銀鷲と銀の腕章

河原巽

文字の大きさ
44 / 48

44.真相

しおりを挟む
「こちらの団長に呼ばれたのだが」

 入室するなり切り出したのは第四騎士団の紫苑色の制服を纏った男だった。
 カレンにはこの男に見覚えがあった。しかし食堂で直接接客したわけではない。正確には面影に見覚えがあった。

「ユヴェン、今のはあなたが?」
「ドニ? お前もいたのか」

 レグデンバーをドニと称した男は明るい茶色の髪をふわふわと揺らしてこちらに顔を向けた。その拍子に黒い瞳が室内のもう一人の騎士を捉え、大袈裟に眉を上げる。

「ゼーラ嬢、あなたもこちらに?」
「えぇ、私もカッツェ殿の要請で参じました」

 どうやら三人は顔見知りらしい。

「先程の衝撃はあなたの仕業ですか? ユヴェン」
「あぁ、すまない。ノックのつもりが力が入り過ぎた」
「備品を損傷したら第四騎士団に請求しますから、そのつもりで」
「わかった、気を付ける」

 そこはかとなく気安さを感じさせるやりとりにカレンはまた疎外感に襲われる。
 そもそも騎士たちの談話の場に自分がいて良いものなのだろうか。思いがけない事態の連続で精神的な疲労が積み重なっていて、一刻も早く立ち去りたかった。

「ところで、そちらのお嬢さんは?」

 しかしユヴェンと呼ばれた騎士は目敏くカレンを見つけ出す。レグデンバーの影からこっそり成り行きを見守っているだけのカレンを。

「あぁ、あなたはご存じありませんね。彼女は」
「何だ、もう来ていたのか」

 レグデンバーの語尾に重なったのは開いたままの扉から姿を現したカッツェの声だった。
 後ろ手に扉を閉じようとしているのを察し、カレンはレグデンバーの背後から慌てて飛び出す。

「カッツェ団長、配膳は済ませましたので失礼させていただきます」
「いや、少し待ってくれ」
「え?」

 思いもよらない足止めに面食らう。食事の配達に来ただけのカレンが騎士四人に紛れるにはあまりにも場違い過ぎる。

「ゼーラ嬢とカレンの面通しは済んでいるか?」
「えぇ」
「ユヴェンには?」
「そちらはまだです」

 レグデンバーの返答に軽く頷いたカッツェは無情にも扉を閉じてしまった。困り果てるカレンをよそにユヴェンへと向き直る。

「ユヴェン、彼女は食堂職員のカレン。俺たち王都勤務の騎士はまぁ世話になっている」

 ユヴェンの真っ直ぐな眼差しがカレンに突き刺さる。その力強さと、何故彼に紹介されているかわからない現状に尻込みする。
 その様子を察してか、柔らかく微笑んだカッツェがカレンに語り掛けてきた。

「カレン、こちらはユヴェン。ユヴェン・レグデンバー。国境勤務の第四騎士団所属でドノヴァの兄だ」

(レグデンバー副団長の……お兄様?)

 意識してユヴェンを観察する。
 ミルクを混ぜたチョコレートのように明るい茶色の髪。柔らかい前髪の下で輝く瞳は青みがかった黒。レグデンバーの特徴とどこか似通っている。
 しかしカレンが彼に感じ取った見覚えのある面影は顔の造形にあった。太く整った眉、やや垂れ気味の双眸、通った鼻筋。レグデンバーに似ている。しかし彼以上にレグデンバー侯爵を思い出させる容貌だと思った。

「弟が世話になっているようだな。ドニの兄ユヴェンだ。よろしく、カレン嬢」
「初めまして、カレンと申します。こちらこそレグデンバー副団長には大変お世話になっております」

 慇懃な挨拶を受けてカレンも頭を下げる。こんな形でレグデンバーの肉親と言葉を交わすだなんて、本当に今日は何が起こるかわからない。
 カレンとユヴェンのやり取りを目を細めて見守っていたレグデンバーが、ここぞとばかりに口を開いた。

「団長、何故ここにユヴェンを?」
「無駄にちまちまと繰り返すより、どうせなら一纏めに済ませておいた方が良いだろう?」
「何をです?」
「顔合わせを」

 カッツェの回答にはカレンのみならず、レグデンバーもユヴェンもゼーラもいぶかる表情を浮かべている。

「ユヴェンとゼーラ嬢の婚姻が成れば、二人とも王都勤務になる。そうなればカレンとの接触だって増えるだろう」
「失礼な物言いになるかもしれんが、カレン嬢との面識はそれほど重要なのか?」
「そのうちわかる。多分な」

 カッツェとユヴェンのやりとりがまるで他人事のように遠くで聞こえる。

(婚姻?)

 強く耳朶に残ったその言葉の意味を理解し終えたとき、カレンは問わずにはいられなかった。

「ユヴェンさんとゼーラさんはご結婚されるのですか?」
「あぁ、先頃縁談が浮上した。顔を合わせて互いの納得を得られたら話を進める手筈になっている」
「私は縁談をお受けするつもりで今回の護衛任務に帯同しております。父もレグデンバー侯爵と意気投合したと大変喜んでおりましたから、お話が進むことを願っています」

(縁談……)

 どこかで聞いた話だ。
 騎士団の息子、縁談、レグデンバー侯爵。
 彷徨わせた視線が隣でカレンを見下ろすレグデンバーとかち合う。

「……レグデンバー副団長はご存じだったのですか?」
「えぇ、もちろん。今回の任務にかこつけて国境からユヴェンを連れ戻すよう父に言い付けられたくらいですから」

 苦笑交じりに家族の話を語っている。

「アレアノイアでゼーラさんとお会いして、こちらに移り住まれた場合のご相談などを受けていました。本来ならユヴェンが受けるべきですが、彼も国境勤務で勝手がわからない様子でしたしね」

(だから公私に渡って、と……)

 二人のレグデンバーが身近にいればゼーラも名前で呼ばざるを得ない。

(そう……そうだったのね……)

 カレンの中で張り詰めていた糸がぷつりと切れた。途端に脱力してしまい、一歩後ろへ後退あとずさる。訪れたはずの安堵は安らぎを通り越して、目頭をじんわりと熱くさせた。

「カレンさん、どうしました?」
「い、いえ、何でも……」

 抜け目なくカレンの変調を察したレグデンバーに問われるが、声が震えそうでろくな弁明も出来ない。小さく首を横に振って注目を剥がそうとしても彼はそれを許してくれない。

「どこか具合が? 椅子に座りましょう」
「本当に、大丈夫ですから」

 初対面の人々がいる前でみっともない姿は見せられない。制服を脱いでいても依頼を受けた職務中である。すでに無駄口を叩いてしまっているので、せめて綺麗に退室したい。
 気遣わしげなレグデンバーの視線を振り払ってカッツェに直訴した。

「お食事の支度は整っておりますので、失礼させていただいて構いませんか?」
「あぁ、付き合わせて悪かった。そのうちユヴェンとゼーラ嬢も世話になるだろうからよろしく頼む。それとドノヴァ、お前も今日は上がれ」
「まだ報告書が仕上がっていませんが?」
「昨日の分まで受け取っているから構わん。今から俺たち三人で今後の取り纏めをするから、そのついでに作成しておく」

 だからカレンを送っていってやれ、とカッツェが続けると、レグデンバーが緩やかに眦を下げて「お供します」とカレンに告げる。
 ゼーラが「なるほど」と呟いた。

「確かにこれから長いお付き合いになるかもしれませんね。カレン殿、改めてよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ」

 食堂を愛用してくれるということだろうか。現金なものだがユヴェンが現れる前よりもずっと晴れやかな気持ちで応えられた。
 今度こそ辞去の挨拶をして先立ったレグデンバーが開けてくれた扉を潜る。ひんやりとした回廊の空気を大きく吸い込んで深呼吸をすると、少しだけ気持ちが落ち着いた。

「大丈夫ですか?」
「はい、本当に体調が悪いわけではないのです」

 ゆったりとした足取りで並んで歩き出す。小気味良く響く靴音にレグデンバーが隣を歩いている現実がじわじわと実感になって押し寄せてきた。
 今いるこの場所が当たり前に与えられたものではないと知った。するべきことはわかっている。
 もう一度深呼吸して足を止めた。一歩先に進んだレグデンバーが髪を揺らして振り返る。

「長旅でお疲れだとわかっているのですが、少しお時間をいただけませんか?」

 彼の事情を鑑みれば、日を改めた方が良いことは十分に理解している。これまでのカレンなら気配り出来たはずだった。
 しかし背後から追い立てられるような焦燥感がカレンを我が儘にさせてしまった。

「えぇ、構いません」

 そう言って笑ってくれるレグデンバーに泣きそうになりながら、「ありがとうございます」と頭を下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

あなたの重すぎる愛は私が受け止めます

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のクリスティーヌは、ある日自分が、前世で大好きだった漫画のヒロインに転生している事に気が付く。 だが、彼女が転生したヒロインは、前世で大好きだった悪役令息、アルフレッドを死に追いやった大嫌いなキャラクターだったのだ。自分の顔を見るだけで、殺意が湧くほど憎らしい。 でも… “私は前世で大好きだったアルフレッド様が心から愛した相手。という事は、これからは私が愛するアルフレッド様を全力で愛し抜けばいいのでは? そうよ、私がアルフレッド様を幸せにすればいいのよ! 私を悪役ヒロイン、クリスティーヌに転生させてくれてありがとう!私、絶対にアルフレッド様を幸せにして見せるわ!“ そう心に誓ったクリスティーヌだったが、現実はそう甘くはなくて… 前世の記憶を取り戻したクリスティーヌが、アルフレッドからの重い愛を全力で受け入れつつ、彼を守るため奮闘するお話しです。 ご都合主義全開ですが、どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m 他サイトでも同時連載しています。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜

まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。 ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。 父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。 それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。 両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。 そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。 そんなお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。 ☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。 ☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。 楽しんでいただけると幸いです。

【完】隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

処理中です...