ」
「え?」
思いもよらない足止めに面食らう。食事の配達に来ただけのカレンが騎士四人に紛れるにはあまりにも場違い過ぎる。
「ゼーラ嬢とカレンの面通しは済んでいるか?」
「えぇ」
「ユヴェンには?」
「そちらはまだです」
レグデンバーの返答に軽く頷いたカッツェは無情にも扉を閉じてしまった。困り果てるカレンをよそにユヴェンへと向き直る。
「ユヴェン、彼女は食堂職員のカレン。俺たち王都勤務の騎士はまぁ世話になっている」
ユヴェンの真っ直ぐな眼差しがカレンに突き刺さる。その力強さと、何故彼に紹介されているかわからない現状に尻込みする。
その様子を察してか、柔らかく微笑んだカッツェがカレンに語り掛けてきた。
「カレン、こちらはユヴェン。ユヴェン・レグデンバー。国境勤務の第四騎士団所属でドノヴァの兄だ」
(レグデンバー副団長の……お兄様?)
意識してユヴェンを観察する。
ミルクを混ぜたチョコレートのように明るい茶色の髪。柔らかい前髪の下で輝く瞳は青みがかった黒。レグデンバーの特徴とどこか似通っている。
しかしカレンが彼に感じ取った見覚えのある面影は顔の造形にあった。太く整った眉、やや垂れ気味の双眸、通った鼻筋。レグデンバーに似ている。しかし彼以上にレグデンバー侯爵を思い出させる容貌だと思った。
「弟が世話になっているようだな。ドニの兄ユヴェンだ。よろしく、カレン嬢」
「初めまして、カレンと申します。こちらこそレグデンバー副団長には大変お世話になっております」
慇懃な挨拶を受けてカレンも頭を下げる。こんな形でレグデンバーの肉親と言葉を交わすだなんて、本当に今日は何が起こるかわからない。
カレンとユヴェンのやり取りを目を細めて見守っていたレグデンバーが、ここぞとばかりに口を開いた。
「団長、何故ここにユヴェンを?」
「無駄にちまちまと繰り返すより、どうせなら一纏めに済ませておいた方が良いだろう?」
「何をです?」
「顔合わせを」
カッツェの回答にはカレンのみならず、レグデンバーもユヴェンもゼーラも訝る表情を浮かべている。
「ユヴェンとゼーラ嬢の婚姻が成れば、二人とも王都勤務になる。そうなればカレンとの接触だって増えるだろう」
「失礼な物言いになるかもしれんが、カレン嬢との面識はそれほど重要なのか?」
「そのうちわかる。多分な」
カッツェとユヴェンのやりとりがまるで他人事のように遠くで聞こえる。
(婚姻?)
強く耳朶に残ったその言葉の意味を理解し終えたとき、カレンは問わずにはいられなかった。
「ユヴェンさんとゼーラさんはご結婚されるのですか?」
「あぁ、先頃縁談が浮上した。顔を合わせて互いの納得を得られたら話を進める手筈になっている」
「私は縁談をお受けするつもりで今回の護衛任務に帯同しております。父もレグデンバー侯爵と意気投合したと大変喜んでおりましたから、お話が進むことを願っています」
(縁談……)
どこかで聞いた話だ。
騎士団の息子、縁談、レグデンバー侯爵。
彷徨わせた視線が隣でカレンを見下ろすレグデンバーとかち合う。
「……レグデンバー副団長はご存じだったのですか?」
「えぇ、もちろん。今回の任務にかこつけて国境からユヴェンを連れ戻すよう父に言い付けられたくらいですから」
苦笑交じりに家族の話を語っている。
「アレアノイアでゼーラさんとお会いして、こちらに移り住まれた場合のご相談などを受けていました。本来ならユヴェンが受けるべきですが、彼も国境勤務で勝手がわからない様子でしたしね」
(だから公私に渡って、と……)
二人のレグデンバーが身近にいればゼーラも名前で呼ばざるを得ない。
(そう……そうだったのね……)
カレンの中で張り詰めていた糸がぷつりと切れた。途端に脱力してしまい、一歩後ろへ後退る。訪れたはずの安堵は安らぎを通り越して、目頭をじんわりと熱くさせた。
「カレンさん、どうしました?」
「い、いえ、何でも……」
抜け目なくカレンの変調を察したレグデンバーに問われるが、声が震えそうでろくな弁明も出来ない。小さく首を横に振って注目を剥がそうとしても彼はそれを許してくれない。
「どこか具合が? 椅子に座りましょう」
「本当に、大丈夫ですから」
初対面の人々がいる前でみっともない姿は見せられない。制服を脱いでいても依頼を受けた職務中である。すでに無駄口を叩いてしまっているので、せめて綺麗に退室したい。
気遣わしげなレグデンバーの視線を振り払ってカッツェに直訴した。
「お食事の支度は整っておりますので、失礼させていただいて構いませんか?」
「あぁ、付き合わせて悪かった。そのうちユヴェンとゼーラ嬢も世話になるだろうからよろしく頼む。それとドノヴァ、お前も今日は上がれ」
「まだ報告書が仕上がっていませんが?」
「昨日の分まで受け取っているから構わん。今から俺たち三人で今後の取り纏めをするから、そのついでに作成しておく」
だからカレンを送っていってやれ、とカッツェが続けると、レグデンバーが緩やかに眦を下げて「お供します」とカレンに告げる。
ゼーラが「なるほど」と呟いた。
「確かにこれから長いお付き合いになるかもしれませんね。カレン殿、改めてよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ」
食堂を愛用してくれるということだろうか。現金なものだがユヴェンが現れる前よりもずっと晴れやかな気持ちで応えられた。
今度こそ辞去の挨拶をして先立ったレグデンバーが開けてくれた扉を潜る。ひんやりとした回廊の空気を大きく吸い込んで深呼吸をすると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「大丈夫ですか?」
「はい、本当に体調が悪いわけではないのです」
ゆったりとした足取りで並んで歩き出す。小気味良く響く靴音にレグデンバーが隣を歩いている現実がじわじわと実感になって押し寄せてきた。
今いるこの場所が当たり前に与えられたものではないと知った。するべきことはわかっている。
もう一度深呼吸して足を止めた。一歩先に進んだレグデンバーが髪を揺らして振り返る。
「長旅でお疲れだとわかっているのですが、少しお時間をいただけませんか?」
彼の事情を鑑みれば、日を改めた方が良いことは十分に理解している。これまでのカレンなら気配り出来たはずだった。
しかし背後から追い立てられるような焦燥感がカレンを我が儘にさせてしまった。
「えぇ、構いません」
そう言って笑ってくれるレグデンバーに泣きそうになりながら、「ありがとうございます」と頭を下げた。
入室するなり切り出したのは第四騎士団の紫苑色の制服を纏った男だった。
カレンにはこの男に見覚えがあった。しかし食堂で直接接客したわけではない。正確には面影に見覚えがあった。
「ユヴェン、今のはあなたが?」
「ドニ? お前もいたのか」
レグデンバーをドニと称した男は明るい茶色の髪をふわふわと揺らしてこちらに顔を向けた。その拍子に黒い瞳が室内のもう一人の騎士を捉え、大袈裟に眉を上げる。
「ゼーラ嬢、あなたもこちらに?」
「えぇ、私もカッツェ殿の要請で参じました」
どうやら三人は顔見知りらしい。
「先程の衝撃はあなたの仕業ですか? ユヴェン」
「あぁ、すまない。ノックのつもりが力が入り過ぎた」
「備品を損傷したら第四騎士団に請求しますから、そのつもりで」
「わかった、気を付ける」
そこはかとなく気安さを感じさせるやりとりにカレンはまた疎外感に襲われる。
そもそも騎士たちの談話の場に自分がいて良いものなのだろうか。思いがけない事態の連続で精神的な疲労が積み重なっていて、一刻も早く立ち去りたかった。
「ところで、そちらのお嬢さんは?」
しかしユヴェンと呼ばれた騎士は目敏くカレンを見つけ出す。レグデンバーの影からこっそり成り行きを見守っているだけのカレンを。
「あぁ、あなたはご存じありませんね。彼女は」
「何だ、もう来ていたのか」
レグデンバーの語尾に重なったのは開いたままの扉から姿を現したカッツェの声だった。
後ろ手に扉を閉じようとしているのを察し、カレンはレグデンバーの背後から慌てて飛び出す。
「カッツェ団長、配膳は済ませましたので失礼させていただきます」
「いや、少し待ってくれ」
「え?」
思いもよらない足止めに面食らう。食事の配達に来ただけのカレンが騎士四人に紛れるにはあまりにも場違い過ぎる。
「ゼーラ嬢とカレンの面通しは済んでいるか?」
「えぇ」
「ユヴェンには?」
「そちらはまだです」
レグデンバーの返答に軽く頷いたカッツェは無情にも扉を閉じてしまった。困り果てるカレンをよそにユヴェンへと向き直る。
「ユヴェン、彼女は食堂職員のカレン。俺たち王都勤務の騎士はまぁ世話になっている」
ユヴェンの真っ直ぐな眼差しがカレンに突き刺さる。その力強さと、何故彼に紹介されているかわからない現状に尻込みする。
その様子を察してか、柔らかく微笑んだカッツェがカレンに語り掛けてきた。
「カレン、こちらはユヴェン。ユヴェン・レグデンバー。国境勤務の第四騎士団所属でドノヴァの兄だ」
(レグデンバー副団長の……お兄様?)
意識してユヴェンを観察する。
ミルクを混ぜたチョコレートのように明るい茶色の髪。柔らかい前髪の下で輝く瞳は青みがかった黒。レグデンバーの特徴とどこか似通っている。
しかしカレンが彼に感じ取った見覚えのある面影は顔の造形にあった。太く整った眉、やや垂れ気味の双眸、通った鼻筋。レグデンバーに似ている。しかし彼以上にレグデンバー侯爵を思い出させる容貌だと思った。
「弟が世話になっているようだな。ドニの兄ユヴェンだ。よろしく、カレン嬢」
「初めまして、カレンと申します。こちらこそレグデンバー副団長には大変お世話になっております」
慇懃な挨拶を受けてカレンも頭を下げる。こんな形でレグデンバーの肉親と言葉を交わすだなんて、本当に今日は何が起こるかわからない。
カレンとユヴェンのやり取りを目を細めて見守っていたレグデンバーが、ここぞとばかりに口を開いた。
「団長、何故ここにユヴェンを?」
「無駄にちまちまと繰り返すより、どうせなら一纏めに済ませておいた方が良いだろう?」
「何をです?」
「顔合わせを」
カッツェの回答にはカレンのみならず、レグデンバーもユヴェンもゼーラも訝る表情を浮かべている。
「ユヴェンとゼーラ嬢の婚姻が成れば、二人とも王都勤務になる。そうなればカレンとの接触だって増えるだろう」
「失礼な物言いになるかもしれんが、カレン嬢との面識はそれほど重要なのか?」
「そのうちわかる。多分な」
カッツェとユヴェンのやりとりがまるで他人事のように遠くで聞こえる。
(婚姻?)
強く耳朶に残ったその言葉の意味を理解し終えたとき、カレンは問わずにはいられなかった。
「ユヴェンさんとゼーラさんはご結婚されるのですか?」
「あぁ、先頃縁談が浮上した。顔を合わせて互いの納得を得られたら話を進める手筈になっている」
「私は縁談をお受けするつもりで今回の護衛任務に帯同しております。父もレグデンバー侯爵と意気投合したと大変喜んでおりましたから、お話が進むことを願っています」
(縁談……)
どこかで聞いた話だ。
騎士団の息子、縁談、レグデンバー侯爵。
彷徨わせた視線が隣でカレンを見下ろすレグデンバーとかち合う。
「……レグデンバー副団長はご存じだったのですか?」
「えぇ、もちろん。今回の任務にかこつけて国境からユヴェンを連れ戻すよう父に言い付けられたくらいですから」
苦笑交じりに家族の話を語っている。
「アレアノイアでゼーラさんとお会いして、こちらに移り住まれた場合のご相談などを受けていました。本来ならユヴェンが受けるべきですが、彼も国境勤務で勝手がわからない様子でしたしね」
(だから公私に渡って、と……)
二人のレグデンバーが身近にいればゼーラも名前で呼ばざるを得ない。
(そう……そうだったのね……)
カレンの中で張り詰めていた糸がぷつりと切れた。途端に脱力してしまい、一歩後ろへ後退る。訪れたはずの安堵は安らぎを通り越して、目頭をじんわりと熱くさせた。
「カレンさん、どうしました?」
「い、いえ、何でも……」
抜け目なくカレンの変調を察したレグデンバーに問われるが、声が震えそうでろくな弁明も出来ない。小さく首を横に振って注目を剥がそうとしても彼はそれを許してくれない。
「どこか具合が? 椅子に座りましょう」
「本当に、大丈夫ですから」
初対面の人々がいる前でみっともない姿は見せられない。制服を脱いでいても依頼を受けた職務中である。すでに無駄口を叩いてしまっているので、せめて綺麗に退室したい。
気遣わしげなレグデンバーの視線を振り払ってカッツェに直訴した。
「お食事の支度は整っておりますので、失礼させていただいて構いませんか?」
「あぁ、付き合わせて悪かった。そのうちユヴェンとゼーラ嬢も世話になるだろうからよろしく頼む。それとドノヴァ、お前も今日は上がれ」
「まだ報告書が仕上がっていませんが?」
「昨日の分まで受け取っているから構わん。今から俺たち三人で今後の取り纏めをするから、そのついでに作成しておく」
だからカレンを送っていってやれ、とカッツェが続けると、レグデンバーが緩やかに眦を下げて「お供します」とカレンに告げる。
ゼーラが「なるほど」と呟いた。
「確かにこれから長いお付き合いになるかもしれませんね。カレン殿、改めてよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ」
食堂を愛用してくれるということだろうか。現金なものだがユヴェンが現れる前よりもずっと晴れやかな気持ちで応えられた。
今度こそ辞去の挨拶をして先立ったレグデンバーが開けてくれた扉を潜る。ひんやりとした回廊の空気を大きく吸い込んで深呼吸をすると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「大丈夫ですか?」
「はい、本当に体調が悪いわけではないのです」
ゆったりとした足取りで並んで歩き出す。小気味良く響く靴音にレグデンバーが隣を歩いている現実がじわじわと実感になって押し寄せてきた。
今いるこの場所が当たり前に与えられたものではないと知った。するべきことはわかっている。
もう一度深呼吸して足を止めた。一歩先に進んだレグデンバーが髪を揺らして振り返る。
「長旅でお疲れだとわかっているのですが、少しお時間をいただけませんか?」
彼の事情を鑑みれば、日を改めた方が良いことは十分に理解している。これまでのカレンなら気配り出来たはずだった。
しかし背後から追い立てられるような焦燥感がカレンを我が儘にさせてしまった。
「えぇ、構いません」
そう言って笑ってくれるレグデンバーに泣きそうになりながら、「ありがとうございます」と頭を下げた。
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